81,ネイの独白 前編
今回は、ネイ視点で進みます。
こんな時の為にずっとずっと伸ばし続けていた髪を使って、赤いのの首を絞める。
必要な情報は手に入ったんだ。
もう、邪魔するものは何も無い。
今までの怒りや恨みを全部込める様に、魔法を使うのに必要な声も、生きるのに必要な空気も。
全部、全部、その口の間を行き来しない様に、きつく、きつく絞める。
「―――ッ!――――!!!!」
「ッ、ゥ!!こ、のッ!!!」
「―――――――――ッ!!!!!!!!!!!!!!」
生きようともがく腕が、1本のナイフを作り出そうとしていた。
風の魔元素を固めたような緑色のナイフが作られた所で、返り血を浴びないように掛け布団を使いつつそのナイフを握る腕を引きちぎり、腕ごと後ろから赤いのの右胸の中心。
人間の心臓があるはずの場所から少しだけ真ん中にずれた所目掛けて、後ろから突き刺す。
あぁ、やはり。
赤いのの腕を使えば、私でも赤いののが作った剣を使えるみたいだな。
それに寝る前だったのか赤いのは薄着で、首を絞めながらでもナイフが良く刺さる。
「・・・・・・あぁ、ようやく、死んでくれたか」
喉を絞め続けても、心臓をさしても、しばらくの間暴れ続けていた赤いの。
でも、髪を引く力を強め首の辺りからボキリと音がした瞬間、赤いのがようやく大人しくなった。
赤いのの首から縄の代わりになるように編みこんだ髪を解き、その体を床に投げ捨てる。
倒れた拍子に首が曲がり、死者らしく光を失ったその心中のようにどす黒く濁った目が、私を見つめてきた。
騙され易い上に人を見る目も無い。
どうしようもないほど愚かな怨敵。
その怨敵をようやく殺せたと、その目を見て確信した。
「あの時素直に元の世界に返っていれば、こんな所で死なずにすんだのにな。
お前もそう思わないか、スズメ?」
「ナァアアウッ!」
私の言葉に同意するように一声上げて、私の服の胸元から小さく茶色いロックバードが顔を出す。
そのままモゾモゾ動いて外に飛び出したスズメは、私の肩に止まり羽を繕い始めた。
「さぁ、仕事だ、スズメ。
私の炎を誰にも気づかせるなよ。出来るな?」
当然だと言わんばかりに元気良く鳴いて、スズメは尻尾を振るう。
この部屋に入って直ぐ、外に音が漏れないようにスズメに部屋の戸を閉じてもらった。
それでもまだ不十分で、もう1度スズメに確り部屋を閉じるように言う。
そのお陰でこの部屋は、完全に閉じられた。
これ以降この部屋で何が起きても、絶対に外に居る人間は気づかない。
そう、例え赤いのが骨すら残さない業火に焼かれていたとしても、だ。
「フンッ!!」
1度魔族の姿に戻って、もう1度赤いのを見る。
そして赤いのがユマ様を馬鹿にした時の事を思い出せば、怒りで熱せられた魔元素が混じった血が全身を駆け巡り、体中が火照って来る様な気がした。
気合を入れて赤いのに向けて伸ばした右腕に力を込めれば、その熱が右手に集まってきて鱗が逆立つ。
そして逆立った鱗の間から溢れ出す、私の体を巡った熱から生まれた炎。
その炎が赤いのを包み込む。
「次行くぞ、スズメ。もう1回隠れてくれ」
後数分もしない内に、赤いのはただの黒いシミに変わるだろう。
心臓を刺して、首を折り、燃やし尽くしたんだ。
特殊なスキルを持った異世界人でも、ここまでしたら流石に生き返らないだろう。
完全に赤いのが消えるのを見届けてから次に行きたいが、そんなに時間も無い。
今日中に青いのも、ローズ国王女も、その助手も、護衛の兵士も、ローズ国王も。
今この城に残ってる奴等は、全部、全部、確実に殺さなきゃいけないんだ。
早め早めに動かなければ、後々面倒な事になる。
だから赤いのがまだ燃えている状態で、髪飾りの変化石を使って人間の姿に化け、スズメをもう1度服の中に隠して。
そして、赤いの達が『水のオーブ』を探しに行っている間に見つけた、天井の隠し通路から外に出る。
勿論その隠し通路の入り口も、私達が出た後でスズメに閉じさせるのも忘れない。
「うん。他に通った奴は居ないみたいだな」
「ナァウ!」
「さて、青いのの部屋に近いのは・・・・・・
こっちか」
どの国の城にも必ずあるだろう、城が襲われた時確実に王族を逃がす為の隠し通路。
長年使われず埃だらけになったその場所を、少しずつ綺麗にしながら調べて作った地図を広げ、青いのの部屋に1番早く着く道を探す。
今この城に住んでる奴等は、この隠し通路の事を知らないのか。
間者避けの罠も置かれて無くて調べるのは楽だったが、何せこの隠し通路は迷路の様に複雑なんだ。
地図が無いと、外に出ることすら不可能かもしれないな。
「それにしても、まさか短所が場合によっては長所になるとは。
良い勉強になったな。なぁ、スズメ?」
「ナッ!」
種族柄、私が変化石を使って人間に化けると、実年齢より大分幼い姿に変わってしまう。
それが嫌で嫌で堪らなかった。
グランマルニより小さいだけなら、まだ我慢できる。
だが、人間に化けた私はユマ様よりも小さいんだぞ!
いざという時ユマ様を守れそうに無い、小さく非力な幼い子供の姿。
そんなの嫌に決まっているだろう!!!!
だが、その大ッ嫌いな姿が、今回良い働きをした。
「面白い位、誰も私を疑わなかったぞ?
例え幼い子供だろうと、疑うべきだろうに。
本当、笑えるほどお目出度い頭をした連中ばかりだ!」
抑えていても、喉の奥から笑いが溢れ出して来る。
幼い子供の姿をしていたら、間者じゃ無い、だと?
馬鹿馬鹿しい。
この世には幻覚魔法も、変化石もあると言うのに、良くそんな事言えたものだ!!
この国に留まっていた頃のユマ様達を調べていたなら、ユマ様が『ミスリーディング』を使える事は知っているはずだし。
そもそもあいつ等全員、あの男を助けに行ったグランマルニが、変化石を使ってるのを見ているはずだ。
それなのに見た目で判断するとは・・・・・・
愚か過ぎるだろう?
だが、そのお陰で1年近くもの間正体が知られずにすんだ。
「ナァアアオ・・・」
「何だ、スズメ?不満そうだな?」
「ァアアウゥウウ・・・」
「なんだ?
1年は流石に掛かり過ぎだって言いたいのか?」
「ナッ!」
胸元から顔だけ出して、頷く様に短く鳴くスズメ。
スズメは遅すぎだと鳴くが、これでも私なりに頑張ったんだぞ?
グランマルニに助けられたと言って、ローズ国で会議しているはずのチボリ国、マリブサーフ列島国、ヒヅル国の国王達が死にそうなほどの火傷を負ったグランマルニを連れて、チボリ国に居た私達の元に突然現れた時。
あの時勢いでグランマルニの代わりに間者をすると言った事を、その後何度も何度も後悔する位には、私は間者に向いていなかった。
情報収集などと言うまどろっこしい事、私には向いていなかったのだ!
どう考えても、全部燃やしてしまった方が楽だろう!?
「ナァウ・・・」
「そんなため息を吐く様な鳴き声を出さないでくれ。
ちゃんと周りの人間を燃やさず、あの情報を探し当てたんだ」
「ナッ!ナッ!ナァッ!!」
「痛い、痛い!スズメ!!痛いって!
服の中に潜って突っつくな!」
「ナウ!」
「ツゥ~・・・・・・
どうしてお前はこう、当たりが強いんだ?」
肌を直接スズメに突かれて、目に涙が浮かぶ。
本来の姿と違って、この人間の姿は脆いんだ。
スズメが軽く突いて来ただけでも、かなり痛い。
どうしてこんなにスズメが不満そうなのか。
ミスティ姉なら分かるんだが、私にはさっぱりだ。
「っと、もう出口か。
スズメ、ちゃんと大人しくしてくれよ?」
「・・・・・・・・・ナァウ」
「だから、ため息みたいな鳴き声を出さないでくれ」
不満そうなスズメが完全に服の中に隠れたのを確認して、周りを警戒しながら外に出る。
出たのは城の入り口にかなり近い、注意深く見ないと気づかない廊下の暗がり。
青いのの部屋から大分遠い場所だ。
「何処で道間違えたんだ?・・・まぁ、いいか」
何処かで道を間違えたのか、それとも地図自体間違えて書いていたのか。
今更調べ直す余裕なんて無いし、そこは気にしない。
なにより今優先すべき事は時間を無駄にした分、急いで目的の場所に向かう事だ。
隠し通路の事はまた後で考えよう。
「ん?あれは・・・」
そう思いつつ、万が一ローズ国王女達にすれ違っても不審に思われないように早足で、青いのの部屋に向かう。
だけど、部屋に行く必要が無くなった。
青いのの部屋からまだ少し遠い廊下の曲がり角。
そこから見えた、青いのの姿。
黄色味がかった薄い茶髪に、通り名を表す青を基調とした服。
間違いない、青いのだ。
「あそこは・・・召喚の間?
何でこんな時間に・・・」
青いのが向かっているのは、地下にある異世界人を『召喚』する為の部屋。
なんで青いのは、今になってあんな場所に?
いや、普段居ないような時間に、普段なら絶対居ない様な場所をうろついているという意味なら、私もそうだが・・・
青いのの目的は一体・・・・・・
私の様に何か企んでいるのか?
そう少し考え、深く考えるのをやめた。
私が幾ら考えても、たぶん答えは出ないだろうし、ただ時間を無駄にするだけだ。
だったら、青いのが1人で居る今が最大の好機と、奇襲を仕掛ける事だけを考えよう。
「・・・ふ、ぅううう・・・・・・・」
青いのを奇襲する為にまずは『ネイ』に戻らなくては。
ポケットから手鏡を取り出して、目を瞑りながら胸の中心に押し付けるように握る。
そして1回深呼吸して、心の中で自分に言い聞かせ続けた。
大丈夫、父上は生きてる。
だから、私はまだ、ホットカルーアの女王じゃない。
父上が生きてるんだから、父上のフリをする必要も無い。
『わたし』は『私』にならなくていい。
戻れ、戻れ。
ユマ様と、グランマルニと学校に通っていた頃に。
子供の頃に、戻れ。
ただの子供の『ネイ』に戻れ!
「・・・・・・うん、大丈夫。
ちゃんと、わたしらしくできてる!」
ゆっくり目を開いて、握っていた手鏡を見る。
そこには幼い笑みを浮かべた、人間の姿の自分が写っていた。
耳の中に滑り込む、鏡の中の自分の口から出た様な子供っぽい口調も合わさって、鏡の中に2年半前の自分が映し出された様な気分になる。
2年半前の、ユマ様のお母上が亡くなる少し前までは、こんな表情で、こんな口調だったのに。
何度見ても、『ネイ』の時の自分に違和感を感じてしまうな。
ずっと、父上と同じ口調でしゃべって、父上と同じ仕草をして。
ずっと父上の代わりになり続けてたから、もう、元々の自分に違和感しか感じない。
大人になったら、子供の頃の性格や口調とは違ってくると聞くし、昔の口調や表情に違和感を感じるのはきっと、私が成長したと言う事なのだろう。
きっとこれが、大人の父上になれているという証拠なんだ。
「よし!頑張るぞ!」
幼い頃の癖まで戻って、つい小声で自分にそう気合を入れてしまう。
小声で自分に言い聞かせて、軽く握った拳を上に上げて。
そんな癖だった変な行動をしてから、青いのに見つからない様に隠れていた廊下の角から出る。
そのまま青いのを追いかけて、召還の間へ。
警戒しつつ召還の間がある程度見える場所まで降りる。
見えて来た召還の間の真ん中辺り。
青いのは入り口に背を向け、片膝を着いて『召還』の魔方陣の中心辺りを調べているようだった。
今なら気づかれずに殺せるか?
そう思ってもう一段降りた瞬間、青いのが振り返ってきた。
「ッ!!!お前!!」
「うおりゃああああ!!!」
「なッ!!?」
突然真後ろから感じた、ピリピリする様な殺気。
誰かに狙われている!
そう思って召還の間に逃げ込もうとしたが、少し遅かった。
城中に木霊しそうなほど大きな叫びと共に、首筋に感じた剣風。
それを感じた時には、首の皮を少しと編んでいた髪を根元から切られた後だった。
髪の束ごと変化石の髪飾りが落ちたせいだろう。
何とか召還の間に転がり込んだ瞬間に、私の体は光に包まれて変わりだしていた。
手足と背が伸び、筋肉が着き、額から角が生え、体中に黒くて大きな鱗が生える。
「田中!大丈夫か!?」
「・・・・・・まさか、あの状態でも生きてるとはな」
「ギリギリで新しいスキル作って、生き返ったんだよ」
汗だくになりながら剣を構え、庇う様に背中に青いのを隠す赤いの。
新しいスキルを作ったと言っても、あの炎に包まれた状態から生き返る何って・・・
この男、比喩表現でも何でもなく、正真正銘本物の化け物なんじゃないのか?
「心臓刺したら、流石に死ぬと聞いていたんだがな?」
「知らなかったのか?
人間の心臓はここにあるんだぜ?」
そう言って親指で左胸を指す赤いの。
失敗した。
あのカラドリウスの医者からは、右胸の真ん中辺りに心臓があるこの世界に人間と違って、異世界人の心臓はそれよりももっと真ん中辺り。
ほぼほぼ、『鬼』と同じ位の位置にある。
と、そう言われたから、あの辺りを刺したんだが、どうもまだまだ左に有ったみたいだ。
外見はこの世界に人間にそっくりだが、臓器の位置なんかの中身は大分違う。
と聞かされていたが、まさかここまで違うとは・・・
もう少し詳しくカラドリウスの医者に聞いておくんだった。
「そうか。教えてくれて、ありがとう。
次は確実にそこを狙う」
「何度も殺されてたまるかっての!!
2度目はないぜ!!」
1度私に殺されたにしては、やけにふてぶてしい。
まさか、今の私に確実な攻撃手段ない事に気づいてるのか?
暗殺の為に、不振がられるだろう鱗刀や鎧を入れたカバンは部屋に置いてきた。
縄代わりの髪も切られて落としたままの今、私ができる攻撃手段は基礎魔法の『チャカ』で作り出した炎のみ。
その炎も、あの時の様に赤いのの『クリエイト』で剣で変えられるかも知れない。
愚か者ではあるが、赤いのはけして弱い人間じゃないんだ。
暗殺じゃなく戦闘に持ち込まれた今、たった1つの攻撃手段で心臓を狙うのは不可能に近いだろう。
・・・・・・私1人だけだったらな。




