78,エウティシア 後編
「さぁ、ルチアナ。
一緒に帰りましょう。あの人の元に、一緒に」
「お前の探してる『ルチアナ』はコイツじゃない!!
いい加減、諦めやがれ!!」
「帰りましょう、ルチアナ」
「チッ!やっぱ俺の声は聞こえてないのか」
屋根を駆け回っても、ルチアを目指して追いかけてくるウンディーネ。
たぶんウンディーネが探してるのは、『ルチアナ』って名前の小さな子供だ。
名前が同じだったから、ルチアを『ルチアナ』と勘違いして追いかけてきている。
ウンディーネと『ルチアナ』がどう言う関係だったか。
それは分からないけど、ウンディーネをここまで強い幽霊にした未練は、間違いなくその『ルチアナ』に関係あるもんなんだろう。
だから、ウンディーネの目には『ルチアナ』だと勘違いしたルチアの姿しか映っていない。
「可愛い、可愛い、わたしのルチアナ。さぁ、おいで」
「だから、しつこいって!!『スラッシュ』!」
「・・・勇者様・・・申し訳ありません・・・」
「謝るな!大丈夫。大丈夫だから!!無理すんな」
「はい・・・」
ルチアは頑張って『クラング』を使おうとしてるけど、恐怖で上手く歌えないみたいだ。
涙声でボロボロになりながら、何とか口を動かしている。
でもルチアの口から出る音は途切れ途切れで、歌にならない。
そのせいで罪悪感を感じて、また泣いて。
更に『クラング』を使えなくなっているみたいだ。
そんなルチアを慰めつつ、ウンディーネに『スラッシュ』を放つ。
「クッソ!これじゃ、らちがあかねぇ!!」
どんなに『スラッシュ』を放っても、相変わらず直ぐ再生されちまう。
もう少し。
もう少しだけでいい!
ウンディーネの再生を遅らせれば!!
そう強く、強く、願う。
早く、早くッ!!
この追いかけっこを変える魔法かスキルをッ!!!
「よしッ!!来たぁあああ!!!」
ようやく待ち望んだスマホの着信音が辺りに響いた。
急いでリストバンドで確認して、新魔法を放つ。
「『エンチャント』、『スラッシュ』、『エクソシスム』!!」
「きゃぁあああああああああああああああ!!!」
『スラッシュ』を受けたウンディーネの体が消し飛ぶ。
だけど、今まで『スラッシュ』を受けた時とは違って、悲鳴を上げたウンディーネの体は直ぐ再生しなかった。
確かに再生してるけど、今までの倍。
いや、数倍は遅い。
『エクソシスム』は幽霊に激痛を与え再生を遅らせる、対幽霊用の魔法だ。
そして『エンチャント』は『クリエイト』で作った剣や『スラッシュ』に、俺が覚えてる幾つかの魔法を追加する魔法。
ステータス画面の説明を見るに、今の所追加できるのは、
『ファイア』、
『アクア』、
『サンダ』、
『エクソシスム』だけみたいだ。
『ライズ』、『スラッシュ』、『ジャンプ』、『移転の翼』は追加できない、と。
「上手くいった!今の内に距離を稼ぐぞ、ルチア!」
「はい!!勇者様!!」
「あ・・・あ・・・あぁ・・・
ルチアナ・・・ルチアナァアアアア・・・・・・」
ゆっくり再生しながらルチアに手を伸ばし、『ルチアナ』を呼ぶウンディーネ。
そのウンディーネを無視して、『ジャンプ』を連発しながら、距離を稼ぐ。
「待って・・・待って!!
ルチアナァ・・・ルチアナァアア!!!」
「チッ!もう追いかけてきたのか!
『エンチャント』、『スラッシュ』、『エクソシスム』!!」
「アアアアアアアアアアッ!!」
『エクソシスム』の効果で再生は遅くなったけど、ウンディーネは再生の途中でも追いかけてくる。
何度『エクソシスム』付き『スラッシュ』を放ってバラバラにしても、ウンディーネは諦めようとしない。
むしろ、『エクソシスム』を使ってバラバラにするほど、『ルチアナ』に対する執着が増していってる気がする。
「ルチアナルチアナルチアナルチアナァアアアア!!!帰りましょう、帰りましょう!!さぁ、さぁ、さぁあああ!!ルチアナ、わたしと一緒に、あの人の所に、帰りましょぉおおおおおおおおおおおおお!!!」
「うるせぇええええええ!!!
いい加減諦めやがれ!!!
『エンチャント』!『スラッシュ』!!
『エクソシスム』!!」
「そうだな。もう追いかけっこは終わりだ!
『ウォーター』!!『グレシャー』!!」
どこから響いたその田中の声と共に、ルチアがサポートした時以上の威力を持った水が、ウンディーネを襲う。
その水鉄砲は、俺の『エクソシスム』付き『スラッシュ』で煙になったウンディーネを貫き、煙になったウンディーネを包み込んで玉になった。
その玉がウンディーネごと分厚い氷に変わる。
『エクソシスム』の効果で上手く再生できないウンディーネは、氷から出られないみたいだ。
「シア!!いけるな!!?」
「はい!青の勇者様!!」
その氷の塊が重力にしたがって落ちだした瞬間。
氷の真下に居たシアが、真ん中に壷が置かれた魔方陣を発動させた。
魔方陣は光の縄に変わって、氷の塊ごとウンディーネを縛り、壷に吸い込まれていく。
「アアアアアアアアアアアアアアッ!!!
ルチアナアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
そう断末魔の叫びの様なスゴイ悲鳴を上げ、完全に壷に吸い込まれるウンディーネ。
氷の塊ごとウンディーネの全てが壷に入った瞬間。
シアの傍に居たキャラが、壷に魔方陣が書かれたフタをした。
フタがされた次の瞬間には、シアがフタの魔方陣を発動させていて。
カタカタ音を立てていた壷は、フタの魔方陣からあふれ出したオレンジ色の紐にグルグル縛られて、ようやく大人しくなった。
「2人共、大丈夫か?」
「見ての通り、ピンピンしてるぜ!」
「なら良かった。
とりあえず、キャラとシアの所に下りよう。
『ウィンド』」
『ウィンド』を使って側まで来た田中がそう聞いてくる。
それに笑顔で答えて、キャラ達の所へ。
「お疲れ様、勇者君。
姫さんも無事みたいで安心したよ」
「当然だろ。
俺が居るんだから、ルチアには指1本触らせなかったぜ!
な、ルチア?」
「・・・・・・」
「ルチア?」
「・・・えっ!あ、はい!!
ありがとうございます、勇者様!!
お陰で、助かりました!!」
何の前触れもなく急にウンディーネが消えたから、上手く状況を理解できなかったんだろうな。
泣きすぎて赤くなった顔のまま俺を見上げて少しボーっとしていたルチアが、俺の呼びかけで慌てて俺から離れる。
そのまま勢い良く頭を下げるルチア。
長めに頭を下げ続けて、また勢い良く顔を上げても、ルチアの顔の赤さは引いてなかった。
「皆さんも、ありがとうございます」
「いいって事だよ、姫さん。
にしても、姫さんも災難だね。
あんな幽霊に勘違いで狙われる何って」
「はい・・・」
「でも、そのウンディーネは無事封印できたんだ。
もう、ルチアが追いかけられる事はないさ!」
「はい。ありがとうございます」
ようやくホッと微笑んだルチアに、場の雰囲気もやわらかくなる。
「このウンディーネは、ガリカの教会が責任を持って管理します。
もちろん、眠ったまま避難させた村人達も、教会の方で治療しますので、大丈夫です」
「そっか。なら、俺達も帰るか」
「そうだね。
大分寄り道しちゃったし、ネイちゃんもラムちゃんも心配してるだろうね」
「あー、そうだな。何か土産でも買って帰るか?」
この村の事は、ガリカの教会がどうにかしてくれるみたいだし。
馬車を返してネイ達への土産でも買ったら、速攻帰ろうか。




