75・5,『 鬼 』の涙
今回は、キャラ視点の話です
「この!放せって言ってるだろーがッ!!」
突然アイツ等から離れた場所に飛ばされたと思ったら、どこからか現れたこの大男に捕まった。
ほんの数分前の自分と同じ、生気の無い黒く濁った様な紫色の目をした大男。
その目だけで彼も、毒と魔法で操れた、『ゾンビ』って呼ばれる存在にされてしまった事が分かってしまう。
「放せ、シアッ!!!」
「キャラさん、貴女の方がうるさいですよ。
少しは静かにしてください」
「いーやーだねッ!!
誰がお前等なんかの命令なんか聞くか!!
ボク達を解放して、とっととくたばれ外道女!!!」
タカハシ達には絶対見せない、心底蔑んだ冷たい目。
ルチアもそうだけど、本当ゾンビになってない奴等の演技力には感服するよ。
やってる事はクソほども感心できねぇけどな!!
「はぁ、本当に口の悪い方ですね。
貴女に女性らしいつつましさと言うものは無いのですか?」
「ハンッ!そんなクソの役にもたたねぇモン、とっくの昔にドブ川に捨ててやったぜ!!」
「貴女は見た目もスキルも魔法も、珍しくて素晴らしいのですよ?
素材は良いのですから、私達の考えたとおり、話して動いて。
そうする事で、ようやく貴女に価値が生まれる。
王にも勇者様にも気に入られないだろう今の貴女には、一切の価値なんて無いんですよ?
分かってますか?」
「勝手に言ってやがれってんだ!!
ボク達ははお前等の人形なんかじゃねぇ!!!
外道共に勝手に決められた価値なんか、1リラの価値もねぇんだよ!!!」
「そんな事ありません。
この世界の価値は全て、勇者様と勇者様に選ばれた王が決めるのです」
「ハンッ!!
サイッコウに頭にウジがわいた、腐りきった理論だな!
母ちゃんの腹の中に戻って、頭作り直してきたらどうだ?」
本当、腐りきっている。
ボク達はオーサマや先代勇者の命令を聞くだけの人形じゃない!
ちゃんとそれぞれ、自分だけの心を持った『人』だ。
ただ頷いて、ただ褒め称えるだけの人形になる為に生まれてきたんじゃない!!!
ボク達はボク達の『正義』を信じて、大切なモノを守る為に全力で生きてるんだ!!
それを踏みにじるなら、例えレーヤ様でも許さない!
「・・・はぁ。
どうして貴女は、その様な価値の無い状態に戻ってしまったのでしょうか?
普通は2度と無価値な状態には戻らないはずですよ?」
「最初から意識があったからな!
全力で抵抗し続けてやったぜ!
ボク達も勇者の子孫なんだろ?
勇者の血、なめんな!!」
そう、ゾンビになると普通は自分本来の意識や心は完全に眠ってしまうらしい。
深い深い眠りに落ちて、体を好き勝手使われる。
だけど、完全にゾンビ毒が効かなかったルゥほどじゃないけど、一応勇者の子孫らしいボクも、ゾンビ毒が効きにくかったらしい。
体を自分の意思で動かせなかったけど、ちゃんと『ボク自身の意識』は起きてたんだ。
ベルエール山の仕掛けの部屋に居た辺りから少しずつ、自分の意識で体を動かせる様になってきて。
そして、村の方から異国語の歌が聞こえた瞬間。
ボクは自分の体の主導権を完全に奪い返した!
そんな事絶対に気づかないルチア達、ゾンビになってない奴等は油断して、ボクやラム達の前で色々自分達の悪事を言いまくってた訳だけど。
残念だったな!!
言い逃れなんかできない位、お前達の悪事はゼーンブ知ってるんだぜ!!
「はぁ・・・
『勇者の血』なんって、貴女だけには言われたくありませんね」
「それはこっちのセリフだ!
お前等みたいな外道にこそ、勇者なんって軽々しく言ってほしくないね!!」
ルチアとシア。
この2人とオーサマにだけは、勇者を軽々しく語ってほしくない。
院長様の話だと、英勇教には沢山の宗派があるそうだ。
何代目勇者の教えを信じるか。
それで宗派は変わる。
でもどの宗派でも『自分の信じる勇者の教えを守って、その勇者の様な人になる事を目指す』ってのは変わらない。
ルチアやシアが信じてる宗派を抜かしては、って話だけど。
「勇者を人と思ってない奴等が勇者を語るな!!!
ちょっとでも困ったら、すぐ異世界から勇者を呼ぶ?
面倒ごとは全部新しく呼んだ勇者に押し付けよう?
本当、お前等の宗派の教えはふざけてるよな!!
『勇者』まで道具扱いすんじゃねぇよ!!!」
「そんな事ありません。
私達はただ勇者様のご指示通り生きればいいだけなのです。
勇者様のお考えが間違う事などありえないのですから、私達は何も考えなくていい。
不安を抱かなくていい。
全ては勇者様が導いてくれます」
「ハンッ!バッカじゃね?」
間違いだらけなんだよ、『勇者』だってさ。
でも、悩んで、苦しんで、考えて。
最後まで自分の『正義』を貫いた。
だからカッコいいし、憧れるし、そんな人の様になりたいって思うだ。
間違いながら、
心も体もボロボロになりながら、
それでも仲間を守って魔王を倒した。
そんなレーヤ様の様なカッコいい人を目指したい、って思う人が沢山居たんだ!
だから、英勇教は生まれたんだ!!
絶対、『勇者』を利用しようとして生まれた宗教なんかじゃない!!!
「成長もしない死人が導けるのは、あの世への道だけなんだよ。
死人と一緒に地獄に落ちたいなら、俺達を巻き込まず、自分達だけで落ちやがれってんだ!!!」
「落ちませんよ。
落ちるのは、貴女の様な勇者様の教えに逆らい、無価値な存在に戻ろうとする者だけです」
「それこそありえないな!
知ってるか?
レーヤ様達が言った地獄ってのは、『悪人』が落ちる所なんだぜ?」
「ですから、貴女のような勇者様がお与えになった価値を否定する者こそ、真の悪人だと言ってるのです。
分かりましたか?」
「違うね!
悪人ってのはお前達みたいなのを言うんだよ!!
毒でゾンビに変えて、人の心の時間奪って。
ゾンビにならなかった奴等の心傷つけて!!!
異世界から無理やりつれて来たタカハシ達を、アガサさん達の様に操って利用する。
そんな奴等を極悪人って言うんだ!!」
ゾンビじゃないけど、アガサさんやタカハシ達はルチアに操られている。
タカハシとタナカの事は詳しく分からないけど。
でも、アガサさんはルチアに頻繁に会うようになってから、可笑しくなっていた。
何も考えずにルチアの言う事何でも聞くようになったし、妄信してるみたいだし。
その結果、元々シャルル修道院で信仰していた英勇教の宗派を、ルチア達が信仰してる宗派に無理やり変えてしまったんだ。
それで、院長様がゾンビになるまで何時も喧嘩してたっけ。
ルチアが現れるまで、あんなに中の良い姉弟だったのに・・・
「なにを根拠に、
「目。目の色。
2人共、ルチアに操られたアガサさん達と同じ、濁った黒色してるんだよ」
そう、元々赤茶けていたアガサさんの瞳の色は、ルチアに会う度に濁った気持ち悪い黒色に染まっていっていた。
ボクが初めて会った時からタカハシ達も、髪色に似合わないそんな瞳の色をしてたんだ。
ボク達ゾンビにされた人は、皆例外なく瞳の色が紫色になる。
どんな方法でも誰かに操られたって証拠が、瞳の色の変化なら。
間違いなくタカハシ達もアガサさんと同じように、ルチアに操られてるんだ!
「それの何処が根拠だというのですか?
元々赤の勇者様も青の勇者様も、そう言う色だったかも知れないじゃないですか」
「それは無いね。少なくとも、タナカは。
タナカの目の色は、元々薄い茶色だよ」
ネイちゃんが『キビ』って言うタナカの従兄弟の事を聞いた時。
優しく微笑んだタナカの瞳がダンダン茶色になっていってたのを思い出す。
その事にルチアは心底驚いてたし、その後直ぐ『キビ』って人の話を終わらせようとしていた。
それにあの出来事以来ルチア達、タカハシ以外のゾンビじゃ無い奴等は出来るだけタナカが『キビ』って人の事を話さないよう阻止しようとしている。
つまり、それらの事を考えるとほんの一瞬だけだけど、『キビ』って人の話をしていたあの時タナカは、ルチアの予想を裏切って自力でルチアの洗脳を解いていたんだ!!
「アガサさんやタカハシ達はゾンビになっていない。
でも、操られてるんだから、アガサさん達を操ってるルチアの正体は、噂のウンディーネなんだろう?」
「・・・・・・本当、気づかなくていい様な事にばかり気づく頭ですね」
「おや?正解だったか。
魔族を敵だ悪だって言う割りに、1番需要なところはその魔族に手伝ってもらってたんだな。
自力じゃ何も出来ないくせに、よくもまぁそこまで偉そうに出来るもんだ。
流石オーサマにユウシャサマだ!
ボク達とは図々しさの次元が違うよ!!」
「無駄に良くしゃべる、うるさい口ですね。
そろそろ閉じていただけません?」
「ハンッ!図星つかれて怒った?
ざまー見ろ!!
お前等の腐った頭じゃ、こんな単純な事も隠しとおせねぇんだよ!!
とっとマオーさん達にでも捕まって、聖職者らしくレーヤ様達に懺悔でもしてきたらどうだ?
あ、懺悔って意味分かる?
自分達が悪い事しましたって歴代勇者達に謝りに行って、2度としないって誓う事だぞ?」
「うるさい!!
その口を閉じろと言ってるのです!!!」
顔を真っ赤にして怒鳴るシア。
その顔を見たら少しだけ溜飲が下がった。
本当に、ざまー見ろってんだ!!
「閉じないうるさい口は、無理に閉じればいい。
そうだろ、シア?」
「ッ!この声は!!」
「勇者様ぁ!!」
まるで遠くに行っていた恋人に、久しぶりに会えたみたいな。
そんな感じにウットリと頬を染め、歓喜一色に染まった声で先代勇者を呼ぶシア。
シアが持つ通信鏡から聞こえてきたのは、アーサーベルの教会にいる先代勇者の声だった。
「あぁ、勇者様!勇者様ぁ!!」
「シア。よく頑張ったね。
シアは本当に頑張り屋のいい子だ。
シアがいい子だと私も嬉しいよ。
だから、シア。もう少し頑張れるね?
いい子のシアなら、もう少し頑張れるよね?」
「はい・・・はい!
勇者様、私、頑張ります。
勇者様の為に頑張ります!!」
「いい子だ、シア」
「はい!!ありがとうございます、勇者様!!!」
先代勇者が出た瞬間シアは、ボクの事なんか忘れたったみたいに興奮気味に通信鏡にへばり着いた。
先代勇者に名前を呼ばれる度に、ドンドン発情した動物みたいな顔と息使いになるシア。
そんなシアは、同じ人間の女だとは到底思えない、完全に知能を失った動物のメスそのもので。
ただただボクは、そんなシアの姿に吐き気しか覚えなかった。
上がった息も、赤く染まった顔も、白目を向きそうなほど見開かれた目も、涎を飛び散らしながら叫ぶ口も。
全部が全部、気持ち悪い。
「勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様勇者様ぁ!!!
私、私!!勇者様の為なら何でもします!!
何でもしますからぁ!!
だからだから、もっと褒めてください!!
もっと私の名前、呼んでください!!
勇者様ぁああああああああああああ!!!!」
「勇者勇者うるせぇし、気持ち悪いんだよ!!
変態外道女の戯言なんざ誰が聞きたいって頼んだ!」
先代勇者の登場で、大男を操る力が緩んだんだろう。
ゾンビにされてる大男には本当に申し訳ないけど、ボクを掴むその手を盾で少しだけ切った。
薄くても手を切られたって事に、大男の体が生きていく為の最低限の生き物らしい反応としてボクを手放す。
その瞬間大男の手から脱出したボクは、『シュッツェン』を使って刃の部分を大きく鋭くした盾を振り上げてシアの首を狙った。
「私は今、勇者様とお話してるんです!!
邪魔しないでくださいッ!!!!」
「ア、ガッ!」
そのハズなのに、気づいた時にはボクは地面に叩き付けられていた。
また、だ。
また、気づいたら別の場所に飛ばされていた。
思いっきり背中をぶつけた衝撃と痛みで、上手く息が吸えないし体が上手く動かせない。
それに、背中が少しヌルットする。
もしかしたら、あの時タカハシから無理矢理移された傷跡が開いたのかもな。
「イッ、ツ!こ、の!!放せ!!!」
その隙に大男が、ボクを押し倒すようにして地面に押さえ込んでくる。
大男は手から血が出てようが、ボクに盾で何度も殴られようが、一切ボクを放そうとしない。
「無駄ですよ。
その男には、自分が死ぬか、私が次に命令するまで貴女を放さないよう、命令しましたので」
「なっ!お前はまた!!!
人の命を何だと思ってやがるんだ!!?」
「勿論、勇者様が幸せになる為の道具ですよ。
それ以外、何があると言うのですか?」
何言ってんだコイツ?
とでも言いたそうに首を傾げるシア。
その顔と態度は、心底自分の言葉を疑っていない奴のそれだった。
あぁ、コイツは『人』じゃない。
人間でも魔族でもない、もっと根元の部分から俺達人とは相容れない化け物だ。
「あぁ、そうでした。
これ以上勇者様がその汚い言葉を聞いてはいけませんね。
早く貴女の口を閉じないと!」
「な、にをッ!!する気だ!!」
「何って、分かりきった事を聞きますね?
何度も言ってるでしょう?
貴女を価値ある状態に戻すだけです」
「ッ!誰がゾンビなんかに戻るかぁああ!!」
やっと自分の体を取り戻せたんだ。
もう2度とゾンビなんかに戻りたくない。
戻ってなんかなるもんか!!
ボクはこれ以上、ルゥを悲しませる訳にはいかないんだ!!!
コイツ等全員ぶっ飛ばして、ボクはルゥの所に行く!
絶対ルゥの所に戻るんだッ!!!
「頭を抑えろ」
「ッイ、グゥ、ァアア・・・」
「さようなら、醜く汚ならしいキャラさん。
もう2度と目を覚まさないでくださいね?」
シアが持っている小瓶から、紫色の液体が落ちてくる。
その液体が大男に抑えられた顔に掛かって、口や鼻の中にも入り込んできた。
ボク達をゾンビに変えた井戸水。
あの日降った紫色の雨に汚染された井戸水を飲んで、ボク達はゾンビになったんだっけ。
その井戸水よりもシアが零した液体は濃くて量も多い。
だから、最初にゾンビになった時と違って、紫色の液体がボクの体の中に入るほど、ボクの意識は沈んでいく。
「ア、ア・・・アァ・・・・・・」
今回はこんな所で負けちまったけど、もう1度体を奪い返す機会を狙い続けてやる!!
ってそう思うのに。
そう思ってるはずなのに、意識が沈んで行く度に心が絶望と諦めに支配されていく。
こんなに深く沈んでいくのに、もう1度こんな機会が訪れるのか?
本当に、これが最後だったら・・・・・・
あぁ、ダメだ。
絶望しちゃダメだって分かってる!
分かってるけど・・・・・・
ごめん、ルゥ。
頼りない姉ちゃんで、本当、ごめんね。
折角元に戻れたのに、またゾンビに戻って。
本当、情けないなぁ・・・
なぁ、ルゥ。
ルゥ、お前だけは、絶対『人』として最後まで生きてくれ。
これからも辛い事がいっぱい起きるだろうけど。
挫けそうな事も、いっぱい起きるだろうけど。
でも!!
でもルゥ、お前だけは最後まで『人』の心だけはなくさず生きてくれ!!
心の中でこんな応援しか言えない、弱い姉ちゃんで、ごめんな、ルゥ。
「・・・ア、・・・・・・タ・・・な・・・・・・
たス・・・・・・て・・・」
紫色の液体と混じって目から零れた液体と一緒に、ボクの口から『最後のボクの言葉』も零れる。
その言葉がなんだったか、自分でも分からない。
またゾンビにされる最後の最後に、ボクは何って言いたかったのかな?
「さぁ、キャラさん。戻りましょうか」
「あぁ、そうだね、シアちゃん」
誰の声も聞こえないほど、深く深く沈む中。
最後に聞いたのは、望んだ『誰か』の声じゃなくて。
シアに動かされた僕の声だった。




