75,『 鬼 』の居ぬ間に
「ルチア達は魔族に操られなかったんだろ?
何で俺と田中だけ・・・」
「それは、勇者様方が男性だからです」
「へっ?何で男だと操られるんだ?」
「ッ・・・
そもそも、俺と高橋が操られていたって、どういうことだ?」
「あ、田中。おはよう。どっか痛い所あるか?」
ルチアの魔法で無事目を覚ました田中が、頭を抑えながら起き上がった。
少しフラ付きながらも辺りを見回して眉を寄せる。
「頭が少し痛いな。それより、キャラとシアは?」
「それ、魔法の使いすぎで起きる頭痛と同じか?
あっ。キャラとシアはあっち。
お前が気絶してる間色々あって、キャラがマジギレしてシアが宥めてる」
「本当、何があったんだ?
頭痛は・・・違うな。
内側じゃなくて外側から痛みが来る感じだ」
「キャラの奴、田中の頭殴って気絶させたのか?
田中、その傷自分で治せるか?」
「あぁ、問題ない。
問題なのは、俺がキャラに殴られたって言う、意味が分からない状況だ。
そろそろ、何があったのか言ってくれ」
不機嫌そうにそう言いながら自分自身に『キュア』と『リフレッシュ』をかける田中。
田中の様子を見てると、本当にキャラに殴られて出来た傷はたいした事ないみたいだ。
それより、現状が理解できなさ過ぎて混乱してるって感じか。
「村の中に隠れていた魔族に、俺とお前、操られていたみたいだぜ。
俺もルチアに助けられるまでの記憶無いから、詳しく知らないんだけど」
「そうか」
「はい。
この村に居た魔族はウンディーネ。
歌声で男性のみを操る『技』を持った、女性の姿をした魔族です」
軽く説明した俺と、そこまで聞いた田中に見つめられ、ルチアがうなずく。
俺達が何を言いたいのか察してルチアは中にどんな魔族が居るのか、真剣そのもの表情で言ってきた。
「だから、ルチア達は無事で、俺達2人だけが操られたんだな」
「今度はウンディーネか。
俺達の世界のウンディーネは四大精霊の内の1つ。
水を司る精霊だ。
人間の男に恋をするとか言われてるな」
「水・・・今回は『水』に関係あるものばっかだな」
「まぁ、何時もの事で俺たちの世界のウンディーネとは別物だろうけどな。
どちらかと言えば、西洋の人魚の方が近い感じだし」
「はい。
何時も通り、勇者様方の世界のウンディーネとは大分違います。
人間の男と恋だ何って・・・ありえませんよ!」
そう言って苦笑いを浮かべるルチア。
ルチアの話だと、この世界のウンディーネは歌声で男を操って不幸にする魔族らしい。
特に国の重要人物を狙う事が多くて、大昔からどの国でも警戒されているかなり危険な魔族だ。
何千年もの大昔には、自分達を生み出した魔王まで操ろうとしたウンディーネいるってくらいなんだから、相当ヤバイだろ?
「長い間ウンディーネの歌声を聞いていたのでなければ、『無音』の魔法や無音石でウンディーネの『技』は防げます」
「今はルチアが『無音』の魔法をかけてくれてるから、俺達は操られてないんだな。
そもそも、今そのウンディーネは歌ってるのか?」
「はい。先ほどから休まず歌っています。
ここまで長く歌い続けられるウンディーネはそうそういません!
間違いなく、相当な実力者です!!
戦いの才能に置き換えれば、あの『レジスタンス』の女性や、コアントロー・コープスリヴァイブと同じ位です!」
「そんなになのか!?」
ウンディーネと同じように、『歌』が関わる魔法が得意なルチアだからこその説得力。
ここまでルチアが言うんだ。
本当に美女や暗黒騎士レベルの実力者って事だよな。
「・・・この村は、そのウンディーネを封じる為にこんな事になったのかもな」
「何でそんな・・・
村人全員犠牲にする必要がどこにあったんだよ!!」
「さっき、ルチアが言っただろ。
『長い間ウンディーネの歌声を聞いていたのでなければ』って。
それは長い間ウンディーネの歌声を聞いていたら、洗脳が解けないって事だろ」
「・・・・・・はい。
残念な事ですが、何年もウンディーネの歌声を聴き続けていたものは、簡単には正気に戻せません。
心を打ち砕くほどの衝撃的な事を聞かなければ、正気には戻らないのです」
「トラウマになる位の、かなり強い精神的ダメージが必要ってことか。
普通そんな精神ダメージ、簡単に与えられないだろう?」
「だから、ウンディーネに操られた村の男達やその家族ごと村を閉じ込めたって?」
「あぁ」
最悪だ。
そんな理由で1つの村が犠牲になって、周りの記憶からも消された何って。
この村ごとウンディーネを封印した当時、この村に居るウンディーネを倒せるだけの実力がある奴がいなかったとしても。
封印した奴等はこの村の事を何かに残して、いつか助けようとは思わなかったのか!?
助ける事を最初から諦めたのかよ!!
「大丈夫です、勇者様」
「ルチア・・・」
「勇者様方なら、この村を必ず救えます。
操られた村人の前でウンディーネを倒せば、必ずこの村は救われるのです!」
「・・・そうか!
操られた村人達にとって、自分達を操ってるウンディーネが倒される光景は、相当ショックなはず。
その衝撃を使って正気に戻すんだな!」
「はい、そう言うことです!!」
ルチアの話じゃ、ウンディーネの中には操った男達が、自分が歌ってない間も心酔するよう操る奴もいるらしい。
そんなウンディーネを心酔しきった男達にとって、『ウンディーネの死』ってのはトラウマレベルのショックのはず。
ルチアと田中はそう考えたみたいだ。
「だったら、さっさとそのウンディーネ倒して・・・
って、ルチアの『無音』の魔法が切れたら俺達も操られるんだよな」
「えぇ。
無音石があれば、その心配もなくなるのですが・・・・・・」
「そんなもん、都合良く持ってないんだよなぁ・・・」
「あっ!そうだった。
1つだけだけど、無音石あるぞ。ほら、これだ」
「え?」
操られた村人達に邪魔されていざって時ルチアが『無音』の魔法を使えなければ、それでツミだ。
それを解消する魔法道具の無音石は、ルチアが同じ効果の『無音』の魔法使えるからって誰も持っていない。
そう思っていたら、田中が1つ持っていると言い出した。
嘘だろう?
と思いつつ田中を見ると、田中はショルダーバッグのフタの内側に着いた、小さなポケット。
その小さなポケットから、ほらと言いながら白い石のネックレスを取り出した。
「お前、何時の間に無音石なんって買ってたんだ?」
「いや、買ってない。
いつの間にかこのカバンの中に入ってたんだ」
「ッ!」
「ルチアが最初から用意してくれてたと思ったけど、その様子だと違うみたいだな」
「恐らく・・・
このカバンを作ったものが、コッソリ用意したのだと思います」
買った覚えが無いのに入っていた、って田中が言ったからだろう。
このショルダーバッグを用意したルチアも、心底驚いた顔をした。
田中はルチアが最初からカバンに忍ばせていたって思ってたみたいだけど、ルチア達に依頼されてショルダーバッグを作った奴が入れてたいたらしい。
ショルダーバッグを作った奴は、とんでもなく嬉しいサプライズを仕掛けてくれたもんだ。
「ルチア。
このショルダーバック作った人って今どこに居るんだ?
今更だけどさ、出来れば直接お礼が言いたいんだけど」
「それは・・・」
「無理だ、高橋。
俺もかなり前に同じ理由で聞いたけど、このカバンを作ってくれた人は、俺達が『召喚』されるよりも前に、もう・・・」
「あ・・・そっか。
ショルダーバックを作った人は、俺達が直接お礼が言えない場所に行っちまってたんだな」
ルチアと田中の態度が、ショウルダーバックを作った奴がもう死んでいると語っていた。
だったら、俺達が魔王を倒す事が1番の恩返しって事だ。
「高橋。この無音石はお前が使え」
「いいのか?」
「あぁ。
俺は動かなくても攻撃できるし、『アサイラム』だってあるからな。
自力でどうにかなる。
でも、1番動き回るお前はそうはいかないだろ?」
「それもそうか。
じゃあ、ありがたくこれ借りるな。
サンキュー、田中」
田中から無音石を受け取って首から提げる。
試しにルチアの『無音』の魔法を消したけど、俺は全く操られなかった。
うん、ちゃんと効果があるな。
後はキャラとシアが戻ってくれば、いつでも村に突撃できる。
・・・・・・キャラの奴、ちゃんと落ち着いたかな?




