73,眠れる村 後編
手分けして村の周りを調べて分かったのは、この村を隠してる壁がドーム状になっていて、『幻術』は上の開いた円柱状になっているって事だ。
「それでどうだった?壁は何でできてたんだ?」
「巨大な時間結晶の板です。
中のもの達を眠った時間で止めています」
「つまり、『幸福な牢獄』を時間結晶と眠らせる魔法で再現してるって事だ」
上から見た田中が、ドーム状の壁が水晶っぽい物でできてるって言い出して、ルチアと一緒に確認しだした。
それを聞いてこの村も水晶化作戦の被害にあったのかって思ったけど、どうも違うらしい。
中で起きてる事は『幸福な牢獄』と同じだけど、使われてる物が違う。
犯人が何を思ってこんな大掛かりな方法で『幸福な牢獄』を再現したのか。
それは結局今の段階では分からなかったけど、『幸福な牢獄』じゃないなら今の俺達でも壊せるって事だ。
さっさと『幻術』の魔法道具も時間結晶ドームも壊して、中の人達を助けよう。
「魔法道具は地面に埋まってるんだったな?」
「はい。この規模ですから、恐らく4つ・・・
いえ、多く見積もって6つはあると思います」
「はぁ。結局、地面掘る事になったね」
「そうだな」
つい俺とキャラから苦笑いがこぼれる。
まさか、本当に田中の予想が当たるなんてな。
まぁ、田中が考えていた数倍、酷い事が起きてたけど。
「よし!これで最後だ!!」
「あ、壁が!壁が見えました、赤の勇者様!!」
「うわぁ・・・予想してたよりデカイな。
これ全部時間結晶なんだろ?
壊すのもったいなくね?」
魔法道具を壊して現れた時間結晶ドームは壊すのがもったいないって思うほど、芸術的な美しさって言うの?
そう言うのがあった。
俺達の身長よりもでかい水晶の板。
それが隙間なく重なり合って綺麗なドームを作っている。
『心眼』越しでも時間結晶ドームの輪郭なら見えるけど、時間結晶ドームがデカ過ぎてちゃんと視えなかったんだよな。
だから、こんな風に作られてたのは気づかなかったぜ。
「ですが、壊さない事には中の人達を助けられませんよ。赤の勇者様」
「そうなんだよなぁ・・・・・
よしッ!いっちょやるか!『スラッシュ』!!!」
少しのもったいなさに揺らいだ思いを打ち払い、時間結晶ドームに軽めの『スラッシュ』を放つ。
中に居る人達を怪我させない様に手加減した『スラッシュ』でも、1度で板を何枚かバラバラに出来た。
「俺達が入れる穴は空けれたけど、まだ壊した方がいいか?」
「いいえ、十分です、勇者様。
あまり良いできの時間結晶ではなかったのでしょう。
勇者様が1部を壊してくれたおかげで、中の時間が動き出しています」
「なら中に入るか」
「あ、その前にシア。
ちょっと頼まれてくれないか?」
「はい。何でしょうか、青の勇者様?」
さぁ、入ろう。
って所で俺は田中のその言葉に足を止めた。
今、この状況でシアに頼みごと?
何かあったっけ?
「高橋の話だと、中に人が居るんだろ?
それもかなりの数が」
「あぁ、普通の小さな村並みに居る。
『心眼』で視えた範囲だけでも20人以上は居た」
「だと、俺達が乗ってきた馬車だけじゃ全員1度に乗せられないだろ?
この『幸福の牢獄』モドキを誰がやって、何が目的なのか。
全然分かってないけど、犯人がこの近くにまだ居るなら、またこの村の人達に危害を加えるかもしれない」
「なるほど。
その前に全員一緒に避難させた方が良いという事ですね」
確かに田中の言う通りかもな。
俺達が『幻術』の魔法道具や時間結晶ドームを壊した事に気づいて、犯人が襲ってくるかもしれない。
犯人が1人だけならまだ良いけど、『レジスタンス』の奴等みたいに何かの組織が関わっていたら困る。
戦えない何十人って人達を守りながら、たった5人で何十、何百って数の敵を相手にするのは厳しいよな。
襲われなくても、俺達みたいに誰かがこの村を助けようとしたら発動する時限爆弾みたいのがあったら、それはそれで困るし。
ここの安全レベルがすっごく低いのは確かなんだから、ルチアが言ったように1度に全員安全な所に連れてった方が良いよな。
「あぁ。だから、ガリカの教会でもう少し人が乗れる馬車を借りれないか?」
「そう言う事でしたら、連絡してみます。
少々、お待ちください」
そう言って俺達から少し離れてから通信鏡を取り出すシア。
俺達には通信先の相手の声どころか、シアの声もちゃんと聞こえない。
でも、頼み事するだけにしては話が長いし、通信鏡に出た相手とつい今全く関係ない話で盛り上がってるって言うには、その困った様なシアの表情が否定してくる。
たぶん、今の俺達の状況の説明がうまく出来てないんだろうな。
そのシアの姿を見て、俺は田中にある提案をした。
「なぁ、いっそうの事キャラとシアに大きい馬車取りに行ってもらった方がいいんじゃないのか?
この村地図に載ってないし、他に目印になるようなものないし。
新しい馬車で来て貰っても教会の人、ここまで来れないんじゃないのか?」
「確かにそうだけど、お前、ここからガリカまで往復何時間掛かると思ってるんだ?
少なく見ても6時間は掛かるぞ」
「えっ!そんなに!?てか、田中。
そもそもお前なんでそんな事分かるんだよ?
って『ナビ』使ったのか」
「当たり前だろ。
俺が馬車の移動速度や距離から、全部計算して導き出したと思ったのか?
まぁ、少しは計算したけど」
「したのかよ!?よくそんな事できたな」
田中がスマホを取り出してたから、『ナビ』を使った事は直ぐ分かった。
田中が差し出したスマホの画面によれば、俺達はベルエール山と宿場町の真ん中辺りに居るらしい。
どちらかと言えば宿場町の方が近い。
田中はその『ナビ』の情報と馬車に乗っていた時間から計算して、ガリカまで掛かる時間を出したみたいだ。
「・・・小学校の時習っただろ。
時速とか求める公式。
はじきの法則とかはじき図とか、覚えてないのか?」
「あー・・・聞いた事あるようなー・・・・・
確か、分数っぽい奴だっけ?
距離が上にあって、速さと時間が下にあるやつ。
それで掛け算と割り算して・・・」
「そう、それ。
お前、テストの点、大体俺と同じ位良いのに、何でそんなに忘れっぽいんだ?」
「テストの間だけ必要な知識だから?
困ったらスマホで調べればいいし、テストで赤点取らないようにする以外覚えてる必要って特にないじゃん。
そもそもテストって大体勘でどうにかなるし!」
「いや、普通ならないからな。
勘でどうにかなるなら、俺達みたいな普通の学生は苦労してないって」
話がそれた、って言いながらため息を吐く田中。
田中の話だと、ガリカからベルエール山に行くよりも時間が掛かるらしい。
ヤドカリネズミが休まず死ぬ気で頑張れば2時間ちょっとでガリカに着く。
でもあのヤドカリネズミの体の事を考えれば、休み休み3、4時間位は掛かるはずだ。
「あのヤドカリネズミ、普通のヤドカリネズミよりは長く走り続けられるけど、最大で1時間位が限界だろ?
それで限界まで走り続けたら、最低でも30分は休ませないといけないんだったよな?」
「そうだよ、青の勇者君。
長く走れる種族の中でも特に走るのが得意で、腕のいい調教師が訓練したヤドカリネズミなら2時間位余裕で走り続けられるんだけどね。
この子は違う。
今後の事を考えたら、4,50分ちょっと走って5分、10分休憩って形が負担が少ないかな?」
「ですが、実際はもっとゆっくりなペースで進んでいましたよね?
休憩の時間も2、30分は何時も取っていましたし」
「こんな深い森の中を、かなり長い間走らせなきゃいけなかったからね。
休める時に出来るだけ長く休ませてたんだよ。
いつ魔物に襲われるか分からないから、休ませられる時に休ましてたって事」
ヤドカリネズミだって生き物なんだから、何時間もぶっ続けで走り続けるなんて無理なんだよな。
無茶させ続けたら最悪死んじまうし、そうじゃなくても一生走れない体になっちまうかもしれない。
そう考えると、どうしても休み休み進む事になっちまう。
今回はかなりデコボコした魔物や猛獣も住む、道っていえないような場所を進んでたんだ。
木々をよける為に普段よりゆっくり進んでも、普通の道を進むよりヤドカリネズミの負担も大きいし、それに見合った休憩時間を与えないといけない。
もっと良い道を選んで進んでも、最低往復6時間。
「ヤドカリネズミの体調しだいじゃ、もっと掛かるんだよなぁ。
キャラ達に取りに行ってもらう方が時間が掛かるって事か」
「そういう事だ。まぁ、それより・・・シア!
俺からも説明した方がいいか?」
「あ、はい!
申し訳ありませんが、お願いできますか?」
「分かった・・・・・・場所はここで・・・
えぇ、そう・・・そうです・・・」
俺達が話してる間も、シアの話は終わらなかった。
だから、田中はシアにそう声をかけたんだろうな。
どこか途方にくれた様な顔をしていたシアは、田中のその言葉を聞いて少しだけホッとした表情を見せた。
そんなシアに頷き返し、通信鏡にスマホを見せながら説明しだした田中。
勇者の1人である田中が参戦したお陰か、話がスムーズに進んでるみたいだ。
ぶっちゃけ言って、最初から田中と2人で頼んでた方が良かったんじゃないのか?




