65,裏切り勇者と水の宝 14箱目
本当に違和感を無くすのには時間が掛かるみたいで、この魔法を掛け始めた後に治療しだした田中達の方が、先に治ってしまった位だ。
「どうでしょうか、赤の勇者様?」
「うん、OK。何処も違和感感じないぜ!
ありがとうな、シア」
「いいえ、そんな・・・
元々は私の未熟さが招いた事。
赤の勇者様に嫌な思いをさせてしまったのに、お礼など・・・」
「そんな事言うなよ。
俺は本気でシアに感謝してるし、スゲーって思ってるんだぜ?
そんなに思い詰めるなって!
シアは普通にスゲー奴なんだからさ!!」
「・・・・・・はい。
ありがとうございます、赤の勇者様」
俺はシアの事、普通にスゴイと思ったけど、シア自身は納得できてないらしい。
完璧主義って言うの?
シアは意外と失敗とか引きずるタイプだったみたいで、一発で俺を治せなかった事を引きずって卑屈な事を言う。
昨日の事も合わせて考えると、シアって俺が思っている以上に難しい性各なのかもな。
まぁ、いい奴なのは変わりないけど。
「高橋、終わったか?」
「おう。待たせ過ぎたか?」
「いいや。ちょうど良い休憩時間だった」
俺が治療してる間、田中が『ライト』を使って部屋を明るくしてくれていたらしい。
それで分かったのは、この部屋にはほとんど足場がないって事だ。
部屋のほとんどの床が消え、歪で巨大な穴がポッカリ口を開けている。
大きさも深さも、仕掛けの部屋の1番大きな穴の倍以上はありそうだ。
「あるのは穴だけか・・・
じゃあ、『水のオーブ』はこの穴の中にあるんだな」
「あぁ、そうだ。
だけど、この穴はただの穴じゃない。湖だ」
「湖って事は、ベッセル湖と同じって事か」
田中にそう言われ、俺は勢い良く穴に入った。
穴に入った俺は少し沈むだけで重力に従って底まで落ちる事もなく、『ジャンプ』も『ウィンド』も使ってないのに穴の上に浮いたまま。
ただ凍る1歩手間って位冷たい水が、俺を闇の底に飲み込もうとまとわりついてくる感じがするだけ。
穴から出て地面の上に乗れば、異常なほど寒いだけで体も服も一切濡れていない。
この感じは完全にベッセル湖で泳いだ時と一緒だ。
「水のマナの巨大地底湖、か。
確かにここは『水のオーブ』を置いておくには良い場所だな。
で、皆ベッセル湖で使ったウェットスーツは持ってきてるか?
俺は着てきたけど」
「俺も、一応持ってきてるぞ」
「私もです」
「ごめん、ボクは置いてきちゃったんだ」
「申し訳ありません。私は元々持っていなくて・・・
用意もできませんでした・・・」
俺とルチア、田中はベッセル湖用の水着を持って来ていたけど、キャラとシアは持ってきていない。
そもそもシアはベッセル湖用の水着自体持ってなかったみたいだ。
まぁ、あの水着結構良い値段してたから、仕方ないか。
心底申し訳なさそうなシアの言葉を聞いて、ベッセル湖近くの露天で売っていたウェットスーツが、俺達でも自力で買うのが絶対無理な値段だった事を思い出す。
今俺達が持ってるウェットスーツは、全部王様達が用意してくれから良かったけど、仲間が増えた時の事を考えた予備なんてなかったし。
あの衝撃的な値段を思い出すと、シアが用意できなかったのも仕方ないよな。
「じゃあ、俺達3人で穴の中調べるから、2人は足場のある周りを頼めるか?」
「その位なら任せてよ、勇者君」
「はい、承りました」
「念の為に2人一緒にで行動してくれよ?」
「分かってるって。
シアちゃんの事はボクが絶対守るから安心してくれ」
「ちゃんと自分の身も守ってくれよ?」
ウェットスーツが無い2人に穴の周りを調べるよう頼んで、ルチアと田中が着替え終わるのを待ってから俺達も穴の中に潜った。
スマホが壊れたら困るから、今回も潜る前にルチアに防水の魔法を掛けてもらう。
「『ライト』・・・よし、魔法もちゃんと使えるな」
「声も問題なく聞こえますし、呼吸も大丈夫です」
ウェットスーツのお陰で水のマナの中でも普通にしゃべれるし、魔法も使える。
試しに田中が『ライト』の呪文を唱えると、ちゃんと光の玉が現れた。
でも、威力が穴の外より弱い。
これもベッセル湖で泳いだ時と同じだ。
たぶん水属性以外の魔法は威力が弱くなるんだろう。
ベッセル湖では火属性の魔法も使えたけど、ここじゃ使えないかもな。
「・・・中心辺りのかなり下の方。そこに何か檻?
形的に鳥かごか?そんな感じのでかいヤツがある」
「檻か・・・他に人工物っぽものは?」
「檻を繋いでる鎖位?
後ろの壁のもっと下の方に刺さってる奴。
もう少し潜ったら、田中とルチアも見えると思うぞ」
『心眼』を使って周りを見ると、かなり下の方に巨大な檻が視えた。
檻まで距離があるし、檻自体がかなりデカイから、此処からだと上の方しか視えない。
その真上部分には1つの丸い輪っかが着いていて、ピンと張ったぶっとい8本の鎖が繋がれていた。
鎖のもう一方の先は、たぶん全部穴の壁に突き刺さってるはず。
入り口に一番近い鎖の先がそんな感じだし、全部壁にブッ刺さってるって考えていいだろう。
「ダゴンは?」
「今のところ居ないな」
「では、まずその檻を目指しましょう、勇者様方」
「そうだな。こっちだ」
そう言って潜った俺に続いて、ルチアと『ライト』の光の玉を持った田中が続く。
俺達のパーティー内で1番泳ぐのが得意なルチアが、ちょくちょく俺を追い越して迷子になりそうになったりしたけど、無事檻が見える所まで来れた。
この重い水のマナの中をあんなにスイスイ泳げるんだ。
ベッセル湖の時も思ったけど、ルチアは水泳の才能が絶対ある。
俺達の世界の人間だったら、絶対オリンピック選手になってるだろうな。
「勇者様が言っていたのは、これの事なんですね」
「あぁ。
それにしても、やっぱデカイな。
小さな家位ありそうじゃね?」
『心眼』で見つけた時よりも、実際に目にする檻はデカかった。
広さは3LDKのマンション1部屋分以上は有りそうだし、高さもかなりある。
で、形は檻って言うより、円柱とドームを合わせたようなアンティーク調の鳥かご。
太い柱の隙間は、大人のダゴンは入れないだろうけど、人間ならスルリと入れそうな位ある。
「ん?なぁ、真ん中辺り、何か青く光ってないか?」
「確かに・・・光ってますね。
もしかして、アレが『水のオーブ』でしょうか?」
「中入って、あの光調べるか?
それとも鳥かごの外側全部調べてからにするか?」
「外、調べてからにしようぜ。
7代目勇者が作った物ならトラップが仕掛けられてるかもしれないし」
鳥かごの周りを調べながらグルグル潜っていくと、鳥かごの底の真ん中辺り。
そこに淡い青い光を放つ物がある事に気づいた。
ルチアの言うとおり、あの青い光が『水のオーブ』なのかもしれない。
でも、此処にも7代目勇者が仕掛けたトラップが無いとは言い切れないんだ。
直ぐにでもあの青い光を調べたいのを我慢して、まずは外の鳥かごを調べる。
「おい、ルチア、田中。あまり潜りすぎるなよ。
何mか下の方でヒュドラキスが泳いでる」
鳥かごの底ら辺まで潜って下を見ると、ベッセル湖に居た水色の魚、ヒュドラキスが泳いでいた。
それ以外にも『心眼』で視れば、魚っぽい影や蛇みたいに長い影。
エイっぽい形の影も泳いでるのが分かった。
フルで『心眼』を使っても穴の底はまだ見えないけど、視える範囲でもかなりの種類の生き物が、数え切れない位泳いでるんだ。
思っていた以上にこの穴の中には、沢山の生き物が住んでるんだな。
「鳥かごより下には魔物避けの魔法が届いてないみたいだ」
「居るのはヒュドラキスだけか?」
「何種類か魚っぽい影も見えるな。
後、残念だけどヒュドラキスの下にダゴンも何匹か居るぜ。
隣の部屋に居たのよりもデカイな。
今まで見たダゴンの中で1番デカイ。
まぁ、此処まではこれないみたいだけど」
下の方でダゴンやヒュドラキスが泳いでるって事は、あそこら辺までは魔物避けの魔法が効いてないって事だ。
巨大だって思った隣の部屋のダゴンよりも一回り以上大きなダゴンも居るみたいだし、あまり潜りすぎるのは危険だな。
下を泳ぐダゴンの群れの中心には、ずっと俺達を見ている今まで見たダゴンの中で1番デカイダゴンが居る。
たぶんあの1番デカイダゴンがこの群れのボスなんだろう。
ダゴンの群れとは肉眼じゃ絶対見えない距離が開いてるのに、影だけでも間違いなくボスダゴンと目が合っているって分かるんだ。
それだけで間違いなくボスダゴンが強いのが分かるし、ダゴン達の方が有利な水のマナの中であのボスダゴン率いる群れに戦いを挑むのはどう考えても無謀すぎる。
『水のオーブ』を手に入れた後なら分からないけど、今の俺達3人であの群れに挑むのは自殺行為以外のなにものでも無い。
だから、念の為にこの鳥かごより下には行かない方がいいだろう。
「トラップや何かはー・・・・・・よしっ、無いな。
俺がまず入るから、2人は少し待っていてくれ」
「気をつけろ。
中には何か仕掛けがされてるかもしれないからな」
「分かってるって」
念入りに鳥かごを調べてから、念の為に周りの水のマナで剣を作って鳥かごの中に入る。
水のマナの中で作ったからか、ルチアのサポートが無いのにかなり丈夫な剣ができた。
その剣をまず柱の隙間に差し込んで、上下左右に軽く振るう。
水のマナが絡みつく感じ以外、変な感じはしない。
とりあえず目の前の隙間からは安全に入れるな。
そう思いながら剣を突き刺すような形のまま、ゆっくり、ゆっくり、鳥かごの中に入る。
「・・・大丈夫だ。2人も入って来てくれ」
「分かりました」
入っても大丈夫な事を確認して、ルチアと田中を呼ぶ。
2人も無事鳥かごの中に入って来れて一息。
そのまま俺を先頭に、慎重過ぎるほど慎重に青い光の方に行く。
「・・・・・・また、鳥かご?」
「みたい・・・だな。
他にはー・・・何も・・・なさそう、だな」
青い光に近づいて見えたのは、鳥かごの底に脚が引っ付いた細くてクルンとしたスタンド。
そのスタンドにぶら下がった、普通の大きさの鳥かごだ。
スタンドも含めて外の鳥かごと同じアンティーク調で、下の方が六角柱になっている。
キョロキョロ辺りを見回す田中が言った通り、巨大鳥かごの中にはこの普通の大きさの鳥かご以外何も無い。
「なんだ?
マトリョーシカみたいに、この鳥かごの中にもまた小さな鳥かごが入ってるのか?」
「いや。入ってるのはブローチみたいだ」
また鳥かごが入ってるのか、と覗いた普通の鳥かごの中。
その中でプカプカ浮いてるのは、1つの大き目の丸いブローチだった。
真ん中に大きく丸いサファイアの様な青い宝石がはめ込まれていて、周りは細かい装飾の良く磨かれた銀。
銀細工の部分の上下左右4箇所には、真ん中の青い宝石と同じ小さな宝石がはめ込まれている。
「・・・っ、はぁ・・・綺麗ですね・・・」
「あぁ・・・」
「光ってるのは真ん中の宝石か?
じゃあ、この宝石が『水のオーブ』なのか」
ルチアが息を呑むのも、田中が言葉を失うのも分かる位、美しすぎるブローチ。
奥深く透明な青色の宝石をした『水のオーブ』の中には、キラキラ輝く泡の様な物がバラバラに浮かんでいて。
サンゴ礁も魚も居ないけど、まるで綺麗な海を丸ごと全部ギュウッと閉じ込めたみたいだ。
実際に『水のオーブ』のこの美しさを目にすると、シアが『星1つ分の輝きを全て閉じ込めた様な』って言ったのが嘘じゃないって分かる。
それ位綺麗で強い力を感じるんだ。
「・・・ダメだ、開かない。鍵が掛かってる」
『水のオーブ』を取り出そうと鳥かごの扉に手を掛ける。
でも押しても引っ張っても全く開かない。
普通の鳥かごを弄り回しても全然開きそうに無いし、底の裏で見つけた鍵穴を見ると、この鳥かごを開けるには鍵が必要みたいだ。
「鍵ですか?
・・・・・・やはり、この中には鍵らしき物はなさそうですね」
「高橋。『心眼』だと何か見えないか?」
田中の質問に首を横に振る。
大きな鳥かごの中には本当に、『水のオーブ』が入ったこの普通の鳥かごしかないんだ。
スタンドに仕掛けがあって鍵が隠されてるって事も無いし、大きな鳥かごの上の方の暗がりにもなにも浮いていない。
あるとすれば、この鳥かごの外。
もしかしたら穴の底に落ちてるのかも。
そう思って鳥かごの外を捜しに行こうと話していたら、俺のスマホが鳴った。
画面を見ればキャラからだ。
「今大丈夫ですか、赤の勇者様?」
「シア?キャラは?」
「ボクもちゃんと居るよー」
通話ボタンを押して出たのは、キャラじゃなくてシア。
画面に映ってないだけでキャラもちゃんと一緒にいるみたいだ。
キャラは声だけだけど、2人共怪我をしてるようでも魔物に襲われて焦ってる様でもない。
何か見つけたのか?
それか、俺達が中々戻ってこなくて心配して連絡してきたのかも。
かなりの距離を潜ったり、じっくり鳥かご調べたり。
けっこうな時間、潜ってるからな。
2人を心配させちまったかもしれない。
「2人が無事なら良かった。
それで、何かあったのか?
俺達の方は『水のオーブ』を見つけたんだけど、取り出すための鍵が見つからなくて行き詰ってるところだぜ」
「本当ですか!『水のオーブ』を・・・」
「なら、良いタイミングだったかな?
今ボク達の方でかなり古い石碑っぽい物を見つけたんだ。
文字なのか絵なのか分からないけど、完全に誰かが石に何か彫ったって分かるものがあって、でもボク達じゃ読めないんだよ。
翻訳とかできるスキルを持った勇者君達なら読めると思うんだけど・・・」
「もしかしたら、その鍵を開けるヒントかもしれませんし、1度戻ってきていただけませんか?」
「分かった。
あっ、でも、今結構深い所に居るんだ。
戻るまで少し時間掛かるけど、大丈夫か?」
「勿論です」
戻るまで時間がかかる事を伝え、スマホを切る。
マジでキャラとシアが見つけた石碑に、この鳥かごを開けるヒントが書かれてると良いんだけど。
「・・・って事で、1度上に戻るから。
2人はまだ此処を調べるか?」
「いいえ、私達も一緒に戻ります」
「此処にはもう何もなさそうだし、水のマナの中に居すぎるのもよくないだろ?」
「それもそうだな。んじゃ、戻るか」
ルチアも田中も、俺達の会話を聞いて一緒いに戻る事にしたらしい。
確かにこの鳥かごの中にはこれ以上何もなさそうだし、ウェットスーツを着てルチアの魔法も掛けたって言っても、ずっと水のマナの中に居るのは良くないよな。
泳ぎっぱなしも疲れるし、休憩も兼ねて1度全員で戻るのがいいだろう。
そう俺も納得して、3人でキャラとシアの元に向かった。




