63,裏切り勇者と水の宝 12箱目
最後に右の像全部が左を向いて、一拍おいてからガラガラと音を立ててネコの像の台の仕切りが上がっていく。
その先には、緩やかな下り坂を飲む込むポッカリ開いた穴。
かなり時間が掛かったけど、ようやく『水のオーブ』に続く入り口が開いた。
「やりました!ちゃんと開きました!!
流石です!!
お2人共、この仕掛けを解く何って凄いです!!」
「いえ・・・思っていた以上に難しかったです」
「お疲れ様。ルチア、田中。
とりあえず、水と蜂蜜キャンディいるか?」
「いる」
「ありがとうございます、勇者様」
左の像の仕掛けは簡単だったみたいだけど、右が結構難しかったみたいだ。
何ページもノートを使ってようやく答えをみ見つけた2人の顔には、隠せないほどの疲れが見えた。
元気もないみたいだし、このまま奥に進むのは無理だな。
だからそんな2人が少しでも疲れを取れるように、俺は持ってきた水と蜂蜜で作られたキャンディを渡した。
「わりぃけど、入り口が閉じる前に先に進みたいんだ。大丈夫だよな?」
「はい。
心配して頂けるのは嬉しいですが、私達は大丈夫です」
「そもそも、元々魔法が使えないほど疲れていた訳じゃないんだ。大丈夫に決まってるだろ?」
「そうか?そんな風には見えなかったけどな?」
チビチビ水を飲んで、キャンディを舐めて。
少しは元気になったみたいだけど、ルチアも田中もまだ疲れてる顔をしてる。
この先にダゴンが居る事を考えたら全員で行かないと厳しいから、頭を使い過ぎて疲れ切った2人は無理させてしまうかもしれない。
そう思って声を掛けたら、当の2人に心配し過ぎだと言われた。
「大丈夫ならいいけどさ。
キャラとシアも大丈夫だよな?」
「はい。勿論大丈夫です、赤の勇者様」
「・・・・・・・・・」
「・・・キャラ?」
直ぐに返事したシアと違ってキャラが何も言ってこない。
少し離れた場所で、俺達に背を向けて胡坐をかくキャラ。
今の俺達からは少し丸まったキャラの背中しか見えないから、今キャラがどんな表情をしてるのか分からない。
俺がもう1度声を掛けても、キャラは少しユラユラ動くだけ。
返事もしなければ、振り返りもしない。
返事はしないけど微かにキャラの声は聞こえるから、何かブツブツ言ってるのは分かる。
なのにどうして返事しないんだ?
そう思いつつ、しばらく前からのキャラの行動を思い出す。
そう言えばキャラの奴、少し前からやけに静かだったな。
もしかしてこの状況で寝てるのか?
「おーい、キャラー?」
「・・・・・」
「おい、キャラってば!聞こえてないのか?」
「・・・な、い・・・
・・・ゃ・・・・・・く、ん・・・」
「返事しろ、キャラ!!!」
「・・・ん?勇者、君?」
近くまで行って大声で名前を呼べば、ようやくキャラが返事をした。
ノロノロと見上げたキャラの目はトロンとしていて、口の端からは涎がたれていた。
その顔は寝起きそのもので、キャラのヤツ、マジで寝てたみたいだ。
「ん?じゃ無いだろ。
さっきから何度も呼んでたんだぞ」
「そうなのかい?
ごめんね、気づかない内に寝てたみたいだよ」
「ったく。どう言う神経してるんだよ。
こんな所でよく寝れるな。逆に感心するぜ」
「いやいや、そんな事無いって。
ほら、よく言うだろ?休める時に休めって」
「だからって、涎垂らしながら寝言言う位ガチで寝るなよ」
「えっ!嘘!!涎でてる!?」
俺がそう言うと、キャラは慌ててゴシゴシと袖で口元を拭いた。
その顔は湯気が出そうなほど真っ赤で。
キャラが自分の顔が酷く間抜けな状態になっていた事に気づいていなかった事を、ありありと表していた。
「うわぁ・・・恥ずかしい・・・
姫さんかシアちゃん、鏡持ってない!?」
「残念ですが、持っていません」
「私もです」
「えぇー・・・そんなぁ・・・」
「そんな気にしなくても、痕残ってないし、大丈夫だろ?」
「勇者君だけは今のボクの顔見ないでッ!!」
普段男らしく何って言ってるけど、こう言うとこは女の子らしいまんま何だよな、キャラは。
男扱いしろって言うならそん位気にすんなよ。
「ほら、折角開いた入り口が閉じちまうかもしれないから、さっさと行くぞ」
「だから、見ないでってばぁ・・・」
「はいはい、分かった、分かった」
くぼみにあるバケツの水を、仕掛けが動かない位の少ない量使って軽く顔を洗うキャラ。
そんなキャラを待ってから、俺達はようやく先に進んだ。
「それにしても、寒過ぎないか?
地下だからって、この寒さはありえないだろ!」
「わずかですが、水のマナが天井や壁から染み出して流れています。
そのせいでこの寒さになっているのでしょう」
殆ど真っ直ぐに見える螺旋状の坂を降りていけば、地元の冬の朝よりも寒い、円みたいな形をした場所に着いた。
壁には10箇所位穴が開いていて、紫の雨の儀式魔法をした城の塔を思い出させる。
でも城の塔とはだいぶ違うな。
城の塔みたいに外が見えないし、なにより手袋や靴を履いていても指先がカッチンコチンに凍ってしまいそうなほど寒い。
ルチアの話だと、俺達は今水のマナの川を進んでるみたいで、そのせいでこんなに寒いみたいだ。
その話を聞いてベッセル湖で泳いだ、あの体中の熱を奪うような水のマナを思い出す。
氷系の魔法の元にもなる水のマナが冷た過ぎて、湖から上がったら逆に体中が火傷しそうなほど熱くなっていたっけ。
ベッセル湖でもちゃんと泳げるスキルが付いた、特殊なウェットスーツを着て泳いでもアレだったんだ。
ベッセル湖の水源に行くって聞いたから一応服の下にそのウェットスーツを着てきたけど、それでもベッセル湖の時よりも寒い。
息が白くなってないだけまだましか。
「水のマナが流れてるなら、ダゴンも直ぐ近くに居るかもな。田中、地図の方は?」
「近くに部屋っぽい空間が幾つかあるけど、魔物がいるから全部ハズレだな。
あと近くの道には魔物のマークはな・・・
いや!3匹、物凄い勢いで近づいて来てる!!」
「方向は!!?」
「お前から見て、11時の方向!!」
「こっちか!!」
確かに田中が言った穴の方からダゴンの鳴き声が聞こえてくる。
ベッセル湖で聞いたのと変わらない、甲高い機械音。
でも、鳴き声の大きさが桁違いだ。
「ハハ。声だけじゃなくて体もデケェな!
これが大人のダゴンの大きさか!!」
現れたダゴンは大人のシャチよりも大きかった。
このサイズのダゴンを見たら、ベッセル湖のダゴンがイルカサイズでも生まれたばかりの赤ん坊って言われたのが納得できる。
その位大きさが違うんだ。
それに体の色もこっちのダゴンの方が濃い。
その暗く濃くなった皮膚には数え切れないほどの、小さいけどかなり深い傷跡が紛れていて。
その傷跡の深さから、目の前のダゴン達が沢山の激しい戦いを潜り抜け皮膚を硬く分厚くしなが成長し続けた事がよく分かった。
「赤の勇者様。
1つ、残念なお知らせがあります。
このダゴン達も、生まれて1,2年しか生きていない若い固体です」
「こいつ等でもまだそんなレベルか、よッ!!
『ライズ』、『ジャンプ』!『スラッシュ』!!」
「『ウィンド』!!『ライトニング』!!」
道の奥から滑ってきた勢いのまま俺達に突っ込んでくるダゴン達。
薄っすら流れる水のマナのお陰か、それとも単純な実力か。
ダゴン達は地面を滑っているのに、ベッセル湖を泳いでいたダゴンと同じスピードで迫ってきていた。
そのダゴンの内、俺を狙って来たダゴンをギリギリまで引き寄せて『ジャンプ』を使って回避。
そのまま空中で体を捻るように回って『スラッシュ』を放つ。
真っ二つって訳にはいかなかったけど、かなり深く切り裂けた。
他の2匹はルチア達と一緒に『ウィンド』で浮かんだ田中が、雷を落として倒したみたいだ。
・・・・・・いや、まだ1匹も倒せてない。
ベッセル湖でダゴンを倒した時みたいに、『ドロップ』アイテムが出てきてないんだ。
まだ、ダゴン達は生きてる!!
「チッ!あれでもまだ生きてるのかよ。
ずい分、逞しく育ってくれたもんだぜ!!」
「それでも、ダメージは入ったんだ!!」
「あと少しで倒せるはずです、勇者様!!」
「おう!」
実際、田中が相手したダゴン2匹と違って、俺が相手をしたダゴンは弱々しく鳴くだけで起き上がってこない。
何とか生きてるけど、体力ゲージ的にはあと1撃で終わりって感じだな。
倒すには少し時間が掛かりそうな田中が相手したダゴン2匹より先に、まずは簡単に倒せそうな弱ったダゴンから。
この後の事も考えてスピーディーに終わらせようと考えた俺は、弱ったダゴンに『スラッシュ』を放とうとした。
「っ!マジかよ!?この状況で、共食い!!?」
俺が『スラッシュ』を放つ前に、まだ比較的元気なダゴン達が弱ったダゴンを襲いだした。
仲間の断末魔の叫びなんって一切気にせず、2匹のダゴンは弱ったダゴンを貪り食う。
ダンダン大きくなるひき肉をこねる音を1000倍気持ち悪くしたような不愉快過ぎる音と、それに比例して小さくなっていく弱ったダゴンの鳴き声と体。
2匹のダゴンは肉だけじゃなくて、血も、内臓も、骨も、全部いっしょくたに欠片を撒き散らす勢いで食べ進めていた。
「うわぁ・・・
敵の前でも弱った奴が居たら容赦なく食べるんだね」
「・・・ッ!違う!!
この状況だから食いだしたんだ!!
あのダゴン達、仲間を食って回復してる!
『スラッシュ』!!!」
2匹のダゴンが弱ったダゴンを食べると、その分逆再生したみたいに田中の『ライトニング』で負った火傷が消えていく。
弱ったダゴンを食べるスピードも、火傷が消えていくスピードも、かなり早くて。
仲間を食べる事でダゴンが回復してるって気づいて、これ以上回復しない内に倒そうと攻撃した瞬間にはもう全回復していた。
「チッ!!!間に合わなかったか!
完全に回復された!!」
尻尾で俺の『スラッシュ』を弾いたダゴンが、仲間の血と肉でドロドロに染まった顔を上げる。
振り返ったダゴン達の隙間から見えるのは、赤や白、ピンクの小さな欠片が浮かんだ真っ赤な水溜りだけ。
その弱ったダゴンの欠片が浮かんだ血溜まりも、水のマナにドンドン流されて、もう1匹この場合にダゴンが居たって証拠を消していく。
「どうしましょう、赤の勇者様。
無闇に攻撃しても、また弱った方を元気な方が食べて回復されてしまいます。
どうにかして2匹同時に倒さないと・・・」
「ッ、と!それは分かってるけどさ。
このスピードで動き回ってるヤツを、ほぼ同じタイミングでヤルのは難しそうだな」
まぁ、難しいだけで出来ない訳じゃないけど。
元気になって動き回るダゴン達。
完全に回復されたって言ってもスピードが上がった訳じゃない。
このスピードなら目で追えない事も無いし、やろうと思えば全体攻撃も出来る田中の魔法もある。
タイミングさえ見誤らなければ同時に倒す事だって出来るはずだ。
「いや、ここから逃げるぞ。
今、かなりの数の魔物が向かってきてる!!
たぶん、あいつ等の血に誘われてるんだ!!」
「マジかよ!?」
弱ったダゴンが食われ終わったタイミングで、田中は何かに気づいたらしい。
その田中は俺達がダゴンをいなしている間スマホを見ていて、その結果田中の口から出たのはその言葉。
一々相手してられない量のダゴンが向かって来ているって言う、最悪な答えだ。
「ヤバイ!ドンドン魔物の数が増えてる!
ここに居るダゴン全部が来てるかも知れない!!」
「チッ!もう、他のダゴンの声がッ!
あのダゴン達を囮にここから離れるぞ!
『スラッシュ』!!」
姿はまだ見えないけど、周りの穴全てからダゴンの鳴き声が木霊してくる。
その声はドンドン大きく重なり合って、声だけじゃどの穴に何匹居るのか全くわからない。
でも、木霊する声だけでも、かなりの数がこっちに向かって来ているいる事だけは分かる。
だから俺は元々居たダゴン2匹を囮に、此処を離れるよう言った。




