56,裏切り勇者と水の宝 5箱目
「はい、とうちゃーく!
特に異常は無いみたいだな。安心、安心」
「たった3日で何かあって堪るか」
先代勇者に呼び出された翌日。
俺達が『移転の翼』で来たのは、ほんの少し前まで居たガリカだ。
俺達が今いける範囲で1番、ベルエール山があるシャンディの森に近いのガリカだったんだよ。
だから、アーサーベルに帰ってまた直ぐ、ガリカにトンボ帰り。
先代勇者も俺達がアーサーベルに帰る前に、伝説の宝の事言ってくれれば良かったんだ。
そう思わないでもないけど、シアを連れて行く事や『夜空の実』の事を調べる事を考えると、これで良かったのかも知れない。
「さて。まずは馬車を借りに行かないといけないんだったな」
「はい。本来であれば、ここから東にある宿場町に向かうのですが・・・・・・」
「ミル達が『幸福な牢獄』の水晶で覆ちまったから行けないんだよな」
「えぇ、そうです・・・」
ガリカからシャンディの森までは、歩いて行ける様な距離じゃない。
だから、本当ならシャンディの森の直ぐ近くにある宿場町に馬車に乗って行くんだけど、今はその馬車すら出ていない状態だ。
なにせ、シャンディの森で働く冒険者達の拠点だった宿場町は、何ヶ月も前に水晶の中に閉じこめられちまってるんだからな。
『レジスタンス』の奴等にどんな目的があったか知らないけど、かなり早いって言うか、2番目に水晶漬けにしたんだ。
よっぽど、宿場町には『レジスタンス』の奴等にとって大事なものがあったんだろう。
まぁ、『約束の目覚め』が使えない俺達じゃ、それが何か調べようも無いけどな。
「じゃあ、早速教会に向かうか。えーと・・・」
『レジスタンス』の奴等のせいで、シャンディの森に行く為の定期馬車が出なくなっちまってるんだ。
だから、シャンディの森に行くには、個人で馬車を用意しないといけない。
俺達の場合は、ガリカにある英勇教の教会が馬車を用意してくれているから、だいぶ楽だけどな。
「ガリカの教会はー・・・」
「こちらです、赤の勇者様。ご案内します」
「ありがとうな、シア」
「いえ。この位お安い御用です」
何日か居たと言っても、ガリカも結構広い街だ。
街にある建物全部覚えていられるはずが無い。
だから俺は、教会の場所を調べようと、スマホを取り出した。
『図鑑』のアプリを起動して、地理の部分をタップ。
『図鑑』のアプリは便利だけど色々使いにくくて、俺がガリカの地図を出す前にシアが案内するって言ってくれた。
シアは俺達とそう変わらない年だけど結構位の高い神官らしいから、普段行かないような街の教会の場所も全部覚えてるみたいだ。
フル暗記してるのは教会の場所だけで、流石にギルドや宿屋の場所までは覚えられてないみたいだけど。
そんな初めて来た街でも迷い無く進むシアに連れられ、俺達は難なく教会に着いた。
そこの神父に挨拶して、シアに付き合って長めのお祈りを終えて。
それからようやく、俺達はシャンディの森に向かった。
「相変わらずこの世界の馬車は、見た目が小さいのに中は広くて、座り心地最高だよなー」
森の中も走れるようにか、教会で借りた馬車はヤドカリネズミ含めてウイミィで乗った馬車より更に小さかった。
それでも中はやっぱり最高に良くて、座った瞬間緊張感を奪われてダメにされる。
本当、部屋にいる時よりリラックスできるわー。
はぁ、マジで最高ー・・・・・・
「高橋。お前はまたそうやってダラケて。
何時も言ってるだろう。
いい加減シャッキとしろ、シャッキっと!!」
「えー・・・ムリー・・・」
そんな俺に向かって、御者をするキャラの隣に座った田中が、窓越しに呆れたように怒ってくる。
田中とキャラが御者席にいる事を抜かせば、馬車を使う度に最低1回はやる何時ものやり取りだ。
ムリだって俺が言ったこの後の田中の返事が、デカイため息なのも何時もの流れだな。
田中もいい加減諦めればいいのに。
俺が変わる気が無いの知ってる癖に、マジで何時まで同じ事言い続ける気だよ。
本当、田中も飽きないなぁ。
「そういやぁ、その伝説の宝ってどんな形してるんだ?
シア、何か先代勇者に聞いてないか?」
「はい、大丈夫です。聞いております」
「マジか!?それで、どんな感じなんだ?
元々は『夜空の実』って呼ばれてた物なら、果物っぽい感じなのか?」
「いいえ。
『実』と呼ばれる様になったのは、『緑の狩人』の御伽噺が作られた後かららしいです。
実際は宝石に近い物だったと聞いています」
昨日先代勇者に、伝説の宝がどんな形をしてるのか聞き忘れていた事を思い出し、俺はそう向かいに座るシアに聞いた。
シアは俺達が伝説の宝について聞き忘れている事に気づいて、先代勇者に聞いておいてくれていたみたいだ。
そのシアの話だと『夜空の実』は、満天の星をギュッと閉じ込めたラピスラズリみたいな宝石で出来たオーブらしい。
「『夜空の実』を分けて作られた6つの伝説の宝も、星1つ分の輝きを全て閉じ込めた様なオーブらしいです。
『夜空の実』に閉じ込められていた星が、そのまま飛び出してきたような。
そんな美しく強いアイテムだと」
「星1つ分、ねぇ?本当かよ。
流石にそれは大げさだろ?」
「いいえ、そんな事ありません!
えっと、そうですね・・・・・・
勇者様方はベッセル湖と言う特殊な湖をご存知ですか?」
「こないだ行ってきたばかりだぜ」
特殊な状況下で戦う修行になるからって、ベッセル湖には1週間位前に行ったばかりだ。
一時的にしか現れないかなり変わった湖、ベッセル湖。
あの湖は魔法に変わる事無く水のマナがそのまま溜まって湖になった、超特殊な湖だった。
この世界が生まれた時以外、普通ならそん『大量のマナ』が溜まる何って現象起きるはず無いらしく、ルチアいわく、何千年と研究された今の魔法学でも全く解明出来ない、この世界の七不思議みたいなものらしい。
「そのベッセル湖が現れる原因が、今私達が取りに行っている伝説の宝の力によるものなのです」
「何だって!!?」
世界の七不思議、とっくに解明されてるじゃん。
いや、原因が伝説の宝なら、易々と知られちゃいけないんだけど。
でも流石に今のは、言った本人のシア以外全員の目玉と心臓が飛び出る位驚いた。
外で聞いていたキャラ達も驚き過ぎたみたいで、猛スピードで走っていた馬車が急ブレーキを掛けたみたいにガッと止まる。
そのせいで、軽く体が浮かんだ。
衝撃過ぎる事実と、安全だと思っていた馬車の中で大怪我しそうになった2つの驚きで、冗談無しで心臓が止まりかけた。
「ごめん!皆、怪我無い!!」
「大丈夫だ。3人とも無事だぜ」
「はぁ・・・良かった。
いや、本当ごめんね。
シアちゃんの話が余りにすご過ぎて、ヤドカリネズミの操作間違えっちゃったよ」
「いいって、気にすんな。
今のは驚くなって方が無理だもんな。仕方ないって」
「うん、本当にごめんね」
フカフカソファーのお陰で、軽く吹っ飛んでも誰も怪我しなかった。
その事を振り返って窓越し謝るキャラに、ルチアとシアを起こしながら伝える。
「申し訳ありません。
ここまで驚かれるとは思わなくて・・・・・・」
「シアも気にするなよ。
俺達が昨日聞き忘れたのもいけなかったんだからさ」
「はい。ありがとうございます、赤の勇者様」
謝るシアを宥めつつ、元の場所に座り直して話の続きを待つ。
その前に、キャラと田中に出発する様に言った。
俺達が座りなおしても出発しなかったのは、また驚愕の事実がシアの口から飛びだしそうだから。
だからキャラ達は、シアの話が終わるまで止まっていよう思っていたみたいだ。
でも、出来るだけ今日中にベルエール山の近くまで行きたい。
だから、何を聞いても落ち着くようキャラと田中に言って出発して貰った。
 




