53,裏切り勇者と水の宝 2箱目
「結局、今この世界で『約束の目覚め』も使えるのは、ミルとチボリ国の王子様だけなんだろ?」
「はい。
残念な事に、この時代で『6代魔法』が使える2人は魔王側についてしまっています」
『幸福な牢獄』が『6代魔法』の一種だって分かって、『幸福な牢獄』の儀式魔法のメインがミルじゃ無いって分かった。
俺達と戦った時のミルの実力的に、どんなに優秀なサポートが付いてもあのデカクて分厚い水晶で村を覆うのは無理らしい。
それがルチア達の考え。
なら誰がメインなのかって言うと、もう1人の先祖返りした6代目勇者の子孫であるチボリ国の王子。
ジャン・ルーキュ・リリーチェだ。
ミルと違って生まれた時から先祖返りだって分かっていて、『6代魔法』を使うための修行を小さい頃から続けてきたルーキュ。
そのルーキュが居るんだから、本当なら水晶化作戦にミルは必要ないんだ。
ちょっとルーキュが楽になるだけで、あの実力のミルが居ても居なくてもたいして変わらない。
それなのにミルを連れ去ったのは、俺達側に付きそうな先祖返りした6代目勇者の子孫が居るのを恐れたから。
俺達と一緒に行動するようになったミルが、『約束の目覚め』を覚えて水晶化作戦を邪魔するかもしれない。
そう考えたから、先に連れ去ったんだ。
「はぁ。
まさか、ミルの『魔法嫌い』のスキルにこんな秘密があった何って・・・」
「仕方ありませんよ。
『6代魔法』の事も『魔法嫌い』のスキルの事も、私達各国の王家の者でもなければ知らない事ですから。
知っていたら逆に驚きです」
「それでもこんな凄い秘密が隠されていたって、もっと早く知っていたらミルは・・・・・・はぁ・・・」
また頭を抱えて深いため息を吐くキャラ。
そんなキャラにルチアが苦笑いしながら答える。
キャラが何度もそうしたくなるのが分かる位、ミルはとんでもないどんでん返しを起こしたんだ。
ミルが生まれ持った『魔法嫌い』ってスキル。
このスキルは、この世界で生きる誰もが持っているはずの基礎魔法を含めて、殆どの魔法が覚えられないって言う最悪なスキルだ。
この世界で基礎魔法が無いっては、死ぬのと同じ位辛いハンデらしい。
まともに仕事が出来ないどころか、自分の身を守る事すらできないんだから、当たり前か。
だけどこの『魔法嫌い』ってスキル。
このスキルこそ先祖返りした6代目勇者の子孫の証で、このスキルを生まれ持っている奴だけが『6代魔法』を覚えられるんだ。
「まぁ、確かに何度聞いても、やっぱ信じられないよなぁ。
まさかキャラとミルが6代目勇者の子孫だったなんんて」
「これも何度も言ってるだろ、勇者君。
ボク達だってボク達のご先祖様に6代目様が居た何って知らなかったって。
こう見えてボクが1番驚いてるんだからね。
孤児のボク達が実は勇者様の子孫でした、なんて何処かの物語の主人公になった気分だよ」
「これで同じ勇者の子孫の王子様が迎えに来たら完璧だ、だっけ?」
「そうそう。
姫さんだけだったら大歓迎だったんだけどねぇ」
「俺達は余計だってか?」
「ミルを連れ去った魔王達が余計だって事だよ、勇者君」
少し呆れたようにも疲れたようにも聞こえる声と表情で、そう茶化したようにそう言うキャラ。
女の子が好きそうな恋愛小説のヒロインと違って、勇者の子孫だって分かったミルの前に現れたのは、カッコいい王子様なんかじゃない。
その真逆の、魔王の手先の暗黒騎士だったんだ。
残念だけど、物語のヒロインの様なトキメク展開は起きなかった。
「キャラやミルが物語のヒロインに相応しいかどうかは置いておいて」
「ミルがヒロインなのは分かるけど、ボクはヒーローじゃないのかな、青い勇者君?」
「そーのーはーなーしーはッ、置いておいてッ!!
『幸福な牢獄』の水晶を何とかするには、どうにかしてミルを正気に戻して、『約束の目覚め』を使ってもらう以外ない!
それは分かってるよな?」
「勿論!
その事も含めて、何が何でもミルを連れ戻さなきゃね!!」
「でも、その為には飛行船が落ちたチボリ国に行かないと行けないんだよね?
でも、今は行けない・・・」
「そうなんだよなぁ・・・・・・はぁ・・・」
また繰り返す、堂々巡りな会話。
この確認の様な話、今ので実際何回目だよ。
俺、5回目以降から数えてないんだけど。
確実に『幸福な牢獄』の水晶を消すには田中の言った通り、チボリ国にいるはずのミルを連れ戻す必要がある。
でも、結界を飛び越えるのに必要な飛行船を持っていない俺達がチボリ国に行くには、その水晶をどうにかしないといけない。
だけど、ネイが不安そうに呟いた通り、今の俺達が全員でチボリ国に行く事はできないんだ。
俺ともう1人位なら『ジャンプ』を使って飛び越えられるだろう。
けど、たった2人で敵地に乗り込んで無事で居られるか・・・
サマースノー村に入れなかった事を考えると、魔王側の陣地には『移転の翼』のワープポイントを設置できないのかもしれない。
そう考えると今の段階でチボリ国に攻め込むのは、流石に無謀すぎるんだよな。
「どうにかして、『移転の翼』を強化できれば、チボリ国にいけるんだけどな」
敵の陣営内だろうと、時間の止まった水晶の中だろうと、間違いなくワープポイントを設置できる。
って感じに『移転の翼』を強くできたら、直ぐにでもミル達を探しに行けるのに・・・
誰かに聞いて欲しかった訳じゃないけど、その思いが俺の口から零れた。
その零れた俺の願いを聞いて、ルチアがハッとした顔をする。
「もしかしたら、先代勇者様のご用件とはその事かもしれません」
「その事って、『移転の翼』?」
「はい。
あ、いいえ、正確には違いますが・・・
今あの教会にはヒヅル国の魔法道具の研究員達が居ます」
「ヒヅル国?
何でヒヅル国の奴等が居るんだよ?」
1番最初に魔王に支配されて、1番最初に人間を裏切った国。
その国の奴等が何でローズ国に居るんだよ。
スパイスとかじゃないんだよな?
「勇者様がその様なお顔をされるのも分かりますが、あの男とは関係ありませんよ。
彼等は1年ほど前、魔法道具の暴走でこの国に飛ばされた所を保護されたのです。
その研究員達が作っていたのが、遠い場所に一瞬で行く為の魔法道具だったはずです」
「本当か!
じゃあ、そいつ等がチボリ国に行く為の魔法道具を作ったのかもな!!」
完成する目処は立っていなかったけど、魔王に支配される前からヒヅル国のワープ系魔法道具の話は有名だったらしい。
そのワープ系魔法道具の実験が失敗して、何人かの研究員達がローズ国に飛ばされた。
まぁ、その失敗も魔王がせかしたり、パワハラしたりしたのが原因みたいだけど。
だから、研究員達は魔王を恐れている以上に心底嫌ってるし、保護して魔王から守ってくれた英勇教の神官達にスッゴク感謝してる。
保護された研究員達は今、その神官達への恩返しとして、魔王に奇襲を仕掛ける為のワープ系の魔法道具を作っているそうだ。
もしかしたら、俺達がミル達を追い掛けられなくて困っているのを知って、チボリ国行きの魔法道具を作ってくれたのかもしれないな。
先代勇者の用事ってのはきっとそれだ!!
「そうとなりゃあ、急いで行こうぜ!!」
良いニュースが待っていると思ってテンションが爆上がりした俺は、教会に向かって駆け出した。
 




