47,絶対助けるから 後編
「『リフレッシュ』」
「・・・ぅん・・・
・・・あ、れ・・・こ、こは・・・?」
田中の『リフレッシュ』で水晶が完全に消え、目を覚ますラム。
寝ぼけて光が消えた紫色の目で、ボーっと空を見上げてノロノロとそう呟く。
「村の外だ」
「そ、と・・・お父さん、は?
皆は・・・ピコンは・・・何処?」
「お前以外の村の奴は・・・」
「お父さん!!皆っ!!」
俺の言葉を聞いてラムの目に光が宿る。
それと同時に叫びながら飛び起きたラムは、村を探しているのか慌しく辺りを見回した。
そして俺達の真後ろにそびえる水晶を見つけ、目玉が零れそうなほど目を見開いていく。
「いや!何コレ!!いや、嫌だよ!
お父さん!ピコン!!皆ぁ!!出てきてよ!!」
「ラム・・・」
「お父さん・・・・・・ピコン・・・・・・
何で・・・何で、私達の村がこんな事に・・・」
水晶に縋って手から血が出るほど水晶を叩きながら叫ぶラム。
しばらくの間そうしていたラムは、どうやってもこの水晶が壊れないと分かって、崩れ落ちるようにへたり込んで泣き出した。
何か、ラムを慰められる言葉を掛けたい。
でも、何で、何で、と壊れた機械のように繰り返すラムに、俺はまた何も言えなくなった。
ラムに言えたのたった一言。
「大丈夫だ、ラム」
「勇、者様?」
「少し出遅れちまったけど、俺達はまだこの村を助けられるんだ!」
自分自身を鼓舞すようにそう言って、俺はサマースノー村を覆う水晶の更に上。
まだ逃げずにそこに居る飛行船を睨んだ。
正直言えば、今の俺はかなり落ち込みかけてる。
でも、まだ間に合うし、やるべき事があるんだ。
これ以上ウダウダ落ち込んでる時間何って0.1秒も無い。
戦いはまだ終わってないんだ!!
「今度こそ逃がさない。
これ以上アイツ等の好きにさせてたまるか!!
待ってろ!俺達が絶対皆を助けてみせる!!!」
「何が絶対助けるだ。
誰のせいでこんな事になってるって思ってるの?」
「ッ!」
覚悟を新たに決め直した俺の言葉に答えたのは、聞き慣れた、でもある意味今1番聞きたくない声だった。
俺とキャラが1番聞きなれているだろう、ユヅにそっくりな高いその声。
声が聞こえた方に振り返れば、そこには魔法使いらしいブカブカのローブを着て、自分の体よりも大きな杖を握ったミルの姿があった。
「ミル!!良かった・・・無事だったんだな・・・」
「・・・・・・・・・はぁ。最悪なんだけど・・・」
「ミ、ミル・・・?」
「何時も何時も。
何で、おねぇちゃんを連れまわすかなぁ?
いい加減、ふざけないでくれる?
あたしはおねぇちゃんを助けようとしてるの!!
邪魔しないでっ!!!」
イライラを一切隠そうとせず、俺達にそう怒鳴り散らすミル。
その目は初めて会った時以上の、幼い子供には似つかわしくない憎悪一色に染まっていて、表情すら子供らしさが消え去っていた。
「キャラを助ける?何言ってるんだ、ミル。
意味が分からないな」
「そうだよ、ミル!
ボク達の方がミルを助けようと・・・」
「うるさいなぁ。何時も何時も何時もっ!
人が黙って聞いてれば、おねぇちゃんの口を使って、虫唾が走るような事ばっか言わせてッ!?
ただ人の意識奪って人形にするだけじゃ飽き足らない訳!!?
えぇ!!?」
怪我をしていたりとか、異様にやつれてるとか。
確かにミルは、そう言う酷い目に遭っていた訳じゃなくて、無事に生きていた。
でも、精神まで無事だった訳じゃなさそうだ。
その事を、その表情と態度、放たれた言葉が嫌になるほど物語っていた。
魔王か暗黒騎士に騙されてるのか、それとも洗脳されているのか。
ミルはキャラの方が俺達に操られていると思い込まされているらしい。
「よーやく、いいよって言われて。
よーやく、おねぇちゃんを助けられる筈だったのに・・・
また邪魔された・・・」
「違う!!ミル、ボクは操られてなんかいない!!
ボクの意思で此処に居るんだ!!
頼む、ミル!正気に戻ってくれ!!」
「うるさいうるさいうるさいうるさいっ!!!!
おねぇちゃんはそんな事言わない!!!
おねぇちゃんはそんな事しない!!!!
これ以上、おねぇちゃんをバカにするなぁああああああああああああああああ!!!!!」
そう叫んで杖を振るうミル。
ミルが使っているのは魔法道具の杖なのか、一瞬で書き上がった魔方陣から虹色の雷が放たれる。
その虹色の雷は威力がかなり弱いものの、ほんの少し前に見たあの飛行船から注がれた光と全く同じものだった。
「キャラ!!避けろ!!」
「このッ!『ライズ』!!」
妹に攻撃されたのがかなりショックだったのか、避けろと叫ぶ田中の言葉に反してキャラは動こうとしない。
いや、避けようとしているみたいだけど、頭が上手く働かなくて体が動かないみたいだ。
今のキャラじゃ、ミルの攻撃を避ける事は不可能に近い。
だから俺は、咄嗟にタックルするようにキャラをその場から引き剥がした。
勢いのままキャラと一緒に転がるように距離を稼いで、さっきまでキャラが居た場所を振り返れば、予想通りの最悪の状況。
ミルが放った虹色の雷が当たった地面から、サマースノー村を覆うのと同じ水晶が生えているところだった。
「ありがとう、勇者君」
「いい。それより・・・ミル!
今まで色んな村を水晶漬けにしていた魔法使いは、お前だったのか!?」
「そうだけど?それが何?
あたしが『幸福な牢獄』を、魔法を使ってるのがそんなにおかしの?
あたしが魔法でおねぇちゃんを助けようとしてるのが、そんなにおかしい事なの!!?」
「あぁ。おかしいし、こんな事間違ってる!」
「~~~ッ!!!
あたしはおかしくない!!間違ってもいない!!」
そう一切悪びれず、イライラした様子でキャラに向かって何度も水晶の魔法を放つミル。
キャラを抱えた俺が『ライズ』や『ジャンプ』を使って避けてるから全く掠りもしていないけど、それが更にミルをイライラさせているようだった。
「逃げるな!!」
「『キャンセル』、『幸福な牢獄』!」
「え?」
今まで一発ずつ打たれていた水晶の魔法が、枝分かれしたみたいに幾つも一気に放たれる。
この虹色の雷に少しでも掠ったら、水晶にやられるってのは分かってるけど。
でも流石にキャラを庇いながら、この数の虹色の雷を掠りもせずに避けるのはキツイな。
そう思っていると、ルチアの歌声と田中の呪文が辺りに響きだした。
その瞬間、ミルの目の前の魔方陣ごと弾ける様に跡形も無く消え去った虹色の雷。
その光景を見てミルがポカンと固まっている。
「ミル1人の『幸福な牢獄』なら、『キャンセル』で消せるんだな」
「ナイス、ルチア、田中!」
「勇者様、キャラ君。大丈夫ですか?」
「お陰様で、この通り無事だよ」
田中の言うとおり、水晶化する前の虹色の雷や、ミル1人だけで作った水晶は消せるみたいだ。
まぁ、今1番消したい真後ろのサマースノー村を覆う儀式魔法で生えた水晶は、やっぱり『キャンセル』を何度も使っても全然消えないけど。
もしかしたら、チボリ国の魔法使い達のサポートがすごいだけで、水晶化の魔法自体ただ珍しいだけの威力とかはたいした事ない魔法のかもな。
「こ、のッ!あたしの魔法消さないでよ!!!
邪魔しないで大人しくおねぇちゃんを眠らせてよ!!!」
「『キャンセル』、『幸福な牢獄』」
また直ぐにミルが水晶の魔法を発動させるけど、魔方陣が書かれた直ぐ後には田中が『キャンセル』で消していく。
それでも諦められないのか。
ミルは何度も我武者羅に杖を振りまくって、同時に幾つもの魔方陣を書き上げる。
でもその魔方陣は一瞬で田中に消されていった。
「分かっただろ、ミル。
こんな事しても無駄なんだ。もうやめろ」
「うぅ~・・・何で!何で邪魔するの!?
何度も邪魔するなって言ってるじゃん!!
私の言葉、理解できないの!!?」
「邪魔するに決まってるだろう!!ミル!
お前、自分が何やってるか分かってるのか!!?」
「分かってるに決まってるじゃん!!
あたしはおねぇちゃんを!
アンタ達に操られた人達を助けようとしてるの!!!
絶対、助けるの!!」
「それこそ、ふざけんなって奴だ!!
村ごと水晶漬けにする事が、誰かを助けることだって!!
人の時間を奪う事の何処が、皆を助ける事だって言うんだ!!!
そんな訳あるか!?」
「あるもん!!!」
心配になるほど酷い音を出しながら息を切らすミル。
そんな状態なのにミルは、喉が切れそうなほどの大声で叫んで俺達をまた睨んでくる。
「皆、皆!
心の時間を奪われちゃったんだから、せめて、せめて!!
夢の中に逃がすんだ!
無理やりやりたくない事、やらされない様に。
アンタ達の都合が良い事、無理やり言わされなくて良い様に。
幸せな夢の中に逃がすの!!」
「それが・・・魔王の、お前達の、『正義』だって言うのかよ・・・」
「そうだよ!
今のあたし達じゃ、本当の意味で皆を助けられないからって。
完全にアンタ達の洗脳解けないからって。
今のあたし達はこんな事しかできないけど、それでもッ!!!」
「これが『正義』な訳あるかッ!!!」
簡単に洗脳できずに自分の言う事聞かない奴は、眠らせたその時間で止めて。
その後ゆっくり時間をかけて自分の都合のいい様に洗脳する。
それが魔王の目的か!
それが魔王の考える『正義』なのかよ!
ふざけんな!!
「こんなのただの悪事を成功させる為の時間稼ぎじゃないか!!
こんな事が『正義』でたまるか!!!」
「アンタ達に比べたら、まだ正しい事してるもん!!」
「その『正しい』の前提て言うか、根元の部分がまず間違ってるって言ってるんだ!!
俺達は誰も操ってないし、むしろ沢山の人を操って悪い事してるのは魔王の方なんだ!!」
「ユマさんはアンタ達と違ってそんな事絶対にしない!!!
おねぇちゃんが操られたって言ったら、一緒に泣いてくれた!
おねぇちゃんに守られてばっかのあたしでもできる事教えてくれた!!
ジン先生に魔法教えてくれるよう、いっぱい頼んでくれた!!
一緒に皆を助ける方法探してくれるって、言ってくれたんだッ!!!!!」
「ダメ!!ミルちゃん、ダメだよ!!
魔法を使っちゃダメ!!!」
洗脳されたせいで、記憶まで書き換えられてるのかもしれないな。
どうもミルまで魔王を妄信しているみたいだった。
その妄信させられている魔王の事を言われたせいで、感情的になりすぎて無駄だって分かってる筈の水晶の魔法を使おうとしたミル。
そんなミルを止めたのは姉であるキャラじゃなくて、ネイだった。
「・・・・・・何で・・・
何で、ネイちゃんまであたしの邪魔するの!?
ネイちゃんは私の味方だって言ったじゃん!!
なのにどーして!!?」
「確かにわたしは、ミルちゃんの味方だって言ったよ」
あの日、俺達と分かれたネイとミルが何を話したのか、今でも俺達は教えてもらっていない。
女の子同士のヒミツだから、ミルを裏切れないからと、ネイは絶対にその時の事を話そうとしないんだ。
ただ、今の会話からネイはミルの味方になるって言ったのは分かった。
そんなネイに裏切られたと思ったんだろう。
ミルは泣きそうな顔と声で、自分を止めたネイに疑問をぶつけた。
「でも、ダメ。
これ以上、魔法を使うのだけはダメだよ。
儀式魔法して、その後に何回も魔法使って。
魔法、使いすぎてるんだよ!!?
これ以上はミルちゃんの体が持たない!
死んじゃうかもしれないんだよ!!?」
「でも!!」
「今だって、息が苦しくて、体が痛くて、立っているのだって大変でしょ?」
「ッ!」
図星だったのだろう。
ミルが息を呑むのが分かった。
どうもミルは、怒りの余りMPが切れいるのにそれでも魔法を使おうとしていたみたいだ。
ミルは叫んでいる事と魔法を使う以外、激しく動いてるわけじゃない。
それなのに、叫んでいるだけじゃこうならないだろうって言うような。
喘息なんじゃないかって思う様な、酷い呼吸を繰り返している。
今のミルの体が普通の状態じゃないのは、誰が見ても明らかだった。
「苦しくないし、痛くもない!
あたしはまだやれる!!
まだおねぇちゃんを助けられる!!」
「嘘吐き!どう見ても平気じゃないじゃん!!
ねぇ、ミルちゃん。
ミルちゃんはこんな事だけをしたかった訳じゃないでしょ?
本当にしたい事は別にあるでしょ!?
本当にミルちゃんがやるべき事を、やりたい事をやる前に死ぬ気なの!?
そうじゃないでしょ!!!?」
そのネイの言葉を聞いて、ミルは冷静になったんだろう。
もしかしたら、暗黒騎士と戦っていた時の俺と同じだったのかもな。
興奮が収まってきて、限界が来ていた今の自分の状態を理解した。
気づいたからこそ、今まで感じなかった痛みが一気に襲ってくる。
その苦痛に耐えられなかったミルは、血を吐きそうなほど酷く咳き込んで、そのまま前に倒れるように崩れ落ちた。
「ゴホッ・・・ゴホッ・・・
ゼ、ヒぃゅううう・・・」
「ミル」
「お”、ねぇ・・・ぢゃん・・・」
ゆっくりミルに近寄って、視線を合わせるように片膝を着くキャラ。
何処までも優しい声でキャラは短くミルの名前を呼ぶ。
その声に答えたのは、咳き込みすぎて潰れた声。
ギリギリ音になっているような、ガラガラで痛々しいその声で、必死に姉を呼ぶ。
「ミル、帰ろう?一緒に帰ろうよ」
ミルは大粒の涙をポロポロ零し、それでも何かに耐えるようにきつく唇と目蓋を結んで、首を横に激しく振る。
魔王に操られたままのミルは、キャラと一緒に帰らないと答えたのだ。
「ミル。そっちに居ちゃダメなんだ」
「・・・・・・」
「ボクはこれ以上ミルに悪い事して欲しくない。
人を傷つけるような事、して欲しくないんだ」
「・・・・・・」
「お願いだ、ミル。帰ってきてくれよ・・・」
「・・・おねぇちゃん・・・
あたし・・・絶対・・・・・・」
キャラの言葉にミルはただ首を横に振り続けるだけだった。
そんなミルの態度に、キャラの声に涙の色が混じる。
そのキャラの声にミルも何か強く感じたんだろう。
頑なに閉ざされていた口が開く。
でも何か言いかけてハッと何かに気づき、両手で鼻ごと口を覆い隠すよにして次の言葉を押さえ込んだ。
ミルのその行動とほぼ同時。
何処からか飛んで来てキャラとミルの間に突き刺さった長い針から、毒々しい緑色の煙が爆発したみたいに一気に溢れて2人を包み込んだ。




