44,オオカミ少年と黒い騎士 5人目
「・・・あぁ、違うな。
多少使える捨て駒ならこの位で十分って事か。
無駄に道具自身に力や知恵があると、あいつの様に反抗されるかもしれないからな」
「誰が、捨て駒や道具だって!?
あと、アイツって誰だよ!!」
「お前と、下の青いの。
あいつは、・・・・・・
お前達の方が詳しいだろう?」
「何言ってるんだ?マジで意味分かんねぇよ!」
そう言って暗黒騎士は顎で田中を指す。
暗黒騎士は本気で俺達を捨て駒だって言いたいらしい。
ルチア達がそんな事する筈ないし、そもそもそんな事思ってもいない!!
あと、意味分かんないのは『アイツ』だ。
本当、誰の事言ってんだ?
暗黒騎士の条件に合う、俺達の方が詳しい奴何って1人も思い浮かばない。
「あの女共に、いい様に利用されて。
最後の最後、髪の1本まで利用されつくされて。
それでボロボロになったら自分達は関係ないと、何も悪くないと言い訳されて。
死んだらゴミの様にそこら辺に捨てられる。
その事に全く気づかない。
気づこうとも、見ようともしない」
「言いたいことは、それだけか?」
「いいや。まだまだ、言い足りないな。
こんなあらすじ程度の量で収まるわけないだろ?
私達が溜めてきた思いが、怒りがこんなもんだと思うな!」
「っ!」
暗黒騎士の叫びが波紋の様に広がって、真っ赤な炎を宿した。
内に秘めた怒りが溢れ出したみたいに暗黒騎士の足元から広がった炎が、俺の指先から真っ黒に焦がすように激しく燃え上がる。
真下の炎の壁も激しさを増し、今まで以上に高く、厚く。
そして熱く燃え上がり、バルコニーに届きそうな火柱に変わった。
「あの女は嘘吐きだ。
私でも分かる位簡単な嘘を吐き続けてる。
それなのにどうしてお前たちは分からないんだ?」
「なに、言って・・・・・・」
「可笑しな所は、矛盾する所は、今まで幾らでもあった。
いくらでも気づける所があっただろ?
城の地下室でグランマルニに会った時でも、スタリナ村に行った時でも、シャルル修道院に行った時でも。
今だってそうだ!」
激しい熱で目を開けられない。
それに、息を吸うだけで喉と肺が焼かれそうだ。
あふれて来る汗はこの炎で焼かれ直ぐ塩に変わる。
体中がジャリジャリ、カサカサして気持ち悪い。
俺だって暗黒騎士に対してブチギレてるんだ。
でもこの炎のせいで自分の怒りを外に出せない。
魔法を使う暇もなく、ただ耐える一方だ。
「青いのなんって、何度もかなり良いところまで気づいていた。
それでも最後は見ないフリをする。
どうして自分達がそこまで気づかないフリや、見ないフリをするのか。
本当はとっくに分かってるんだろ?」
「ちゃんと見ている!変な言いがかりつけるな!!」
「いいや。
お前達は何時でも目を瞑って、耳をふさいでいるんだ。
もしそれを、無意識にやってるって言うなら、自覚させてやる」
「違う!!俺達はそんな事してない!!
俺達はちゃんと自分の意思で、ルチア達と。
この世界の奴等と、向き合ってるんだ!!!」
「嘘吐き。
何処まで自分に嘘をつき続ける気だ?
お前達が気づかないフリをするのも、見ないフリをするのも。
この世界で生きていく為だって、分かってるだろ。
異世界から無理やりに連れて来られたお前達には、あの女共以外、他に頼れる奴が居ないものな?
あの女共にとって都合が悪いものは見ないように、聞かないようにして、ただ言う事聞く以外道がない」
俺の方に流れ込んでくる熱風と共に、暗黒騎士の足音が近づいてくる。
しゃべりながらゆっくり近づく足音が、俺の直ぐ側で止まった。
そして暗黒騎士はうずくまる様にガードする俺から、弾くように手の中の剣を奪っていく。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・お前達も同じだ」
長い長い沈黙の後、ようやく暗黒騎士はどこか馬鹿にしたようにそう言った。
一体俺達が誰と同じだって言うんだ。
いや、その『誰か』が暗黒騎士の言う『アイツ』だって言うのは分かる。
その『アイツ』が誰なのか分からないんだ。
「気づいて拒否したら、酷い目に遭わされるし、他に知っている奴が居ない、分からない事だらけのこの世界に捨てられる。
最悪あの女共に殺されるだろうな」
「ルチア達が、そんな事する訳無い。
そんな事酷い事するような奴な訳ないだろ!!」
「やはり、本当はお前だって気づいてるじゃないか。
そこまで必死に否定しようとするのは、下に居るあの女に聞かれるのが怖いからか?
安心しろ。
この炎でお前の声はあの女に届かない。
本心を言っても大丈夫だぞ?」
「ふざけるな!!何処までルチアを
「気づいて無いなら教えてやる。
私はお前達を利用しているのは『あの女』、としか言ってないんだ。
この塔の下には何人もの女性が居る。
それなのに、私が1度も名前を出していないのにも関わらず、お前は『あの女』がローズ国王女の事だと、なぜ分かった?」
「っ!」
「だから言っただろ?
本当はお前達も気づいてるって。
嘘や矛盾に気づかないフリして、あの女共に利用される。
それ以外、何もかも違うこの世界で生きていく為の選択肢がお前達にはない。
そう思い込んでる。そうだろ?」
「ち、ちがっ!」
「違わない。
いいか、お前達がした選択は最善策なんかじゃない。
真逆だ。
そう思い込んでいるお前達は、1番最悪で最低な選択を選んでしまったんだ!!」
「なに、が・・・最悪な選択だ・・・・・・」
「最悪な選択だろ。
お前達にとって1番いい選択って言うのはな。
お前が元の世界でやらないといけない大事な事を思い出した時。
あの時、直ぐに帰るって選択だったんだ。
お前達は、あいつや今までの勇者達と違って好きにスキルや魔法を作れるんだろ?
なら何であの時直ぐに、元の世界に帰る魔法を作らなかった?
敵を目の前にして、急いで帰らなきゃいけないって強く思う位、大事な用事だったんだろ!!?」
隠し切れない威圧的な冷たさがあるものの、何処となく幼い子供を諭すような優しい声音で言葉をかけてくる暗黒騎士。
その言葉を理解するので頭がいっぱいで、考えるよりも先に口から言葉が飛び出す。
どの位の間そうだったのか分からない。
けど『直ぐに元の世界に帰る魔法を作らなかった』っと言う暗黒騎士の言葉で俺の頭が一瞬止まって、ようやく物事を考える事が出来るようになった。
「ッ!ゲ、ホッ!!カ、ハッ」
「あぁ、大丈夫か?
ちゃんと息は吸わないとダメだぞ。
お前には大事な用事があるんだろう。
『ユヅ』、だっけ?
妹もお前の帰りを待っているはずだ。
お前だってこんな所で、無意味に死にたくないだろう?
元の世界に居る、大事な、大事な、家族や友達に看取られて、静かに老いて死にたいはずだ」
その結果、最悪な自分の現状に気づいてしまった。
痛くて気持ち悪いほどドクドク言う心臓と、心臓と同じ位痛む頭。
そのせいで、ただ息を吸うだけでも内臓ごと腹ん中のもん、全部吐き出したくなる。
誘惑するようなネットリ気持ち悪い暗黒騎士の言葉がスッゴクムカつくし、肌を刺す炎はもう感じられないのに。
それなのにそんな状態のせいで、俺は目を開けることも、新しく剣を作ることも、呪文を唱えることも出来ずにいた。
「ゼェ・・・ゼェ・・・」
「・・・痛いよな。苦しいよな。辛いよな。
それでも何で帰らないんだ?
お前達は本当なら全く関わるはずの無い、はるか遠くの異世界から来たんだ。
この世界に執着する必要ないだろ?
何で、まだ帰りたがらないんだ?」
「ッ!ヒ、ゥ・・・ッ」
咳き込みすぎて声が出ない。
暗黒騎士に言いたい事が沢山あるのに、頭が回りだした今も何も言えないんだ。
ちゃんと口と舌動かして、腹の底から声出せよ、俺!!!
暗黒騎士に言われっぱなしで、悔しくないのかよ!!
勝手に俺達の心んなか妄想して、言いたい放題見当違いな事喚き散らす暗黒騎士が憎くないのかよ!!
悔しくて、憎くて、怒りで頭ん中、いっぱいだろ!?
その思い、ちゃんとぶつけろよ!!
動け、動け、動けッ!!!
「お前達の世界は、この世界と違ってかなり安全なんだろ?
常に武器を持ち歩かなくて良いし、動物や魔物が襲って来る事もない。
誰かと殺しあう事だって、物語の中だけなんだろう?
そんな『安全』な世界から来たお前達にとって、此処は地獄そのものなんだろ?」
「俺、は・・・俺達は勇者だ!
困ってる奴等が、助けを求めてる奴等が居るのに、そう簡単に逃げ帰るかよ!」
「困っている奴に、助けを求めてる奴?
そんな奴、何処にいるんだ?」
「なっ!」
心底理解できないと言った声でそう言う暗黒騎士。
思わず目を開けば、不思議そうに首をかしげながら俺を見下ろす暗黒騎士の姿が映った。
「生まれた時から魔法を使う事もできず、その年までまともに戦った事のない子供のお前達に助けを求める奴何って、この世界には居ない。
居るのはお前達を利用して、自分の手を汚さず、楽に自分達の我侭を実現したいクズ共だけだ」
「・・・・・・」
「コイツが良い例だな。
今この世界で生きている殆どの奴等は皆、自分の。
この世界で生まれて、この世界で生きている自分達の力だけで、大切なモノを守ろうとしている。
守る為に自分が出来る方法で戦っている。
遥か昔に来た勇者の教えを美徳として守る事はあっても、この時代に生きる大半の奴は、異世界から来た新しい勇者なんって必要としてないんだ!!」
あぁ、頭が割れそうだ。
内側からガンガン叩かれて、外側からギュウギュウ締め付けられる。
それに暗黒騎士の言葉でジェットコースターに乗っているみたいに体がグルグルして、気持ち悪い。
寒いような熱いような。
快適じゃない事は確かな変な感じがして、全く声が出ない。
「分かってるだろ?
お前達がこの世界に居る意味何って最初からなかったんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「これでも私も、ユマ様も。
お前達に一生治らない傷を負わされたグランマルニですら、お前達に同情してるんだ。
この世界の事を何も知らないのを良い事に利用されて、人殺しの道具にされているお前達に」
「・・・・・・・・・」
「今のこの状態なら、お前達は新しい魔法が作れるはずだ。
お前達の暮らす世界には、お前達の帰りを待っている奴等も居るんだろ?
ほら、早く帰る為の魔法を作って今直ぐ帰ってくれ。
ユマ様の望みでもあるんだ。グランマルニもそうだ。
あいつの事を伝える為にも、あいつが叶えれられなかった1番の願いを代わりに叶えて貰う為にも。
まだ間に合うなら、せめてお前達だけは元の世界に帰って欲しいって。
頼むから、あいつの為にも大人しく帰ってくれ!」
「・・・・・・」
「何も心配しなくてもいいさ。
確かお前達の世界では、自分達が住む世界以外の異世界が存在する事は知られていないんだったな。
この世界の事も、勇者と囃し立てられていた事も。
全部、全部、悪い夢だったと忘れてしまえばいい」
「・・・」
「いいか、これは最終警告でもあるんだ。
今の所お前達は、あの女共に騙されただけの被害者だ。
ユマ様の言う、『まだ間に合う』って状態だ。
色々不満も言いたい事もあるが、大人しく自分達の世界に帰るなら、私達はお前達をこれ以上傷つける気はないし、殺す気もない。
だが、此処まで言ってもまだ、あの女共の道具で居ると言うなら・・・
もう容赦はしない」
バルコニーから下を覗き込めば、未だに炎の壁に囲われ苦しそうにしているルチア達の姿が映る。
そのルチア達の姿を見ながら俺は、薄い壁1枚挟んだように遠くに聞こえる暗黒騎士の言葉を、何時もの何十倍もゆっくりと時間をかけて理解しようとしてた。
暗黒騎士の言葉を理解する事と、全身を襲う今までに感じた事のない痛みのせいで、全然動くに気になれない。
ボーッとその様子を眺めていると、不意に杖を抱きしめるルチアと目が合った。
熱にやられ掠れた声。
それでも、ハッキリと耳に届く、
「・・・勇者、様・・・助けて・・・」
と言ったルチアの言葉。
「・・・・・・なぁ、もし俺達がここで帰ったらルチア達はどうなるんだ?」
「勿論、しかるべき罰を受けてもらう。
上手くいきそうだったユマ様達のお考えに、ただの我侭で反発し此処までの事をやったんだ。当然だろ?」
「具体的には?」
「重罪だからな。
生まれた事を後悔する位、重く、苦しい罰だ」
「そうか・・・・・・」
そこまで聞いて俺は深く深く息を吐いた。
そして、
「コレがお前の答えか?」
「あぁ、そうだ!!」
暗黒騎士が作り出した炎を『クリエイト』で剣に変え、暗黒騎士に切りかかった。
「俺はお前達を倒してこの世界を救う。
元の世界に帰るのはその後だ!!
お前はどうする田中?尻尾巻いて逃げ帰るか!?」
「誰が、そんな事するか!!
俺も最後まで戦うに決まってるだろ!?
勇者、なめんなッ!!」
その田中の叫び声と共に、田中の魔法の威力が上がる。
田中の覚悟も固まったみたいだ。
そんな俺達の姿を何処かホッとしたような、期待に満ちた輝く目でルチア達が見てくる。
 




