42,オオカミ少年と黒い騎士 3人目
「・・・・・・なぁ、ラム。
お前、僕の事どう思ってるんだ?
どう言う、関係だと思ってるんだ?」
「何言ってるの、ピコン。
そんな事、今聞く事でも、言うべき事でもないでしょ?」
「いいから答えてくれよっ!!!」
正論を言うラムに怒鳴り声を上げ、自分の質問に答えるよう強制する最低野郎。
最低野郎は、何処まで我がままなんだ?
そろそろ、怒りを通り越し呆れてくる。
そんな最低野郎にラム達も呆れているのか、何時もの事と諦めてるのか。
仕方なく、質問に答えだした。
「手が掛かりすぎる弟よ。
お祖父ちゃんが拾ってきたから血は繋がって無いけど、私はピコンの事ちゃんと家族だと思ってるのよ?
弟して愛してるから、怒ってるの」
「・・・ふーん。後、その指輪、どうしたんだ?」
「このネックレスの事?」
「うん、それ。何処で、手に入れた?」
最低野郎が俯いたまま指差したのは、ラムが首から提げた濃い焦げ茶色の皮の紐に通された地味目な指輪だ。
よく見ると、指輪の半分位を使ってかなり細かいバイオリンが掘り込まれていた。
そのバイオリンの部分には、所々光が当たってキラキラ虹色に輝く小さな宝石がはめ込まれている。
遠めで見ると地味すぎるけど、近くでよく見ると大人向けのおしゃれな感じの指輪だ。
で、この指輪がなんだって言うんだ?
「言わなかったけ?
この前、アーサーベルに紙を卸しに行った時に買ったの。
私だって女の子なんだから、こう見えて少し位オシャレに興味があるのよ。
そんなに似合わないかしら?」
「そんな事無い!
そんな事、あるもんか・・・けど、それは・・・・・・」
最低野郎は震える声で何か言いたげに叫んで、結局何も言わずに黙りこんだ。
最低野郎はその後、しばらくの間黙ったまま俯いて、何かに耐えてるみたいに小さく震えていた。
ラムの言葉の何が気にくわなかったのか分からないけど、たぶん最低野郎は怒りに耐えてるんだろうな。
「じゃあ、次に。親父さん」
「おいおい。まだ、続けるのかよ」
怒りに耐えてる位なら、あきらめて自分が悪いって理解すればいいのに。
ようやく口を開い最低野郎は、今度は村長に質問しだした。
はぁ、本当マジで、最低野郎はいつまでこれ続ける気なんだ?
いくら馬鹿げた質問したって、最低野郎の思い通りの言葉なんか誰も返すはずないのに。
こんな茶番、さっさと終わらせろよ。
「この塔はなに?何の目的でここに建ってるんだ?」
「見ての通り、大昔に建てられた見張り塔だ。
そんな事も知らなかったのか?」
「・・・本当に、それだけか?」
「それ以外、どんな目的で建てられたと思ってるんだ?」
「あるだろ!!
この塔がこの村にとってどんだけ大切なものか、本物の親父さんなら分かってるだろ!!?」
本物って・・・
自分の望み通りの事言わないから、偽物扱いかよ。
流石にそれはねぇわ。
「・・・じゃあ、最後に。
ラムがバイオリン弾く事、どう思ってるんだ?」
「えっ。ラムってバイオリン弾けるのか?
スゲーじゃん!」
「え、あ、ありがとうございます、勇者様!!
勇者様にそう言っていただけで、感激です!」
「そこまで喜ぶことか?
・・・あ、そうだ。なぁ、ラム。
折角だから、色々落ち着いたらバイオリン聞かせてくれよ!」
「えっと・・・」
まさか、ラムがバイオリン弾けるとはなぁ。
この世界にバイオリンがある事も驚いたけど、1番は驚いたのはこの牧場以外何もなさそうな村で、バイオリンなんって言う上品で難しそうな楽器を弾ける奴が居たことだ。
思わず聞かせてくれって勢いで言っちゃったけど、大丈夫だよな?
「ダメか?」
「いえ、そんな事は!
ただ、その・・・
趣味で弾いてるので、たいした事なくて・・・」
「そんな事気にしてたのか?
別に俺はそう言う事気にしないからさ。
気楽にやってくれればいいんだぜ?」
「あの、そう言う事でしたら、是非・・・」
照れた様に頬を赤く染めたラムの顔を見ると、ダメじゃなさそうだ。
むしろ乗り気な位?
ラムも初めて村の奴以外に自分のバイオリンを聞かせるから、少し緊張しているらしい。
けど、それ以上にどれだけ外の人間に気に入られるか、気になっているみたいだ。
「分かってるだろ、ピコン。
ラム本人もあぁ言ってるんだ。
ラムのバイオリンはただの趣味。
それ以外の何でもないだろ?」
「・・・・・・・・・・・・あぁ、そうか、そうか。
ふざけんな!!
どこまで俺達を馬鹿にすれば気がすむんだよ!!
クソッたれがッ!!!」
何が気に食わなかったのか。
村長の言葉を聞いた最低野郎は俯いたままそう吠え、握り締めた拳を真後ろにある塔の壁に勢い良くぶつけた。
遠くに見えるディスカバリー山脈まで木霊するほど大きな音と、崩れ落ちるんじゃ無いかと心配になるほど揺れる塔。
そんな塔や最低野郎のヒステリーに、思わずポカンとしてる村の人達。
そんな同じ村の人達なんか無視して、顔を上げた最低野郎は鬼か獣みたいなギラギラした目で俺達を睨む。
そして、手に持ったままだったピッチフォークを我武者羅に振り回しだした。
「お前等がこんな事したんだな!!
お前等のせいで!!どれだけの奴がっ!!
苦しんで!悲しんでっ!!
いると思ってるんだ!!!!」
「それは、こっちのセリフだ!!」
その勢いのまま、ルチアを襲おうとした最低野郎。
突然の事にルチアは、避ける事も魔法を使う事もできずにいるみたいだ。
ただ声を出さずに杖を強く抱きしめ、次に来る痛みにそなえて固く目をつぶる。
その怒り狂った最低野郎に襲われるルチアの姿が、ケット・シーが襲ってきたあの日のあの姿と重なった。
逆切れして真っ赤な顔で暴れる最低野郎の姿も、あの日のケット・シーにそっくりで。
最低野郎の言葉のせいでこれ以上下がらないって思う位どん底まで嫌な気分だったのが、最悪なことに更に下がっていくのが分かった。
「村の奴に迷惑かけまくって、反省するどころか逆切れして。
そんなお前に、あーだ、こーだ、言われる筋合いは無い!!」
「あ、ありがとうございます、勇者様」
ケット・シーの様に速い訳でもない、戦い慣れてないただの村人の攻撃。
そんなもの今の俺には目をつぶっていても止められる位、ヘロヘロした軽いものだ。
ルチアの前に割って入って、軽く最低野郎が持っているピットフォークを剣で打ち払う。
こんな最低な奴でも怪我しないようにと、スッゴク手加減して技ともいえないくらい軽く払ったのに、それでもピッチフォークと一緒に吹っ飛ぶ最低野郎。
ピッチフォークはかなり遠くに飛んで行ったし、最低野郎自身も無様に尻餅を着いた状態だ。
そんな状態でも最低野郎は俺達を睨み続ける。
ただ睨むだけなら大して害もないし、俺はルチアの無事を確認することを優先させた。
「別に気にすんなって。
それより、怪我とかしてないか?」
「はい。勇者様のお陰で、大丈夫です」
「ならよかった」
「何が・・・何が勇者だ!!ふざけんな!!!」
どう考えても勝てないって分かっているのに、それでも俺達に殴りかかってくる最低野郎。
そのやる気があるのか疑いたくなる位、軽く遅い拳を軽々とかわし、逆に1発顔面に食らわせてやる。
『ライズ』も使ってないし、そこまで本気で殴ったつもりは無いけど、最低野郎は鼻血を出しながら勢い良く後ろに倒れた。
ちょっと強すぎたみたいだな。
「いい加減にしろよ!
オムツも取れてないようなガキじゃないんだ!
言われた事くらい理解しやがれ!!」
「そうだぞ、ピコン。勇者様の言うとお
「い、い、加減にっ!
しやがれって言ってるだろがぁ!!!
どれだけ、どれだけ人の心を踏みにじれば気が済むんだ!!!」
家族として最低野郎をかばっていた村長達も、流石に今回は許せなかったらしい。
本気で最低野郎を説教しようとするけど、最低野郎はその言葉を怒鳴る事で遮った。
そして俺達に向かって今まで以上に大きな声で怒鳴り散らしてくる。
「勇者勇者言われていい気になってんじゃねぇよ!!!
お前等みたいなのがレーヤ様と同じ勇者でたまるか!!!
俺達の人生も、心も、村の暮らしも、歴史も、全部全部無視して!
自分達だけに都合の良い、自分達を褒め上げるだけの道具と、飽きないための舞台に無理矢理作り変えて!!
そんな事する奴等が、勇者でたまるか!!!
勇者の名を騙るな化け物がっ!!」
「・・・今・・・何と言いましたか?」
「聞こえないフリはやめろよ、化け物共!
聞きたくないって言おうが、何度でも言ってやる!!
お前等は勇者じゃない!!!!
自分達は勇者だって嘘吐いて好き勝手暴れてるだけのッ!
心が無いただの化け物だ!!!」
最低野郎の言葉に、俺達より先にルチアが反応した。
そんなルチアを馬鹿にしたように、最低野郎は更に暴言を吐く。
「勇者様を卑しい魔族と一緒にするなど、貴方はそれでもローズ国民ですか!!
今すぐその言葉、訂正しなさい!」
「ハッ!
お前等に比べたら、物語の中の魔族や魔王の方がどれだけ良心的だと思ってるんだ!?
訂正するのはお前の方だろ!!
お前等化け物と同類にされた魔族達の方が、どれだけかわいそうだと思ってるんだ!」
「な、何ですって!!」
「本当、僕達と同じ姿に化けてるだけでも吐き気がするって言うのに、よくもまぁそこまで自分達が正義の使者みたいに言えたな!?
人間をただの人形に変えて好き勝手してるだけの化け物が、善人ぶった言葉を吐く必要ないだろ!!?
さっさと本性あらわしたらどうだ!?なぁ!!?」
「あぁ!そうだ!!まさに、その通りだ!!
よく言った、人間!!」
「え?」
突然ガシャガシャと言う拍手の音共に何処かからか聞こえた、地獄の底から響いてきたような低い声。
聞き覚えのないその声に驚いた一瞬のうちに、俺達と最低野郎の間に鮮血よりも赤い炎の壁が現れた。
田中の『フレイム』よりも熱く激しいその炎の壁は、まるで太陽が落ちて来たみたいだ。
近くに居なくても一瞬で骨まで焼かれてしまいそうな、そんな威力がある。
「誰が、この炎を・・・」
「っ!高橋!塔の上だ!!塔の上にっ!!」
「お前はッ!!!暗黒騎士!!
何でお前がここに!!?」
何時までも燃え続ける炎の壁から顔を守りつつ、塔の上の方を見上げる。
塔のバルコニー。
そこに最低野郎を小脇に抱えた、暗黒騎士が立っていた。




