17,貸家
貸家に行く途中、大通りに並んだ露店でフランスパン以上に硬いパンと、露天で1番安かった瓶一杯の牛乳。
同じく1番安い、鶏の卵より一回り大きい風見鳥と言う生き物の卵を4つ、薄いベーコン見たいな燻製肉を3切れ買った。
露天には同じ分量、大きさで値段が牛乳や風見鳥の卵の何倍、何十倍もするミルクラクダのミルクやコカトリスの卵と言う物も売られていた。
多分それ等はこの世界に居る間、縁が無い食材だろう。
それから更に、俺は大通りを真っ直ぐ門の近くまで進んで行った。
其処から西の方にずれた森の中にポツンと立った小さいけど立派な洋館が俺が借りた貸家だ。
近くには小さな滝と小川が流れ、見た事も無い水草の間をこれまた見た事無い魚が泳いでいる。
その小川と洋館の間には手入れがされず自然に伸びた植物に覆われた庭だったモノ。
今はジャングルみたいになっている。
その元庭に生えていた植物の1部は洋館にまで伸び、洋館の外壁まで多い尽くしていた。
お化けが住んでいるか、殺人事件の舞台に成りそうな館、と言えば分かり易いだろう。
その館の入り口前。
チョコンと置かれた止まり木にはふっくらモコモコ、丸々と太った冬頃の姿をしたスズメが止まっていた。
少し長めの尻尾の先が同色の鍵になっている事を除けば、サイズと言い体色と言い、何処からどう見ても普段良く見る雀そのものだ。
尻尾の形からしてこのスズメがボスが言っていた『不気味な野生のロックバード』なんだろう。
雀を見て先ず俺が思った事は、
「何処が不気味なんだ?めっちゃ、可愛いじゃん!」
である。
尻尾さえ気にしなければ唯のスズメ。
不気味どころかこの世界初の癒しだ!!
ボスに『不気味な』と言われた時は、烏みたいな真っ黒な姿か、もっとグロいキメラみたいな怪物を想像していたから拍子抜けした。
猫が喧嘩してる時の人間の赤ん坊の様な鳴き声もするし、見えないだけで近くに猫の魔物も居るんだろうな。
もしかして、洋館の中か?
「にしても、やっぱ可愛いな~。
もう少し、近づいても大丈夫か?」
俺は今、スズメから5~6m以上離れた木の陰に隠れて顔だけを出してスズメを見ていると言う、傍から見ると不審者同然の事をしている。
雀って警戒心がとんでもなく強く、これ以上近づくと警戒して飛び立つんだよ。
これから3ヶ月、一緒に生活するのだ。
出切るだけ警戒されない様にしたい。
相手が魔物だってのは分かってるけど見た目があまりに似すぎてついつい、普通の雀と同じ様に考えてしまうんだ。
「う~ん、取り合えず『ミドリの手』」
『クリエイト』用小袋から出した木製の小さく少し深い皿に、『ミドリの手』を使い米を出す。
やってみて分かった事だけど、どうやら幾つかの植物は加工した状態で出せるみたいだ。
例えば米だったら精米された状態や粉にした状態で、油菜やオリーブならサラダ油として出せる。
但し、出せるのは中身だけだから容器は別に用意しないといけないみたいだ。
その逆に、コショウやバニラエッセンスの様に植物自体は見た事が無くても、その植物を原材料にした物を知っていれば原材料の植物も出せる事が分かった。
想像以上に便利じゃん、『ミドリの手』。
これならこの世界の食べ物が口に合わなくても何とかなるな!
味はどうだか分からないけど!
「さて、上手くいくか?」
木の皿いっぱいの精米された真っ白な米を一掴み。
そのままスズメに向かってばら撒く様に投げた。
俺が投げた米に気がついたスズメは、止まり木から落ちた米に近づき首を傾げる様な仕草をしている。
スズメは何回か首を傾げた後、恐る恐るといった様に米を食べた。
その後は早かった。
1声、スズメは人間の赤ん坊の様な泣き声を放つと、地面に落ちていた米をドンドン平らげていく。
「て、さっきの鳴き声は猫じゃなくてロックバードなのかよ!!」
そう叫びそうに成るのを慌てて口をさえて止める。
落ち着け、俺。
ほら、異世界だと知っている動物の鳴き声が違うってのは良く使われるネタじゃないか。
この位で驚いて大声上げたら雀と良好な関係は築けないぞ。
慌てて口を押さえたからか、米を食べるのには夢中だからか、スズメは直近くに居る俺にまだ警戒していない。
スズメが落ちた米全部を食べきる頃に俺はそっと木の皿を自分の足元近くに置いた。
案の定、スズメは全く警戒せず俺の足元に来て米を猛スピードで食べていく。
「・・・・・・・・・今なら触れるかな」
脅かさない様にゆっくりスズメに手を伸ばす。
しかし、俺が触るより前にスズメは慌てた様に止まり木まで戻ってしまった。
流石に今ので警戒されたか。
と思ったけど、何故かスズメは俺と止まり木を何度も往復し出した。
思いきってスズメが止まっている止まり木まで行くか?
そう思って俺が近づいてもスズメは動かずジーっと俺を、と言うか俺が持っている米が盛られた皿を見ている。
「食べていいよ」
そう言って俺は止まり木の下に皿を置いた。
それと同時にスズメは皿の縁に降り立ち米を食べ始めた。
「今日からこの洋館の新しい住人になったんだ。
よろしくな」
にっこり笑って言うけどスズメは俺を一切見ずに、米に夢中だ。
でも、尻尾を鞭の様に伸ばすとドアに近づけた。
その瞬間、カチッと言う軽快な音がドアから鳴る。
「入っていいって事?」
俺を見る事は無かったけど同意する様に伸びたスズメの尻尾が揺れる。
入る前にもう1度触ろうとするけど、威嚇する様に尻尾で殴られた。
「クッ」
今回は諦めるけど、あと3ヶ月チャンスがあるんだ。
何時かスズメを触ってやる!
*****
「お邪魔しまーす」
一言声を掛けて入った屋敷の中は、外観と違いある程度手入れがされていた。
其れでも薄っすら埃が積もってるし、汚れも目立つ。
一休みしたら、掃除でもするか。
その前に、何処かに居るはずの猫の魔物にも挨拶しなきゃな。
相手が魔物だろうと挨拶は大切だ。
その為に、屋敷を見て回らない事には始まらない。
先ず1階。
今、俺がいる玄関ホール。
玄関口の向かいには階段と凝った装飾の大きな時計が設置されている。
その玄関ホールの左にはレストランの様に広々した厨房。
真っ平らな大きい石が敷き詰められた床には石釜に竈。
昔使われていた井戸用手押しポンプみたいなのが付いたシンク。
貯水晶が1個転がった空の瓶。
壁際にはシンプルだけど丁寧に作られた食器棚が設置されている。
そして余り使われていないのか、床や食器棚の中の皿や調理器具にまで埃が溜まっていた。
その中唯一、使われた形跡があるのは塩、砂糖とは少し違う味の甘味料、蜂蜜だけが置かれた棚と、この台所の中で1番日当たりが悪い一角だけ。
その一角だけ土が剥き出しになり、その上に木で出来た冷蔵庫、氷木箱が置かれていた。
いや正確に言えば木箱からは根が生え、剥き出しの地面に植えられていたんだ。
冷凍庫になった上の方には何も入っていないけど、上より木の厚さが薄い方。
冷蔵庫になった下の方には、生肉や見た事も無い果物、謎の液体が入った瓶が無造作に詰め込まれていた。
生肉や果物の中には腐った物や潰れて液体が出た物まで混じっている。
「はぁ。何だよコレ。
こんな状態良く飯なんて食えたな」
余りに酷い衛生管理に頭が痛くなる。
これじゃまるで、
「食中毒を起こしたいです!」
て言ってる様なものじゃないか。
俺でもまだ掃除してるし、冷蔵庫内の整頓もしている。
他の部屋を見て回ったら、1番最初に此処を掃除しよう。
次は厨房の反対側、玄関ホールの右は大きな暖炉と長く大きい食卓、凝ったデザインの椅子が並んだ居間。
正に物語に出てくる洋館の居間と言った感じだ。
但し、手入れされていないせいで、
『幽霊達が食事してそうな』
と、付くだろうけど。
その居間にはもう1つ出入り口があって、そこを進むと外と同じ様にジャングルになった中庭に出た。
草に覆われたベンチや真っ白な石の丸い机と椅子、落ち葉や腐った水で濁った噴水、奇麗に整えられていただろう花壇。
元々は外でお茶会でもする為に造られたんだろうけど、今はその面影すらない。
草で覆われ辛うじて見える程度になった石の道を真っ直ぐ奥に進むと、泳げそうな程広い浴槽が完備された浴室があった。
まぁ、予想通りと言えばいいのか、ねぇ?
ゆっくり風呂に入れるのはまだまだお預けの様だとしか言えない。
全滅だった1階を後に、次は2階。
2階は回路になっていて左右対称に4部屋ずつ部屋がある。
階段から左側の部屋は物置、2部屋打ち抜いた遊戯室、書斎らしき本だらけの部屋。
右側は全部寝室だった。
その内、書斎と書斎の向かいの部屋は中二階になっている。
言わずもながら、ある1部屋を除いて廊下も部屋も長年、掃除がされていない。
その例外の1部屋、一番日当たりのいい部屋にこの屋敷に住むもう1匹の魔物が居た。
居たと言うか床の上で大の字になって腹を出して幸せそうに夢の世界に旅立っていた。
見た目はファンタジー物の村人が来てそうな服とズボンを着て、方耳に小さな灰色の石が付いたイヤリングを付けた三毛猫。
確認したところオス。
普通の猫との違いと言えば、少し手足と尻尾が長い事と耳が大きい事位か。
俺が近づいても起きる事なく、時々寝返りを打ちながら、
「フヘヘ」
とか、
「もう、食べれない~」
とか寝言を言う始末。
氷木箱を使っていた事からも、ある程度知能のある魔物なのは分かっていた。
だから、服を着て、人の言葉を話してもさして驚く事は無い。
コレで二足歩行しても人間に化けても、
「あ、やっぱり」
と思うだけで驚かない。
異世界行ったら獣人とか亜人とか言う種族として、動物が二足歩行したり喋ったり、耳や尻尾が生えた人間になるのはよくある設定だ。
だからか、ネコの存在自体に驚く事は無い。
寧ろ驚いたのはこの部屋の惨状だ。
はっきり言って目は点になって開いた口は塞がらなかった。
分かり易く一言で言うなら、『ゴミ屋敷』。
食べかすや丸まった紙くず、抜けた毛と埃の山、倒れて中身が転がった瓶、食べ賭けで腐ったナニカ。
虫は集るは、その虫の屍骸も転がっているは、異臭は放つは。
そんな部屋の中でネコは眠りこけているんだ。
今までの部屋の様子からこのネコは掃除が苦手だと分かっていたけど、ここまでとは。
潔癖症じゃ無い俺でも流石にコレには耐えられない。
この部屋を見た後の俺の行動は早かった。
『クリエイト』で小袋から次々に箒、塵取り、叩き、バケツに雑巾。
掃除に必要な物を出すと眠るネコに近づき耳元で叫んだ。
「おーきーろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!」
「フギャァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!?」




