39,水晶の魔法使い 後編
「はぁ。何で今、キビがいないんだよ。
あいつが居たらこんな問題、直ぐに・・・」
「田中さぁ。ないものねだりはやめろよー。
この世界に居ない奴に頼っても意味ないだろ?」
「・・・・・・・・・そうだな。悪い・・・」
いつもの左手首を掻きむしる悪癖を出しながら、また佐藤の事を言う田中。
学校じゃ田中が佐藤をひっぱてる姿しか見てなかったからちょっと意外だったけど、結構田中は佐藤の事を頼りにしてるみたいだ。
だから田中は、今みたいに困った事が起きた時、何時もの癖で佐藤に頼っちまうんだろうな。
でも、佐藤はこの世界に居ないだ。
居るはずがない。
そんな奴に頼ってばっかで、問題が解決するはずがないんだ。
佐藤を頼っちまうのも田中の癖の1つみたいだから、治そうと思っても治せないだろうし、俺もそこまで強く言う気はない。
でも、俺達だけでどうにかしなきゃいけない今の状況で、これ以上田中が悪癖こじらせて使いもんにならなくなるのは、俺達が困るんだよ。
だから、止められるなら止める。
「ねぇ、ねぇ。
青いおにーちゃんって、よくその『キビ』って人の事言ってるよね。
誰なの?」
そう思ってたら、ネイが佐藤の事を蒸し返してきた。
いつもなら頼りになる勇者の1人が、本当に困った時に頼る奴なんって気にならないはずがないよな。
でも、タイミングが悪すぎるぞ、ネイ。
田中の癖が納まらなくて、話が進まない。
「佐藤は俺達が居た世界に居る、田中の子分みたいな奴だよ」
「従兄弟だ、従兄弟。お前、キビの事そんな風に思ってたのかよ」
さっさと話を切り上げる為に、俺は手短に佐藤の事を伝えた。
そんな俺に対して田中が呆れ気味にツッコンで来る。
田中はそんな風にって言うけど、俺は田中と佐藤が従兄弟同士だっての今始めて知ったんだからな。
てか、クラスの殆どの奴がその事知らないと思うぞ。
田中と佐藤、親戚にしては似てなさ過ぎるんだよ!!
「青いおにーちゃんはその人と仲良かったんだね。
いとこなら、一緒に住んでたりしたの?」
「まぁ、ある意味、な。
キビの家が俺の家の向かいにあるんだよ。
だから、小さい頃とかキビの家に良く預けられてたし、今も泊まりに行ったり、夕飯とかもご馳走になったりしてるな。
あいつとはほとんど兄弟みたいなもんだよ」
「そうなんだ!
じゃあ、青いおにーちゃんにとってその人は、すっごく頼りになるおにーさんなんだね!!」
「違う。俺の方が兄貴だ」
純粋な目をしてそう言うネイに、拗ねたような不機嫌そうな声で返す田中。
確かに元の世界の田中達の様子を見てると、田中の方が兄貴分っぽかった。
でも、今の田中の様子からしたら、佐藤の兄貴っぽさは全くないな。
田中が佐藤を頼りにしてるし。
「確かに、いざって時は頼りになる奴だよ。
でも普段は頼り無い、って言うよりほっとけない奴なんだ。
何時も何か考え込んでて、傍から見るとボーっとしてる様にしか見えないし。
変なところで凝り性なのに、やる気出して動き出すまで時間掛かるから、最初から最後まで誰かが引っ張ってやんないとダメだし。
俺からしたら手のかかる弟だよ、キビは」
「・・・・・・青いおにーちゃんはその人の事、すっごく、すっごく、大切に思ってるんだね」
「家族だからな」
「じゃあ、青いおにーちゃんも家族が大好きなんだね。
青いおにーちゃんがそんな風に優しそうに笑ってる所、始めてみた!!」
「そうか?」
佐藤の事を話してる時の田中は、スッゴク柔らかい笑顔を浮かべていた。
何時ものしかめっ面からは絶対想像できない、優しい表情をしたんだ。
ネイがそう言うのも無理はない。
俺も意外すぎて、何処か田中の姿に違和感を感じる位ドッキとした。
それはルチアも同じみたいで、目を大きく見開いて田中の顔を見つめたまま固まっている。
「じゃあさ、なんで
「ネイちゃん!!」
なに、おねーちゃん?」
ネイの言葉を遮るように、ルチアが力強くネイの名前を呼ぶ。
怒るように自分の名前を呼ばれたにしては、少しも怯えたり不安そうにしたりせず。
どうしてそんな風に名前を呼ばれたのか分からないと言いたげに、ネイはただ不思議そうに首をかしげた。
「ダメですよ、ネイちゃん。これ以上会議の邪魔しちゃ」
「あっ!ごめんなさい・・・・・・」
自分でも少し声が大きすぎた、と思ったんだろう。
何処かバツが悪そうに声を落として、子供を叱るようにネイに声を掛けるルチア。
そんなルチアの言葉にネイは、自分が大切な話し合いの腰を折ってしまった事に気づいて、直ぐに謝ってきた。
「まぁ、確かに姫さんの言うとおり、ちょっと脱線がすぎたかな?」
「ごめんなさい・・・」
「大丈夫だよ、ネイちゃん。
ボクも気になってなかった訳じゃないし。
まぁ、ちょっとタイミングが悪かっただけだって。
ちゃんと反省してるんだから、次から気をつければいいって!」
「うん・・・」
キャラにもそう言われ、ネイは少し落ち込んでしまったみたいだ。
俺もそう思ったし、キャラの言うとおりタイミングが悪すぎたのは確かだけどさ。
好奇心旺盛な小さな子供に、大人と同じ位に空気を読めって言うのが、最初から無理な話だったんだ。
そこら辺をちゃんとネイに教えるのも、ネイの両親からネイを預かった俺達の役目なんだよな。
「・・・わりぃ。俺も話し込んじまった。
本当に、すまなかった」
「いいえ、大丈夫です!
そこまで、お気になさらないでください!
ですが、勇者様の言うとおり、今この場に居ない方を頼ったり、その方の話ばっかりするのはあまり良くないと思います」
「・・・・・・出来るだけ、気をつける」
「はい。お願いします」
保護者の責任ってのは田中も少しは感じていたんだろうな。
かなりバツが悪そうに謝る田中に、ルチアがそう声を掛けた。
とりあえず、また脱線する前に話し合いに戻ろう。
「まず、レーヤ達が関わってる街を外してるのは間違いないだろ?」
「はい。
ここアーサーベルもそうですが、ウイミィやウルメール。
そして賢者ルチアに関わりがある、ガリカも無事です」
「やっぱり、レーヤ様達が守ってくれてるんだよ。
水晶化の魔法が効かないから避けてるんだ」
そこまで重要じゃなさそうな小さな村は被害にあいまくっているのに、魔王や魔法使い集団が1番落としたいローズ国の主要都市は全部無事。
ローズ国の主要都市は、元々レーヤやその仲間達が暮らしていた街だ。
キャラの言うとおり、今もレーヤ達の何らかの力が守ってるんだろうな。
だから、水晶化できずにいる。
「で、その主要都市に近い村も後回し気味なんだよな?」
「あぁ。
アーサーベルやウイミィから近い所ら辺にある村も、まだ被害にあっていないな。
もうしばらくの間は、そこら辺の村も外していいだろう」
「えっと、水晶にされちゃうのはそうじゃない村なんだよね?
大きな街から遠い村って沢山あるよ?」
「そうだよなー。
こんだけ候補を減らしても、まだまだ沢山あるんだよなー」
主要都市から馬車で数十分位で行ける村も、まだ被害にあっていない。
そこら辺の街や村、既に被害にあった村を抜かしても、ローズ国にはまだ何百もの村や町が残っている。
そこから魔法使い集団が来る村を見つけるのは、すっごく難しいんだ。
「せめてもの救いなのは、魔法使い集団が水晶化の儀式魔法を使えるのが1日1回だけって事か」
「それでも毎日何処かの村が被害にあってるんだ。
1日1回何って事、何の気休めにもならないよ、青い勇者君」
「たった1日で、一気に10も20も水晶化するよりはましだろ?」
「あぁ、それもそうだね。
そっちよりは、まだ少しだけましだ」
疲れた顔でため息混じりにそう言い合う田中とキャラ。
確かに1日1回しか水晶化の儀式魔法は使えないみたいで、被害のスピードは緩やかな方だ。
それでも被害を止められた訳でもないし、水晶化した村を救えた訳でもない。
少しずつゆっくりと、ローズ国は魔王の侵食を受けているんだ。
それが全然ましじゃない事位、田中もキャラも分かっているんだろうけど、少しでもポジティブに考えないと俺達のメンタルが先にダメになる。
「とりあえず、シャル達にはポリゴール村から近いジェム村に向かってもらって、俺達は・・・・・・」
「もう1度コロラマ村に行くか?」
「いや、こっちに行こう」
俺が指差したのはコロラマ村の隣にある村、サマースノー村だ。
何か役立つ情報がないかと思って久しぶりにギルドに行ったら、キティからある依頼の話をされた。
「キティの話だと、スタリナ村と同じようにこの村から出た依頼がずっと解決できていないんだって。
オオカミ退治の依頼。さっき依頼は受けてきたから」
「この状況でギルドの依頼を受けたのか?」
「困ってる奴が居たらほっとけないだろ?
それに、スタリナ村と似たような事になってるなら、魔王が関係してるかもしれないし」
フェノゼリーみたいに魔王が特別に放った、強くて特殊な魔物がいるかもしれない。
そう考えたら、なお更ほっとけないだろ。
「それに、俺達も人数が増えたからな。
田中がどうしてもこの依頼より水晶化の方が気になるって言うなら、二手に分かれたって俺は構わないぜ」
「いや、お前以外飛行船見つけられないだろう。
どっちもやるんだったら、お前以外のメンバーからオオカミ退治の依頼に行く奴を決めた方が良い」
「いいえ、勇者様。
いつも通り、全員でサマースノー村に行きましょう。
サマースノー村も次の水晶化の被害候補に上がっていましたから」
そう言えば、サマースノー村も結構な有力候補の村だったな。
コロラマ村と最後まで悩んで、コロラマ村に向かったんだ。
「なら、魔法使い集団を待ち伏せする意味でも、全員でサマースノー村に行くか」
「そう言うことなら、準備し直さないとね。
少し・・・そうだなぁ・・・
30分位待ってくれないかい?」
「あ、それなら1時間後に出発しようぜ。
もしかしたら、買い物しないといけないかもしれないだろ?
それだったら30分じゃ短いと思うぞ」
「そうですね。
他の魔物と戦うなら、少し薬の量が心配でしたから。
30分ではとても・・・」
「よし!1時間後にギルド前に集合!
いったん解散!!」
俺の号令に皆バラバラに部屋を出て行く。
さて、俺ももう1度荷物の確認をするか。




