33,シャルル修道院、2つの事件 第15幕
「よっしゃ!まだまだ行くぞ!!」
「相変わらずだな、レーヤ。
昔からお前はそうだ!
昔から僕は、お前のその余裕だらけの態度が嫌いだったんだ!」
俺が水分補給している間に、教皇シャルの時間が進んでいた。
また10年老けて薄っすら白髪が混じりだした教皇シャルは、少しだけ落ち着いたように見える。
さっきまでのレーヤに対する恨みだらけの態度から、少しだけ人間らしさが戻ったような。
まだレーヤに対する恨みや怒りは残っているものの、少しは話を聞いてくれそうな感じだ。
それは攻撃の仕方にも現れていて、俺を傷つけ苦しめようとする攻撃から、元の1撃で仕留め様って言う攻撃に戻っていた。
でも、1番最初の攻撃の仕方とはまた違う。
10代、20代の頃の、あの隙にもなっていた荒々しさが消え、1つの格闘技として何処までも磨き上げられた。
そんなその格闘技を極めたプロが放つ、鋭く一切の隙が無い様な攻撃。
「っ!
おっさんになっても、攻撃の威力は若い頃のままかよ!!?
本当、嫌になるぜ!」
後20年分戦えば良いって口で言うのは楽だけど、年取っても教皇シャルの攻撃力は一切衰えてなかった。
逆にプロらしく洗練されて、今までの攻撃の数々が可愛く見えるほど強くなってる気がする。
体力に一切の衰えが無くて、攻撃の技術は上がりまくり。
ノーマルモードから、いきなりハードモードに勝手に変えられたみたいだ。
「お前も、あの頃から変わってないじゃないか。
あぁ、違うな。
お前はあの頃からずっと強くなり続けているんだったな。
流石、勇者様」
「あっ!年齢が!!」
クスリと笑って、教皇シャルがまた老ける。
シワも白髪も結構増えて、その代わりずっと教皇シャルから感じていた殺気が感じられなくなった。
恨みも殺意も完全に消え去って、でもまだレーヤに対する怒りは残っている。
そんな感じ。
「あぁ、悪い。そんなに怒るなよ。嫌味じゃないさ。
純粋にほめてるんだ、レーヤ」
「はぁ?何言ってるんだ?俺、怒ってないぞ?」
「でもな、僕はまだお前を許せない。
許せそうに無いんだ。
あぁ、勿論。
僕がお前を許せないのは、お前が思っている様な事じゃない」
「お、おーい。教皇シャルー。
聞こえてないのか、シャル」
「ギュルの言うとおり、僕達がこうなったのは僕達自身の責任だ。
レーヤ、お前の言葉を借りるなら、ジコウジトクって奴なんだろうな」
今まで休まず攻撃していたのが嘘の様に、穏やかな声で話しかけてくる教皇シャル。
でも、教皇シャルは俺と会話しようとしない。
たぶんこれは、俺と会話しようとしてるんじゃなくて、『最愛の人』を描いてる時にレーヤとした会話がそのまま残っている感じなんだろう。
こう、昔撮影した映像を再生している感じ?
今話してる教皇シャルは過去の映像。
条件がそろって再生された、大昔実際にレーヤと教皇シャルが話した内容の1部なんだ。
それが分かって、俺は教皇シャルの話を聞くことにした。
ただ警戒は絶対に解かない。
いつこの『映像』が終わって、またあの攻撃モードに戻るか分からないからな。
「そうだよ、分かってるじゃないか。
僕の事はどうだって良い。
でも、その事だけは、絶対に許せないんだ!」
「ちょ、レーヤ!?お前何言ったんだよ!?」
レーヤが答えたせいでスッキプされた、殺したいと思うほど教皇シャルがレーヤを恨んだ理由。
教皇シャルの言葉から、自分が魔族になった事は理由じゃないみたいだけど・・・
俺の中に残ったレーヤの思いにダメもとで聞いても、やっぱ答えない。
「僕は、ずっとあの方が好きなんだ。
1人の男として!小さな頃からずっと!!
あの方だけを思い続けてきたっ!!」
「教皇シャルが怒ってる理由って、恋愛関係かよ!!」
「あの方が、僕に興味が無い事何って分かってたよ・・・でも。
それでも!僕はそれで、構わなかった!
あの方のそばに居られれば、それだけで良かったんだ!!」
「わぁあ。
教皇シャルって、女々しいくらい一途だったんだなー」
最初の頃の虚ろな感じからは想像出来ないくらい、切なく一途な感情を表す教皇シャル。
苦しそうに老いた顔を歪める教皇シャルは、それでも好きな奴を思う優しく温かい光を瞳に宿し続けていた。
それだけで、教皇シャルがどれだけその好きな奴の事を思っていたのか。
なんとなくだけど、教皇シャルが言葉にしなくても分かるような気がした。
「だから、あの方を傷つけたお前が許せない。
あの方の心を奪っておいて、なに1つ守れず、傷つけるだけのお前がっ!!」
今までの話から察するに、教皇シャルは自分の好きな奴がレーヤのせいで不幸になったって思い込んでいるみたいだ。
人の心を取り戻しても、教皇シャルが魔族当然の顔をするのは、それが理由。
何か教皇シャルの話を聞いてると、教皇シャルが自分の意思で魔族になっちまった気がする。
マンガやアニメのライバルキャラでよくいるだろ?
どうしても主人公に勝てないライバルキャラが、ラスボスに力を貰って主人公を倒そうってするやつ。
これは教皇シャルも、
「レーヤから好きな奴を奪える力をやろう」
って魔王に言われて悪落ちした感じじゃないのか?
恋は人を変えるって言うけど、一途な恋心が教皇シャルを狂わせちまったのかもしれないな。
「何だ、高橋?まだ、水必要なのか?
それと剣の素材の方か?」
「出来れば両方!
教皇シャルがしゃべりまくってる今の内に、出来るだけ最高の状態まで回復したいんだ」
「ほらよ!」
「サンキュー!!」
悪落ちしそうなキャラって言えば、田中もそう言うタイプの性格だよな。
クールだけど、メンタルが弱いって言うか怖がりな所あるし。
だいぶ頭痛は起きなくなってきたけど、あの悪癖がまだ治らないどころか、日に日に悪化しているような気がする。
掻きむしらない様にリストバンドを左手首に着けても、そのリストバンドの下に指突っ込んで掻きむしるんだもん。
何かで手首を押さえても意味が無いんだよな。
そう言う意味でも、田中の事ももう少し気にしてやらないと。
そう思って、田中の方をジーッと見ていたら、田中が不思議そうにそう聞いてくる。
今の内に回復したいってのも本当だけど、田中を見ていた理由をごまかす意味も込めて俺はそう言った。
「回復魔法は?」
「あー、それはナシ!薬があったら、投げてくれ。
俺が持ってるのだけじゃ、足りなさそうだからな!」
「分かった。後、包帯と布」
田中に『キュア』をかけて貰うのは、レーヤの思い的にダメみたいだ。
元々リュックに入れていた終わり掛けの傷薬と、田中から渡された傷薬。
それを全部使って、教皇シャルの攻撃が掠った場所を治す。
1番傷が酷い腕には、ガーゼ代わりの綺麗な布にたっぷり傷薬を塗って貼り付けた。
その上から布がずれないように、包帯を巻く。
思っていた以上に傷が深くて、塗った傷薬がしみてかなり痛い。
ちょっと涙が出てきた。
「違うッ!!!
あの方は、お前が勇者だからお前を好き何じゃない!
レーヤ、お前だから、あの方は・・・・・・」
「よしっ!
教皇シャルの話はまだ終わりそうに無いな」
「だから僕は、どんな手を使っても、どんな姿になっても。
人間をやめたって、あの方を救える存在に・・・
あの方に愛された、お前になりたかったんだ。
レーヤ、お前には絶対分からないさ。
最初から何でも持っている勇者の、お前には。
お前を殺してでも、お前になりたかった僕の気持ち何って!!」
「・・・・・・・・・」
やっぱり教皇シャルは、自分から魔族に落ちたんだな。
でも、魔王を倒した後、レーヤと教皇シャルは手紙を出しあっていた。
屋敷にあった手紙とか読んだ感じ結構仲良さそうだったし、途中悪の道に迷ったけど教皇シャルは最後は改心してレーヤの仲間に戻ったんだ。
「・・・・・・そう、か。
お前がそんな事思ってた何ってな!意外だよ。
クフ、ハハッ。アハハハハ!!」
「スー・・・はぁー・・・」
レーヤはこの時何って教皇シャルに答えたのか。
とりあえず、教皇シャルのツボに入る事を言ったのは確かで、教皇シャルは大声を出して笑っている。
そんな教皇シャルを横目に俺は、テキパキと自分の準備を進めた。
準備を終えて、深く深く深呼吸する。
なんとなく雰囲気的に、教皇シャルとの最後の戦いが始まりそうな気がしていた。
体も頭の中も武器も準備万端。
いつでも戦える!
「あぁ、やっぱり。
やっぱり僕は、お前にだけは負けたくないよ、レーヤ。
このまま化け物なっても、この世界の希望のお前を殺して、完全に人類の敵になってでもッ!!!」
「グッ!」
「っ!?大丈夫か高橋!
何時の間に、教皇シャルはそこまで!!?」
戦いが始まるって分かっていても、上手く対処できなかった。
しゃべっている間に、10、20代まで一気に若返った教皇シャル。
教皇シャルはその事に驚いてる暇何って与えてくれず、俺が『ライズ』を使った時のように一瞬で目の前まで来た。
そのまま重いパンチからの膝蹴り。
目で見て頭が理解して、ガードしろとか避けろって脳が命令する前に次の攻撃が来る。
反射的に受け流すのがやっとで、何か考える余裕すらない。
教皇シャルもベストな状態で俺に戦いを仕掛けてきてるんだな。
若返ったけど、戦い方は5,60代のあのプロらしい戦い方のまま。
顔や目にも人間らしさがあるし、完全に振り出しに戻った訳じゃなさそうだ。
そこは嬉しいけど、若さを取り戻したからか、教皇シャルの攻撃のスピードと重さが増したきがする。
「ッ!ゥがっ!ラ、『ライズ』!!」
「そこか」
それに動体視力とかも回復してるみたいで、わずかな隙を見て『ライズ』を使って離れても直ぐ追いつかれる。
跳ねるように追いついて直ぐ放たれるとび蹴り。
モーションの大きいその攻撃を体をかがめてかわして、前転するように完全に足が着く前に放たれた後ろ回し蹴りをもう1度かわす。
「『アクア』!!」
転がる体が後ろを向いた瞬間、目くらましに教皇シャルの顔に向かって『アクア』を放つ。
俺が放った『アクア』の水の玉を、巨大な手で難なく防ぐ教皇シャル。
特に気にしたそぶりも見せず、教皇シャルは腕を大きく振って水を払った。
「『アクア』!!『アクア』、『アクア』!!!」
「こんな水、全く効かないぞ、レーヤ!!」
教皇シャルの攻撃を避けつつ、隙をみて何度も『アクア』放つ。
確かに、教皇シャルの言うとおりだ。
俺の『アクア』は攻撃としての威力は全く無い。
どんなに『アクア』を放っても、教皇シャルが濡れるだけで全くダメージを与えられない。
「ヤ、ッバ!?」
「やっとここまでお前を追い詰めた・・・」
逃げ場の無い部屋の隅に追い込まれた俺。
腕を振り上げゆっくり迫ってくる教皇シャルの肩越しに、田中といつの間にか帰ってきていたネイが叫んでいる姿が見える。
焦る2人の姿を見つつ、俺はあきらめた様に持っていた金属の剣を落とした。
そのまま力を抜いて、壁に背中を預けて座り込む。
「今度こそ、僕の勝ちだ!!」
勝利を確信した教皇シャルが腕を振り下ろす。
それを見ながら俺は、教皇シャルに聞こえないように小さく、でもハッキリと、
「『ライズ』、『サンダ』」
「なっ、に!?」
呪文を唱えた。
濡れた教皇シャルの手が、雷で出来たナイフの刃に当たる。
思ったとおり、全身が濡れた教皇シャルには静電気位の弱い雷で出来たナイフでも、強力なスタンガン並の威力があったみたいだ。
体が痺れて上手く動けなくなった教皇シャル。
元の塊に戻って転がった金属を拾いながら、教皇シャルと壁の間をスルリと抜ける。
雷の剣を手放して金属の塊をもう1度剣に変えて、振り向いて攻撃しようとしてきた教皇シャルにこっちから攻撃を仕掛ける。
避けるのもガードも出来ない、最初で最後の攻撃のチャンス。
その1撃を教皇シャルに向かって放つ!!
「うおりゃああああああ!!!」
「ガ・・・ハッ!う、ッ・・・」
考えてる暇何って無い。
今までの経験で、自分の体が最高のタイミングで動いてくれるって信じてる。
結果、信じて正解だった。
出ばな面の様に頭に向かって、力強く剣を打ち付ける。
峰打ちだったけど、教皇シャルにしっかりダメージを入れられた。
そのまま勢いにませて、教皇シャルに体当たりする。
「グッ、あぁ・・・」
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・」
倒れた教皇シャルののど元に剣の先を突きつける。
もちろん、少しでも教皇シャルが攻撃しようと動いたら、いつでも反撃できるように警戒して。
肺に溜まった熱い二酸化炭素を全部吐き出して、新しくて冷たい酸素を肺いっぱいに吸い込む。
そうやって上がりきった体温と息を整えようとした。
何度も何度もそれを繰り返して俺が体の調子を整えてる間も、教皇シャルは全然攻撃してこない。
ただ何かを待ってるみたいに、体から力を抜いて目を閉じているだけ。
この1撃の為に教皇シャルを騙そうとした俺と違って、教皇シャルは完全に戦意を失ってるみたいだ。
「んっ・・・俺の、勝ちだ!」
その教皇シャルの姿を見て、ツバを飲み込んだ俺は、自分の勝利を宣言する。




