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サンプル・ヒーロー  作者: ヨモギノコ
第 1.5 章 勇者編
170/498

30,シャルル修道院、2つの事件 第12幕


 日が完全に落ちた、薄暗いシャルル修道院の食堂の中。

俺達は『最愛の人』から魔族姿の教皇シャルが出てくるのを待っていた。

教皇シャルが出てくるまでもう秒読みって言って良い様な時間なのに、ランプに照らされるのは既に負けた後のような暗い顔ばっかり。

きっと俺も同じような顔をしてるんだろうな。


あの後、少しの希望に期待して、屋敷の周辺を探しまくった。

だけど、どんなに探す場所を広げても、ミルも暗黒騎士も結局見つからなくて・・・・・・

その事を聞いたキャラは部屋に篭って出てこなくなった。


ローズ国中を駆け回ってるシャルとダンに、出来るだけ早くあの暗黒騎士の情報を集めてくれるよう頼んではある。

けど、結果が来るのは何時になるやら・・・・・・


不幸中の幸いって言うなら、ミルと一緒に襲われたネイが少し怪我をしただけで助かったこと位だろう。

ネイは普段どおりの明るい調子で話しかけてくるけど、やっぱりネイなりに責任を感じてるんだろうな。

俺達が視線を反らしたふっとした瞬間、ネイは俺達と初めて会った時のような、今にも泣きそうな顔をする。


シャル達の報告をただ待ってるだけだと気が滅入るからって、少しでも気を紛らわそうと最初の計画通り『最愛の人』の事件を解決しに来た。

だけど、此処に来ても俺達の頭にあるのはミルの事で。

頭じゃ、それじゃダメだって分かってるんだけど、『最愛の人』の事件に集中できない。


「おにーちゃん、おにーちゃん!

何か、絵が変だよ!?」

「始まったみたいだな。

ルチアとネイはもう少し離れてろ」

「分かりました」


食堂の中で待っている俺と田中と違い、ルチアとネイは念の為に食堂の外で待ってもらっていた。

入り口から顔だけ出したネイが『最愛の人』を指差しながら叫ぶ声で、無理やり頭の中を切り替える。

ネイに言われ『最愛の人』を見ると、まるで水を張ったみたいに絵の表面に波紋が浮かんでいた。


1つ、


2つ、


3つ。


まるで水溜りに雨が当たるみたいに、大小様々な波紋が浮かぶ。

波紋が浮かぶ度に、『最愛の人』から小さく鈴を転がしたような音が聞こえた。

浮かんでは広がり、お互いぶつかり合って消える。

重なる鈴の音に合わせてぶつかり合う波紋によって、描かれてる物が全く分からなくなる位グチャグチャになった『最愛の人』。


「・・・・して・・・・・・が・・・・・・・

めに・・・」

「え?」


鈴の音に混じって、微かにルチアが何か言ってるのが聞こえた。

だけど、鈴の音が煩くて何を言っているか分からない。


「ルチア、今なって言ったんだ!?

鈴の音が大きくてよく聞こえなかったから、もう1回言ってくれ!?」

「いいえ!私は何も言ってません、勇者様!!」

「本当だよ、おにーちゃん!!

おねーちゃん、何もしゃべって無かったよ!!」


鈴の音に負けないように大声でルチア聞くと、ルチアは一言もしゃべってないと言う。

直ぐ近くに居たネイもしゃっべって無いって言うなら、本当にルチアは俺が聞くまで口を開いていなかったんだろうな。

なら、このルチアに似た声は一体・・・

「そう、か・・・じゃあ、この声は何処から・・・」

「・・・・・絵。あの絵だ。

あの『最愛の人』から、声がするんだ」

「本当か、田中!?」

「あぁ、間違いない」


田中にそう言われ、耳を澄ます。

確かにルチアに似た声は『最愛の人』から聞こえていた。

集中していて分かった事だけど。

このルチア似の声が何かしゃべる度に、波紋が広がっているみたいだった。


「・・・1人じゃない。

他にもう1人、いや、2人の声が聞こえる・・・」


更に耳に全神経集中させる位耳を澄ますと、しゃっべってるのがルチア似の声以外にも居ることが分かった。

何処か聞き覚えのある男の声が2種類。

ルチア似の高く澄んだ声に混じって、高めの明るくて軽い感じがする声と、かなり低くてどっしりと重い感じの声が聞こえる。


その声がはっきり聞こえてくるに連れて、俺の中に何か熱いのに何処か冷たくて、胸を締め付けるような苦しいモノが入り込んで来る様な感じがした。


・・・あぁ、違うな。

耳を澄まさなくても、ナニカが俺の中に入れば入るほど、声が良く聞こえるんだ。


「あの時・・・・・・れば・・・とに・・・・・・

貴方が、・・・・・・したから、こうなったんだ」

「もう・・・や。

本当に・・・が・・・なら・・・どうして!」

「いっそうの事、あのま・・・・・・れたら・・・んだ。

ど・・・・・・けたんだ・・・ま」

「・・・・・・誰も、そんな事頼んでいなかったじゃない!!

貴方の我がままのせいで、私は!!!」

「間違っていた・・・・・・・

お前は・・・じゃない。

アイツ等の言う通り、ただの・・・・・・だ」

「いや、いやよ・・・あな・・・が・・・・・・・・・

って・・・・・・戻して!!!!戻してよ!!」

「ちゃんと見ろよ。

化け物になった僕の姿から目を反らすな。

なぁ、分かるか?

これがあの時、お前が勝手に選んだ事の結果だ。

お前のせいでっ・・・・・・」











「お前が僕達をこんな姿に変えたんだ!!

お前さえいなければ、お前が来なければ、僕達は幸せになれたんだ!!!

全部全部、お前のせいだ、レンヤ!!!」











「・・・え?う、そ・・・今・・・

俺の、なまえ・・・・・・」


3人分の声が何を言ってるか理解していく毎に、ドクリ、ドクリ、と大きく激しくなる俺の心臓。

口から飛び出そうなほど限界まで早くなった心臓が、最後にハッキリ聞こえた高い方の男の声で止まりかけた。

その声は最後の最後に、確かに『レンヤ』って俺の名前を呼んだんだ。

誰かを責める数々の言葉の後に呼ばれた、俺の名前。

それを聞いて俺は、止まりかけた心臓を誰かに潰されてる様な感じがした。


ミルの名前は一切出てないし、声達が責めてる内容も違う。

それでもまるで、ミルを助けられなかった事を責められてるような。

俺達に何も言わず黙って部屋に篭ったキャラが、本当に言いたかった事を代わりに言ってるような。

そんな錯覚を起こしそうになる。


それ以外にも何か嫌なモノが俺の頭の中を滅茶苦茶に駆け回ってる様で、寒気すら感じるほどの嫌な感じが止まらない。

全力で走ってないのに上がりまくる息と、ドクドクと煩くなる音。

そして俺の中のナニカと一緒に、全身を這い回る暗く黒い何か。


見るな、


振り返るな、


気づくな!!!


そう、頭の中で激しい警告がなる。


「高橋?」

「ヒィッ!」

「ど、どうしたんだ、高橋!?だ、大丈夫か!!?」


やけにぼやけて遠くに聞こえる田中の声。

肩を叩いて俺を呼ぶ田中に、ありえない様な、俺らしくも無い声が自分から出てくる。


なんだ?

何が起きてるんだ?

今、俺の体に一体何が・・・・・・

これは、入り込んできたナニカのせいなのか?


「た・・・なか・・・今、声・・・俺・・・」

「声?絵の声の事か?

何言ってるのか分かったのか?」

「・・・なんでも、ない。

ただ、ちょっと・・・そう!

『ライズ』使って耳とか強くしていたのに、田中が直ぐ近くで話しかけてくるから驚いただけだって!!

いやー、今のはキツかったわー。

鼓膜破れるかと思ったぞ!!」


田中にはあの言葉が聞こえなかったみたいだ。

自分以上に慌ててる奴が近くに居ると、逆に冷静になれる。

って良く聞く話だったけど、本当だったみたいだ。

俺を心配してオロオロする田中を見ていたら、落ち着いてきた。

普段どおりの俺らしく、茶化すような態度であの自分自身でも理解できない、おかしな自分を誤魔化せる位には回復はしたと思う。

なんでもない様にへラッと笑って、中々戻らない胸の鼓動を落ち着かせる。


「お前、『ライズ』使ってたか?」

「使ってた、使ってた!

なんだ隣に居たのに気づかなかったのか?

そんなにボーとしてて、田中こそ大丈夫なのかよ?」

「大丈夫に決まってるだろ!」

「なら、魔法使う準備しとけよ。

魔族になっちまった教皇シャルのお出ましだ!」


鈴の音も3人の声も消え、波紋も完全に無くなった『最愛の人』。

煩い鈴の音と声の反動が来たみたいに、痛いほど静かで何も起きない『最愛の人』に、また1つ大きな波紋が現れた。

もう音も声も聞こえない。

変わりに出てきたのは、基本的な形は人間と同じなのに、異常なほど大きくゴツゴツした左手。

その手の主は何かにすがり付いている様にも見える感じで、何かを探す様なに滅茶苦茶に手を動かしながらズルリと這い出てきた。


肌が青白い事を抜かせば、基本的には細マッチョの普通の人間の男って感じ。

そこに角やウロコ、羽、片方だけ巨大化した手なんかのバラバラのパーツをパッチワークみたいに適当にくっ付けた様な。

統一感が全く無いキメラみたいな、ツギハギの化け物って言葉がピッタリな姿。


屋敷に有った川や図書館の絵に描かれた姿より少しだけシワの数が少ない、生きた魔族と変わらない色濃く立体的になった教皇シャル。

同じ次元に立って見たその顔は、改造されすぎてほとんど人間らしい所が残っていないけど、わずかにだけど何処と無く見に覚えがあった。


「・・・・・・だ・・・・・・ど、こ・・・・・・」


這い出たまま焦点の合わない目でブツブツ何か呟く教皇シャル。

その声は鈴の音と一緒に『最愛の人』から聞こえていた、高い方の男の声と一緒で。

この魔族姿の教皇シャルが、あの俺の名前を呼んで攻め立てた男と同一人物なんだと言う事が分かった。

またドクリと心臓が音を立てる。

名前を呼んだくせに、そんな俺に一切気づかず教皇シャルはそのままフラフラと立ち上がり、聞いていた通り歩き出そうとしていた。


「どこだ・・・どこにいる・・・レンヤ・・・」

「ッ!」

「・・・レーヤ?

もしかしてこいつ、初代勇者のレーヤを探してるのか?」


また名前を呼ばれたと思った。

だけどそれは、間違っていたんだ。


『レンヤ』と『レーヤ』。


1文字違いの、良く似た2つの名前。

田中の言葉で呼ばれてるのは俺じゃないって分かって、俺はスーッと冷静になった。


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