16,鞄と小袋 後編
完成した鞄を肩から斜めに掛けて、忘れ物が無いか何度も確認して。
何時でも店を出られる準備が整って少し経った頃。
開店したのか店が一段と騒がしくなった。
「じゃ、行きますか」
もう少し店が落ち着くまで待っていたかったけど、これ以上工房に居たら逆に従業員さん達の仕事の邪魔になってしまうな。
と思いつつ、そう自然に言葉が零れ落ち、それを合図に工房を出て店に入る。
すると、其処には、
「・・・魔王と戦い皆を導く希望。
これよりお呼びする勇者様の為に速やかにジュエルワームの糸及び布、ソレを使用した道具を献上する事。
これは国王直々のご決断だ。
反論するものは逆賊とし、極刑に処する!!」
踏ん反り返る魔女、
細かく書かれた文字とゴテゴテした判子が押された巻物を広げ叫ぶ助手、
威嚇する様に腰の剣に手を置く兵士と魔女たち3人の後ろにその他大勢のローズ国兵達。
そう言えば魔女達の事、『フライ』で脱出する時、落としてそれっきりすっかり忘れていた。
伝説のビックダーネアに掴まっても生きていた位だ。
落ちた時周りには冒険者さん達も居たし、悪運強いから大丈夫だろうと思っていたからだろう。
後、単純にジュエルワームの事とかあって忙し過ぎた。
もっとぶっちゃけて言えば、俺にとって魔女達はその程度のどうでもいい存在だったんだ。
「いやいやいや。
それより何より、今はこっち!何この状況」
場違いな事を考えそうになる頭を激しく左右に振り、周りに聞こえないよう呟いて思考を切り替える。
ポカンとしていた俺と違い、小母さん達は悔しそうに唇をかみ締め両手を強く握り、どこか諦めた様な目をするだけで魔女達に何も言わない。
爺さんなんて強すぎて口の端と両手から血が流れている程だ。
徹夜で作業してくれた女性の皆さんだって今にも泣きそうな。
いや、既に流れる涙を止められず隅の方で隠れる様に泣いている。
そんなお店の従業員さん達とは反対に、魔女達は堂々と我が物顔で店の物をドンドン持ち去っていく。
献上しろと言ったジュエルワームの他にも関係ない高級品までも持っていくんだ。
小母さん達の顔など1度も見ずに。
「ふざけんなッ!!」
そう叫びたいのに声が出ない。
顔が、体中が熱くなって上手く考えが纏まらない。
考えるより先に体が動く。
俺は、ただ、ただ、大股で魔女達に近づき拳を硬く、硬く、硬く、握り締め、その正義面した顔面に叩き込もうとした。
魔女達が俺の存在に気づくか気づかないか位の距離まで進んだ俺の腕を掴み、止めたのは、
店の従業員である小母さんと爺さん。
「何でッ!!」
何で止めるんだッ!!
こんな事されて悔しくないのかッ!!
こいつ等の横暴を止めたいと思わないのかッ!!
たった一言に色々グチャグチャした思いをぶち込んで唸る様に叫んだ俺に、小母さんは無言で小さな鏡を見せた。
其処に写る俺は、目の端に涙を溜めているのに顔は真っ赤な般若。
いや、それ以上に恐ろしく人を簡単に壊しそうな、鬼か悪魔の様な人間では無い恐ろしく、醜い表情をしていた。
あぁ、自分は人間を止めるんだ。
鏡に映った自分の顔を見て最初にそう思ったのはそんな他人事の様な感想。
次に思ったのは、
魔女達をぶん殴れるならそれでも良い
という憎悪に染まった本心。
なのに何故小母さん達は止めるのか。
「やめなさい。ワシ等は誰も気にして無いぞ。
それでも、お前さんはあやつ等と同類になりたいのか?」
爺さんに魔女達に聞こえないよう小声で言われた言葉。
その言葉を聴いて少しずつ、スーと熱が引いていく。
そう・・・だよ・・・な。
ここで俺が小母さん達の為にって、魔女達を怒りのままに殴り飛ばしたとしても、それを望んでいない小母さん達には迷惑な話だ。
俺が暴力で魔女達を追い出して、商品を取り返しても俺がやった事はこの国に対する反逆行為。
そんな俺に助けられても、何もしていない小母さん達も同じ反逆者にされるだけだ。
結果から見れば俺の自己満足な正義感が満たされるだけで、助けるどころか不幸に追い込んでいるじゃないか。
それじゃ、やってる事が魔女達と同じだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハハ。
ほら、鏡に映る俺から怒りを消せば魔女達と同じ表情をしてるじゃないか。
やっぱ、魔女達と同類になるのは嫌だな。
「フゥ・・・・・・・・・すみません。
落ち着きました。
止めていたただき、ありがとうございます」
小母さんと爺さんは無言で頷くと、俺の腕を離してくれた。
「あら、サトウ」
やっと気づいたらしい魔女が、背を向けた俺に声を掛ける。
その魔女の言葉に無数の視線が背中に突き刺さる。
大丈夫。
鏡に映る俺の顔は何時もの営業スマイル。
小さく深呼吸して、俺はその笑顔を貼り付けたまま魔女達に向き直り、出切るだけ明るくハキハキと言葉を返す。
「あぁ、ローズ姫様達でしたか。
ご無事で何よりです」
「何が、『ご無事で』だ。
お前が僕達を振り落としたんだろ!
お前のせいでルチア様どれ程、ど・れ・ほ・どッ!
苦労なさったかッ!!お前に分かるか!!?」
そう言って、さっきまでの俺と同じ表情をした助手が噛み付いてくる。
「すみません。
まさかあそこで『フライ』が暴走するとは思いもしなかったもので。
申し訳ありませんでした。
俺も、とても、とても、俺じゃ足元にも及ばない程お強い皆さんならあ・の・く・ら・い、大丈夫だと分かっていましたが、やはり心配で心配で」
「え、えぇ。当然ではありませんか。
あの位、魔法の修行では日常茶飯事です。
全く、シャルは大袈裟なんですから」
見栄を張っているのか、慌てて魔女は助手が何か言う前に答え、話題を変えた。
「そう言うサトウは今まで何をしていたのですか?」
「情けない事に『フライ』の暴走で崖にぶつかり気絶していたんです。
それで色々あり、此方のお店でお世話になっていました」
「本当に情けない」
何が面白いのか、ボソッと呟いた兵士の言葉に魔女や助手、他のローズ国兵達が爆笑しだす。
小母さん達が笑わず、不愉快そうにしてくれるのが唯一の救いだ。
一通り笑った後、魔女は息を整え気持ち悪い程醜悪にニヤニヤしながら俺に言った。
「まぁ、猿では其れが限界でしょうね。
さ、必要な物は回収できました。
私達は城に戻りますよ」
「はい、ルチア様!」
「は!姫様のお心のままに」
魔女の指示でドンドン兵士達が店を出て行く。
店を見回すと商品は殆どなくなっていた。
これでは商売出来ないかも知れない。
「あ、そうそう。言い忘れていましたが、サトウ」
「はい?」
最後に出て行こうとした魔女達3人が不意に立ち止まり、俺に声を掛けた。
「私達は城で勇者様を呼ぶ準備があります。
ですので、私達が呼ぶ時以外城に近づかないでくださいね。
それと、この国に迷惑をかけない事。いいですね」
「えーと、つまり?」
「もう、一緒に行動しないって事だよ。
でも、一時期とはいえ一緒に行動なさってくださった、ルチア様の評価を下げる様な事はするな。
言っている意味解るか?」
「えぇ、解りました。
短い間でしたがお世話になりました」
蔑んだ顔で言う魔女達に俺は、最大級いい笑顔で丁寧にお辞儀をした。
それに満足したのか、魔女達は店を振り返る事無く城に向かい進んでいく。
俺はそんな魔女達が見えなくなるまで、店の前で頭を下げていた。
で、魔女達の姿も見えず、多分声も届かなくなると俺は、
「うっあぁああああああああああああああああああああああああああああああああぁッ!!!!!!!!」
人目も気にせず叫んだ。
周りの通行人が驚いて俺を見てるが気にならない。
あまりに叫び過ぎて口も喉も肺も痛いけど気にしてられない。
それ程、俺は叫ばずにいられなかった。
「ふざけんな!ふざけんなッ!!ふざけんなぁああああああああッ!!!何が勇者だ!何が魔王だ!!何が国に迷惑かけるなだッ!!お前等が1番、国民に迷惑かけてんじゃねぇか!!国を運営するんだったら、国民の生活が第一だろ!?国民がいなかったら国は維持できないだろう!!?それなのにお前等はぁああああああああッ!!!」
流石にそろそろ息苦しいし、喉の痛さも半端なくなてきた。
冷静になってきた頭に反して、勝手に口が動き叫ぶ。
さっきもそうだけど、俺ってここまで感情的になれたんだな。
昔っからナトや父さんにも良く言われてたけど、俺は感情を表に出す事すら面倒くさがっているらしい。
内心は別としてそれ程激しく怒ったり、泣いたり、笑ったりしないそうだ。
そんな俺の今の状況を見たら2人は驚くよな。
「気は済んだかい?」
「ゲホ・・・ゲホ・・・・・・
ヒィ・・・ハー・・・・・・はい。
お店の前で、すみません」
何時の間にか隣に来ていた小母さんは、無理に明るくしようと笑っている。
それでも、その表情に影があった。
店内もまるでお通夜の様に暗い。
「気にしなくていいよ。
どうせ、暫くは商売出来ないしね。
それに今日みたいな事は今までだって何度も起きてきた。
今更気にしてもしょうがないよ」
「・・・・・・今回が初めてじゃないんですか?」
「もう、何十年も前からね。
この国ではもう当たり前の事なんだよ」
自傷気味に苦笑いを浮かべながら小母さんは言った。
何でも国民から熱い支持を得ていた前王、つまり魔女の爺さんが寿命で亡くなった後。
現国王であるおっさんが後を継いでからこんな事がチョクチョク起きるようになったらしい。
幼少期から跡継ぎが中々産まれなく、やっと産まれた待望の王子であるおっさんは周りから甘やかされ、我侭いっぱいに育った。
そのせいか、おっさんは子供のまま歪に育ってしまったのかも知れない。
その娘の魔女も同じ様に。
初めて、この店に来た時小母さん達が嫌な顔をしていたのは、又店の商品を奪われ、商売が出来なくなると思ったからだ。
人の事言えないけど、魔女達だって、どこかで変わる事は。
自分が間違った事をしていると気づくチャンスはあったと思う。
ゆっくり、ゆっくり、どんなに時間を掛けてでも良いから。
人に合わせなくて、周りの人と同じ速さじゃなくて良いから。
自分のペースで良いから、他人から見たら殆ど変わっていない様な変化でも良いから。
周りを見て、周りと関わって、関わる努力をして悩んで考えて良くなる事は出来た。
その選択肢があったのにそれを選ばなかったのは。
『変わらない』と言う選択を選び続けているのは、魔女達の意思だと思う。
「・・・1度でも、止めてくれって言わなかったんですか?」
「言ったところで、あの姫さんたちは『勇者様の、国の為に働けるのは名誉な事でしょ?』って言って、人の話なんって聞きゃあしないよ。」
言わないと相手が気づかない事、伝わらない事もある。
それなのに直接言わず、裏でコソコソして全部終わった後に、相手に悪い事が起きて、
『当然だ』、
『言わんこっちゃ無い』、
『ザマァ見ろ』
って言うのは間違っている。
相手を知ろうとせず、自分を知って貰おうとせず、相手の変わる切欠を奪う。
そんな人に相手を悪く言う資格は無い。
幼い頃、久々に帰って来た母さんが言った言葉。
たまに思い出す言葉。
小母さんとの会話で頭に浮かんだ言葉。
それは確かに当然の事だと思う。
でも、俺は、誰もがその『当然』を出来ないと思っている。
誰もが母さんみたいに強くない。
自分より強い奴に、
自分より地位が上の奴に、
自分が今の関係を壊したくないと思っている相手に、
面と向かって、目を合わせて、自分が言っているのだと主張する事はやっぱり無理なんだ。
怖いんだ。
そんな臆病な俺は、今も小母さんに母さんの言葉を言えない。
それでこの国が少しでも良くなったかも知れないのに、だ。
「誰でも皆、仮面を被って浅く狭く関われれば楽なのにな・・・・・・」
「ん?何か言ったかい?」
「いえ、何でもないですよ。
ただ、この国も大変だなって思ってたんです」
ジクジクと自分自身を蝕む暗くて重い感情から来る、無意識に出た小さな言葉を掻き消す様に両手を顔の前で振り、小母さんに笑顔を向けながら話題をそらす。
「そうだ!お陰様で鞄出来たんです。どうですか?」
「どれどれ」
俺は肩に掛けていた鞄を小母さんに見せた。
小母さんは俺が作った鞄を角度を変えながら見たり、叩いたりひっぱたりしている。
「へぇ。中々良い出来じゃないか!
素人でこんだけの腕があるんだ。
アンタ、ウチで働く気は無いかい?」
「・・・・・・すみません。
俺も此処で働けたらどんなに良かったか。
ですが、ローズ姫様から冒険者以外の職業に就く事を禁止されてるんです。
せかっくお誘い頂いたのに、申し訳ありません」
俺が断ると小母さんは目に見えて残念そうにしてくれた。
例え、お世辞でも自分の才能が評価されるのは嬉しい。
本当、雑貨屋工房で働けないのが残念で仕方ないよ。
「そう・・・・・・
国から禁止されてるんじゃ仕方ないね。
また、何か必要になったらおいで。
何時営業を再開出来るか分からないけどね」
「はい、ありがとうございました。
皆さんもお世話になりました」
店の中にいた従業員さん達に声を掛けると、笑顔で手を振ってくれた。
さて、予定より遅くなったけど、貸家に行くか。
俺は鞄からギルドの職員であるボスに書いて貰った地図を出し、雑貨屋工房を離れた。




