29,シャルル修道院、2つの事件 第11幕
もしかしたら画霊を止められるヒントがあるかもしれないと保管室や隣の部屋の本を調べ続ける俺達。
だけど、結局答えは出ないまま無情にも時間だけが過ぎていった。
「はぁ。
やっぱ、絵から出てきた教皇シャルに合わないとダメなのか?」
「みたい、ですね。そろそろ、日も暮れてきます。
シャルル修道院に戻る準備をしましょう、勇者様」
「そうだな。って言うか、ネイの奴遅くないか?」
話し合ったり、調べもしたり。
ネイが出て行ってからかなりの時間が経った。
でも、ネイが戻ってくる気配が一切しない。
「流石に、遅すぎるよね。
あの子達が戻ってきた時の事を考えて、誰かは残って探しに
「きゃぁああああああああああああああ!!!」
「今っ!!間違いない!ネイの声だ!!!」
探しに行こうと言ったキャラの言葉を遮って聞こえた、甲高い悲鳴。
少し遠くから聞こえたその声は、間違いなくネイのもの。
悲鳴と一緒にガラスが割れる音も聞こえたし、ネイになんかあったんだ!!
「2人共、1階には居ないよ!!」
「なら、上か!!
ガラスの割れる音がしたんだ、室内に居る可能性が高い!」
急いで階段を駆け上がる。
1階を探し回ってもネイの姿も、ミルの姿も無い。
可能性は2階と3階。
それと外だ!
「田中!俺は念の為に外を探してくる!!中は頼んだっ!!」
「分かった!」
「私も勇者様と一緒に外を探します!」
「ボクは2階を探すよ!」
「なら、私達は3階をっ!!」
「いや、3階は俺が行きます!
アガサさんとペドロさんは、今屋敷に居る人達にネイ達を見てない手分けして確認してください!!」
「分かりました、勇者様!
ペドロは西館の方から頼む。
私は東の方を見てくるよ!!」
「かしこまりました。
では、確認を取りつつ、他の従者達にも探すよう指示を出してきます」
「頼んだ!」
急いで分担を決め、その場所に向かう。
修道院の子供達や職員だって余裕で入れる位、この館は広いんだ。
だから、人手を増やすって言ってくれたペドロさんの提案は、かなりありがかった。
「ネーイッ!!ミルー!!
居たら返事しろぉおおおお!!!」
「ネイちゃーん!どこに居るのっ!!
ネイちゃーんっ!!」
ルチアと一緒にネイとミルの名前を呼びながら、ビターズ家の敷地内を走り回る。
けど、幾ら叫んでも2人から返事が返ってこない。
こんなに探しても見つからないなら、田中の言うとおり2人共まだ中に居るのかもな。
そう思って、屋敷の中に入ろうとした瞬間、
「勇者君!!そいつを捕まえてくれ!!」
「キャラどうし、っ!誰だお前は!!?」
ドンッと高い所から重い物が落ちたような音と一緒に、上の方からキャラの叫びが聞こえた。
いきなり、誰を捕まえろって言うんだ?
と思いながら振り返ると、さっきまで俺達が居た庭に、何処から入ってきたのか異常なほど目立つ変な奴が居た。
体に見合った巨大な剣を腰に挿した、少しも肌を見せない真っ黒なフルアーマーを着た巨人。
俺の声に反応して振り返った巨人は、ヘルメットの隙間から真っ赤な色とは正反対の暗く冷たい視線を投げてくる。
それだけで、一切何もしゃべろうとしない。
剣まで黒ずくめの見た目からして、テンプレな悪に落ちた暗黒騎士って感じだ。
「その黒い鎧・・・・・・
まさか、コアントロー・コープスリヴァイブ!!
なぜここにっ!!!」
「ルチア。
どう見ても敵だけど、一応聞いておくぜ。
仲良くないだけの知り合いか?」
「そうでしたら、どれほど良かったでしょうか」
キャラが捕まえろって言ったのもたぶんコイツだろうし、ルチアにああ聞いたけど、目の前の暗黒騎士はどっからどう見ても敵にしか見えない。
だから俺は、直ぐ傍に生えていた葉っぱを1枚千切り、『クリエイト』でナイフに変え構えた。
思ったとおり暗黒騎士は敵で、ルチアも固い顔で暗黒騎士を警戒しつつ魔方陣を書いている。
「残念ながら、勇者様が仰ったとおり、我々の敵です。
それも、ただの敵ではありません。
四天王の1人です!!」
「あの時のケット・シーの父親か?」
「いいえ、グランマルニ・エットニックとは関係ありません。
グランマルニ・エトニックは土の四天王の息子。
このモノは火の四天王です」
「火ってこと、はッ!」
俺はルチアの魔方陣が完成するのと同時に、外に逃げようと走り出した暗黒騎士に向かって葉っぱのナイフを投げる。
ルチアの『クラング』が発動するより少し投げるのが早かったみたいで、暗黒騎士に掠りもしないままナイフは元の葉っぱに戻ってしまった。
でも、暗黒騎士の視線は奪えたみたいで、暗黒騎士は不自然な体制で一瞬立ち止まる。
「『アクア』!!『ライズ』!!」
「『アサイラム』!」
火には水!
その一瞬の隙に、俺は『アクア』の水の玉で剣を作って暗黒騎士に切りかかろうとした。
でも、俺の剣があと少しで届きそうになった所で、突然現れた頑丈な半透明の壁が邪魔をする。
「何すんだ、田中ぁあ!!!」
「バカッ!良く見ろ!!
1人そいつに捕まってるんだ!!
その子まで一緒に切り裂く気かっ!!!」
「なっ!嘘だろ!?何時の間にッ!!?」
何で魔族の味方をするのかと、3階の窓から覗いている田中に向かって叫ぶ。
それに返ってきたのは、暗黒騎士に誰かが捕まったって言う最悪な答え。
慌てて体ごと振り返ってきた暗黒騎士を見る。
その腕の中でグッタリとしている、見覚えのある茶色い小さな女の子。
「ユヅ、じゃない!ミルッ!!」
「勇者君!!お願いミルを!
・・・ミルを、助けて!!」
「分かってる!!」
人質が居る事をアピールしてるのか。
腕の中のミルを見せ付けるように、ゆっくり後ろに下がる暗黒騎士。
田中が『ウィンド』で俺達の近くに降りてきた辺りで、下がりながらミルを片手で抱き直し、開いた左手で腰の剣の柄を掴む。
相変わらず一言もしゃべらないけど、俺達に武器を捨てて動くなって言ってるんだろうな。
『ライズ』を使えば、暗黒騎士を倒すことは間違いなく出来る。
でももし、俺の攻撃を警戒した暗黒騎士がミルを盾にしたら?
さっき、俺が『ライズ』を使った姿を見せちまってるからな。
俺が一気に自分の近くまで来て攻撃できる事を、暗黒騎士だって知っている。
『創作魔法』には、ハッキリしっかり声に出して呪文を唱えないと発動しないって言う、厄介な弱点があるんだ。
どんなに早く動けるようになっても、耳が良い魔族には呪文を唱えたタイミングで対策を取られちまうかもしれない。
今だって俺が『ライズ』って言った、そのタイミングで暗黒騎士が直ぐにミルを盾にするかも知れないんだ。
タイミングが悪ければ、ミルが犠牲になるだけで、暗黒騎士は平然と逃げていくかもしれない。
そう言う考えがあるから、下手に動けないんだよ。
魔族に負けたみたいで悔しいけど、ミルの命には代えられないんだ。
俺達は大人しく武器を捨てた。
「ほら、武器は捨てたぞ。ミルを放せ!」
「・・・・・・・・・」
「腰?俺達は何も・・・」
俺やルチアが剣と杖を捨てても、暗黒騎士はミルを放そうとしない。
後ろ向きに屋敷を囲む塀の傍まで来て、ただ立ち止まった暗黒騎士。
その暗黒騎士はまだ何か寄越せって言ってるみたいで、剣の柄をしっかり握ったまま、握った方の手の人差し指で自分の腰を指差す。
俺達は腰に何か巻いてるわけじゃないし、一体暗黒騎士は何が欲しいんだ?
そう思っていたら、ゆっくり首を横に振る暗黒騎士。
暗黒騎士が示したのは、腰じゃないみたいだ。
「腰じゃ無い?なら、剣、か?
俺達がまだ武器を持ってるって言いたいのか?」
「・・・・・・」
「他に武器は持っていない!本当だ!!」
暗黒騎士はまだ、俺達が武器を隠し持っていると思っているらしい。
持っていないって言っても信じず、指で武器を渡せと示してくる。
「・・・・・・もしかして、スマホか?」
「・・・・・・」
「スマホを捨てれば良いんだな?
ほら、望みどおり捨ててやったぞ。
これでいいのか!?」
「・・・・・・」
「自分の方に投げて寄越せってか?ほらよッ!!」
暗黒騎士は何故か、『図鑑』のアプリで何か調べるか、他の通信鏡と連絡を取り合う以外使えない。
魔族にとっては全く価値が無くて必要なさそうな、俺達2人のスマホを欲しがっていた。
その上ポケットから出して地面に置いても納得せず、投げて寄越せと指を動かす。
仕方なく、2人分のスマホを暗黒騎士の足元に投げる。
それを見た暗黒騎士は、俺達を気にしつつミルを地面に下ろそうとしてるのか、足を曲げるように屈み、
「あっ!待て!!ミルをどうする気だ!!!」
ミルを下ろすフリをしてミルを連れたまま、あの巨体からは考えられないとんでもないジャンプ力で塀の上に飛び乗った。
そのまま1度も俺達を振り返る事無く、ミルを連れて塀の外に出ようとする暗黒騎士。
「このッ!待ちやがれ!!『ライズ』!
・・・・・・え?」
「『アサイラム』!『ウィンド』!!
・・・うそ、だろ?」
「何をしているのですか、勇者様方!?
早くしないと、コアントロー・コープスリヴァイブがッ!!」
魔法を使って暗黒騎士を追いかけ様とした俺と田中。
でも、いつも通り呪文を唱えても、全く魔法が発動しない。
さっきまで普通に使えてたし、こんな事今まで1度も無かった!
暗黒騎士が何か魔法やスキルを使った訳じゃない。
それなのに、何で急に・・・・・・
「「スマホ!!」」
さっきまでの違いに気づいた俺と田中の声が重なる。
まさかスマホが、魔法を使うのに必要な杖とかの役割もあった何って!
今まで依頼を受けてる間はスマホを肌身離さず持ち歩いていたから、全然気づかなかった。
『創作魔法』を使うには、スマホを持ったり、ポッケやバッグに入れて身に着けないといけない。
ゲームの装備しないと効果が無いって、アイテムと同じって事か!!
今まで召喚された歴代勇者達もそうだったみたいで、だから暗黒騎士は俺達に魔法を使わせない為にスマホを奪おうとした。
持って逃げなかったのは、この世界に来てスマホに着いた特殊効果。
持ち主である俺達以外がスマホに触ると、スマホが俺達の元に戻ってくるって能力が合ったから触れなかったんだ!
「クッソ!『ライズ』!!」
「ッ!『ウィンド』!!」
急いでスマホを拾い、もう1度呪文を唱える。
予想通りスマホが無いと『創作魔法』は一切使えないみたいで、スマホを拾って呪文を唱えたら今度こそちゃんと発動した。
それでも、
気づくのも、
拾うのも、
呪文を唱えるのも。
全部、全部、遅すぎたんだ!
俺達がスマホや杖を拾ってる間に、暗黒騎士は塀の向こう側に消えてしまった。
「何処だ!何処に行ったっ!!!
暗黒騎士ぃいいいいいいいいいい!!!!!」
俺の『ライズ』と田中の『ウィンド』を使って塀の上に急いで行っても、敷地の外の何処にも暗黒騎士の姿は無かった。
勿論、ミルの姿も・・・
まるで吹き消されたロウソクの火見たいに、俺達に燻る後悔って煙だけ残して消えた暗黒騎士。
もう、今からじゃ追いつかない事は、嫌になるほど分かりきっていた。
「クッソ!クソォオ・・・」
「勇者君!ミル、ミルはっ!!?」
「キャ、ラ・・・・・・」
悔しくて、悔しくて。
降りることも忘れ塀の上でうな垂れていると、田中の魔法で隣に来たキャラが尋ねて来る。
のろのろと顔を上げ見上げた、暗い絶望の色がさしたキャラの目には、零れ落ち続ける涙が溜まっていた。
その目と表情で、キャラの気持ちが嫌になるほど分かる。
ミルは何処にいるのか聞くキャラの顔は、俺が言わなくても答えが分かり切っているって表情だった。
それでも自分で導き出した、その最低最悪な答えを認めたくなくて、無い希望にすがって俺に聞いてくる。
「・・・キャラ・・・・・・ごめん・・・」
「ッ!」
だから直ぐに、キャラの当然聞いてくるはずのささやかな質問に答えられなかった。
キャラがすがった希望を容赦なく砕くって分かってたから。
あぁ、クソッ!!
希望の象徴の俺が、こんな弱々しくて小さな希望まで砕いてどうするんだよ!!
前より絶対強くなっているのに、何でッ!!!!
「ごめん・・・助け・・・られなかった・・・」
「そん、な・・・ウソ・・・・・・
嘘、だ・・・なんで・・・なんで、ミルが!!」
最初から分かっていて、俺からの最終通達を言われても、信じる事が出来ない。
・・・信じたく、ない。
その思いを一言一言に込める様に呟いたキャラは、望んでいたはずの男らしさなんってかなぐり捨てて、両手で顔を覆い泣き崩れる。
今の俺には、泣き続けるキャラを慰めるのに最適な言葉が、何1つ出てこなかった。




