24,シャルル修道院、2つの事件 第6幕
アメミットのエサが入った網を縛ったロープを田中に渡してしばらく待っていると、急に俺のスマホが鳴り出した。
スマホを取り出し画面を見れば、背景に魔法陣がうっすら描かれた着信画面にルチアの名前。
ようやくルチア達が水門を閉め終わったみたいだな。
つい最近作った『通信』のスキルで、登録した通信鏡とスマホで連絡が取れるようになった。
もちろん、田中のスマホとも連絡を取ることもできる。
今みたいに分担して依頼を解決する時は便利なんだよな。
我ながらまた良いスキルを思いついたものだ!
「勇者様、水門を閉め終わりました」
「分かった。こっち開けるから、絶対水路に近づくなよ」
「はい、勇者様。勇者様方もお気をつけてください」
予想通りのルチアからの連絡。
次の指示を出してスマホを切って、田中にアメミットを連れて来るよう言った。
「それじゃあ、作戦開始!頼んだぞ、田中」
「お前こそ失敗するなよ。『ウィンド』!!」
田中が網を持って池の上に向かったのを見届けて、『ライズ』で強化した俺は思いっきりハンドルを回した。
勢い良く上がっていく門と流れ出る水。
何も無かった外の池との間の水路に、ドンドン水が溜まっていく。
裏池の方を見ても大きな池だからか、直ぐに水が減っているようには見えない。
けど、間違いなく水が抜けて行っているのは確かだ。
「高橋ぃいいいいいい!!!」
名前を呼ばれ裏池の方を見ると、小さなカバみたいな生き物を連れた田中の姿が見えた。
田中が運ぶ干草を食べようと開けられたワニの様に長細い大きな口には、ビッチリ生えた大きな歯と上下左右3本ずつ生えた太く鋭い牙。
ライオンのタテガミの様な毛に隠れた小さな耳と、体に似合わない小さく円らな瞳が可愛らしい印象を与える。
タテガミ以外毛の無い、コロッと丸くポッチャリした体。
その体から生えた短く太い足を必死に動かして、田中を追いかける姿もペットになるのも頷ける可愛さがある。
「田中っ!!そのまま門をくぐれ!!
それで外の池の水門の少し手前で中の干草だけ落とせ!!」
「分かった!!!」
田中にそう指示を出し、俺はアメミットに襲われない様に少し離れた木の陰に隠れた。
田中とアメミットが水門を通ったのをしっかり確かめて、急いで水門を閉じる。
これでアメミットはこの裏池には戻ってこれない。
「高橋、言われたとおりエサを落としてきた。
次は?」
「アメミットは?」
「エサを食べるのに夢中になってる」
「ならアメミットがエサを食べ終わる前に、もう1度干草を網に詰めるぞ!」
アメミットがエサを食べ終わって裏の池に帰ろうと暴れる前に、大至急準備を済ませる。
パッパと干草を詰め、田中と一緒に外の池まで飛んだ。
チラッと見た限り、アメミットはまだエサを食べてる最中みたいだ。
俺だけ外の池側の水門のハンドルの近くに降りて、田中はそのままアメミットと水門を挟む様に空中で待機させる。
「ルチア、屋敷の水門を開けてくれ!
開けたら安全な所に隠れていろ!!」
「はい!分かりました、勇者様!せーのっ!!」
スピーカーモードにしたスマホでルチアに指示を出しつつ、ハンドルをしっかり掴んでアメミットの様子を伺う。
ここからはタイミングの勝負だ。
エサを食べ終わってアメミットが顔を上げた瞬間、もう1度一気に門を開ける。
「田中ぁああああああ!!!
そのまま屋敷に向かって飛べぇええええええええええ!!!」
俺はハンドルを回しながら田中にそう叫んだ。
俺の声を聞いた田中が真っ直ぐ、池の上を通って屋敷に向かう。
その田中が持つ新しいエサに釣られ、アメミットが田中を追いかけだした。
アメミットが池に入った瞬間、修道院側の水門を閉じ、自分に『ライズ』を掛けながら屋敷側の池の水門に向かう。
「はぁ・・・はぁ・・・
っ、はぁー・・・・・・間に合ったー。
・・・ぅしっ!!『ライズ』!!!」
田中とアメミットより何とか先に水門にたどり着けた。
息を整え、田中とアメミットが来る前に門を開ける。
「着いたら屋敷の池の奥!そこに
「エサ落とせば良いんだな!!?」
そうだ!!
水門の近くは絶対ダメだからなぁああああ!!!」
通り過ぎた田中にそう叫びながら、アメミットが通ったところで屋敷側の池の門を閉じる。
その後急いで田中達を追いかけ、俺も水門から屋敷に入った。
修道院の池に比べれば狭くて浅い池。
その池の真ん中より少し奥辺りでアメミットがエサを食べていた。
最後の仕上げに屋敷の水門を閉じれば、ミッションコンプリート!!
屋敷の窓から俺達の様子を伺っていた観客から、拍手喝采の嵐が飛び交う。
「凄いじゃないか、勇者君。
こんなにアッサリ解決する何って!
勇者の名は伊達じゃないって事だね!!」
「勇者様!鮮やかな解決、流石です!!」
「ありがとうございます、勇者様。
私達ではどうにも出来なかったこの難題を解決していただき、真にありがとうございます」
「い、いや・・・」
アメミットの事件が無事解決して大喜びする周りにつられ、緩みそうになる自分の頬を軽く叩いてシャッキとさせる。
いけない、いけない。
依頼された事件はこれだけじゃないんだ。
この流れに乗せられ油断しちゃダメだな。
「喜ぶのは早いって。
まだ、事件は全部解決してないぜ。
『最愛の人』の方が残ってるんだ」
「そ、そうでした・・・申し訳ありません、勇者様。
勝手に浮かれてしまって・・・」
「あ、や・・・ま、まぁ。無事1つ解決したんだ。
喜ぶのは悪いことじゃ無いって!」
「ありがとうございます、勇者様!
なんとお心の広いお言葉。
やはり、勇者様は素敵です!」
シュンと落ち込むルチアに俺は慌ててそう言ってフォローした。
その言葉を聴いて顔を上げたルチアは、パッと嬉しそうに頬を染めて笑う。
少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに俺の事を素敵だと言うルチア。
そのルチアのはにかむ笑顔と態度に、何かドキドキする。
「えっと・・・・・・って!キャラ!!
危ないっ!!!」
「え?」
ルチアにドキドキしていると、視界の端にエサを食べ終えたアメミットが俺達に向かって走ってくるのが見えた。
どうやら俺達を、縄張りに入ってきた侵入者だと思って襲ってきたらしい。
アメミットに1番近いキャラを引っ張ってその場を離れる。
何とか、2人してアメミットが上げる水しぶきでビチョ濡れになった事を抜かして、無事にアメミットを避けられた。
「田中!
近くに居るネイとアガサさん達連れて急いで屋敷に逃げろ!!」
「言われなくてもっ!『ウィンド』!!」
「『ライズ』!!」
「キャッ!」
折角ここまで落ち着いてアメミットを連れて来れたのに。
最後の最後で暴れだしてしまった。
これ以上アメミットを刺激したらマズイな。
俺は田中に近くに居た3人を連れ来るよう言って、自分もルチアとキャラを担いで走り出した。
『ライズ』を使っているから2人一緒にだって余裕で運べる!
「はぁ・・・・・・皆、無事か?」
「うん!大丈夫だよ。
怪我をしてる人も居ないよ!!」
「他に外に出た奴は?」
「それも・・・いません、勇者様」
「そっか・・・・・・はぁ、よかったー。
全員無事で」
窓から池の方を見ると、縄張りに居た俺達が出て行った事で少し落ち着いたアメミットの姿が見えた。
だけどまだ少し興奮しているみたいで、池の浅い所をウロウロ動き回っている。
なんにしろ、最低でも今日1日はこの池に近づかない方が良いだろうな。
俺達の安全の為だけじゃなく、アメミットの安全の為にも。
「ありがとう、勇者君。
アメミットが暴れだした時はどうなるかと思ったけど、助かったよ」
「いや、別に良いぜ。
元々俺が油断したのがげん、い・・・・・・」
少し前までアメミットがエサに夢中だった事と、全力で駆け回って無事に事件を解決できて気が緩んでいた事。
縄張りに入ったら危ないって分かっていたのに、疲れから来る少しの油断で直ぐに池から離れるように言わなかった、俺のミスも原因1つだ。
油断するなって頭では分かってたけど、やっぱ『ライズ』を乱発した疲れで自分じゃ気づけない隙が出来ていたらしい。
この世界に来て色々強くなってきてたけど、まだまだって事か。
そう悔しく思いながら、お礼を言ってくるキャラを振り返る。
そして、目に映った俺と同じビチョ濡れのキャラの姿に俺は固まった。
「うん?どうかしたのかい、勇者君?」
「・・・キャラ・・・お前・・・・・・」
「うん、なんだい?」
「お前、女だったのかよ!!?」
水に濡れて透けて張り付いた服。
その服越しに男じゃ絶対にありえない、小ぶりだけど形の良い2つのふくらみがハッキリ見えた。
確かにキャラは声変わりが終わった年頃の男にしては声が高かったし、イケメンだけど可愛い系の中性的な顔立ちは、ボーイッシュな女の子でも十分いけるとは思ってたけど!
なによりキャラは自分の事『兄』ってハッキリ言ってたじゃないか!!
「ボクは男だよ!これまでも、これからもっ!
ミルを守る兄として生きていくんだ!!
女扱いしな、うわぁ!!」
「田中!?」
孤児の姉妹として、キャラも色んな苦労をしてきたんだろうな。
女より男の方が妹守れるって思ってるのか、キャラは自分を男だと、兄だと言い張る。
そんなキャラに無言で近づいた田中が、自分が着ていたマント被せた。
「何するんだい!?」
「それ貸してやるから、着替えるまで前隠せ」
「だーかーらっ!女扱いするなって
「俺が、目のやり場に困るんだよ!!
さっさと着替えて来い!」
・・・・・・分かったよ。
部屋に戻って着替えてくる。それでいいんだろ?」
不満全開で女扱いするなと田中に文句を言うキャラ。
そのキャラに、真っ赤に顔を染め視線をそらした田中が怒鳴る。
田中に怒鳴られたキャラは、言っても無駄だと言いたげに渋々田中のマントを羽織って部屋を出て行った。
「やーい。田中のムッツリスケベー」
「お・ま・え・も、だっ!!」
元の世界じゃ絶対間違いなく見られない田中の超貴重な姿に、俺のお茶目な悪戯心が止められない位踊りだした。
軽くからかってそう言ったのに、田中にはこの冗談が通じなかったらしい。
今にも射殺しそうなかなり怖い目で俺を睨んで、今にも噴火しそうな火山のような声で怒鳴る。
「分かった、分かった。俺が悪かったから。
そんな顔で睨むなよ。な?」
「・・・さっさと・・・・・・
出て行けぇええええええええ!!!!!」
「ごめんって!!冗談だから!!
そんなに怒るなよ!!」
本当に噴火した田中に言われ、俺は田中に謝りながら池に繋がる部屋から慌てて出て行った。




