22,シャルル修道院、2つの事件 第4幕
シャルル修道院裏の池は予想以上に広かった。
家の庭にあるこじんまりとした感じじゃなくて、大きな公園にあるようなボートで泳げそうなほど大きな池。
あんまり綺麗って言えない緑色に濁ってて、底や住んでいる魚の姿が一切見えない。
時々遠くの方で魚が跳ねた様な小さな音がするから、アメミット以外にも何か生き物が住んでいるのは確かみたいだ。
「思ってた以上に広いな。それに水も濁ってる。
このなっから1匹のアメミットを探すのか・・・」
「やっぱもう少し暗くなってからの方がいいんじゃないか?」
「そうですね。
暗くなれば陸に上がってくる筈ですが、アメミットは昼間の間、殆ど水中に居ます。
ですのでこの池の中から探し出すのはかなり難しいかと」
聞けば聞くほど、アメミットがカバに近い生き物だって事が分かる。
昼の間は水の中で暮らしているのに泳ぐのが苦手だったり、ズングリした体なのに陸の上だとかなりのスピードで走れたり。
見た目もカバをベースにしているみたいだし、顔がワニっぽい事を引けば俺達の知ってるカバと殆ど同じなんだと思う。
だから、かなり厄介なんだよ。
カバはあんなおっとりした見た目を裏切って、ライオンやワニに並ぶ最強レベルの動物なんだ。
そのカバに似たアメミットが陸に上がって来るような暗い中、安全に捕まえられるとは思えない。
って話になったのに、田中はこの池の広さに気後れしたのか、もう少し暗くなってから捕まえようと言い出した。
ルチアも逃げ腰気味に田中の案にうなずく。
「ダメだよ!もーっと暗くなっちゃたら危ないよ!」
「それに、夜になったら『最愛の人』の魔族が動き出すんだ。
2手に分かれるのが危険で、そっちの方も今日中に何とかするなら、今の内にアメミット捕まえないといけないだろ」
戦いの得意な俺とネイでアメミットを捕まえて、魔法が得意なルチアと田中が『最愛の人』をどうにかする。
そうやって得意な事毎に2人ずつ分かれてやる案を出したら、俺とネイ以外の全員に反対された。
「未だに分からない事だらけの『最愛の人』を、たったの2人でどうにか出来るとは思えません」
と、俺が一緒じゃない事に物凄く不安そうな顔をしたルチアが言っていた。
田中も絵から出てきた魔族と戦う事になった時の事を考えて怖気づいている。
魔法特化型とは言っても戦闘面に関してはまだまだ課題だらけの田中は、得意な魔法が関わる魔法道具で作られた偽者の魔族に勝つ自信が無いみたいだ。
アメミットの方も倒すだけなら2人でいけるけど、できるだけ傷つけずに捕まえるとなると話は別。
結構大きくて重いアメミットを水の中から引き上げるのは、小さなネイと2人だけじゃ無理そうなのも確かだ。
「それとさっきも言ったけど、生け捕りにするなら水ん中の方がアメミットに負担をかけないと思うんだよな。
カバって水の中より陸に居る時の方がナーバスになって攻撃してきやすいんだよ」
カバの縄張りにうっかり入って襲われる以外にも、草を食べに陸に上がったカバと水の間に入って、逃げ道をふさがれたと思い込んだカバに襲われる事があるらしい。
朝早く陸に上がったカバに襲われるのはそう言う理由もあるらしくて、カバに似たアメミットが水辺近くで人を襲うのもそう言う理由だと思う。
アメミットも陸では水の中以上にナーバスになって、更に攻撃的になるんだ。
その考えを裏付けるように、何回もアメミットを捕まえるのに失敗したアガサさん達の話では、何時もアメミットが陸に上がった所で捕まえようとしていたらしい。
エサを食べるのに夢中になっていても、アガサさん達が少し近づいただけで大暴れ。
子供がもう直ぐ生まれるから何時も以上にピリピリして居るのに、落ち着かない陸の上で武器や網を持った人間に近づかれたら、アメミットが暴れだすのも納得できる。
「カバに似たアメミットも水の中の方がストレス感じないだろうし、陸に居る時よりは暴れないはずだ」
「ですが、勇者様。
どうやってこの広い池からアメミットを見つければいいのでしょうか?」
「アメミットって魚みたいにエラは無いんだろ?
だったら昼の間水の中で暮らすアメミットでも、何処かで息継ぎしないとずっと水の中に居るのは無理だ。
体全部じゃなくても、鼻とか体の1部を必ず息を吸うために水面に出すはず。
それを見つける」
カバが1度に潜って入られる時間は長くても8分位だったはず。
潜れる時間だけワニの部分が入ってたら1時間位か。
アメミットがどの位潜ってられるか分からないけど、必ず息継ぎの為に水面に体の何処かを出すはずだ。
それさえ見つけられれば、この濁った水の中でもアメミットを見つけられる。
「水から体の1部を出す時には音だってするだろうし、見つけるだけなら簡単だと思うぞ」
「なるほど。
私達ではそこまで気づきませんでした。
流石、勇者様です」
「この位普通だって。
ただ、問題は見つけた後。
どうやって捕まえるかだ。
俺も魔物や魔族じゃない生き物は、できるだけ傷つけたくないしさ。
アメミットを傷つけずにどう捕まえるか・・・」
捕まえるだけならパッと幾つか思いつくけど、腹の子供も含めて一切傷つけずに捕まえるとなるとなぁ。
魔王が作り出した人形の魔族や魔物と違って、アメミットは痛い、苦しい、辛いって感情がちゃんとある動物なんだ。
食べる訳でも、皮や骨が必要な訳でもないのに、無闇に傷つけるような酷い事出来る訳無いじゃないか!!
そう思っていても、その思いを実現できる肝心のアイデアが全く出てこない。
凄いって言ってくるルチアの期待を裏切るようで心苦しいけど、本当の本当に肝心な所で良いアイデアが出てこないんだ。
大きな網で包んでも暴れて体に傷がつくだろうし、田中の『ウィンド』で浮かせて運んだらアメミットが強いストレスを感じて流産するかもしれない。
水の中で眠らせたり麻痺させたら溺れるかも知れないからダメだ。
そうなったら・・・・・・
「・・・・・・アメミットに自力で帰ってもらうか」
「何言ってるんだ、お前は。
それこそ、どうやってだよ」
「水路を使うんだよ。
アメミットをエサでおびき寄せて、この池に戻れないようにして、その水路を通って返す」
傷つけずに捕まえようって考えるから良いアイデアが浮かばないんだ。
捕まえるんじゃなくて、元居た場所に無事に帰す方法を考える。
そうやって発想の転換をしたら、台風のせいでどっかの動物園から逃げ出したカバが、歩いて帰ってきたのを思い出した。
田中は不満そうだけど、上手くやれば安全にアメミットを帰せるんだ。
かなり良いアイデアだろ?
「それで、アガサさん。
アメミットが通って来たって言う水路は?」
「はい。あちらの奥に見える、あの水門。
あの先にその水路が流れています」
心配そうに俺達の様子を見守っていたアガサさんにそう聞くと、アガサさんは池の奥にある俺達の正面の塀を指差した。
指された方を見れば、池の水に浸かって遠くからでも分かる位色が変わった塀。
その色が変わった塀の1部には、明らかに他の塀とは違う素材で造られた部分があった。
近づいてみると、それは塀と同じ白い色をした分厚い金属で出来た門。
間違いなくこれが水門なんだろう。
「これがその水門か。
塀の一部、丸々くりぬいて造られてるんだな。
思ってたよりデカイな」
「はい。何千年もの昔は船も通ってい為、この大きさになったと聞いています」
「あぁ、それならこの大きさも納得だ」
「それで、この門、どうやって動かすんだ?」
「このハンドルを回して頂ければ動きます。
ただ、門がこの大きさですので、ハンドルが大変重く、魔法を使わなければ動かせません」
そう言いながらアガサさんが指差したのは、水門の直ぐ隣の塀。
そこに半分埋まってある、歯車のような形のハンドルを回すと、門が上下に動く仕組みらしい。
今は水が流れ出ないようにしっかり門が閉じて、扉の下半分以上が池の中に沈んでいる。
その水圧のせいかハンドルは想像以上に硬くて、この中で1番力のある俺が汗だくになる位力いっぱい真下から押し上げてようやく少しだけ動いた。
ハンドルの大きさ的に1人で回さないといけないから、アガサさんの言う通り『ライズ』の様な身体強化魔法でも使わなきゃ、門を開けるのは無理だ。
「池の水を入れ替える時にのみこの水門を開けますが、ご覧の通り普段は門を閉じています。
アメミットが逃げ出した日の数日前から、この池の水を入れ替える為に水門を開けていたのです。
その時、件の子が屋敷の池の水門を開けてしまい、アメミットがここまで来てしまいました」
「・・・池の水を入れ替えたにしては、やけにこの池は濁ってますね」
「アメミットが池の水草を食べながら動き回っているようで、アメミットが逃げ込んでから急激に濁りだしたのです」
「なるほど」
「とりあえず、その水路ってのがどんなもんか見たいから、田中塀の上まで飛ばしてくれ」
塀を周って水路の所に行くより、田中の『ウィンド』で飛ぶ方が早い。
そう思った俺は細かい事を気にする田中にそう言った。
「舌かまない様に口は閉じてろよ」
「分かってるって!」
「『ウィンド』!」
緑色の風に包まれ一気に塀の上へ。
水路って言うから家や田んぼの横に流れているような、狭くて浅いのを想像していたけど、塀の上から見えたその水路は普通に川って言える位広く深いものだった。
修道院と修道院のほぼ向かいにあるビターズ家の屋敷の間にはほとんど円形の池があって、そこからほぼ十字に水路が伸びている。
どこからかウイミィの中心に向かって水を運んでくる、シャルル修道院から少し離れた所を並行に流れるメインの広い水路。
その広い水路から垂直に伸びた、屋敷と修道院、それぞれの池に水を流す為の少し狭い水路。
そして円形の池と水路の間には、それぞれ大きくて丈夫そうな水門が建てられていた。
今は広い水路の水門は両方開けられていて、修道院と屋敷に伸びた水路の水門が閉じられている。
 




