21,シャルル修道院、2つの事件 第3幕
「父が飼っているアメミットと言うチボリ国の猛獣を1匹、とある子供が逃がしてしまったのです。
野性では人間を襲う事もある獰猛な動物で、子供達にも飼ってる場所には近づかないように言っていたのですが・・・」
「言いつけを破って入って逃がした奴が居たんだな」
「はい」
田中の話だと俺達の世界のアメミットは、エジプトの神様の手伝いをするモンスターらしい。
姿は逃げ出したアメミットと同じ、ワニみたいな顔でライオンのタテガミを持ったカバの様な生き物。
けど、この世界だとワニとか熊とか見たいなセレブに人気の変わったペットみたいだ。
でも、少しでも扱い方を間違えれば死人が出るような大事故を起こす。
だからアガサさん達も、猛獣を飼う知識の無い子供達をアメミットに会わせない様に気をつけていた。
だけど、大人達が少し目を離した時に好奇心に負けた子供がアメミットを飼っている庭に入り込んで、妊娠したメスのアメミットを逃がしてしまったらしい。
「逃げたアメミットは今、この修道院の裏の池に住み着いています」
「ここに?
あんなデカイ壁に囲まれてるのによくこれたな」
「俺達の世界のアメミットと違って飛べるって事か?」
「いいえ、アメミットはほとんど水の中で暮らす動物で、空を飛ぶ事はできません。
体が大きく、あの壁を飛び越える力もありません」
「じゃあ、どうやって此処に?」
「この修道院のすぐ側に、ここの裏の池と元々アメミットを飼っていた屋敷の庭の池とも繋がった水路が流れています。
そこを通って来たみたいで・・・」
裏の方にあるのか。
俺達がシャルル修道院に来る時には見えなかったけど、この近くにかなりデカイ水路が流れてるらしい。
逃げ出したアメミットはその水路の底を歩く様に泳いでここまで来た。
水棲動物で体が大きく水ん中を歩く様に泳ぐ。
これだけ聞くと、この世界のアメミットはカバに近い動物なのかもな。
「子供がもう直ぐ生まれるからか気が立っていて、エサを使っても酷く暴れて私達では捕まえられません。
もしあの池で子供が生まれたら、今以上に捕まえるのは不可能なんです」
「数も増えるし、産まれた子供を守ろうと逃げ出したアメミットが更に凶暴になるって事か」
「はい。裏の池には子供達もよく行きます。
もし、このままアメミットが池に残って子供達を襲いだしたらと思うと・・・」
「その前に捕まえてほしいって事か」
「はい」
もう1つの依頼は、この『最愛の人』を元の微笑む女性の絵に戻してほしいと言う事。
どうして急に画霊の魔法が発動したのか、そしてどうして絵が変わってしまったのか。
どの文献を調べても画霊を止める方法が見つからず、もう俺達の力を借る以外の方法が無い状態。
思っていた以上にアガサさん達は追い詰められていたみたいだ。
「どうか、このこのシャルル修道院をお救いください」
そう言って深々と頭を下げるアガサさん。
今までの様に魔物を倒すのとは訳が違う。
一癖も二癖もありそうな難しいそうな依頼だ。
アメミットの方は俺がメインでやるとして、画霊の方は田中の担当だな。
魔法が関わってるし、魔法特化型の田中の方が向いてるんじゃないか。
まぁ、突然動き出したナゾを解くって意味なら、画霊の依頼は田中より子分の佐藤の方が得意そうだけど。
あいつ、かなりのミステリーマニアみたいで、図書館に行くか田中やクラスの奴が声を掛けないと、休み時間の間ずっと自分の席に座ってミステリー小説読んでるからな。
夏休み前にも、ドラマ化されてスッゴク有名になった長ったらしいミステリー小説読んでて、普段話さない様なクラスの奴等とかなり盛り上がってたし。
その佐藤の兄貴分の田中なら何とかできるだろ。
「それなら、もっと詳しく『最愛の人』の事件の事を聞いてもいいですか?
事件が起きた時の事とか、その前に何かおかしなことは無かったとか」
「はい、分かりました。
事件が起きたのは2ヶ月ほど前の・・・
そう、ちょうど『浄化の雨』が降り出した頃です」
早速探偵みたいに、アガサさんに色々事件の事を聞いていく田中。
やっぱ田中もこういう事は得意みたいだ。
それで分かった事は、事件が起きたのは俺達が召還された日の夜。
ちょうどあの魔族を追い払う為の紫の雨が降り出した頃、アガサさんとアガサさんのお姉さんを含めたシャルル修道院に居る全員が一緒に夕飯を食べていた時だ。
その日アガサさんはこの修道院の事でお姉さんと話し合いをしていて、そのまま泊まる事になったらしい。
アガサさんがシャルル修道院に泊まるのは良くある事で、お姉さんや子供達と一緒に飯を食べるのもいつもの事。
「特に何時もと違うことは起きていません。
あの時はまだ全員夕食を食べてる最中で誰も席を立っていませんから、勇者様の言うような絵に近づいた者は居ません」
「じゃあ、事件の前には?
このケースを外して絵に何かした奴は居ないのか?」
「それはありえません。そうだな、ペドロ?」
「はい、アガサ様」
そう言って斜め後ろのペドロさんを見上げるアガサさん。
そんなアガサさんに頷き返し、『最愛の人』を手で指しながらペドロさんは話しだした。
「『最愛の人』はご覧の通りケースに守られております。
このケースはアガサ様の御祖父様、先代当主様がお作りになられた魔法道具です。
絵を守る魔法が幾重にも掛けられ、その魔法の中には外からの魔法やスキルを打ち消す魔法も掛けられております」
ペドロさんは先代当主の代からビターズ家に仕えているんだろうな。
だからアガサさんは、このケースが作られた当時の事にも詳しいペドロさんに確認したんだ。
それでペドロさんの話だと、俺達の『状態保持』のスキルの様に絵の状態を1番いい状態で保存する魔法や、火事とかの災害から守る魔法。
ケースに入れていても正面からならケースが無いように絵が見える魔法なんかが掛かってるらしい。
そんな魔法道具のケース。
唯のガラスのケースに見えるけど、実際は絵を守るために沢山の魔法が掛かったスゴイケースみたいだ。
「このケースを外すには必ず、現修道院長であるスチュラ様が管理してる特殊な4つの鍵を同時に使わないといけません。
鍵を使わずにケースを外そうとしたり、壊そうとすれば魔法が発動し唯ではすみません」
「なら、本当にその魔法が発動するか試してもいいですか?」
「えっ、いや、い、いけません勇者様!
危険です!!」
田中の言葉に慌てるアガサさんとペドロさん。
大丈夫だと2人を落ち着かせた田中は、俺達に離れるように言って自分と絵の間に『アサイラム』の結果意を張った。
そして氷を作り出す『グレシャー』の魔法で小さな氷柱を作り出し、絵に向かって投げる。
氷柱がケースに当たりそうになった瞬間、ケースの前に幾つかの魔方陣が浮かび上がり氷柱を壊した。
「うわぁ!!」
「田中、大丈夫か!?」
田中が放った氷柱を壊して直ぐ、ケースの方からマシンガンの様に氷柱が飛んできた。
『アサライム』の結界にぶつかって簡単に壊れる氷柱。
幾つものガラスが割れる様な音に混じって、田中の小さな悲鳴が聞こえる。
「あぁ、大丈夫だ。特に問題ない」
「なら、良かった。それにしても、凄い魔法だな」
「そうだな。
ケースを壊そうとした魔法を何倍にもして打ち返すのか」
壊れた氷を集め氷の大剣を作り、ケースに軽く当てる。
田中の氷柱を壊した時のように魔法陣が浮かび上がり、俺の剣は魔法陣に弾き飛ばされた。
今度は反撃してこなかったけど、手を離してないのに氷の剣が魔法陣に当たった先からボロボロと崩れていく。
そのまま俺が持っていた柄まで壊れ、俺が1度も手を離すことなく氷の剣は消えうせた。
「確かにこれならケースを壊すのは無理だな。
外すのは・・・・・・」
「やっぱダメだ。
人の力だけでケースを外すのも無理そうだぜ」
壁と一体化してるかのようなケースは俺と田中、アガサさんの3人で力いっぱい引っ張ってもビクともしない。
ペドロさんの言うとおり、力技で壊したり外すのは無理そうだ。
「この通り、ケースを外したり壊して『最愛の人』に悪戯するなど不可能なことかと」
「なら、鍵の管理はどうしてましたか?
誰かがこっそり鍵を盗み、誰も居ない時間にケースを開け鍵を戻した可能性は?」
「それも無いかと。
鍵にもこのケースと同じ位のセキュリティを施していますし、スチュラ姉さん以外は取り出すことは絶対にできません。
スチュラ姉さんが『最愛の人』を危険に晒すと分かっていて、ケースを開けるとはとても思えません。
いえ、そもそもスチュラ姉さんが鍵を取り出すこと自体ありえません!」
このケースの鍵はあのアガサさんが祈りを捧げていた十字架、と言うかレーヤの象徴である地面に突き刺した剣らしいんだけど。
数十年前に作り直したレーヤを祭るあの像が置かれた台の中に入っているらしい。
鍵以外にも大昔からこのシャルル修道院にとって大事な物を色々入れていて、取り出すには代々修道院長が受け継ぐ追加魔法を使わないといけないそうだ。
ただ、その追加魔法を使うとすっごく高い確率で十字架を傷つける事になるそうで、修道院1信心深い人がなる修道院長がそんな十字架を傷つけてまで鍵を取り出す可能性はかなり低い。
もし台の中から何か取り出すとしたら、崇め奉っているレーヤを傷つけ裏切らなきゃ解決しないような大事件。
それこそこの世の終わりの様なすっごい大事件が起きた時位じゃないとまずありえないそうだ。
「もしあの台座の中にある物を狙って賊が押しよせ、レーヤ様の像を傷つける事を強制してきたら、自ら命を絶つほうを選ぶ人です。
スチュラ姉さんがレーヤ様の像を傷つけるなんってレーヤ様を侮辱する様な事、絶対しません!」
「それと、壊れた像を隠すのは不可能かと。
毎日多くの者があの場所で祈りを捧げています。
もし像に少しでも傷ができれば、必ず誰か気づきます」
アガサさんとペドロさんは、鍵を使って『最愛の人』に何かした可能も鍵が盗まれた可能も無いと、力強く否定した。
まぁ、今ある情報からだと確かに無理そうだな。
「それなら、鍵が盗まれた可能性はないよな。
それなら・・・」
「あの絵が描かれた最初から、あの日自動で動くように設定されていた。
アガサさん、今までの他の勇者達が召還された日に『最愛の人』が動いたって記録はありますか?」
「いいえ、全くありません」
誰かが最近絵に何かして動いたんじゃないなら、画霊として『最愛の人』が作られた1万年前から、俺達が召喚された日に動く事が決められていたって事になる。
『最愛の人』が動き出した日に起きた特別な事って言えば、俺達がこの世界に召喚された事。
だから田中もその『召喚』の魔法が切欠で、『最愛の人』が動き出したと考えたみたいだ。
でもその考えは間違っていたみたいで、アガサさんが首を横に振るう。
「今まで何度も『召喚』の魔法は使われていますが、あの日以外『最愛の人』が動いたことは1度もありません。
もし、どこかで『召喚』の魔法が使われる度に『最愛の人』が動くように作られていたら、ここまで大事にはなっていません」
「なら、他に何か何時もと違う事はありませんでしたか?
どんな些細な事でも構いません。
もう1度、思い出してもらえませんか?」
「・・・・・・・・・・・・申し訳ありません。
特に変わった事は何もなかったと・・・」
「そうですか・・・」
しばらくの間考え込んでいたアガサさんは、心底申し訳なさそうな暗い顔でそう言った。
『鑑定記録』で『最愛の人』を調べても、ペドロさんが持ってきた子供達や職員の話をまとめた紙の束をすみからすみまで読んでも。
この事件を解決するヒントは何も無かった。
「あー、もうっ!やめだ、やめ!!
考えてもこれ以上解決策なんって出てこないんだから、一旦この話は終わり!」
余りに何も出てこなくて、自然と誰もしゃべらなくなった。
重い空気が長く続いて、ついには隣からかすかに田中の悪癖が発動した音しかしなくなって。
俺は思わず立ち上がりながらそう叫んでいた。
「はぁ?何言ってんだ、高橋。
受けた依頼を途中で投げ出すのかよ」
「違うって。
『最愛の人』から魔族が現れるのは何時も夜なんだろ?
その魔族を見たら何か分かるかもしれないし、先にアメミットの方をどうにかしようって言ってんの。
これ以上何のヒントも出ないのに、ただ悩んでても時間の無駄だろ?」
「さんせー!!
おにーちゃん達、難しいお話ばっかでわたしあきちゃたよ。
わたし、お外行きたい!」
途中から俺達の話について行けず、暇そうにしていたネイが真っ先に俺の案に飛びつく。
好奇心旺盛で動き回るのが好きなネイには、大人しく座って待っているのはつまらなすぎたみたいだ。
ただ話を聞いて座ってるのにも限界が来たみたいで、ネイは早く外に行きたいと言う。
「ネイもこう言ってるし、明るいうちにアメミットどうにかしようぜ」
「まぁ、行き詰ってたしそれもありか。
アガサさん、『最愛の人』の事件の方は後回しでも大丈夫ですか?」
「はい。
その方が勇者様方が動きやすいのなら、私達は問題ありません。
では、裏の池に案内します。こちらです」
そう言って立ち上がったアガサさんに案内され、俺達は建物の外に出た。




