20,シャルル修道院、2つの事件 第2幕
「大人数で座れる場所がこの食堂しかなく、皆様方を本来お客様をお通しないような、この様な場所にお連れしてしまい、申し訳ありません」
「そんな事気にするなって!
それで、何か2つ位事件が起きてるってペドロさんから聞いたけど?」
「はい。まずはあちらをご覧ください」
そう言ってアガサさんが指差したのは、俺達が座っているテーブルの真横の壁に飾られた、この食堂には場違いな大きな絵。
話し合うだけなら何処でも良いのに、アガサさんは入って直ぐのテーブルじゃなく、態々ちょっとだけ離れた隣のこのテーブルに俺達を案内した。
1番絵に近い席だと近すぎて絵全体が見えないし、俺達より後ろの席は遠すぎて細かい所まで見えない。
他の席は角度の問題で絵自体がちゃんと見えないから、この絵を正面から座って見た時1番見やすい、今俺達が座っているこのテーブルにアガサさんは俺達を座らせたんだ。
そして迷わず真ん中の席に座ったのも、俺達を真ん中らへんの席に固めたのも、その為。
「すっごく上手いと思うけど、何か暗くて不気味な絵だな」
「あぁ。女の人が落ち込んでる、いや、泣いてるのか?」
細かい装飾が施されたかなり黒に近い焦げ茶色の額縁は、けっこう古い物って分かる位色あせていた。
その中に飾られてるのは、暗い部屋の中1人椅子に座る女の絵。
田中が言うように暗い色で描かれた女は泣いてるのか、両手で顔を覆い隠し深く俯いている。
顔が一切分からないのに女だと分かったのは、背中から広がったネイの様な長い白髪を持っている事と、地面に着きそうなほど丈の長いスカートを履いているからだ。
女の服のしわとか、背景に描かれた小さな家具の模様とか。
どんなに細かい所でも絶対手を抜かず、1つ1つこれでもかって位丁寧に書かれている。
作者がこの絵に対しどれだけ真剣に挑んだか伝わる、見る物の心と目を掴んで離せなくする様な、そんな引き込まれるような作品。
素人でも素晴らしい!って思う絵だけど、問題があるとすれば全体的に暗い色しか使ってない事と、主役の女が見てるこっちまで泣きそうになる悲しく辛いポーズをとってる事だろう。
こんなにスゴイ絵を描けるなら、もっと楽しく明るい絵を描けば良いのに。
何で態々こんな暗い絵を描くんだか。
作者のセンスが全く分からない。
「この絵は、魔王を倒した後に教皇シャル様が描いた絵です」
「へぇ。教皇シャルって、孤児院や病院の運営以外にも画家もやってたのか」
「いえ、教皇シャルの絵は趣味のような物だと伝わっています。
本気で画家を目指していた訳ではありませんよ」
「こんなにスゴイ絵を描けるのに?もったいないな」
センスは悪いけど、才能は間違いなく合っただろう。
趣味で終わらせるのは、もったいなさ過ぎるって!
そう思っていたけどルチア達の話だと、教皇シャルの作品で絶賛される位高く評価されたのは、たった1枚だけらしい。
「教皇シャルが描いた歴史的価値がある絵は幾つか残っていますが、芸術的な価値があり高く評価された作品は1枚だけです。
教皇シャルの遺言で1万年前から変わらず、ここ、シャルル修道院で保管されている、『最愛の人』と言う作品です」
長い時間を費やしたった1人で書き上げた最後の作品。
そもそも、教皇シャルが絵を描き始めたのはその『最愛の人』を描く為。
教皇シャルの片思いだったけど、幼い頃出会ってそれから死ぬまでずっと一途に愛し続けたたった1人の女性。
写真なんか無かった時代、その人の事を後世まで残すために教皇シャルは絵を描いたそうだ。
「これも教皇シャルが『最愛の人』を書き上げる為の練習に描いた絵なんでしょうね」
「こんなに引き込まれる作品なんだから、かなり後に書いた絵何だろうな。『最愛の人』1つ前とか」
「恐らく、そうだと思います。
しかし、アガサ。これはどう言う事ですか?
ここには元々『最愛の人』が飾られていた筈ですが?」
「そうなのか?」
「はい」
元々『最愛の人』は教皇シャルの遺言で、必ず人が集まる食堂に飾られていた。
『最愛の人』を修道院で暮らすもの達が毎日見れるように。
教皇シャルは生前、何度もそう言っていたらしい。
「レーヤ様や賢者ルチアもシャルル修道院の食堂に『最愛の人』を飾るように言っていたと、幾つかの文献に残っています」
いつか教皇シャルが最高傑作を書き上げたら、その絵をシャルル修道院の食堂に必ず飾れ。
そう教皇シャルの絵の事も色々知っていたレーヤや賢者ルチアは、生前自分の子供達や信用できる部下にしつこい位、何度も何度も言っていたそうだ。
良く漫画なんかで言われる、『人は2度死ぬ』って奴なんだろうな。
実際に死んだ時と、流れる時間の中で忘れられ、誰の記憶からも消えた時。
教皇シャルの叶わなかった一途な恋心と共に、自分達と違い有名じゃないその思い人の存在が、何時か歴史に埋もれて消えてしまわないように。
いつの時代でも人々の記憶に残って、思い人の『2回目の死』がこない様に。
って、そんな教皇シャルのささやかな願いが叶うように、当時の教皇シャルよりも権力がある自分たちが、少しでもサポートしようとしてレーヤ達はそう言ったそうだ。
「アガサ、この事はこの修道院の修道院長である貴方の姉も知っている筈ですが?
当然、あなた自身も」
「はい、勿論知っております。
代々このシャルル修道院を支援してきた、ビターズ家の次期当主として、父より幼少の頃から何度も言い聞かされていましたから」
「それならどうして、レーヤ様方のお言葉を今にして破ったのですか?
誰よりもレーヤ様を尊ぶ貴方達らしくないではありませんか」
元々泣いてる女の絵が飾られた場所には、『最愛の人』が飾られていた。
なのにそれが教皇シャルの描いた別の絵に変わっている。
今までずっと教皇シャルの遺言を守っていた居たのに、何で今になってそれを破るのか?
アーサーベルの人達の英雄教、って言うか勇者に対する信心深さはよく知ってる。
だからレーヤにも絶対ここに飾れって言われたんなら、ローズ国の人ならよっぽどの事が無い限り破らないはずだ。
初めて会った時のアガサさんの様子や態度、話し方なんかを見てると、アガサさんも相当信心深い事は良く分かる。
そんなアガサさんの態度も考えて、俺達に相談したい問題がこの絵に関わる事ならつまり、
「まさか、その『最愛の人』が盗まれたから、俺達に取り返してほしいって事か?」
「いいえ、違います」
信心深いアガサさん達が自分で取り替えたんじゃないなら、信心深くない誰かに変えられた。
つまり『最愛の人』が何者かに盗まれ、なんかのトリックを使って少し前までこの絵を『最愛の人』だと思い込まされていたんじゃないのか。
そう思っていたら、アガサさんに首を横に振られた。
他に絵が関わる問題って言うと、誰かが絵を汚して直してほしいとか、実は今調べ直したら『最愛の人』は教皇シャルが描いた物じゃないって分かったとか。
まだ盗まれてないけどこれから誰かが盗みに来るって犯行予告が来たとか、そう言う問題位しか思いつかないぞ。
でも俺が考えた問題は全部違うと言うアガサさん。
それなら一体、この絵にどんな問題が起きてるって言うんだ?
「実は、その・・・・・・
信じられないとは思いますが、この絵が『最愛の人』なのです」
「これが『最愛の人』って、嘘だろ?
そんな名前をつける様な絵には絶対見えないって!」
アガサさんにそう言われもう1度飾られた絵を見るけど、『最愛の人』って名前がつくような絵にはどっからどう見ても見えない。
描かれているその愛した人は、深く深く悲しんでずっと泣いてるじゃないか。
本当に愛した人の姿を残すなら、絶対笑った姿を残す筈だ!
「勇者様の言うとおりです。
前にお父様と共に見せて頂いた時とは描かれている物が全く違うではありませんか」
「本当かルチア?」
「はい」
ルチアの話では1つ問題がある事を覗けば、元々『最愛の人』はもっと明るい色の作品だったらしい。
暖かな日の光が差し込む窓際で、椅子に座って微笑むお婆さんの絵。
教皇シャルがその女性をどれだけ大事に思っていたのか、一目見ただけで分かるような。
そんな優しい絵だったらしい。
絶対こんな悲しい絵じゃないと、ルチアは強くアガサさんに言う。
だけどアガサさんは、間違いなくこの絵は『最愛の人』だと言い張るのだ。
「それが本当なら、絵の中の女性が動いたって事ですか?」
「はい。私達の目の前で絵が変わったのです」
「ただの絵じゃなくて、実は魔法道具だったて事か?」
「流石、勇者様!正にその通りなんです!!」
俺の言葉を聞いて、バンッと立ち上り嬉しそうにそう叫ぶアガサさん。
俺達がここに来る前に何が合ったのか分からないけど、その顔はどこかホッとしている様に思えた。
「事件が起きた後分かった事なのですが、この絵は画霊と言うゴーレムに近い今は失われた古代の魔法道具だったのです」
「画霊、ですか。初めて聞く魔法道具ですね」
興奮を押さえる様に深く息を吐きながら座り直したアガサさんの言葉に、ルチアが首をかしげる。
ルチアの反応を見るに、画霊ってのはルチアも知らない魔法道具らしいしな。
たぶん1部の日本刀や土器の作り方みたいな有名な感じじゃなくて、かなりマイナーなロストテクノロジーなんだろう。
「勇者レーヤ様方の活躍が書かれた文献にも殆ど残っていませんから、ルチアナ様が知らないのも仕方ないかと。
私共も今回の事件が起き、この修道院に残る教皇シャル様の文献を調べ直しやっと初めて知ったものです」
「それだけ珍しい魔法道具だったんだな。
それで、その画霊ってどんな魔法道具なんだ?」
「教皇シャル様が賢者ルチア様と守護者ダン様に宛てた手紙によりますと、絵に書いた物を実体化させ操る魔法道具だそうです。
実際に私共の目の前で、この絵の中に書かれている絵の魔族が実体化したのです」
ほら此処です、と言ってアガサさんが示したのは、嘆く女の後ろの方の壁。
その壁の辺りをよくよく見ると、その場所にはかなり大きな木の枠が書かれていた。
今は何も書かれていなくて真っ黒だけど、元々此処には体の半分位を四角い板で隠した1人の魔族の絵が描かれていたらしい。
今は全体的に暗い絵だからよくよく見ないと分からないけど、これが明るい絵に描かれてたならかなり目立っていただろう。
メインの女性の次に目立つその魔族が、なんで教皇シャルが愛した女を描いた絵の中に書かれていたのか。
ルチアが言ってた問題の箇所である変な構図のその魔族の絵に、専門家達の間でも長い間色んな説が飛び交っていたらしい。
だけど、結局しっくりくる答えが見つからず今も謎のまま。
そうだったけど、この絵が魔法道具なら納得だ。
「なるほど。
あの魔族の絵は魔法道具として使う為に書かれたのですね」
「はい。
本来はこの『最愛の人』を守る為の機能だったのだと思います」
何故か今になって急に動き出した絵の魔法。
更に問題なのが、夜になるとその魔族が絵を抜け出し絵を守らず修道院内をさ迷うって事だ。
「今はさ迷うだけですが、いつ人間を襲いだすか分かりません」
「そんな事が起きてたんだな。
確かにそれは大事件だ」
「はい。
ですので念のために子供達や職員を全員ビターズ家に避難さました。ただ・・・」
「そこでもう1つ事件が起きた?」
「はい・・・・・・」
そう言ってさっきまでよりも暗い顔で頷くアガサさん。
子供達をビターズ家に避難させた事で、『最愛の人』の事件と同じ位かそれ以上の事件が起きたらしい。




