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サンプル・ヒーロー  作者: ヨモギノコ
第 1.5 章 勇者編
159/498

19,シャルル修道院、2つの事件 第1幕


 ギリギリ間に合った馬車に揺られ、大体2時間位。

ほとんど休みなく走り続けた馬車が停まったのは、アーサーベルと同じ位賑やかな街だった。

街自体はアーサーベルより狭いし、賑やかなのも街の中心だけ。

馬車が停まった中心部から少し離れただけで、畑とその間に散らばって建っている民家ばっかりの風景が広がる。

そんな所が俺達の地元にどこか似ていて、初めて来た街なのに懐かしいような親しみやすさを感じた。


「勇者様ですね。お待ちしておりました」

「アンタが、アガサ・ビターズって人が寄越した迎えの・・・」

「はい。ペドロと申します」


依頼の荷物を渡し終えギルドを出ると、2人乗ればギュウギュウになりそうな小さな馬車の前にいた紳士っぽい雰囲気の老人に声をかけられた。

爪の先までピッシリとした全身モノクロ服装に、綺麗に整えられた白髪と髭。

しわしわの顔と曲がった腰の事を差し引いても、全体的に優雅で上品な雰囲気でまさに物語に出てきそうな老執事だ。

確か、馬車に乗っている時にルチアが、通信鏡でアガサ・ビターズにウイミィに着く時間を伝えたと言ってたな。

その時間位にギルド前に迎えを寄越すとも。

目の前の老執事の見た目はルチアが馬車で言っていた特徴と同じだし、丁寧に一礼して名乗った名前も同じ。

間違いなくこの人がルチアが言っていた迎えだな。


「どうぞ、お乗りください」

「え?この馬車に全員?」


馬車の扉を開けてそう言うペドロさん。

乗れって言うけど、どう見てもこの馬車に5人は乗れないだろう。

そう思って乗るのをためらっていると、ペドロさんが大丈夫だと言ってきた。


「はい。お安心ください。

小型の馬車ではありますが、空間結晶を使っておりますので、皆様をお乗せすることができます」

「あぁ、そっか。それなら、大丈夫だな。

じゃあ、お邪魔しまーす」


思っていた以上に迎えの馬車が小さくて、ド忘れしていた。

そう言えば、この世界の大体の馬車には空間結晶が使われているんだっけ。

ペドロさんの言うとおり、中は見た目より何十倍も広かった。

たぶん大型の車位は広いと思う。

前後の壁にくっつけるように置かれた長いソファーと、扉の前に背中合わせで置かれた小さなソファー。

大人でも8人位は余裕で乗れるし、つめれば12,3人は乗れるんじゃないか。


「うわぁ!!

このソファー、すっごくフカフカだよ、おにーちゃん!!」

「へぇ。本当だ。結構いい馬車じゃん」

「ありがとうございます。喜んでいただけで何よりです」


馬車の振動を感じさせない為か、それとも長い時間座っていても尻が痛くならない為か。

飛び乗るように座ったネイに続いてソファーに座ると、フワッと包み込むような柔らかいフィット感を感じた。

まるで干したての高級羽毛布団みたいだ。


中身は柔らかいけど、シックなデザインの表面は少し硬い。

触り心地抜群のすべすべした皮製で、色はバターをたっぷり使ったクッキーの様な落ち着いたクリーム色。


そんなソファーが置かれた床は、赤みのあるこげ茶色の木製で、顔が薄っすら映りこむほどピカピカに磨かれている。

床と同じ素材で作られた扉や窓枠がついた壁は、シミ1つない白。


見た目の小ささの割りに、ソファーの座り心地もいいし内装のセンスも上品なのにおしゃれでかなり良い。

量より質を取ったんだろうな。


「あー、ダメだ。このソファーに座ってると動きたくなくなる」

「はぁ。なに言ってんだ、高橋。

これから依頼人に会うのにそんな事言って。

シャッキとしろ、シャッキと」

「はい、はい。分かってるよ。

もぉ、田中は冗談が通じないなー」


人をダメにするソファーの様な座り心地に、空気の抜けたボールみたいに全身の力が抜けていった。

これでジュースとお菓子、漫画かゲームが出されたら、いつまでもここにいる自信がある。


いつの間にか馬車が走り出していた事にも気づかなかった位気の抜けた俺と、そんな俺をあきれた様に注意する田中。


そんな俺達をルチアが微笑ましそうに見ていた。


ネイは流れる外の風景が気になるのか。

ソファーに膝を着いて少し高い位置にある窓枠に手を突いて、窓ガラスに張り付くようにずっと窓の外ばっかり見ている。


厳しい戦いの中にある、ちょっとの間の穏やかな時間。

その事に俺の口の端が自然に緩むのが分かった。


「皆様。アガサ様がお待ちしている、シャルル修道院が見えてきました」


車と同じ位の速さで街外れに向かって15分位。

御者をしているペドロさんに声をかけられ、真横の窓を覗いて見えたのはどこまでも続いてそうな白い壁。

そのまま窓の外を見ていると、首が痛くなるほど見上げないと先が見えない高い壁に挟まれた、シンプルなデザインだけど太くて丈夫そうな金属製の巨大な門を通るのが分かった。

その門と壁沿いにグルリと植えられた何十本の木々を通り過ぎれば、丁寧に整えられた校庭2つ分はありそうな広い庭にしばらくの間視線が奪われる。


「足元にお気をつけて、お降りてください」


城と見間違うほど大きな屋敷の前に馬車を停め、そう言いながらペドロさんが馬車の扉を開ける。

あまりに早い到着に、名残惜しさを感じながらも俺達は馬車を降りた。


「修道院って言ってたけど、この城みたいな建物が?」

「はい、そうです。勇者様」


高さの違う建物をいくつも継ぎ足したような歪な屋敷。

高さ以外にも部分部分ですっごく古かったり、逆に建てたばかりの様に真新しかったり。

全体的にデコボコしていて変な見た目の建物だけど、なんとなくアーサーベルの教会よりも綺麗で落ち着いた神聖な雰囲気がする。

それと同時に威圧感って言えばいいのか?

ゲームだったら、クリア後とか2周目に出てくる裏ボスの本当にすっごく強い神様が居そうな感じもする。


「ここ、シャルル修道院には、1番古い英勇教の礼拝堂があるんです。

なにせ元々教皇シャルが建てた孤児院だった場所ですから」

「えっ!?アーサーベルの教会じゃなく、ここが!?」

「はい。1万年の間に魔族に襲われたり、災害に見舞われたり。

幾度となく改修工事を行っていますので、教皇シャルが建てた当時からはだいぶ変わってしまっています。

ですが、間違いなくこの場所に孤児院があったと伝わっています」

「へぇ、ここが・・・」


ルチアの話では1万年前、魔王を倒した後王妃ギュル以外の最初の仲間3人はローズ国に居なかったそうだ。

今ローズ国の領土になっている場所は5代目勇者が1つのローズ国って国にまとめるまで、幾つかの別の国に分かれていたらしい。

1万年前にレーヤが作ったばかりのローズ国は、今のアーサーベルとエヴィン草原地帯の1部だけが領土の、かなり小さな国だった。

だからローズ国が出来る前に色々な事情でパーティーを離れた賢者ルチア達は、ローズ国が出来てもそのまま分かれていた国の1つに住んでいたらしい。


で、その当時分かれていた国の中で1番大きく強い国の首都だったのがここ、ウイミィ。

1番大きな国だったから、孤児や怪我人の数も他の国じゃ考えられない位多く、だからこそ教皇シャルはこの場所に孤児院兼病院を建てたそうだ。


「今でもシャルル修道院は孤児院としての役割も担っているのですよ。

ですので、親元を離れ修行する王族や貴族の子供達以外にも、多くの親を失った子供達がここで生きていくのに必要な様々な事を学びながら生活しています」


ルチアの話を聞くと、このシャルル修道院は修道院って言うよりも、ミッション系の全寮制一貫校って感じに思えた。

そいつの好きな事が出来る、ある程度の休憩時間とか休日もちゃんとあるけど、1日の大半は決められたスケジュール通りの生活をしている。

国語や数学、マナーなんかの社会に出た時に必要な知識を学ぶ勉強の時間とか、皆で掃除する時間とか、全員で集まって飯を食べる時間とか、部活見たいな事をする時間とか。

毎朝礼拝堂で祈る以外は、子供達が好き勝手自由気まま暮らしてる訳じゃなくて、そう言う学校ぽい感じで暮らしてる。

でも、この世界の法律だと、シャルル修道院は学校って思われてないみたいだ。

俺には理解できないけど、あくまで修道院って位置づけらしい。


「にしても、やけに静かだな。今、授業中なのか?」

「いえ、違います。今日は授業のない休日の筈です」


ちょうど今日は子供達が1日自由に出来る、休みの日だったらしい。

だったらなおさら、やっぱりここまで静かなのは可笑しいだろう。

どこを見回しても雨雲が1つもない、カラッと涼しくてすごし易い日なのに、全員がロックバードが鍵を掛けた部屋にこもってるって言うのかよ。

何人かは外で遊んでいてもいい筈なんだけどな。


「静かだと言うのも、子供達が暮らす建物がこの礼拝堂の裏にあるので、子供達の声がここまで届いてないだけではないでしょうか?」

「確かに、こんなにデカイ建物の裏に居たら声は聞こえにくくなるかもな」


そう言ってルチアが指差したのは、俺と田中が肩車しても余裕で通れそうな大きな両開きの扉がついた目の前の建物。

ぱっと見て城だって思った位には、縦にも横にも広くて奥行きもかなりある。

ここから大声を出しても、裏に居る奴に声は届かないだろうな。


「いいえ。

今この修道院にはアガサ様以外人間はいらっしゃいません。

皆様方をお呼びした事情により、全員避難しております」


少しの違和感を感じながらもそう納得しようとした時、後ろに居たペドロさんが俺達の前に出て来てそう言った。


「アガサさん以外居ないって・・・

じゃあ、孤児の子供達は?

王族貴族の子供は家に帰れば良いけど、孤児の子供達はここ以外家なんって無いだろ?」

「ご安心ください、勇者様。

皆、ここから少し離れた場所に建っている、ビターズ家のお屋敷に居ります」

「そう言えば、おにーちゃん。

馬車に乗っている時、向こうの方に大きなお家が見えたよ。

あの大きなお家がビターズさんのお家なんじゃないかな?」


ペドロさんの話を聞いてネイが、右の方を指差しながらそう言った。

ここからだと高い木と壁のせいであんまり見えないけど、確かにギリギリ屋根っぽい物の先が見える。


「はい、そうでございます。よく、お分かりになりましたね」

「えへへ・・・」

「それで、俺達に相談したいことって?

子供達や修道士達を避難させないといけないほど、危険な事がここで起きてるのは分かったけど、いったい何が起きてるんだ?」

「実は、2つほど問題が起きておりまして・・・

詳しくは中でお待ちになっているアガサ様からご説明があります。

どうぞ、中へ」


ペドロさんは田中の質問にそう答え、礼拝堂の扉を開けた。

アーサーベルの教会の何十、何百倍は広い礼拝堂の奥。

突き刺さった剣の様にも見える少し変わった形の十字架の前で、黒っぽい服を着た誰かが両膝を着いて祈りをささげていた。

入り口に居る俺達にはその人が男か女かも分からないし、年齢も見た目も分からない。

唯一分かるのは、その人が依頼人のアガサ・ビターズだと言う事だ。


「アガサ様。姫様と勇者様方をお連れいたしました」

「あぁ、お帰り、ペドロ。

お久しぶりです、ルチアナ様。

お待ちしておりました」

「えぇ。久しぶりですね、アガサ」


斜め後ろまで近づいて頭を軽く下げたペドロさんに声をかけられ、アガサさんがノロノロとした動きで顔をあげる。

立ち上がって俺達の方に近づいてきたのは、ヒョロッとしてるけど小柄で、オドオドと大人しそうに下がった目とそばかすが特徴的な地味目の青年。


「そちらのお二方が勇者様ですね。

はじめまして、私が今回依頼したアガサ・ビターズです」

「こんにちわ。俺は高橋 蓮也。よろしく!

それで、こっちが俺と同じ勇者の田中 湊で、こっちが仲間のネイ」

「はじめまして」

「ネイです!よろしくお願いします!!」


お互い自己紹介しあって立ち話もなんだろうと、食堂らしい長いテーブルと背もたれの無い椅子がいっぱい置かれた広い部屋に案内された。

等間隔に2つの新鮮な花が飾られた18脚の長いテーブルに、向かい合うように7脚づつ並んだ椅子。


「どうぞ。こちらへ」


ちょうどガラスのケースに守られた絵が飾られた真ん前。

入り口近くの壁沿いに並んだテーブルの真ん中のテーブルを挟んで俺達は座った。

入り口反対の窓側の真ん中の椅子に座ったアガサさんと、そのアガサさんと向かい合うように入り口側の席に並んで座った俺達。

アガサさんの正面にルチア、その右隣が俺でルチアを挟んで左に田中。

アガサさんの後ろに立っているペドロさんの真似をしているのか、俺達の後ろで立ってようとしたネイを俺の隣に座らせ、俺達は本題に入った。


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