18,シャルル修道院、2つの事件 開幕
「おにーちゃん達、早くー!!」
「はいはい。そんなに急ぐとまた転ぶぞー」
「今日は大丈夫ー!!!」
早いもので、ネイが仲間になってから1ヶ月位が経った。
今日も今日とて、子供らしく朝から元気にギルドに向かって走るネイ。
俺達はその後をゆっくり歩いていた。
「あの子は何時も楽しそうですね、勇者様」
「そうだな。
ずっと小さな村に住んでたから、ここみたいな大きな町は珍しいんだろ」
そう言って微笑ましそうに見守るルチアと、眠そうに欠伸をする田中。
ネイはいままで他の村との行き来が不便なスタリナ村に住んでいたからなぁ。
2人が話してるとおり、ネイにとってはこのアーサーベルにある物全てが始めて見る物ばかりなんだろう。
城とはそんなに離れてないギルドに向かう中、時々立ち止まってキョロキョロ辺りを見回したり、ジィーと一点を見つめたり。
ネイは好奇心旺盛な子供らしく、ウロチョロと気になったものの所に近寄る。
ここに来て結構経っているけど、気になる物が尽きないんだろうな。
「あ、コラ、ネイ!
知らない人の後ついてっちゃダメだろ?」
「はーい。ごめんなさい・・・」
その好奇心が今度は知らない女冒険者の腕の中に向いた。
ギルドの周りにポツポツと出ている店か露天で買い物して来た帰りなんだろう。
ネイはその女冒険者が大事そうに腕に抱いた紙袋が気になるらしく、ギルドを通り過ぎてまで後を着いていこうとしていた。
慌ててネイを呼び止めて、ネイが後を着いていこうとした女冒険者に謝りギルドに入る。
「たくっ、何で知らない人についていったんだよ?」
「だってあの人、毎日同じ物買ってたんだもん。
何時も此処であの人とすれ違うけど、ずっと同じお店の紙袋持ってるの。何か変だよ!」
「同じ物?
食べ物とかなら、その日食べる分だけ買う奴も居るだろ」
「違う。服だった」
ネイの話だと女冒険者が持っていた紙袋には、近くにある高級なブティックのロゴが入っていたらしい。
袋の厚さ的に入ってるのは1,2枚の服。
ネイは毎日1,2枚ずつ高い店の服を買うあの女冒険者が気になったみたいだ。
「服ってそんなにすぐダメになる物じゃないし、窓からお店を覗いたらすっごく高い服しかなかったよ。
普通の冒険者さんが毎日買うなんって出来ないよ!」
「まぁ、確かに毎日買ってるんだったらおかしいな」
「そうだよね!そんなの絶対可笑しいよね!!
きっと、何かすごいヒミツがあるんだよ!」
興奮気味にそう言って、目をキラキラ輝かせるネイ。
ネイはあの女冒険者が何か特別な秘密を抱えてるって思ってるみたいだけど、間違いなくあの女冒険者にそんな秘密はない。
「残念だけど、別に秘密とかはないと思うぞ。
あの人はその店の依頼を受けた冒険者だったってだけだろ」
「お店の依頼?」
「そ。毎日どこか、遠くの街に服を届けてるんだ。
ネイの村とかエヴィン草原地帯にある村とか。
服屋の定員じゃ行き来するのに危険な所に届けてるんだよ」
「そうなの?」
いままで俺達は、討伐系の依頼しか受けたことが無い。
魔王退治の修行って意味で俺達は冒険者業をやってるんだから、それは小さな子供のネイが仲間に入ってからも変わらなかった。
だけどギルドの掲示板には、討伐系の依頼以外の届け物系や採取系、護衛系の依頼もちゃんと毎日の様に来ている。
俺達が討伐系の依頼ばっか受けるから、ネイは全く気づいてなかったみたいだけど。
そう言えば、そう言う届け物系とかの依頼は、確かアルバイトみたいに半年とか1年とか、長い間契約する物もあったはず。
たぶんネイが追いかけていた女冒険者も、そう言う依頼を受けていた冒険者だったんだろうな。
「悪い人や魔物をやっつける以外にも、依頼ってあるんだ。
おにーちゃん、物知りだね」
「まぁな。
ネイよりも長く冒険者やってるんだ。知ってて当然さ。
・・・そうだ!
せっかくだから今日は、届け物系の依頼を受けようぜ!!」
ここ最近はネイの安全を考えて、依頼のランクを落としている。
本人が自信満々に言った通り、ネイは普通に戦える位の戦闘スキルを持っていた。
予想外に十分戦えるネイを入れたから、あの位のランクの依頼は楽勝で終わって、正直やる気が出なくなっていたんだ。
今日は元のランクの依頼でも受けようかって考えてたけど、マンネリ化防止のためにも、たまには討伐依頼以外の依頼を受けるのも良いかもな。
「別に構わないけど、珍しいな。
お前が、討伐系の依頼以外を選ぶなんって」
「まぁ、ちょっとな。
討伐依頼ばっか受けてマンネリ化して、いざって時に油断したら危険だろ?
だから、たまには普段と違う事しようって思ってさ。
さっき思いついた事だけど」
「・・・確かに、少しマンネリ化してきていたな」
少し考え込んでから頷く田中。
田中も討伐依頼に新鮮味を感じなくなってきてたらしい。
まぁ、少し違うだけで2ヶ月近く全く変わり映えしない毎日を送ってるんだ。
起きたら色々準備して、
ギルド行って依頼を受けて、
楽勝で倒せる弱い魔物を倒して、
城に戻って風呂に入って飯食って寝て。
スタリナ村の時のようなメインイベントやサブイベントみたいな刺激的な事が起きない、コピペの様な毎日。
魔王を倒す最短方法は討伐依頼を受け続けて、困ってる人達を助けつつ戦いの訓練をする事だってのは分かってる。
でも、俺達のモチベーションを保つ為に時には、遠回りしたり寄り道したりするのも大事なのかも知れないな。
だからきっと、ゲームでもサブイベントとかがあるんだ。
「それでしたら、ウイミィと言う街に向かいませんか?
そこの次期領主であるアガサ・ビターズが勇者様方にお会いしたいと、前々から言っておりましたので」
「そんな偉そうな奴が?俺達に?」
「はい。何でも、勇者様方にしか相談できない事がウイミィで起きているそうで・・・・・・」
アーサーベルからあんまり離れない噂の勇者にただ会いたいだけかと思ってたら、何かとんでもない事がその町で起きているみたいだ。
困ってる人が居るならほっとけない。
田中も同じ様な事を考えていたようで、しっかり話し合った訳じゃないけど、俺達はそのウイミィって町に行くことに決めた。
「キティ!
ウイミィって村から何か依頼来てないか?」
「は、はい!勇者様!!えーと・・・・・・」
ただ行くだけじゃ修行にならないからな。
ついでに何か依頼でも受けようと思った俺は、大量に依頼書が張られた掲示板から探すより早いだろうと、何時もどおりカウンターに居るキティにそう聞いた。
俺達が依頼書を持って来ると思っていたのか、声を掛けられ驚いたように裏返った声で返事をするキティ。
キティは慌ててカウンターごとに置いてある、大きな水晶がついたタイプライターの様な魔法道具を操作しだした。
キティが水晶を握るように触って、撫でる様に転がす感じで操作してしばらく。
空中に写しだされたのは、リストバンドに触った時のようなウィンドウ。
「見つかったか?」
「はい、えーと・・・今来てる依頼はぁ・・・
8つほどあります、ねぇ」
ウィンドウの中には見てるだけでクラクラするほど、挿絵の無い小説のようにビッチリと規則的に並んだ文字の海。
キティが文字盤を打つと、ウィンドウに写しだされた文字がかなり減って、残ったのはたったの8行だけ。
「どれにしましょうか?」
「届け物系の依頼はあるか?」
「えーとですねぇ。はい、3つほどあります!」
ネイに討伐系の依頼以外がどんな依頼か教える為にも、予定通り届け物系の依頼を受ける事にした俺は、キティにそう聞いた。
そして最終的に残ったのはたったの3つ。
「どれも、ウイミィのギルドに届けてくだされば大丈夫な物ばかりです」
「荷物は?
これから会いに行かないといけない奴が居るんだ。
だから他の所に取りに行ったり、魔物を倒してから届ける様な時間がかかるのはやめたいんだけど」
「えーと・・・大丈夫です!
渡す荷物は全部ここで保管してありますから、3つとも直ぐにでも受けられますよ」
「じゃあ、その3つ全部受けるから」
「はい、勇者様。今依頼書、印刷しますね!」
キティは片面に見たことが無い、かなり複雑な魔法陣が書かれた紙を3枚、今まで操作していた魔法道具にセットした。
セットし終わってキティが水晶を操作すると、紙が箱に吸い込まれ文字版が勝手に打たれていく。
1分ほどで出て来た紙は見慣れた依頼書。
他の依頼書と同じ様に、印刷前には確かに書かれていた魔法陣は、ひっくり返しても透かしても何処にも書かれていない。
全部印刷が終わったほんのり温かい3枚の依頼書に何時もどおりサインをすれば、やっぱり何時も通り真っ赤なリボンが巻かれる。
未だに魔法とか全く分からない事だらけだけど、多分あの魔法陣のお陰で印刷された依頼書は魔法道具になるんだろうな。
「あっ!勇者様、大変です!!
ウイミィ直行の馬車が後5分で出発しちゃいます!!」
「マジかよ!おい、皆急げ!!」
「はい、勇者様!!」
「あっ!待ってよ、おにーちゃん!!」
カウンターの上の鉢植えに植わった、この世界の時計を見たキティがそう急かす。
気をつけてください、と手を振るキティに走りながら手を振り返し、俺達はギルドの前に止まったウイミィ行きの馬車に乗り込んだ。




