17,灰紫は変わらず村を覆う 後編
「・・・もう、いいだろ。
一応依頼は終わらせたんだ。帰るぞ」
「あ、おい!!田中!」
「あ・・・ま、待って!!!
お願い、まだ待てっ!!!」
「ネイ?」
褒められるのに慣れていないのか。
不機嫌そうな顔を村人から外した田中が、硬いような冷たい調子でボソリとそう言った。
隠すように軽く左手首を掻きながら、吊り橋を渡り終えた時のように早足で村を出ようとする田中。
それを追いかけようとした時、ネイが大きな声を上げた。
娘のその大胆な行動に、ネイの両親も不思議そうに首を傾げてる。
「お願い!!わたしも連れてって!!!」
「ネ、ネイ!?お前、何言ってるんだ!!?」
「そうよ、ネイ。
貴女が勇者様についていっても、勇者様の迷惑になってしまうわ。
それに、勇者様はとても危険な戦いをしてるの。
貴女は強くてカッコイイ勇者様達とは違う、小さくてか弱い女の子。
死んでしまうかもしれないわ!!」
予想外のネイの頼みに、俺は直ぐ返事が出来なかった。
俺が固まっている間に、先に復活したネイの両親がネイに視線を合わせ言葉をかける。
真っ青で泣きそうな、慌てきった顔と態度でネイを止めるネイの両親。
ついにはネイの母親が顔を覆い泣きだしてしまった。
「そんな、そんな事になったら・・・
お母さんも、お父さんも・・・
・・・どうしたら・・・・・・・」
「でも・・・でもっ!
わたし、やっぱり許せないよ!
こんな風に自分に都合よく操って、人の心弄んで傷つけて!!
色んなモノ、沢山犠牲にしてっ!!!
絶対、ぜったい、許せない!!!!」
母親の涙を見ても、ネイの魔王に対する怒りは変わらないらしい。
何時から考えていたのか。
ネイのその言葉からは、何を言われても、何が有っても、絶対に変えないと言う。
強く硬い覚悟と、決意が感じ取れた。
それでも辛そうに両親から顔を背けたネイは、真っ直ぐ俺を見て静かに言葉を紡いだ。
「お願い、おにーちゃん。わたしも、連れてって。
わたしも、この世界を救いたいの」
「そうは言いましても・・・」
「それに、やっと家族が元に戻ったんだぜ。
一緒に居なくて良いのか?」
ネイは両親やスタリナ村の奴等を正気に戻そうと、今まで頑張っていたんだ。
それなのに、俺達について行って村を離れるなんって・・・
本当に、ネイはそれで後悔しないのか?
「うん。
おとーさんとおかーさんと離れちゃうのは寂しいよ。
でも、本当の意味でこの世界を救わないと意味が無いんだよ。
同じ事がまた起きちゃうんだよ!」
「まぁ、確かにそうか。
俺達が帰った後、またこの村が絶対魔王に狙われないなんって保障、何処にも無いからな」
田中の言うとおり、またスタリナ村が魔王に狙われる可能性が有る。
その度に俺達が助けに行けばいいんだろうけど、ワープ系の魔法やスキルが無い今の状況じゃ、どう考えても無理なんだよな。
ルチアから聞いた今のローズ国の戦況はかなり悪いし、例えローズ国の兵士達を派遣しても守りきれるかどうか・・・
村を守って兵士たちが無駄死にする可能性だって有るんだ。
そう考えると、仲間を集めて数で有利にしてさっさと魔王を倒した方が早いよな。
「わたしこう見えても、おとーさんの狩りのお手伝いしてるから戦えるんだよ!!
魔法のコントロールだってちゃんと出来てるもん!」
ゴシゴシと少し乱暴に目を擦って、ニッカと笑うネイ。
ネイは自分が戦える事を証明しようとしてるのか、拳を握り何回か何も無い空中に向かってパンチを繰り出した。
「それに、おかーさんのお手伝いもしてるから、料理はまだまだだけど、掃除とか洗濯とかもちゃんとできるし、自分のことは自分でちゃんとやるし、自分の身も守れる。
足手まといには絶対にならないから!!」
何も無い所に向かって可愛らしいパンチやキックを繰り出して戦えるアピールをしていたネイは、今度は家庭的な事もアピールして来た。
自分が使える人材だと必死に俺達にアピールするネイ。
そこまでネイの、世界を、スタリナ村を、救いたいって思いは強いらしい。
「だから、お願い!!!」
「・・・・・・・・・分かった。
一緒に戦おうぜ、ネイ!」
「本当!?やったー!!!」
ネイの熱い思いに当てられ、俺はネイを仲間にすることにした。
俺のその言葉を聞いたネイは、飛び跳ねる様に喜んでいる。
「ただし、俺達の言う事はちゃんと聞く事。
もし俺達がネイを連れて行くのが危ないと思ったら城に置いて行くし、ネイにはこの戦いが厳しいと思ったら村に帰すからな。
分かったか?」
「うん!」
「そうじゃなくても、辛くなったら何時でもスタリナ村に帰って来て良いからな」
「大丈夫!
わたし、強い子だから最後まで頑張る!!」
「・・・・・・本当にいいのですか、勇者様?」
俺がああ言っても、当然ネイを連れて行くのに反対の奴は多いと思う。
ネイの両親なんって特にそうだ。
ルチアもネイを心配してるのか、不安そうに俺にそう聞いてきた。
「まぁ、本当は俺もネイをこの戦いに巻き込む気は無いんだけどな。
でも、今のネイに何言っても納得しなかっただろ?」
「確かにな。
あの様子なら、家出してでも俺達に付いて来てただろうな」
魔王と戦う事がどれだけ厳しくて怖いか。
今のネイはちゃんと分かってない。
ホワホワと甘く考えてるんだ。
だから、ネイが何が何でも付いて来るって言うなら、ネイがある程度俺達の戦いの厳しさを知って諦めるまで一緒に居た方が良いと思ったんだよ。
「変に隠れて付いて来るより、俺達の見える範囲に居て守ってやった方が安全だろ?」
「まぁ、確かに。
ある意味その方があの子にとっては良いかもな」
嬉しそうに旅の準備をしてくると家に走っていったネイを見送り、俺はルチアと田中、それと残ってもらったネイの両親にそう伝えた。
今のネイに諦めるって選択肢は無い。
無理矢理置いてきても心底納得できなかったネイが暴走して、変な方向に走らないとも限らないだろ?
例えば隠れて付いて来て、魔物や魔族と戦っている最中に急に飛び出してきたら逆に危険だ。
だったらいっそうの事、って思ってネイを仲間にする事にした。
「そう言う事でしたら・・・・・・
申し訳ありません、勇者様。
暫くの間、娘をよろしくお願いします」
「大丈夫だって!
ネイの事もちゃんと守るから。
安心してくれよな!!」
「はい、勇者様。
あの子は私達のたった1人の宝なんです。
どうか。どうか、あの子をお願いします」
「ドーンと、任せておけって!!」
そんな話をしていると皮と金属で出来た手袋をして、小さな女の子が持つには地味過ぎるポシェットを掛けたネイが戻って来た。
ポシェットの色や触り心地は、田中のショルダーバックと全く同じ物。
確かルチアが田中のショルダーバックの表の布は、駆け出し冒険者でも倒せるダーネアって言う魔物の糸で出来ているって言ってたな。
俺達は行った事無いけど、アーサーベルの街中にあるダンジョン、地下水道に大量に住み着いてるって。
簡単に倒せて素材も大量に手に入るから、ダーネアの糸や布でできた物はローズ国では結構あるらしい。
だから、ネイのポシェットはそのダーネアの布だけで出来てるんだろうな。
「お待たせ、おにいちゃん」
「荷物はそのポシェットだけか?」
「うん。おとーさんに誕生日に買ってもらったの!
冒険者さんたちと同じ様に空間結晶使ってるから、何でも入るんだ!!」
ちゃんとカバンの中に着替えとか入れてきたから大丈夫!!
と、元気良く言うネイ。
小さな見た目に反して、駆け出し冒険者達が使うカバン位には使いやすい物みたいだ。
それにしても、ネイの父親は何考えてるんだ?
娘の誕生日にプレゼントするなら、もっと女の子らしい物を送ってやれば良いのに。
まぁ、ネイ本人が気に入ってるみたいだから良いんだけど。
「そうだ、勇者様。
こんな物しか用意出来ませんでしたが、今回のお礼にどうぞこちらを」
「良いのか?」
「はい。我が村で作った野菜や果物です。
勇者様方のお口に合うかどうか分かりませんが、是非持っていってください」
そう言って村長が渡してきたのは、2つの籠いっぱいに盛られた見たことも無い野菜と果物。
どれも瑞々しくて美味しそうだ。
「じゃあ、おとーさん、おかーさん。
いってきます!!」
「あぁ、いってらっしゃい。
頑張り過ぎなくて良いからな。
体には気をつけるんだぞ」
「いってらっしゃい、ネイ。
無理はしちゃだめよ。
本当に辛かったら帰って来て良いからね?」
「うん!大丈夫、心配しないで!!
いってきまーすっ!!」
不安そうに見送る両親やスタリナ村の人達に、元気良く手を振るネイ。
そんなネイを連れ、お礼の野菜と果物を持った俺達は村を後にした。




