16,灰紫は変わらず村を覆う 前編
俺達と別れてそのままずっと外で俺達を待っていたのか。
村が見える位まで山を下りると、ネイが他に誰も居ない祭壇がある広場で待っているのが見えた。
角度と距離の問題で、はっきりと顔が見えたわけじゃない。
けど、1つに編んだ腰よりも長い白髪と、その髪を止める中心だけ灰色をした赤い花の大きな髪飾り。
あのかなり目立つ白髪と髪飾りをした後姿は、間違いなくネイだ。
その少し斜めになった後姿から他に分かるのは、祈るように胸の中心辺りに手を重ねてる事位か。
ネイが見ている方には何件か家が建ってるから、あの家のどれかがネイの家なんだろうな。
「ネイ!!」
「っ!お帰り、おにーちゃん」
操られた両親が心配で、俺達を待ちながらずっと見ていたのかもしれない。
そう思った俺は、早く無事にフェノゼリー達を倒した事を知らせる為に、大声でネイの名前を呼んだ。
突然後ろから名前を呼ばれて驚いたんだろう。
ネイは少しの間固まった後、アワアワとした動きで振り返ってきた。
名前を呼んだのが俺だって分かってホッとしたのか、お帰りと言いながら走りよってくるネイ。
俺達も完全に山を下りて村に入った。
「・・・・・・あの魔物、倒しちゃったんだよね?」
「おう!フェノゼリーは全部、俺達でバッチリ倒してきたぜ!
これでもう、この村が魔物に支配されることはないからな」
「そう・・・でも、みんな、まだ変なままなの。
本当に、あの魔物が、ま、まおうがこんな事したの?」
ネイが一度家の方を見てから不安そうに目を細めて、首をかしげるように見上げながらそう聞いて来る。
俺達がフェノゼリー達を倒して来ても、両親や村の奴等が元に戻っていないってなったら、そりゃあ当然不安にもなるよな。
そんなドンドン泣きそうになっていくネイに、俺はこれからスタリナ村を操っている魔法道具を壊す事を伝えた。
「あぁ。ルチアが言ってたんだけどさ。
これがこの村を操っていた魔法道具なんだけど、村の中で壊さないと意味がないらしい」
「そっ!・・・・・・うなんだ・・・・」
ネイの様子を見るに、ネイも魔法道具の事は詳しく知らなかったみたいだ。
その事で驚いて思っている以上に大きな声が出たみたいで、恥ずかしくなったのか、ダンダン声が小さくなっていった。
声が小さくなるにつれ、恥かしさで赤くなった顔を隠くす様にうつむいてプルプルと震えてもいる。
「えぇ、そうですよ。
・・・・・・勇者様、あの広場の中心で壊すのが1番安全です」
「中心って言うと、祭壇がある場所か。よしっ!!」
ルチアが優しい笑顔でネイに答え、その後ゆっくり辺りを見回し広場を指差してそう言う。
それを聞いた俺は、祭壇の上に人形を置いて人形ごと祭壇も粉々に壊した。
魔王を祭るこの祭壇も、この村にはもう必要ない。
こんなもん残しても、ネイ達の不安をあおるだけだ。
「田中、火!」
「はいはい。『フレイム』」
完全に祭壇と人形を消し去る為に、田中に燃やしてもらう。
燃え尽きた後の灰は、念のために1度水をかけてから、『ウィンド』を使って山に捨てた。
そうやって俺達が後片付けしていると、ガヤガヤと各家から村人達が出て来る。
最初会った時とは正反対の、正気の人間らしい光の宿った目で辺りを見回しながら広場に集まってくる村人達。
その視線がダンダン、広場の中心に居る俺達に集まってくる。
「ネイ?」
「おとーさん!おかーさん!!」
その集まった村人の中には、当然ネイの両親も居た。
操られていた間の記憶が全くないのか、ネイの父親が不思議そうにネイに声を掛ける。
ずっと魔王を呼んでいたあのメリハリの無い声じゃなく、優しく柔らかい感情のこもった温かい声。
その声で名前を呼ばれたネイは、嬉しそうにポロポロ涙を零しながら走って勢い良く母親の腰に抱きついた。
「ヒクッ・・・
よか・・・よかったよー・・・・・・
おーとうさん・・・あかーさん・・・」
「どうしたの?今日は何時もより甘えん坊ね」
「・・・うん・・・ヴん・・・」
娘の小さな体を受け止めた母親は少し不思議そうに。
でも自分の娘に何か有った事は何となく分かっているのか、優しくネイの頭を撫でながらそう言う。
そんな、村が操られている間全く受けれなかった母親の愛情に、ネイは抱きつく力を強め涙にかれた声で何度も頷いた。
「あの、あなた方は・・・?」
「あー、俺達は・・・」
「此方に居られる方達こそ、私達の希望。勇者様です!!」
ネイ一家を見守っていた俺達に、村長らしい杖をついた爺さんが声を掛けて来た。
やっぱ自分で勇者って名乗るのは少し恥ずかしいんだよ。
だからどう答えようか悩んでいると、ルチアが俺と田中を手で指し示しめしながらそう言った。
その言葉を聞いた村人達が、ザワザワと驚きと喜びが混じった声を上げる。
「まさか、勇者様がこんな辺ぴな村に来てくださるとは・・・
もしかして、昔出した盗賊団の依頼を?」
「まぁ、そうだったんだけど・・・」
「なんと!!あぁ、ありがとうございます勇者様!!」
感動したみたいに声をあげ、嬉しそうに涙を流しながら深々と頭を下げる村長。
俺が思っていた以上にこの村は、盗賊団に脅かされていたんだな。
「どれほど長い間、あの盗賊団を懲らしめてくれる方を待っていたことか」
あんな少ない報酬の依頼を受けてくれる様な、駆け出しの冒険者じゃ、誰もあの盗賊団に敵わなかった。
何時しか、この村に冒険者が来る事もなくなって、それでもいつかは助けが来ると、慰めあって待ち続けたスタリナ村の人達。
ようやく来た助けに、たまらず泣き出す人も居た。
「もうこの村も終わりだと、諦めていた所だったのです」
「あー、いや。実は、俺達が来るよりも前に盗賊団は壊滅してたんだよ」
「本当ですか!?あの強い盗賊団に一体何が・・・」
「・・・・・・皆さんは何処まで覚えて・・・
いや。フェノゼリーの事は知っていますか?」
何か考え込んでいた田中が、魔王とその手下のフェノゼリーに操られていた事を覚えているか村人達に聞いた。
村人達は元々フェノゼリー自体を知らなかったのか、名前を聞いても首を傾げるだけ。
村人達はしばらくの間近くの人同士で話し込んでいたけど、ある程度話がまとまったのか不安そうな村人達を代表して村長が答えた。
「いえ。そんなモノ、知っている者も居ませんし聞いたこともありません。それが何か?」
「フェノゼリーは魔王の手下の魔物なんだ。
覚えてないかも知れないけど、何日か前からネイ以外のこの村の人達は、そのフェノゼリーに操られていたんだ。
盗賊団もそのフェノゼリーにやられていた」
今日あった事をかいつまんで説明していると、ダンダン村人達の顔が青くなっていく。
中には震えて泣きだす人も居て、自分達が気づかない内に恐ろしい目にあっていた事を理解できたようだ。
ネイの両親も自分の娘に何が有ったのか分かって、血の気がなくなった顔で震えながらも必死に、唯一無事だったネイを守るように強く強く抱きしめている。
「そ、その様な事がこの村で・・・」
「そう・・・そうだ!!
あの、あの魔物だ・・・誰か覚えていないか!!?
急に現れたあの緑色の魔物!!」
「あぁ、覚えてる!
あんな恐ろしい事、一生忘れるものか!!
変な人形を持った魔物が広場に現れて、逃げていたらいつの間にか家に居て・・・・・・」
「あの恐ろしい魔物がフェノゼリー?
・・・・・・あっ!そう言えば、あの魔物、現れた時血だらけじゃなかった?
まさか、あれって盗賊団の返り血で・・・・・・」
村人の1人が興奮した様な大声で、周りにそう尋ねる。
操られていた間の事は覚えていないけど、フェノゼリーが最初にこの村に現れた時の事はほとんどの村人が覚えていたようだ。
最初の尋ねた村人から広がるように、フェノゼリーが現れた時の事を確認しあう為にか口にしていく。
「ネイ、お前だけでも無事でよかった。
良く、良く勇者様を呼んできてくれた!」
「辛い思いさせてごめんね、ネイ。
お父さんの言うとおり、本当に良く頑張ったわ」
「うん!!」
両親に褒められネイは、少し照れくさそうな嬉しそうな顔で頷いた。
そんなネイとは正反対に、自分達の不甲斐なさが許せないのか。
ネイの両親は泣きそうな辛い表情をしている。
「まぁ、フェノゼリーは俺達で倒したからさ。
心配しなくても、もう大丈夫だぜ!」
「ありがとうございます、勇者様。
もしあのまま勇者様方が来て下さらなかったらと思うと、生きた心地がしませ。
本当の本当に、ありがとうございます」
「い、いやぁ・・・」
泣きながらお礼を言って来る村人達。
その村人達の態度に、何か急にはずかしくなってきた。
人として正しい事をしただけだけど、やっぱりちょっと慣れない。
「俺達は人として当然の事をしたまでだ!
そこまで気にしなくても良いんだぜ?」
「おぉ!!なんと心の広いお言葉!!
流石勇者様です!」
「やっぱ、勇者様は違うわね。
こんな素敵な勇者様達なら間違いなく世界を平和にしてくれるわ!!」
「当たり前だろ!
強くて優しい勇者様達なら、直ぐに魔王を倒してくれるさ!!」
口々に俺達を褒める村人達。
村人達のキラキラした目を見れば、純粋に凄いって思ってくれるのが分かる。
世辞でいってる訳じゃ無いって分かるからこそ、すっごく嬉しいしやる気も更に出るってもんだ。




