15,フェノゼリー 後編
「ルチアがまだ無理なら、せめてフェノゼリーを動けないようにしないと・・・・・・
って、なんだなんだ!!?」
『ライズ』で強化して上手くタイミングを掴めれば、アキレス腱を切って動けなくさせたり、1番柔らかそうな鼻にナイフを当てれるかもしれない。
そう思って小フェノゼリーと睨み合っていると、地面に倒れたままの大フェノゼリーが小フェノゼリーに向かって1声吠えた。
その鳴き声を聞いてどう言う事か、小フェノゼリーが弾かれたようにアジトの中に逃げていく。
そして今度は大フェノゼリーがヨロヨロと立ち上がり、まだ血が流れ続ける先の無い腕も使って威嚇のポーズをして、俺に向かって何度も吠え始めた。
中フェノゼリーも這いずって大フェノゼリーの近くに来て吠えてるし。
2匹の鳴き声がうるさすぎて頭が割れそうだ。
「う、るっさ!!
・・・あっ!!アイツ、まさか!!!」
大中フェノゼリーの鳴き声に思わず耳を塞いで耐えていると、アジトから何かを抱えた小フェノゼリーが飛び出して来た。
小フェノゼリーはそのまま、山の更に奥に向かって猛スピードで走り去っていく。
あの小フェノゼリーが抱えていた物。
ハッキリ見えたわけじゃなかったけど、この状況でフェノゼリー達が持ち出したい物なんって1つしかない。
あれが魔王がフェノゼリーに渡した、スタリナ村の人達を操っている魔法道具だ!
「こ、の!!!待ちやがれっ!!」
小フェノゼリーを慌てて追いかけようとした途端、腕から溢れる血を撒き散らし大フェノゼリーが襲ってきた。
何度か『ライズ』を使って大フェノゼリーの爪を避けたり、石のナイフで受け流したりしつつ、這いつくばったまま俺の足に噛み付こうとする中フェノゼリーの攻撃も、ステップを踏むようにヒラリとかわす。
大フェノゼリーも中フェノゼリーも、俺の攻撃で何時死んでも可笑しく無い大量の血を流し続けていた。
それなのに、そんな怪我最初からしていない、とでも言いそうな勢いで休まず襲ってくる。
特に大フェノゼリーなんって、弱い攻撃が後一撃でも当たれば倒せそうなほど瀕死の状態だ。
血の流しすぎで焦点が合わないのか、まともに俺の姿を見ることすら出来なくて、『ライズ』を使わなくても簡単にかわせる大振りの攻撃しか出せていない。
それでも残ったフェノゼリー達は、俺達が小フェノゼリーを追いかけない様に必死だった。
魔王に作られ魔王の命令を聞くだけの存在でも、こんな状態になっても魔王の命令を守ろうとする姿は流石に哀れでしかない。
敵だけど思わず同情してしまうほどだ。
「・・・かわいそうに」
思わずその言葉が出て来た。
やっぱ魔物や魔族は1撃で倒さないと。
それは俺達が楽だって事だけじゃなくて、魔王に心身共に支配された魔物や魔族を救ってやるって意味でもだ。
人間にとって害悪でしかないから、生かしてやることは出来ない。
もしここで俺達が見逃して、魔物や魔族が魔王に植え付けられた本能に負けてまた人を襲いだす可能性は幾らでも有る。
けど逆に、生き延びた魔族や魔物が改心して、もう一生人間を襲わないって保証は何処にもないんだ。
魔物を倒すのに慣れていなかった、この世界に召喚されて直ぐの頃。
あの頃は魔王を殺さずに倒して、何とか改心させて魔物や魔族が人間を襲わないように出来ないか?
なんって考えていたけど、でもそれは不可能なんだ。
さっきも言われたけど、ルチアや先代勇者、王様、俺達に救いを求めてきた街の人達。
今まで出会ってきた人達に、何度も何度も言われてきたじゃないか。
魔王も魔族も魔物も、全部俺達や普通の動物とは根っこの部分から違う存在だって。
どうやっても仲良くは出来ない、『悪』の存在。
そんな存在だからこそ、せめて痛みを感じないような1撃で殺してやるのが、唯一俺達に出来る『優しさ』って奴だ。
「勇者様!!」
「ッ!『ライズ』!!」
ルチアに呼ばれて直ぐ、ルチアの歌声が聞こえて来た。
その歌声を頭が認識するのとほぼ同時。
反射的に『クリエイト』で石のナイフを剣に作り直した。
そのまま深く考えるよりも先に『ライズ』を使って自分を強化して、流れるように大中フェノゼリーの首を切り落とす。
大フェノゼリーの鬼の様な恐ろしく醜い顔が、ポーンと跳ねて地面に落ちてコロコロと転がり、木にぶつかって止まった。
頭が止まるとほぼ同時に、大きな音を立てながら糸の切れたマリオネットの様に中フェノゼリーの上に崩れる体と、頭が飛んだ首から泉の様に溢れだす赤黒い血。
2匹のフェノゼリーの血が混じった水溜りが出来る頃に、俺と田中のスマホが鳴る。
何時もの事だとスマホを確認せず、足元に落ちているフェノゼリーの『ドロップ』アイテムの爪と毛皮を鞄にしまいながら、田中の方を見た。
何かが焦げた臭いで予想はしていたけど、そこには火柱に包まれボロボロと崩れる小フェノゼリーだったモノ。
そして自分が倒した小フェノゼリーには見向きもせず、『ドロップ』アイテム片手に木からフワリと降りてくる田中の姿が目に入った。
「逃げたフェノゼリーは?」
「真っ直ぐ逃げているなら、この先だ。
その前に田中、あの火柱は消してけよ。
周りに燃え移ったらどうするんだ」
「分かってる。『キャンセル』、『フレイム』」
田中が火柱を見ながらそう言うと、パシュッと言う何かが割れるような小さな音と共に火柱が消える。
残ったのは小フェノゼリーだった粉々の炭の塊。
田中が新しく作った、魔法を消せる魔法『キャンセル』。
田中の視界に入った魔法は、『キャンセル』と言った後にその魔法の名前を言われると、自分が出した魔法でも他人が使った魔法でもどんな魔法でも消えてしまう。
田中が見えない遠い所とかで使われたり、魔法の名前が分からなかったりすると使えないって制限はあるけど、うまく使えば色々便利な魔法だ。
「まだそんなに経っていませんから、そこまで遠くに行っていないはずです!
急ぎましょう、勇者様方!!」
「あぁ!!あ、そうだ!
田中、空からあのフェノゼリー見つけられないか?」
「空から?
・・・そうだな、やってみるか。
『ウィンド』!!」
『ウィンド』を使って、風船みたいにアジトの木よりも高く浮かぶ田中。
キョロキョロと遠くの方を見回していた田中が、直ぐに俺達が向かおうとしていた方を見て叫んだ。
「見つけた!そのまま真っ直ぐ進め!!
左の方の草むら近くで蹲っている!!」
「分かった!!行くぞ、ルチア!!」
「はい、勇者様!!」
草むらで蹲ってるなら、きっと魔法道具を隠してるに違いない!
見つけられなくなる前に、さっさと見つけて壊さないと!!
「居た!!『ライズ』ッ!!」
消えないように握ったままの石の剣を構え、俺達の足音に気づいて振り返った小フェノゼリーにそのまま突っ込んだ。
だけど、ルチアの魔法のサポートがない『ライズ』は、最悪のタイミング。
ちょうどギリギリ体が触れそうな、小フェノゼリーの直ぐ目の前で切れてしまった。
そのせいで俺の剣は、狙い通りに小フェノゼリーの体を貫く事が出来なくて。
悔しい事に右手の爪で簡単にガードされてしまった。
「ルチア!『クラング』の準備!!」
「はい!」
ルチアにそう言いつつ、体制を整えるために距離をとった俺に対し、振り向いて威嚇する小フェノゼリー。
その左腕には横抱きにする様に、デッサン人形のような不気味な人形が抱かれていた。
その人形が着てるのは、デッサン人形には似合わない、女の子が好みそうな可愛いデザインの袖の無いワンピース。
ツルッパゲの丸い顔には目と口を現しているのか、逆三角形を作るように3つの丸い穴が空いている。
そのアンバランスさが人形の不気味さを更に増していて、誰が見ても分かる位には呪われたアイテムだって激しく主張していた。
「どっからどう見ても、あの人形がスタリナ村を操ってる魔法道具だろ」
「なら、アレを壊せば良いんだな。お前等、用意は?」
「勿論、大丈夫に決まってるだろ」
近くに下りてきた田中が聞いて来る。
それに対し笑って答える俺と、『クラング』の魔方陣を書き終え頷くルチア。
「しくじるなよ」
「それは俺のセリフだ。
『フレイム』、『ウォーター』、
『グレシャー』!!」
ルチアの歌が始まると同時に田中が火と水、氷の魔法で小フェノゼリーの目の前に濃い霧を作り出した。
急に出てきた霧に驚いているのか。
小フェノゼリーはギャーギャー吠えまくりながら、左腕に抱えた人形を落とさないように、右手だけを激しく振って霧を消そうとしている。
だけど自然にできた霧と違って、その腕から生みだされる風でも中々消えない霧に苦戦してるみたいだ。
「『ウォーター』!」
そんな小フェノゼリーを気にする事無く、田中は小フェノゼリーの顔擦れ擦れに威力の弱い『ウォーター』で作り出した水の弾丸を何発も撃った。
傍から見れば田中も霧のせいで小フェノゼリーの姿が見えなくて、滅茶苦茶に『ウォーター』を放っているように見える。
でも本当は、小フェノゼリーの注意を引くためにやってるんだ。
霧が発生したと同時に田中の『ウィンド』でかなり高い、小フェノゼリーの真上に移動した俺。
その俺を小フェノゼリーに気づかせない為の囮だ。
それにしても、田中も結構魔法を使うのに慣れてきたんだな。
ほんの少し前までは同時に2つの魔法を操る事なんてできなかった。
けど今は、俺に掛けた『ウィンド』を操作しながら『ウォーター』を放っている。
まぁ、でも、俺に掛けた『ウィンド』を操作するのに殆ど集中しているから、『ウォーター』の威力はかなり弱いし命中率も最悪だ。
それに田中の集中力が持たないから、何回も出来るわけじゃない。
だからこそ、この1回で必ず成功させないと。
石の剣は念の為に作り直したし、間違いなく呪文を言えるように喉も口も潤っている。
小フェノゼリーの真上に居る俺の準備はちゃんと整った。
そして、タイミングを見計らって俺を見上げた田中と視線が合う。
「・・・『キャンセル』、『ウィンド』!!」
「『ライズ』ッ!!!」
俺を飛ばしていた『ウィンド』の効果が消え、俺は重力にしたがってますっぐ小フェノゼリーに向かって落ちた。
落ちると同時に『ライズ』で強化して、前転する様に丸まって石の剣を構えた俺は回転しながら落ちる。
今の俺はチェーンソーの様な物。
小フェノゼリーの頭に石の剣が当たり、回転しながら落ちた勢いも合わさって小フェノゼリーは縦に真っ二つ。
強化された『アクア』で返り血を洗い流す頃には、小フェノゼリーの『ドロップ』アイテムが現れていた。
「・・・後はこの魔法道具を壊せば終わりだな」
「あ、待って下さい勇者様。
念の為に村に戻ってから壊しましょう」
「え?何でだ?」
「こう言う他者を操る魔法道具の中には、操ったものの近くで解除したり壊さないと意味が無い物も有ります」
そう言って、慌てて俺を止めるルチア。
そのまま俺の腕を握り、少し上目遣いの真剣な目で俺の見る。
「もしここで壊したら、スタリナ村のもの達は一生魔王に操られたままになるかも知れません」
「そうなのか?」
「はい」
まぁ、ルチアがそう言うならそうなんだろうな。
ルチアにそう言われ、俺は地面に投げだされた人形の丸い手の先を摘むようにを拾い上げた。
「うぇ・・・・・・本当、不気味な人形だぜ」
近くで見た人形は、思っていた以上に汚かった。
小フェノゼリーの血を吸って重くなった服は、パッチワークの様に元からボロボロの布を何枚も繋いで作られている。
服から出た腕や顔は、俺達との戦闘以前から汚れていたみたいで。
落ちた時に着いた土や草の汁の真新しい汚れの他に、古い傷やシミが混じっていた。
まさにホラゲに出てきそうな、人の恐怖心と薄気味悪さを強くする様な見た目だ。
「早く村に戻ろうぜ」
「はい、勇者様」
「村は・・・こっちの方だな」




