13,元盗賊団のアジトにて
「お待たせ。フェノゼリーは?」
「あそこだ」
「まだ巣には着かないんだな」
「はい」
急いでルチア達を追いかけると、山の奥に続く獣道をゆっくり進むフェノゼリーが見えた。
もう少し近づくと、その数m後ろの木に隠れながら進むルチアと田中の姿。
フェノゼリーにバレない様に出来るだけ音を殺して2人の側へ。
「・・・もしかして、フェノゼリーはあの木に向かってるのか?」
「このまま行けばそうだろうな」
山を登っている間、獣道の先に他の木より何十倍も高い、巨大な木の頭が見えた。
どうもあの巨大な木がフェノゼリーの巣みたいで、フェノゼリーは一切寄り道なんかせず、巨大な木に向かっている。
もう少しフェノゼリーを追いかけて進むと、巨大な木の根元が見えてきた。
蛸の足の様に何本もある、巨大な木を支えるのに相応しい太い根っこ。
ほとんどの根っこと一緒に下の土が盛り上がって、そこに大きな穴が1つ。
ポッカリ開いて洞窟になっているみたいだ。
その洞窟の入り口にはギリギリくっついている状態の、大きな爪か剣なんかで切り裂かれた様な壊れ方をした木の扉。
入り口の周りや隣の土の壁には壊れているけど幾つか窓っぽい木で出来たフレームも着いている。
巨大な木の上や周りには、石や木で出来たツリーハウスや、上の目立つ所に飾られた1枚の大きな旗。
大きさや形がバラバラの木の枝をロープで結んで作ったはしごも着いていて、明らかに人間の手が入っているのが分かった。
「あれがフェノゼリーの巣?明らかに人間が作ったものだろ、あれ」
「いえ、あれは・・・
あの旗のマークは・・・・・・
間違いありません。あれは、件の盗賊団のマーク。
ここはブラント盗賊団のアジトです、勇者様!」
風に揺れる旗には、小さな雪の結晶の様なのの下に、持つところが交差したハンドベルが描かれたマークがついていた。
確かにそれは、依頼書に書かれた盗賊団のリーダーの刺青と同じもの。
ルチアの言うとおり、ここが俺達が探していた盗賊団のアジトで間違いないだろう。
だけど盗賊団のアジトは見つけたのに、肝心の盗賊団の姿が何処にも無かった。
周りにも人間所か、フェノゼリー以外の生き物の姿が全く見当たらない。
それなのに微かにだけど、魔物には出せない臭いがアジトの方から漂ってくる。
雨に濡れた草と獣の臭いが混じったフェノゼリーの臭いに混じった、何かが燃えたような煙っぽい焦げ臭さと、人の血の様な鉄の臭い。
今は誰も居ないけど、少し前まで人間が居たのは確かなようだ。
「何だ。俺達が来る前に盗賊団はフェノゼリーにやられてたのか」
「そうみたいですね。
恐らく盗賊団員は皆、スタリナ村が魔王の手に掛かった時には、既にフェノゼリーに食べられていたのではないでしょうか」
「フェノゼリーは人を食べるのか!?
・・・・・・やっぱコカトリスの時みたいに、名前が同じでも俺達の世界のモンスターとはだいぶ違うんだな」
「そうなのか?」
ほとんど正反対と言ってもいい、と言う田中。
俺は初めて聞いたけど、俺達の世界のフェノゼリーはイギリスとアイルランドの間にあるマン島って島に伝わる妖精らしい。
簡単に言うと、ファンタジー物のゲームや小説にも結構登場する、お手伝い妖精のブラウニーの仲間。
「力持ちの働き者で、食べ物や飲み物を報酬に、人間が運べない様なすっごく思い石を運んだり、すっごい速さで草を刈ったり。
そうやって島の人達を助けて一緒に働くんだ」
「へぇ。本当、あのフェノゼリーとは違うモンスターなんだな」
「モンスターじゃなくて、妖精って言え。妖精って。
この世界のフェノゼリーと一緒にするなよな。
俺達の世界のフェノゼリーは良い妖精なんだから」
1度へそを曲げると2度と人前に出てこない、なんってめんどくさい所もあるらしい。
けどそう言う所も含めて、人間を襲って食っちまわないだけでも、俺達の世界のフェノゼリーが良い奴なのは確かだ。
これだけの話でも田中の言うとおり、目の前のフェノゼリーとは正反対だって事がよく分かった。
「似ているのは毛むくじゃらの不細工な姿をしている事くらいじゃないか?
後は草も簡単に刈れそうな爪を持っている事位か」
「じゃぁ、似てるのは見た目だけか。
本っ当に残念だけど、この世界のフェノゼリーは人間を助けるどころか襲うんだよな」
「はい。魔王が作り出した生きた兵器と言ってもいい魔物の1種ですから当然。
この世界のフェノゼリーは魔王が決めた本能のまま、人間を簡単に食べてしまいます。
勇者様方の世界のフェノゼリーとは全く違う存在です」
緊張してるのか固い顔で頷くルチア。
狩った獲物の骨も内臓も残さずペロリと食べるフェノゼリーは人間が大好物で、まるで1度人の味を知った熊の様に、魔物らしく積極的に人を襲うそうだ。
それ以前にどの魔物も魔族もそうらしいけど、自分たちを作った魔王が止めなければ積極的に人間を襲う様になっている。
魔物や魔族にとってそれは、人の眠いとかお腹すいたとか。
そういう生きていく為に必要な、根元にある欲望と同じで、理性で止めきれるモノじゃないらしい。
スタリナ村の人達がフェノゼリーに食われなかったのは、魔王が食うなって命令したから。
そうじゃなきゃとっくの昔にネイ達は、1人残らず食べられていた。
盗賊団の姿が1人も見えないって事は、全員フェノゼリーの腹ん中で間違いないよな。
人の物盗んで迷惑掛けた悪い奴等だからこうなったのは自行自得だって思うけど、何かモヤモヤする。
俺達がもう少し早く依頼を受けていたら、盗賊団はフェノゼリーに食われずにすんだかもそれない。
それで、生きて捕まえられて反省させられて、別の生き方を教えてやる事も出来たんじゃないか?
「盗賊団のことは、仕方ありません。
こんな形で終わってしまった事は非常に残念ですが、これ以上盗賊団の被害が出ないだけ良いのではないでしょうか?」
「そう、だな。
せめてもの敵討ちって訳じゃないけどさ。
フェノゼリーを完全に倒してやれば盗賊団の奴等も浮かばれるよな」
苦虫を潰したような微妙な顔で言うルチア。
そんなルチアに頷き返し、
「こんな危険な魔物、なおさら生かしておけねえぜ!!」
と、決意を新たに、もう1度改めてフェノゼリーを見る。
巨大な木の手前で立ち止まって、警戒するようにキョロキョロと辺りを見回すフェノゼリー。
少し長めに辺りを見回していたフェノゼリーは、ようやく納得したのか壊れた扉に近づいて行った。
「今なら、行けるか?」
「待て。入り口の奥、何か動いてないか?」
「え?」
壊れた扉の奥でのろのろと闇が動く。
光が届かないせいで毛が黒く見えただけで、動く闇の正体は俺達が追いかけていたフェノゼリーよりも小柄なフェノゼリーだった。
追いかけていたフェノゼリーの子供なのか。
出て来たフェノゼリーは追いかけていたフェノゼリーに向かって、甘えるように頭をこすり付けキュルキュルと嬉しそうな甘えた鳴き声を上げている。
追いかけていたフェノゼリーもその鳴き声に答えるように、見た目を大きく裏切る優しく穏やかな鳴き声を出していた。
「ただいま」
「お帰り!」
って言ってるのか。
2匹のフェノゼリーの間には温かい家族の光景が思い浮かぶような、そんな穏やかな雰囲気が流れていた。
子供が喜ぶだろうとちょっとしたお土産を買って帰って来た親と、
寂しいのを我慢して待っていて、ようやく親が帰って来て喜ぶ子供。
フェノゼリーの笑った様に崩れた顔は、今まで以上に不気味で気持ち悪いのに、言葉や表情が分からなくてもフェノゼリー達が幸せそうなのがハッキリと分かった。
その位極々普通の、誰もが見ただけで分かる位幸せな光景。
「勇者様、惑わされないで下さい」
「・・・・・・ルチア・・・」
「勇者様も分かっているとは思います。
でも、何度でも言わせてください」
魔物なのに普通の動物みたいな行動を、極々自然にするフェノゼリー達の姿にドキっとする。
本っ当、魔物のこう言う行動は、数え切れない位何回も魔物を倒してきた今でも慣れない。
流石に最初の頃みたいに顔にハッキリ表れている訳じゃないとは思うけど、ルチアには俺がフェノゼリーの行動を見て動揺していることが分かったんだな。
ルチアが何時も以上に真剣な表情と声でそう言ってきた。
「あんな風に魔物が動物の様な行動をするのは、勇者様の優しさに付け入れるためです。
勇者様方が魔物を倒すのを躊躇うようにする為なんです!!
魔物も魔族も、魔王に作られた存在。
私達の様に仲間を思う心は存在しないのです!」
「分かってる。分かってるさ。
・・・けど。けど、な。
やっぱ、まだ、慣れるのにはまだ時間が欲しいんだ・・・」
「・・・勇者様はやはり、お優しい方ですね」
天使の様に優しく微笑むルチアに苦笑いで返す。
魔王の罠だって分かってるけど、魔物がああいう事する度に何時も思ってしまうんだ。
何で・・・・・・
何で、人にとって悪でしかない魔物が、そんな幸せそうな雰囲気漂わせてるんだよ!!
って。
魔王の命令を聞くだけの危険な魔物が、
人を傷つけるだけの敵が、
魔王に作られたロボットみたいな心が無い奴等がっ!!
そんな普通の動物みたいな事するなよ!!!!
って。
何時もそうだ。
あぁ言う魔物の姿を見るたびに、
本当に酷い事を、
悪い事をしているのは、
俺達の方なんじゃないかって。
どうしようもなく不安になる。
皆の期待と希望を背負った勇者らしくない。
暗くて弱気な自分が出てきて、目の前が真っ暗になるようなグラグラする感じがして。
上手く息すら出来なくなるような、重くて、苦しくて、自分がちゃんと立っているのかすら分からなくなるような、そんな感じがフッとした瞬間現れる。
ずっと何とか外に出ないようにしてるけど、こんな時は認めちゃいけない裏の俺が叫ぶ言葉と共に、舌打ちが出そうになるんだ。
「・・・あっ」
今もフェノゼリー達の行動になんかこう・・・・・・
冷たいようなモヤモヤした物がこみ上げてきて、押さえきれずに思わず舌打ちが出そうになる。
でも出かかった舌打ちは、出て来たフェノゼリーと目が合っている事に気づいて何処かに消えてしまった。
お互いに目が合ったと意識した瞬間。
出て来たフェノゼリーが甘えた鳴き声とは正反対の、
グゥルアアアア!!
って感じの、甲高く不気味な鳴き声を上げた。
その鳴き声で、追いかけていたフェノゼリーも俺達に気づいたようだ。
持っていた籠を放り出して威嚇するように、木の陰に隠れた俺達に向かって吠えた。
醜い顔を限界まで釣り上げ更に醜くして、ヨダレが糸を引く口裂け女の様な口をアゴが外れそうなくらい大きく開ける。
そんな魔物らしさが増した邪悪な顔で、両手を広げ仁王立ちして何度も鳴く2匹のフェノゼリー。
その、
「うるさい!!」
って、怒鳴りたくなる位耳障りな鳴き声は、仲間を呼ぶためのもんだったらしい。
厄介な事に元々居たフェノゼリーよりも更に小さな、2匹のフェノゼリーがまたアジトの奥から出て来た。
「チッ!バレタなら仕方ない!!行くぞ!!!
田中は今来た2匹!
ルチアは何時もどおり、サポート頼む!!」
「あぁ」
「はい、勇者様!!」
どうにも心の中から消えないモヤモヤを、無理矢理にも消し去る為にそう叫ぶ様に言う。
それと同時に俺は、『クリエイト』で木の剣を作り直し、大きいフェノゼリー2匹に向かって走り出した。
 




