12,灰色の村 後編
「とりあえず俺達で周り探してみるから、落ち着いたら教えてくれよ!」
「・・・・・・」
もう1度ネイが頷いたのを見てから、俺は辺りを見回した。
今まで通ってきた所には、魔族が隠れられそうな所は無かったはず。
まだ見てない家も、今までの家とほとんど同じ。
なんかこう言う時の小ボスみたいな魔族って、他の家より豪華な家に居るイメージがあるんだよな。
自分は偉いんだぞーって。
あとは・・・
魔物なら村近くの洞窟とかか?
そう思って回りの山を見渡す。
此処からだと洞窟とかは見えないな。
「ん?んん?なんだあれ?」
「高橋、今度は何だ!?」
「あの山の斜面、何か草の塊が転がって来てないか?」
俺達が来た道の左斜め正面辺りの緩やかな斜面。
背の低い植物が植わった段々畑の上らへんを、他の草よりも濃い緑色の塊が、猛スピードで転がる様に落ちて着てるのが見えた。
まだ遠くて草の塊にしか見えないけど、動きが何か変。
時々木とか建物とか避けて、まるで熊とかの大きな動物が斜面を滑り降りているようだ。
「あれは・・・・・・フェノゼリー!?
大変です、勇者様!!
あれは魔物です!魔物が村に向かっています!!!」
「なんだって!?
じゃあ、アイツが此処の人たちを操っている魔物なのか!!?」
ドンドン近づいてくるフェノゼリーって魔物。
今此処でこの村に来たって事は、アイツが魔王の代わりに村人達を操っている魔物なんだろうな。
「よし!さっさとあの魔物倒してスタリナ村を助けるぞ!!」
「バッ!待て、高橋!!今は隠れてやり過ごすぞ!」
「何でだよ、田中!」
『クリエイ』で作り直した木の剣を構え、フェノゼリーが来るのを待つ。
そんな俺や俯いたままのネイの腕を引っ張って、近くの家の影に隠れる田中。
全くさっさと倒せば楽なのに、田中は何考えてるんだ。
スタリナ村の人達をこのままにしておくつもりかよ!!
「操られたスタリナ村の人達が集まってるんだぞ!
ここで戦ってもし怪我させたらどうすんだ!!
それに、俺達の邪魔をする為に村人を使うかもしれないだろ」
「う・・・そ、そうだよな。
そう言う事するかもしれないよな・・・
悪りぃ、焦りすぎた」
ネイをチラッと見ながら言う田中。
そうだよな。
此処で戦ったら、フェノゼリーに操られて盾にされたネイの両親や友達を、間違って俺達が切り殺しちまうかも知れないんだ。
それもネイの見てる前で。
勇者が態々トラウマになる様な事、小さな子供の前でやる訳には行かないよな。
これ以上ネイを悲しませてどうするんだよ!
そう分かっていても、ネイが泣いていると、どうもユヅの泣き顔がチラつくんだ。
そのせいで自分でも気づかないうちに、ちょっと焦ってたんだろうな。
「・・・・・・・・・あぁ、そうだ・・・そうだよ!」
「ゆ、勇者様?」
「あぁ、クソ!
なんでこんな大事な事忘れてたんだ!!
なぁ、ルチア!
一端元の世界に帰ることって出来ないか!!?」
俺がこの世界に召喚された日は、ユヅの誕生日だ。
仕事で忙しい親父達の代わりに、部活が終わったら一緒に買い物に行く約束をしていたんだ。
好きな物買ってやるって、ずっと前からしていた約束。
ユヅの奴、ずっと楽しみにしていて・・・・・・
なんで。
本当なんで、こんな大事な事忘れてたんだ俺は!!
「申し訳ありません、勇者様。
勇者召喚の魔法の準備にはとても時間がかかります。
それに今は魔王が何かと邪魔をしています。
今は勇者様をお帰しする事は出来ません」
「そう、か・・・そうだよな・・・・・・
悪りぃ、変なこと聞いた」
本当に真剣に言ってるんだって分かる、真っ直ぐな目。
それを向けて、心底申し訳なさそうにそう言うルチアに、俺の力が抜けた。
それと同時に、勢いで叫んだせいで軽い酸欠になったのか。
頭を何かで無理矢理押さえ込まれたような、ズキズキとした軽い頭痛がした。
そう、だよな・・・
簡単に帰れるわけが無い。
ゲームや漫画でも召喚された勇者は、使命を果たすまで帰れないってのがお約束。
それに周りが敵だらけの中、ルチア達だって必死に俺達に助けを求めて来たんだ。
そのルチア達をほって置く訳にも行かない。
もしかしたらゲームみたいに、元の世界とこの世界との時間の流れが違って、元の世界ではまだ数分も経ってないかも知れないんだ。
約束を破る兄貴にはなりたくないし、こうなったらさっさと魔王を倒して帰るぞ!!
「急にどうしたんだ、高橋?帰るなんって・・・・・・」
「ちょっと、元の世界でやらないといけない事思い出しただけだ。
兎に角今は、ちゃんと帰るためにもさっさと魔王を倒すことだけ考える事にするさ」
「元の世界で、やらないといけない事・・・・・・
あ・・・・・・キ、ビ・・・
そうだ、あいつをッ!!」
「勇者様、大丈夫ですか?」
「また頭痛か?今日は多いな。少し休むか?」
俺の言葉を聞いた田中が、直ぐ近くに居た俺にしか聞こえない位、今にも消えそうな小さな声で佐藤の名前を呼ぶ。
田中も佐藤と何か約束でもしてたのか?
それを聞く前に、田中がまた自分の頭を押さえた。
良くなってきたと思ったけど、何か今日は田中の頭痛の回数が多い気がする。
吊り橋での風の魔法の副作用が、今此処で出てきたのか?
「だい、じょうぶ。
今になって『ウィンド』を使った影響がでただけだ。
それより、」
「フェノゼリーの事だろ?
フェノゼリーが山から下りて来たって事は、あっちに巣が在るってこちだよな」
「あぁ・・・」
頭痛を振り払うように軽く頭を横に振ってから、俺はいつの間に村人達とは反対側の祭壇の前に着ていたフェノゼリーを見た。
まず目を引くのはその大きな体より、ミユビナマケモノの顔を潰して、これでもかって位気持ち悪くした不細工な顔。
大人のヒグマやホッキョクグマよりも大きな体は、顔以外湿ったコケの様なツヤのある、緑色のゴワゴワしていそうな毛に覆われている。
毛に覆われていても分かるくらい丈夫そうだけどボコボコしている体や、鋭く曲がった爪、真っ赤な長い舌、不細工な顔。
後ろ足で立っていて毛が緑色のな事を抜かせば、そういうパーツなんかを見るとフェノゼリーはマレーグマに似ていなくも無い。
マレーグマよりも、フェノゼリーの方が何百倍もキモイけどな。
「山を降りてる時は草の塊にしか見えなかったけど・・・
結構、モンスターらしい顔してるんだな」
「モンスターらしいなんってもんじゃないだろ、田中。
スゲー、キモイッ!
うわぁ、キモ過ぎて鳥肌たった!!」
叫びそうになったけど、フェノゼリーにバレない様に出来るだけ小さな声で話す。
顔だけじゃなく、動き方もキモイ!
アリクイの様に舌を伸ばして、祭壇に乗せられた果物を舐める様に食べる姿とか特にキモ過ぎる!!
アレを倒さなきゃいけないなんて、今更だけど少しやる気がなくなった。
でも、スタリナ村の人達を助ける為にもそこは我慢しないとな。
「あ、フェノゼリーが!!」
「追いかけるぞ!」
1つ果物を食べ終えたフェノゼリーが、果物や野菜が乗ったカゴを両手に抱え山に向かって歩き出した。
来た時と違ってカゴの中身が落ちない様にか、ゆっくり進んでいる。
けど、フェノゼリーの方が体が大きいから、俺達は急がないとドンドン距離が離されそうだ。
「気をつけてください、勇者様。
フェノゼリーは見た目の通り凶悪な魔物です。
知能は低いですが、嗅覚が鋭く近づきすぎると襲ってくるかもしれません」
「分かった。ありがとうな、ルチア!」
「・・・・・・・・・・・・ぅ・・・き・・・」
「ネイ?何か言ったか?」
ルチアにそう言われ、フェノゼリーを追いかけ慎重に走り出そうとした。
その瞬間、微かに聞こえたネイの声。
ルチアと田中に先に行くように行ってから、ネイに聞き返す。
ようやく顔を上げたネイは、溶けるほど泣いたからか目が腫れて、まるで睨んでるようだった。
それに声を出して泣かないようにずっと唇を噛んでいたのか、口の端から少しだけ血が流れている。
ネイが怪我しているなら、田中には残ってもらうべきだったな。
もう少し早く気づくべきだった。
と、内心反省しながら、念の為に持っていた傷薬をネイに塗る。
「・・・ありがとう、お兄ちゃん・・・・・・
あの、あのね。
・・・わたしも、わたしも行っちゃダメ?
わたしもおとーさんとおかーさん助けたいの!」
「ダメだ。危険だからネイはここで待っていてくれ」
「でも・・・・・・」
涙で潤んだ目で俺を見上げて、手伝いたいと言って来るネイ。
でも握ったままの手は、恐怖でまだ震えていた。
ネイの気持ちは分からなくも無い。
でもネイを連れて行くわけには行かないんだ。
それに操られたままだけど、今ならネイは両親と一緒に居る方がいい。
フェノゼリーが祭壇の前から居なくなって少しして、村人達がそれぞれの家に入っていった。
家の中からは極々普通に村人達が生活する音が聞こえる。
出来るだけこの村のことがバレないようにか、フェノゼリーが来る時以外はスタリナ村の人達は普段通りに生活しているみたいだ。
スタリナ村周辺全部が魔王の支配下にあるのには変わりないから、この村の近くは操られて無い奴にとって危険なのは変わりない。
それなら俺達と一緒に居た方が安全なのかもしれないけど、怯える小さな女の子を連れて行くわけには行かないだろ。
だからネイはまだ怖くないだろう、スタリナ村に残ってもらった方がいいんだ。
「大丈夫だって!!
そんな顔しなくても、俺達は直ぐフェノゼリー倒して戻ってくるから。
あと少しだけ待ってくれよ。な?」
「・・・・・・・・・うん。
わかった・・・・・・あの、頑張ってね?」
「おう!」
しばらくの間悩むように口をパクパクさせた後、ネイはようやく頷いた。
頷いても中々不安が無くならないネイ。
その頭をユヅをなぐさめる時みたいになでて、俺はルチア達を追いかけ走り出した。




