11,灰色の村 前編
「ここか・・・」
「うん・・・」
「パッと見た感じだと、普通の村っぽいけどな」
吊橋から伸びる道を歩いて大体10分位。
フェンスとか門とか無いけど、何軒かの家がハッキリ見える村の入り口ぽい所に着いた。
パッと見は想像通りの極々普通の、のどかなド田舎の村。
全員家の中に居るのか、遠くの畑とかで仕事しているのか。
微かにだけど、確かに人の話し声が聞こえる。
けど、村人の姿はここからは見えない。
人の姿が見えない以外は特に気になる様な、ボロボロになった家とか何かと戦ったような跡とかもなさそうだ。
ネイに連れて来られたスタリナ村は、こっちの気が抜けるほど事件なんって何にも起きていなさそうな、平和な村そのもの。
本当に何か変な事が起きているのか疑いたくなる位だ。
「すみませーん!!何方かいませんかー!!!」
「おじゃましまーす。
・・・・・・・・・って誰も居ないのか・・・」
とりあえず、他の村人に話を聞こうと、俺達は村の中に入った。
声を掛けながら村人達の声が聞こえる方に進むけど、誰も出てこないし返事もない。
もちろん、家の中を覗いても誰も居ない。
ただ、ほんの少し前まで誰かが居たのは確かで、飯の途中で家にいた全員が慌ててどこかに行ったみたいに、まだ温かい食べかけのスープやパンが机の上に置きっ放しだった。
他の家も大体同じ。
作りかけのスープや食べかけのパン。
着替えの途中だったり、ついさっきまで誰かが寝ていたようなベットをそのままに、人だけが消えている。
「・・・・・・まるでメアリー・セレステ号の事件みたいだな。
何人かの声がするから、消えた訳じゃないみたいだけど」
「けど何か・・・慌てて家の外に行かないといけない様な、何かがあったのは確かみたいだな」
まだ誰にも会えてないから、ネイの言ってる事が本当かどうか分からない。
でも、この村で何が起きてるのは確かみたいだ。
今、村人達が全員集まってる所で、なんか事件があったとかさ。
「ルチア、ネイ。何があるか解らないからな。
俺から絶対離れるなよ?」
「はい、勇者様」
「・・・うん・・・」
「ネイ、お前の両親はきっと大丈夫だって!
何か合っても俺が何とかしてやる!!
だから安心しろよ。な?」
「・・・・・・うん!」
両親の事が気になるのか、ネイは暗い顔で頷いた。
そんなネイを安心させるように声を掛けると、まだ少し不安そうな顔をしているものの明るく返事をする。
その姿に少しホッとしながら、俺達は声のする方に急いで向かった。
「っ!なん、だ・・・あれ・・・」
「・・・あっ!!!おとーさん!おかーさん!!」
「あ、待て!ネイ!!」
声を頼りに村を進むと広場っぽい所に出た。
その広場の中心にあったのは、寂しげなこの村には場違いなほど豪華過ぎる祭壇。
その祭壇には2つの長い蝋燭と、1つの大きな籠に山盛り乗せられた野菜や果物が置かれていた。
その祭壇の前には規則正しく並んだ、多分この村の住人全員だと思う何十人もの人達。
その人達は何かに祈るように唸りながら跪いて、時々ブツブツ言っていた。
その1番後ろの列。
そこに並んで蹲っていた男女を見つけたネイが、止める俺の言葉を無視して飛び出していった。
「ねえ!!おとーさん!おかーさん!!ねぇってば!!!」
両親らしいその男女の肩を掴み、必死に声を掛けるネイ。
ネイの両親はそんなネイを一切気にする事無く、まるでネイの姿が見えないみたいにずっと何かに祈っていた。
どんなに声を掛けても自分を全く見ない両親に、それでもネイは泣きながら両親の体を激しく揺すり、叫ぶように何度も声を掛ける。
「おとっ!?」
「ネイ!?」
どの位ネイが両親に声を掛けていたのかは分からない。
今まで一切ネイの声に反応しなかったネイの父親が突然、ネイの方を全く見ないまま腕にしがみついていたネイを激しく振りほどいた。
その動作はまるで近くに来た虫でも追い払うようで、普通の親なら自分の子供にするような態度じゃ無い。
そのうえ勢いのついた父親の手がネイのほっぺに当たって、ほっぺを殴られた衝撃でバランスを崩したネイが尻餅を着いた。
「・・・・・・・・・おとー・・・・・・さん・・・?」
「ネイ!大丈夫か!?田中、早く回復魔法!!」
「あぁ、分かってる。ネイ、殴られた所みせてみろ。
『キュア』」
「・・・おとーさん・・・なんで・・・?」
尻餅を着いたまま殴られたほっぺを押さえたネイは、ポカンと父親見上げていた。
慌てて声をかけて助け起こすけど、ネイの目は全く俺達を見ない。
その目は真っ直ぐ、俺達の背中に隠れて見えないはずの、変わらす祈り続ける父親の姿だけを見ていた。
「おとーさん・・・おかーさん・・・・・・
う・・・ヒック・・・・うぁ、わぁあああああああん!!」
「ネイ・・・
おい!お前、自分が何やったのか分かってるのかよ!!」
自分に何があっても全く興味もないって感じの両親の態度に、ついに耐え切れなくなったネイが大声を上げて泣き出してしまった。
それでも全く反応しないネイの両親。
流石にあったま来た!
自分の子供に対して、ここまで酷い事するなんって!!
ふざけんじゃねーよ!!
あんまりなネイの両親の態度にカチンと来た俺は、父親の胸倉をつかみ無理矢理こっちを向かせる。
「え?」
「・・・・・・さま・・・・・・さま・・・・・・」
向かせたはいいものの、ネイの父親の顔を見た瞬間、俺は思わずネイ父親を放してしまった。
その顔はまるで人形の様な無表情で、ネイより濃い紫色の目には生きている人間らしい光が全くって良いほど無い。
規則的に同じ音を吐き出す口と、生理的に瞬きする以外はピクリと動かないその姿は、ちゃんとした人間なのにまるでロボットの様。
まるで、アニメやゲームの中の操られたキャラそのものだった。
「はぁ?え、お、おい。おいって!!しっかりしろよ!!!」
「勇者様?どうかなさいましたか?」
「あ、や・・・何かこの人、てか村の奴等全員操られているっぽい?」
「え!?・・・・・・これは・・・」
「何が分かったんだ、ルチア!?」
この異常な感じからして、ネイ以外のスタリナ村の住人は皆操られているみたいだ。
その事をルチアに言うと、ルチアは慌てた様子で村人達の体を調べ始めた。
その結果何か分かったらしいルチアの横顔が、ダンダン悲しげに歪んでいく。
「勇者様の言うとおりです。
何時の間にこんな事になっていたのか・・・・・・
スタリナ村の住人は皆何者かに操られています・・・」
「こんな事する何って犯人はやっぱり・・・」
「はい、間違いありません!!
こんな非道な行いをするものなんってこの世に1人だけ。
魔王以外にありえません!!!」
ルチアが調べている間も、祈り続けていた村人達。
その全員をもう1度見回したルチアが、俺達を悲しそうな目で真っ直ぐ見つめながら、悔しそうにそう叫んだ。
やっぱり、間違いない。
人の意識を奪って無理矢理思い通りに操るなんって酷い事、平気でできるのは良心どころか心すらない悪の魔王くらいだ!
近くに在る乗り換え所に人が来なくなって、他の街の人がほとんど寄り付かない。
村人自体も少ないスタリナ村なら直ぐに操ってる事が分からないから、魔王に狙われたんだな。
もしかしたらルチア達が気づいてないだけで、スタリナ村の様に操られている村が他にあるかもしれない。
「・・・魔王様・・・魔王様・・・魔王様・・・」
「チッ!やっぱりか!!」
これで間違いないな。
予想通り、スタリナ村の人達を操っていたのは魔王だった。
それが正解だって言うみたいに、村人達の呟きが大きくなる。
村人達がずっと呟いていたのは魔王の名前。
操られた村人達はたぶん魔王を祭っている祭壇に似向かって、魔王の名前を呼んで拝んでるんだ。
今頃魔王は操った人間に崇められてドヤ顔でもしてるんだろう。
マジで気持ち悪りぃ。
「・・・・・・本当に・・・」
「ん?」
「本当に犯人は・・・
こんな事したのは・・・・・・・・・
ま・・・・・・・・・まおう・・・・・・
なの・・・?」
顔が全く見えない位俯いたネイが、途切れ途切れの震える暗い声で聞いて来る。
ネイの方を見ると魔王が怖いのか、声と同じ様に真っ白になる位握った拳も小さな体もブルブルと震えていた。
「あぁ、犯人は間違いなく絶対魔王だ!!
でも安心しろネイ!
悪い魔王なんて俺がパッパッと倒してやるからな!!」
「・・・・・・・・・」
安心させようとそう言う俺の言葉に、ネイは全く返事をしなかった。
その代わりと言えば良いのか。
ポタポタと俯いたネイの顔の下の地面には、いくつものシミができていた。
声も無く泣いているネイ。
その頭を軽くなで、ルチアと田中の方を見た。
「なぁ、ルチア。
魔王を倒すまでスタリナ村の奴等はこのままなのか?」
「いいえ、勇者様。
魔王とて遠くにいるものをずっと操ることは不可能のはずです。
どこかに魔王の力か、力の宿った魔法道具を受け、村人を操る魔族か魔物がいるはず!
その魔族か魔物を倒せば村人達は正気に戻ります!!」
「なるほどな。ネイ、この村の中か近くに魔族がいそうな場所ないか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ネイ?まだ話せそうにないのか?」
「・・・・・・」
ずっと俯いていて、ネイの顔がよく見えない。
けど、ポタポタと言う音が聞こえなくなったから、もう泣いてないみたいだ。
ただ、泣きすぎたせいでまだ上手く声が出ないらしい。
その考えどおり、しゃべれないのか聞く俺にネイは俯いたまま小さく頷いた。
まぁ、こんな小さい子供が、この現実を受け止めるのは色々無理だよな。
大好きな両親も、怖い魔王に操られているわけだし。
ネイがもう少し落ち着くまで待つか。
 




