10,吊り橋
「こっちだよ!!」
「あれがスタリナ村かぁ・・・」
ルチアがトイレに行ったりとかして、緩やかな山道を休み休みゆっくり進んで大体1時間位か?
ネイに連れてこられたのは、ボロボロの吊り橋が掛かった幅の広い谷だった。
その谷の先に見える、段々畑の様な山の斜面にポツポツと建てられた何件かの家。
その家が集まってる辺りが、目的地のスタリナ村らしい。
まさにミステリー物でお馴染みの陸の孤島!!
見るからに何か事件が起きてそうな臭いがプンプンしてるぜ。
「うわぁ・・・こりゃスゲーな!
なぁなぁ!!ちょっと覗いてみろよ!
スゴいぞ、これ!!」
「やだ」
「申し訳ありませんが、私もお断りします」
ゴウゴウという大きな音と、白い水煙。
念のために吊り橋手前から覗きこんだ遥か下の谷底は、落ちたらひとたまりもないって言葉がピッタリな川が流れていた。
ルチアと田中にも見てみないか聞くと、ハッキリ断るものすごく酷い顔色の2人。
吊り橋や崖からかなり離れた場所で立ち止まってるし、全力で吊り橋から目を反らしてる。
間違いなく2人とも、このちゃんと渡りきれるか不安になる吊り橋にビビってるな。
「ねーえー!まだ行かないの?」
「・・・なぁ。ここ意外にスタリナ村に行く道はないのか?」
「ないよ」
「そうか・・・」
吊り橋の前までソワソワと俺達を待つネイ。
そのネイから、と言うかネイの後の吊り橋から視線を反らしたまま、田中がそう尋ねる。
何でそんな事聞くのか、と言いたそうな態度と声で答えたネイの言葉に、田中だけじゃなくルチアもあからさまに落ち込んだ。
「そう言う事なんだから、覚悟決めて渡っちまおうぜ」
「・・・もう少し、時間をくれ」
「別にいいけど、お前ら待ちきれなかったネイが、とっくに先行っちまったぞ」
なかなか吊り橋を渡る勇気が出ないのか、全く動こうとしないルチアと田中。
そんな2人にシビレを切らしたネイが、吊り橋を渡った向こう側で大きく腕を振っている。
そんなネイの姿をチラッと見て、ようやく覚悟が決まったのか。
それとも、小さなネイが1人で渡りきった事に年上としてのプライドが刺激されたのか、ルチアと田中がやっと動いた。
「おっと!かなり揺れるから気をつけろよ!!」
「は、はい。勇者様・・・・・・」
谷から吹く冷たい風で、グラグラ揺れるつり橋。
ギィ・・・ギィ・・・と、俺達が進む度に不安になる音を発てる吊橋を渡るのは、かなりスリルがあるぜ。
ゆっくり進む俺達とは違って、タッタと走って橋を渡りきったネイは、
「こっちだよー。早く、早く!!」
と、何度も手を振りながら声をかけてくる。
別に俺は怖くてゆっくり進んでるんじゃない。
俺1人だったらネイと同じ様にサッサと進めるけど、1人だと怖くて進めないルチアと田中に合わせてゆっくり進んでるんだ。
覚悟を決めて1歩踏み出したは良いものの、直ぐにルチアは泣き出して吊り橋から離れようとしたし、田中はこの吊橋を見て青を通り越して真っ白になった顔で何も言わなくなった。
言葉にしなくてもそんな2人の態度を見たら、怖がって1人じゃ渡れなくなってるのが分かるだろ?
だから2人の為に、3人一緒に吊橋を渡ってるんだ。
ルチアも田中も、
「子供のネイと違って、俺達の体重だとこのボロ板を踏み抜きそうだ」
って言って、1歩1歩確かめるようにゆっくり慎重に進んでいるから、中々向こうに着かない。
けどさ、実際に板に乗ってみると見た目よりしっかりしてるし、音を発ててるけどロープも3人同時に乗っても切れそうに無い。
俺達もこのまま一気に走り抜けて大丈夫だとは思うんだけどな。
そう思って一気に進んで、もし万が一橋が壊れて俺達が落ちても、人を飛ばせる魔法を唯一使える田中がこんな状態じゃあなぁ。
田中はこの高さと橋の揺れに完全にビビッて、咄嗟に魔法を使える様な状態じゃない。
俺や田中と違って、ルチアはあの川に落ちて無事で居られるか分からないからな。
このままゆっくり渡り切る方がいいだろう。
「きゃっ!」
「大丈夫か、ルチア?」
「は、はい!だ、大丈夫です・・・」
今までで1番強く風が吹き、釣り橋が今にも壊れそうなほど激しく揺れる。
ヤバイ位揺れただけで、何処も壊れたり切れたりはしていないみたいだ。
だけどその衝撃にルチアがロープを掴んで、ペタリとしゃがりこんでしまった。
ルチアは何とか1人で立ち上がろうとしている。
けど、揺れる橋の怖さで生まれたての小鹿の様に震える足じゃ、上手く立てないみたいだ。
大丈夫だってルチアは言うけど、大粒の涙を流して青い顔で震える姿からは全然大丈夫に見えない。
「っ!」
「強がんなくていいぜ、ルチア。
怖いなら俺が連れて行ってやるからさ。
無理すんなよ。
田中はちょっと待ってろよ」
「ゆ、勇者様?」
さっきよりはマシだけどまた強い風が吹いて、何とか立ち上がりかけたルチアが強く目を瞑ってまたしゃがんでしまった。
閉じた目の間から溜めた涙がポロリ、ポロリと流れ、声も出ないほど怯えるルチア。
その姿に、これ以上ルチアが自力でこの吊橋を渡る事が出来ないって事が良く分かった。
流石にちょっと板が耐えられるか心配だけど、これしか他に方法は無いよな。
そんなルチアに俺は声を掛けながら、ヒョイッとお姫様抱っこして一気に吊橋を渡りきる。
「とーちゃく!もう大丈夫だぞ、ルチア」
「わー、すごーい。おにーちゃん、王子様みたいー」
「そ、そうか?
ま、まぁ、ルチアはすっごく軽かったからな!
この位大した事無いぜ!!」
「・・・あ、あの・・・・・・
あ・・・ありが、とうござい、ます・・・
勇者様・・・」
待っていたネイの近くまで行き、頬を赤く染めたルチアをそっと地面に降ろす。
無邪気に凄いって言ってくるネイの言葉に、つい照れてしまった。
そんな俺達の会話を聞いて、ルチアが耳までダンダン真っ赤になる。
ルチアは顔を隠すように俯いて、消えそうな途切れ途切れの小さな声でそう声を掛けて来た。
そんなルチアの姿に俺まで顔が赤くなる。
早く無事に全員で吊り橋を渡り切る事ばかり頭にあって、咄嗟に他にいい方法が思い浮かばなかったてのもあるけど。
落ち着いてみると、なんかかなり大胆に恥ずかしい事したな。
今更恥ずかしくなってきて、まともにルチアの顔を見れない。
視線をそらす為に、ルチアに気にするなっと言ってまだ吊橋に居る田中に声を掛けた。
「お、おーい!田中、大丈夫かー?
今迎えに行くから待ってろよー!!」
「必要ない!!すぐに行くから待ってろ!!」
「そんなへっぴり腰で言っても説得力無いぞー」
「う、うるさい!!!」
今にも切れそうな頼りない見た目のロープに左腕を絡めるように掴んで、右手で左手首を掴むように掻き毟る。
恐怖を紛らわせる為にその変な癖を起こしながら、ガクガク震える足を1歩1歩確かめるように進む田中の姿は、何時ものクールな態度とはかなりかけ離れていた。
「おーい。時間が勿体無いし、やっぱ・・・」
「ぅわぁあああああああ!!来るな!来るなっ!!揺れるから来るな!!!」
「お、おう。わ、悪かった・・・
えーと、あのさ、田中。
高いのは平気なんだよな?」
「あ、あぁ。へ、平気だ・・・・・・」
足場が確りしてればこの位の高さなんとも無いのに・・・
と、ギリギリ聞こえる位の声で言う田中。
てことは、別に田中は高所恐怖症って訳でもないんだな。
揺れ続ける壊れそうな吊り橋が怖いだけで、この吊り橋がコンクリートで出来た橋とかならちゃんと進めるってことか。
なら、
「歩いて来るのが無理なら、飛んで来たらどうだ?
お前が使う魔法なら、お前の思い通りグラグラせずに来れるだろ?」
「あっ・・・・・・・・・『ウィンド』」
俺がそう言うと、田中は薄っすら緑色に色づいた風を身にまとった。
そしてさっきまでのへっぴり腰とは正反対に、軽やかに走るように飛んで来る。
田中がしっかりと地面に両足を着けて深く息を吐くと、緑色の風が消えてユラユラと不自然に動いていた田中の髪や服が大人しくなった。
もう1度深呼吸して田中は、
「・・・・・・・・・待たせたな。さっさと行くぞ」
と、また左手首をポリポリ掻きながら、何時も以上に不機嫌そうな態度でそう言ってくる。
言うと同時に吊橋から伸びる道を早足でズンズン進む田中は、後姿かでもハッキリ分かる位、熟したリンゴか茹でた蛸みたいに真っ赤だった。
ここは田中のプライドの為になにも言わないで置いてやろう。
言ったら言ったで後々めんどくさそうだし。
「とりあえず、その事はいいけど。
田中ー、手首掻いた所は治せよー」
「っ!言われなくても分かってる!!
『キュア』!!!」
血が出る位掻き毟っていて、見てるこっちまで痛くなりそうだから声を掛けたけど、これも余計なことだったか?
真っ赤な顔のまま怒鳴った田中は、自分の手首を魔法で治しながら走って行ってしまった。
本当、田中は変な所でめんどくさいな。
 




