14,真夜中の宝石ショー 後編
『フライ』のお陰で1分も掛からず着いた雑貨屋工房は、既に閉まって店の中は真っ暗だった。
他の店も真っ暗で外には人っ子1人居ない。
元の世界では考えられない程、生活音すら聞こえない寝静まった町。
だからこそ、正確な時間が分からないけど、相当遅い時間だと言うのは分かる。
そんな時間に店の前で騒いだら迷惑なのは分かっているけど、俺は此処しかこの今にも消えてしまいそうな糸を何とか出来る場所を知らないんだ。
1回深く、深く、深呼吸し、俺は思いっきり閉じた店のドアを叩きながら叫んだ。
「すみませんッ!誰か、誰か居ませんかッ!
開けてくださいッ!!」
ドンドンとドアを叩きながら何度も叫ぶ。
暫くすると、雑貨屋工房や周りの店々まで明かりがつき店から不機嫌そうな人々が出てくる。
当然と言えば当然なんだが、今回は緊急事態なので許して欲しい。
「何だい。こんな真夜中に?」
「すみません。
でも、俺、此処以外に何とかして頂ける所知らなくて・・・・・・・・・」
寝巻きなんだろうか、昼間よりもシンプルな服を着た小母さんが眠そうに大きな欠伸をしながら店を開けてくれた。
俺はそんな小母さんに採ったタンポポモドキ付きジュエルワームの繭を見せる。
その途端、小母さんだけではなく殺気立って俺を見ていた周りの店の人々も停止ボタンを押したかの様に固まってしまた。
そして、
「あんた達ぃいいいい!!
急いで降りてきなッ!!仕事だッ!!!
昼間の子が天然物のジュエルワームの糸を持って来たんだよ!!」
俺が叫んだ時以上の音量で小母さんは店の奥に向かって叫んだ。
その声にドカドカと転げ落ちる様に数人の女性が出てくる。
「え、本当ですか!!?」
「あぁ。それに見てみ。
こんなに大きくて質が良い繭始めてみたよッ!!」
「す、凄い・・・・・・
私こんな繭始めてみました。
夢じゃありませんよね?」
半分近く縮んだのにそれでも大きい方だったのか。
その事に驚いている俺を他所に、眠そうにしていたのが嘘の様にニコニコ笑う小母さんを中心に集まった女性達は、俺が集めた繭を見て夢では無いのかと頬を抓ったりしている。
そう言う反応は異世界でも同じなんだな。
「さ、これ以上小さくなる前に急いで加工するよ!」
「はいっ!!」
「あ、ちょ、ちょっと待って下さい!!」
俺が渡した1個だけを持って奥の工房に行こうとした小母さん達を俺は慌てて止め、近くに在った空の木箱にジャージに包んでいた他の繭を入れ、他の戦利品と一緒に渡す。
それを見てまた小母さん達は固まった。
「すみません、これもお願いします!
それと、まだ繭が残っているかもしれないので、俺、残りの繭を取ってきます!!」
「まだ有るのかい!?」
「はい、まだ空気中に溶け切っていなければ。
時間が無いのでこれで行きます。
後、これ借ります!!」
そう言って俺は全力で走りながら店の前に立て掛けてあった竹箒を掴み、その箒に『フライ』を掛け飛んだ。
その後ろで、誰かが、
「俺達も後を追うぞ!!」
と言う声と雄たけびが聞こえたけど、気にしている暇は無い。
急いであの死角になった一角に戻る。
「良かった。まだ消えてなかった」
半分以上小さくなっていたけど繭はまだそこに有った。
1回目と同じ様に茎ごと繭を採り、ジャージに包む。
暫くすると頭上にある崖から大勢の声とユラユラ揺れる白い光が集まってきた。
一応、
「おーい!」
と声を掛けたけど、誰も真下に居る俺に気づかずドンドン離れていく。
結局その集団は見当違いの方向に進んで行ってしまった。
戻って来て気づくかもしれないし、これ以上採っていると全部消えてしまうかもしれない。
その前に俺は繭を少し残して『フライ』で雑貨屋工房に戻った。
戻った雑貨屋工房の前にはカラフルな人集り。
茶色や金銀、青や緑、赤にピンク。
元の世界には居ないだろう色の髪の人々がガヤガヤと店の中を覗き込んでいた。
この中を掻き分けて進むのは大変そうだ。
「すみません!!通してください!!
そこのお店に用があるんです!!」
俺がそう叫びながら進もうとしているのに気がついたのか、カラフルな人々は親切道を開けてくれた。
俺はその間を転がり滑る様に駆け込み、唯一光の灯った工房の手前のカウンターに今さっき採ってきたばかりの繭を置いた。
「す、すみません・・・・・・・・・
つ、追加で・・・お願いします・・・・・・」
此処まで全力だったせいで上手く息が出来なくて苦しい。
崩れ落ちそうな足をカウンターに掴まる事で何とか耐え、切れ切れながらもそう頼み込む。
そうすると、奥から鍛冶師の爺さんが顔をだけを出し手招いた。
「そんな所に居ずにこっち来い」
「は、はい・・・・・」
気合を入れる様に両腿をパシッと叩き奥に工房に進む。
その部屋の一角では近づくのも躊躇うほど鬼気迫る表情で小母さんを含めた女性達が糸を紡いでいた。
「あ、あの~」
「ん、採ってきた繭はそこの水に漬けとけ。
マナに戻るのを防げる」
「あ、はい!」
鍛冶師の爺さんが指した水の張った木箱に茎ごと繭を入れる。
そうすると爺さんが言う通り、繭から光が出なくなった。
「ほれ」
ボーとその様子を見ていると爺さんが2つ持った木のコップの1つを突き出してきた。
「疲れただろう?
それでも飲んで終わるのを待ってな」
「・・・・・・はい、ありがとうございます」
俺はお礼を言いつつ木のコップを受け取る。
爺さんが俺の隣でコップを仰ぐのを見てから俺も恐る恐る口をつけた。
口に広がったのは薄荷の様なスーッと清涼感のある爽快な香りと、仄か果実の甘み。
薄めのスポーツドリンクにほんのり似た味の水は、疲れて乾き切った体に良く染み渡る。
「ぷっはぁ~。生き返る~」
「それは良かった」
一気に飲み干し、一息。
少しだけ緊張が解けた気がする。
そんな俺を見て隣の爺さんが可笑しそうに笑っていた。
そんなに変な顔していたか?
「そうそう、これを渡さんとな」
「はい?」
爺さんが渡してきたのは下敷きの様なペラペラした薄紫色の板と黄緑色と薄紫色の線が入った板。
薄紫色の板は1枚、黄緑色と薄紫色の線が入った板が3枚だ。
「あの、これは?」
「お前さんが取ってきた時空結晶を加工した物だ。
鞄を作る時布の間に挟めば自在に空間を広げ、中に入れた物の時間を止める事が出来る。
この店では鞄を作る時良く使われる物だ。
それとその薄紫の奴は加工する時余った空間結晶を伸ばした。
中に入れた物の時間は止められねぇが、空間だけは自由に広がるぞ」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
まさか、繭を採りに行っている間に加工してくれるとは。
多分有料だと思うがやっぱ嬉しい。
「それと、金は良いから」
「やっぱお金とりま・・・・・・はいぃッ!?
え、無料!!?こんな凄い物が!?」
羽振り良すぎないか?
何か裏があるのか。
それともこの国では其れが普通なのか?
「何時もはどんな客でも製作料をとるが、今回は特別だ。
お前さんのお陰であと1年はこの店も大繁盛だからな。
この位安い物だ」
「どう言う事ですか?」
「そういやぁ、お前さんこの国に来たばかりだったな」
爺さんによると、この手の業界では天然物のジュエルワームの糸を1度でも扱った事が有ると言うだけで店のランクが跳ね上がるらしい。
天然物のジュエルワーム糸を買いに金持ち共が押し寄せてきたり、その噂で客入りが良くなるそうだ。
『天然物のジュエルワームの糸を扱えた店は大商人になれる』
と言うジンクスもあり、何より子々孫々まで自慢出来るとか。
今では天然物のジュエルワームの糸が見つかっても大手商人が経営する店に持ってかれているそうで、実際この糸のお陰でたった1年で急成長したと言う話が何件もある。
それを持ってきた俺は福の神?
と言うか招き猫?
見たいなもので、サービスしてくれるのもその為らしい。
噂の域を出ない話だけど、そのお陰で美味しい思いしているんだから文句は言えないな。
この後、俺が疫病神にならないとも限らないけど。
「何か大袈裟な気もしますね。
でも、ありがたく頂きます。
あ、それなら今やって貰っているジュエルワームの糸の加工は幾ら位ですか?」
「あぁ、これも無料でいいよ!
それと他の素材の加工もね!!」
「え?」
一段楽したらしい小母さんが近くに来てニコニコと言った。
本当に良いのかと聞こうと俺が口を開くよりも先に小母さんは但しと続ける。
「ジュエルワームの糸を私の店で買い取らせてくれるならね」
「・・・なるほど、そう言う事ですか」
俺は少し考え、許可を貰って近くに在った紙に『クリエイト』の魔法陣を書いて見せながら答えた。
「・・・・・・・・・俺が採ってきたジュエルワームの糸でこの魔方陣が刺繍をされた布を少量でいいので作ってもらいたいんです。
それとは別に1つ鞄が作れる量の何も刺繍されていない布も作って頂ければ残りの糸はそちらにお譲りします」
「え、それだけで良いのかい?
アンタが採ってきた糸の1割にも満たないよ?」
「はい。
俺が持っていても使い道が思いつきませんから」
それに高級品を唯持ち歩いているだけなら
「襲ってください」
と言っている様な物だ。
それなら有効活用して貰った方がが良い。
何よりお店の方が有益に成る様にしとけばこの後何かあって無茶な注文をしても少しは融通を利かせてくれるかもしれないしな。
後、迷惑料って事で。
「そう?なら遠慮なく貰うわ。
注文された布は直作るから待っててね」
「え!別に今すぐじゃなくて良いで・・・・・・
行っちゃった」
こんな営業時間過ぎた真夜中にやって頂かなくても・・・・・・
と言う前に小母さんはスキップしそうな足取りで仕事に戻っていった。
「本人がやる気なんだ。気にすんな。
それにどうせ半分以上を布に加工するんだ。
一緒にやった方が楽なんだろう」
「あー、俺手伝った方が良いですか?
やった事ありませんけど・・・」
「止めておけ。
ジュエルワームの糸の処理は難しいんだ。
素人が下手に手出しして全部無駄にしたいのか?」
「いいえ!大人しく待っています」
あんな鬼気迫る表情で仕事してるのに、俺のうっかりミスで失敗したら殺される!
今と言い野宿の事といい、此処に着てから俺、知らず知らずの内に早死にする道を選んで無いか?
無知ってのは本当に怖いな。
3ヶ月無事生き残れ無い気がしてきた。
「ククッ。今日は良い日になりそうだ」
「・・・・・・・・・そーですね」
乾杯でもする様に木のコップを掲げ笑う爺さんと反対に、俺はまた死と隣り合わせの1日が始まりそうで胃が痛いです。




