8,真っ赤な仲間 中編
城に居た兵士の1人に馬車で送ってもらったのは、1番最初に盗賊団の依頼を出した、この山脈の中にある村じゃなく。
馬車を止めやすいチボリ国との国境近くに在る、数年前チボリ国が魔王に支配されるまでは使われていた、馬車の乗換え所。
使われていた当時、時々だけど盗賊団の襲撃があった場所の1つだ。
昔はここでチボリ国に入る手続きとかしていたみたいだけど、ここまでの定期馬車も走らなくなった今は誰も居ない。
寂しげに木々が擦れる音だけが聞こえる乗換え所の建物は、大分前に使われなくなったにしては、どれもつい最近まで使われていたかのように綺麗だ。
それにルチアの話では、チボリ国が魔王に支配されたと分かった日に、慌てて此処に居た人達は避難していって、それ以来誰も近づいていないらしい。
けど、それから長い間放置されて場所にしては違和感を覚えるほど、3つあるどの建物の中も、住人が引っ越したばかりの家の様に綺麗サッパリしている。
直ぐ近くの国境線にはグルリとローズ国を囲むように、今の俺達でも壊せないほど頑丈な結界が張ってあるし、チボリ国の奴が入ってきたとは思えない。
「・・・なぁ、本当に何年も前にここは捨てられたのか?」
「え、えぇ。そうですよ、勇者様。
あの、何かおかしな事でも?」
「かなり可笑しいだろ」
田中は普段から無口なうえ、大体いつもムスッとした表情ばっかで、周りに冷たい印象をあたえてる。
それなのに更に目を細め、いつも以上に冷たさと怖さを増やして、ルチアにそう尋ねる田中。
そんな田中に怯えているんだろうな。
ルチアは視線を軽く漂わせる様に、オドオドと怯えながら田中に答えている。
「なんだよ、田中。ルチアを疑ってるのか?」
「そう言う訳じゃないけど、この建物の様子はルチアの言ってる事とかけ離れている」
「どう言う事だよ?」
「高橋、お前だって本当は気づいてるだろ。
まず何年もの長い間放置されていたにしては、やけに埃が少ない」
机をなぞった田中が指を見せながらそう言う。
机をなぞった人差し指の腹にはかなり近づいて見ないと、あるのかどうかすら分からない位薄く埃が付いていた。
「まるで少し前に掃除したみたいだ。
少なくとも数ヶ月前には、1度掃除がされている。
それに此処を利用していた人達が置いて行ったはずの荷物が何処にも無い。
何より人が居なくなってだいぶ経っているはずなのに建物が全く傷んでいない」
建物の中を確かめる様に、歩き周りながら話す田中。
ドンドンおかしな所を言ってく田中に、俺もルチアも何も言えずにいた。
まぁ、確かに可笑しいって言えば、可笑しいんだよな。
人が住まなくなった家はすぐ劣化する。
なんってよく言われるけど、それは迷信じゃなく本当の事だ。
換気する人が居なくてカビが生え、木製の建物や家具がダメになるし、野生動物や虫が入り込んで、それがまた家が痛む原因になる。
雑草とかの草木だって、抜かずに長い間おいて置いたらドンドン成長するし、増えていくんだ。
色々技術が進化した、俺達の世界の最新の家とかなら分かるよ。
でも乗り換え所の建物は、周りは土と木しかない山の中腹にあるシンプルなログハウス。
俺らの世界の最新技術並みの建築技術で造られたとは思えない。
なのに長い間放置していたにしては、綺麗過ぎる。
それは確かなんだよな。
でも、頭でっかちの田中と違って、その理由を俺には簡単に想像できた。
「長い間誰も通っていなかったにしては、道が綺麗なのも気になる。
まるで少し前まで普通に使われていたみたいだ。
なぁ、ルチア。正直に答えてくれ。
本当に此処は何年も前に捨てられた場所なのか?」
「は、はい!間違いありません!!」
「なら、ほら、あれだ。盗賊団が勝手に使ってたんじゃね?」
「盗賊団が?」
使われていた当時も、盗賊団はここを襲ってたんだ。
利用客が慌てて逃げたのをいい事に荷物を盗んで、誰も近づかなくなったログハウスをアジトとして利用していても可笑しく無いだろう。
ここのログハウスの1つには入国審査官が泊まる用の狭いベットやキッチン、シャワールームみたいな魔法道具、トイレがあった。
水も問題なく出るし、魔法や魔法道具を使えば火や光も問題ない。
普通盗賊団のアジトって言うと改造した洞窟だろ?
依頼の盗賊団のメンバーは全員女で、男は一切居ないらしい。
どんなに世間から嫌がれる悪人だからって、ずっと洞窟で暮らせる女なんっていないさ。
「相手は泥棒だぜ?
悪いことを平気で出来るやつらなら、普通に生活できる建物が放置されていたら間違いなく使うはずだ!」
「いや、でも、それなら何で見張りが誰も居ないんだ?
それに、高橋の言うとおりなら、食料なんかもここに置いておけばいいだろ。
何も無いのは可笑しく無いか?」
「俺達がここに向かってるのに気づいて、盗んだ物とか持って別のアジトに逃げたんだろ」
「なるほど、盗賊が・・・
流石です、勇者様!私ではそこまで考え付きませんでした」
俺の考えにルチアが尊敬するみたいに、キラキラと目を輝かせそう言ってくる。
こんくらい少し考えれば直ぐ分かる事だけど、やっぱ褒められると嬉しいもんだな。
「ちょっと、ま、・・・・・・い、つ・・・」
「大丈夫ですか、勇者様?」
「何時もの頭痛か?」
「あ、ああ・・・・・・・・・」
そんな俺達の遣り取りを納得出来なさそうな顔で見ていた田中が、左手で頭を抑えて蹲る。
田中はこの世界に召喚されてから、毎日の様に酷い頭痛に襲われていた。
城の医者の話では、田中のこの頭痛は急に強力な魔法を覚えた代償の様な物で、魔法を使うのに慣れれば完璧に治るらしい。
そのせいで何時も田中は、元の世界に居た頃よりも更にテンションが低いんだよな。
それに原因が原因だからこの頭痛に効く薬もなくて、田中は何時も頭痛が完全に治まるまで、ずっと耐えてる事しかできない。
後、傍から見ても酷い頭痛を耐える為なのか。
この世界に来てしばらくしてから、田中はチョクチョク左手首を掻き毟るようになった。
魔物と戦っている時とか、俺達を応援してくれるアーサーベルの街の奴に声を掛けられた時とか。
そう言う時でも、気づくと掻き毟っている事がある。
でも1番酷いのは頭痛がした時。
今も出来るだけ痛みを紛らわそうと、頭を抑える左手の手首を右手で血が出ても掻き続けている。
「田中、手首から血が出てるぞ。掻くのはやめろ」
「・・・わ、っかって、る・・・・・」
分かったって言うけど、田中は一瞬止まるだけで掻くのをやめない。
自分じゃ止められないくらい、もう癖になってるんだろうな。
今までにも、こうやって話している時に田中が頭を抑える事が何度もあった。
その度にボロボロになるまで手首を掻き毟っている姿も見ている。
もう田中のこの悪癖は、頭痛が完全に治るまで治らないんだろうな。
そーゆー理由で田中は元気が無くて、何時もの数倍は無口でローテンションだ。
魔法に慣れてきたからか、今日はまだ頭痛が起きていなくて、何時もよりしゃべるなって思っていたらこれだよ。
田中の頭痛が起きる度に思うけど、やっぱ苦しんでるダチに何もしてやれないのは嫌なものだな。
「っ・・・はぁ・・・悪かったな。
それで話しを戻すけど、お前達は本当に盗賊団がやったと思ってるのか?」
「当然だ!」
やっと頭痛が治まった田中が、『キュア』を使って手首の掻き傷を治しながらそう切り出す。
それに俺とルチアが頷くと、田中がまた険しい表情を浮かべた。
今度は頭痛が原因でそんな顔をしてるんじゃなくて、俺達に不満があるからみたいだ。
「断言するのは早いだろ?他にも色んな可能性が・・・」
「何を言うんですか、勇者様!
絶対そうですよ!間違いありません!!」
「いや、でも・・・」
「ああ、もう!
此処でグダグダ言うより外を探せばいいだろ!!?
きっと建物の周りには何か、慌てて盗賊団が逃げた跡かなんか残っているはずだ!!!」
「そうですよ!探しましょう、勇者様!!」
「・・・・・・・・・そこまで言うなら・・・」
それ以外の可能性なんって無いのに、中々納得できないらしい田中。
そんな田中は、興奮気味に俺の考えに賛成するルチアに真っ直ぐ見つめられてから手を引かれ、渋々と言った顔をするものの素直に外に出て行った。




