6,変わった日常 後編
メイド達が床に落ちた食器を片付け、その後冷め切った飯を食った。
空腹は最大のスパイスって言うのは本当の事だったんだな。
1日ぶりの飯は重たく脂っこくて、その上冷めていて不味くても、育ち盛りの空きっ腹に簡単に全部入っていった。
田中はかなりの量を残していたけど。
だからヒョロヒョロで体力だって直ぐなくなるんだよ!
そして今は、ルチアの案内で城内を見て回っているところだ。
幾つかの部屋を見て回って、今居るのは中庭。
その中庭に建てられた青い不思議な花に囲まれた初代ローズ国王の墓の前だ。
「これが初代ローズ国王であり、初代勇者のレーヤ様のお墓です」
「へぇ、じゃあ俺達の大先輩なのか」
「はい」
でっかくて彫刻も彫られているけど、国を作った王様の墓にしては地味すぎる気がする墓石。
建ってるのも中庭の隅の方だし。
真ん中にある噴水の方が派手で目立っているくらいだ。
「城の真ん中に墓か・・・・・・
他の歴代王も此処に?」
「いいえ。他の王やその家族は城の裏手にある王族の為の墓地に葬られています」
城ん中にポツンと初代国王の墓だけがある事が気になったのか、田中がルチアにそう聞いていた。
その質問にルチアは首を横に振り、右横を指さす。
「レーヤ様のお墓がここにあるのは、レーヤ様の遺言によるものなのです。
自分が死んだら自分達の始まりの地である此処に埋めてくれと」
「始まりの地?」
「はい。
今から1万年前、この世界は魔王に完全に支配されてしまっていたのです。
その当時小さく貧しい田舎町だった、このアーサーベルで暮らしていたのが農夫の青年だったレーヤ様です」
世界が魔王に支配されても何も無い村だったからか。
その頃のアーサーベルには魔族の影は一切無く、比較的平和だったそうだ。
それなのに、ある日ついにアーサーベルにも魔族達が襲撃してきて村は滅茶苦茶に・・・
「村の誰もが魔族に怯え、平穏な日々を諦める中、魔族に立ち向かったのがレーヤ様と最初の仲間達、賢者ルチア、教皇シャル、守護者ダン、そしてレーヤ様の幼馴染であり初代ローズ国王妃のギュル様の5人です」
その当時、この中庭辺りにギュル一家が暮らす小屋が建っていた。
魔族の襲撃があった日、魔族の手によって中に居たギュルの両親や兄弟は小屋ごと燃やされて・・・
貧しいながらも孤児だったレーヤ達を受け入れたギュルの家族は、レーヤ達にとっても本当の血の繋がった家族同然の存在だった。
だからこそレーヤ達は、周りの制止を振り切ってたったの5人。
無謀だと分かっている人数で、魔族に立ち向った。
「レーヤ様達には才能があったのでしょうね。
誰もが勝てないと思った魔族の群れに勝ったレーヤ様達は、ギュル様が暮らしていた小屋の前で魔王から世界を救う為に誓いを立てたのです。
それがこのお墓がある場所だと伝わっています」
「そんな理由があったんだな。
正義感だけじゃなく、家族の敵を討つために魔王を倒そうとしていたんだな」
「どう、なのでしょうか。
伝承にはレーヤ様はもう、自分達の様な思いをする人が現れないように。
そう思って魔王を倒す事を誓ったと伝わっていますから」
田中の言葉を聞いてルチアが小さく首をかしげながら答える。
ルチアの話が本当なら、なんか今伝わっているレーヤはかなりいい奴になってるんだな。
「そう言えば、初代勇者は俺や高橋と違ってこの世界の奴なんだな」
「はい。勇者様を異世界からお呼びするようになったのは2代目からです」
魔王も魔族も未だに1万年前の栄華が忘れられないらしい。
1万年前と同じ様にこの世界を支配しようと、千年かけて力を蓄え人間を襲ってくる。
「9千年前もそうでした。
最初はこの世界の者だけで魔族に立ち向っていました。ですが・・・」
「この世界の人間だけじゃ魔族に太刀打ちできなかった」
「はい。
当時どのような猛者でも力を付けた魔族には敵わず、この世界の何処にもレーヤ様に匹敵する者は居ませんでした」
追い詰められた当時の人達は、最後の手段として魔法の才能があった賢者ルチアが残した『召喚』の儀式魔法を使い、異世界に助けを求めた。
その助けに答えたのが、俺達と同じ異世界から来た2代目以降の勇者達。
「1万もの大昔の事にまだこだわってるなんって、魔族ってのは馬鹿なのか?
自分達で何かを生み出すことをしないで、襲って奪う事ばかり考えて。
やる気も学習能力も無いチンピラかなんかかよ」
昔は昔、今は今。
昔の事に何時までこだわってるつもりだよ。
そう思った俺は、全く学ばない魔族と魔王に呆れながらそう言った。
魔王や魔族が超長い間、馬鹿な事を繰り返して周りに迷惑を掛けてるのは良く分かった。
「それよりもさ。
ルチア達の渾名とレーヤの仲間の名前が同じって事は、ルチア達はその3人から名前を貰ったのか?」
「はい、そうです。
賢者ルチア、教皇シャル、守護者ダン、この3人は魔王討伐の旅の途中でやむを得ない理由で離脱してしまいましたが、各地で今も語り継がれる伝説を残してきた方々です」
重い病気になったり、魔族の戦いで大怪我を負ったり。
酷い被害を受けた町を復興させる為に残ったり。
・・・・・・・死んでしまったり。
そーゆー理由でレーヤにはパーティーを抜けていった仲間が沢山居たらしい。
「賢者ルチアは魔族との戦いで歩けなくなってしまい、旅が出来なくなり、
守護者ダンは不治の病に罹りレーヤ様のお蔭で一命を取り留めも、目が見えなくってしまいました。
教皇シャルはそんな2人や、旅の間に出あった怪我や病気で苦しむ人々、自分達と同じ孤児を一手に受け入れるためパーティーを離れました」
そしてこの3人が伝説になったのは勇者パーティーを離れた後。
賢者ルチアは足が不自由ながら、後の人生全てを費やし魔法に関する学問を一気に発展させた。
その功績と生涯は、死後称えられ賢者と呼ばれるように。
守護者ダンは目が見えないながらも、襲ってきた魔族からパーティー離脱後住んでいた町を守って命を落とした。
守護者ダンの命懸の攻防で魔族の軍団から守られた後、生き残った町の住民に英雄と呼ばれるようになったらしい。
目が見えないと言うハンデがありながら、命を懸けてたった1人魔族に立ち向かった。
その勇姿は町の人達に立ち向う勇気を与え、今もその町では守護者と呼ばれ崇められているらしい。
教皇シャルは英勇教の元に成る施設を作った人。
最初英勇教は宗教じゃなく、魔王を倒したレーヤに支援してもらって作った孤児院兼病院だったそうだ。
その当時ではかなり珍しいその施設で、教皇シャルは何十人もの孤児を慈しみ立派に育て上げ、何百人もの人を治していった。
レーヤも教皇シャル自身も死んで何百年か後、英勇教が宗教になって初代院長の教皇シャルは『教皇』と呼ばれるようになったらしい。
「それだけじゃ有りません。
賢者ルチア達はパーティーから離れた後も、レーヤ様を支えようと努力していたと伝わっています。
そんな彼らの様に、この命を懸けて、何時か現れるかもしれない勇者様を支えられる存在になれと、お父様が名づけて下さったのです」
この名前の縁で、私達が勇者様方のサポートの大役に選ばれたんですよ。
と、嬉しそうに微笑むルチア。
俺達のこと思ってくれるのは嬉しいけど、命はかけないで欲しいな。
まあ、俺が守ればいいだけの話しだけど!
そんな話をして中庭を後にした俺達は、残りの城の中を見て回って街にある英勇教の教会に行くことになった。
城の中にも英勇教の礼拝堂がある。
と言うか、勇者召喚の儀式魔法を行なう場所って事で、俺達が召喚された地下室が一種の礼拝堂っぽい場所に当たるらしい。
けど、祈りを捧げたりとか歴代勇者達とコンタクトをとるとかは、街にある教会でやるらしくて。
折角なら街を案内してもらうついでに、教会に寄って歴代勇者達に挨拶しようと言う事になった。
俺と田中、ルチア、そして御者としてシャルとダン。
教会まではそこまで遠くないけど、この5人でカニの甲羅みたいな物を被ったデッカイネズミ見たいな生き物が引く馬車に乗っていくことになった。
デッカイネズミはヤドカリネズミって名前で、ハムスターっぽい体型なのに顔はヤマビスカッチャみたいな眠そうな顔をしている。
甲羅から出た体はモフモフした毛に覆われているみたいに見えるけど、実際に触ってみるとタワシみたいにゴワゴワ。
ずんぐりした体に見合わず結構速く走れるみたいだけど、街中だからかゆっくり走ってる。
それでも狭い道を走る車位の速度は出ていて、子供とか飛び出して轢かないか心配だ。
「なんか人が集まって着てるな」
「皆、この国を救ってくださる勇者様方の姿を一目でも見ようとしてるのですよ。
シャル、ダン。馬車を止めて」
「はい、ルチア様!」
馬車に暫く揺られているといつの間にか、モーセが海を割ったような人だかりが出来ていた。
馬車が止まると集まった人達は窓越しに顔が良く見える位近くに集まってくる。
馬車の中に俺達の姿を見つけると、人だかりに歓喜の波が広がった。
両手を挙げて嬉しそうに笑う人や、頬を染めて微笑んで見送る人。
歓喜極まって涙を流して拝む人までいる。
多種多様な反応を示す集まった人たちは、ただ1つ共通して心から俺達を歓迎してくれているように思えた。
「・・・・・・紫・・・」
「え?」
「何か言いましたか、勇者様?」
「あ、いや・・・・・・
大した事じゃないんだけど、この国の人は紫色の目の人が多いんだなって思っただけだ」
田中がそう言って気づいたけど、今集まっている人達は皆ナスみたいな紫色の目をしている。
そういえば朝迎えに来たメイド達も食堂に集まっていた執事達も同じ紫色の目をしていたな。
確か俺達の世界だと超珍しい緑色の目と同じ位、紫色の目は珍しかったはず。
そう言う俺も日本人には珍しい、かなり明るいアンバー・アイなんだけどな!
「ルチア達は違うみたいだけど、この世界だと紫色の目の奴って多いんだな」
「・・・えぇ。
我がローズ国の殆どの民が紫色をしているんです。
勇者様の世界では珍しい色でしたか?」
「まぁな。・・・異世界ならそう言う事も有るか」
いつの間にか横においていた杖を握り締めていたルチアが、コスモス色の目を細め微笑みながら田中に尋ねてきた。
その質問に軽く視線をそらしながら田中がぶっきらぼうに答える。
そのまま田中は興味なさそうに窓の外の人達をボーっと眺めだした。
「集まった者達には申し訳ありませんが、そろそろ行きましょうか」
「そう、だな。
ごめんな。
俺達これから行かないといけない所が有るんだ。
危ないから離れてくれるか?」
「はい、勇者様。
どうか魔王を倒してください。
この世界を救ってください」
窓から人だかりに向かって俺がそう言うと、窓の1番近くに居た女の人はどこか不安そうにそう言って頷いたのに離れる様子が無い。
他の集まった人も動かないし、きっと皆不安なんだ。
「おう!任せておけ!!」
だから俺は皆を安心させるようにとびっきりの笑顔で頷いて見せた。
そんな俺の姿に安心したんだろうな。
今度こそ人だかりが離れていく。
「シャル、ダン。行けるか?」
「はい、大丈夫です!!」
「そっか。うん、それじゃあ、さっきと同じように安全運転で頼むわ」
「お任せください、勇者様!!!」
元気良く返事をするシャルと、無言で頷き手綱を操作するダン。
ゆっくり進み出した馬車の中、俺は人だかりに向かって手を振った。




