4,襲撃 後編
上段の構えの様に剣を振り上げ、真っ直ぐ振り下ろす。
確り踏みしめた足に力を入れて、腕と手首に力を込めて打ち込んだ剣は、直ぐ目の前で煙の様に消えたケット・シーに少しもかする事無く硬い石の床に当たった。
その衝撃のせいで、元々ヒビが入っていた剣が真っ二つに折れる。
そして折れた剣の先だけじゃなく、俺の手の中の柄までまるで蒸発したかのようにスルリと消えてしまった。
「え、マジ?嘘だろ?」
「勇者様危ない!!後ろっ!!!」
「うわぁ!!」
ルチアの声が耳に届くのとほぼ同時に、首の後ろにチリチリとした痛みを感じ、転がる様にその場を離れた。
それがケット・シーの本来の姿なのか。
急いで振り返るとあの虎の様なケット・シーの姿が消え去り、代わりにゲームの村人が着てそうな服を着た二足歩行の猫の姿がそこにあった。
そしてその手にはいつの間に奪ったのか、虎の姿の時は持っていなかったはずの抜き身の剣が握られている。
その剣は1度見たら当分の間忘れなさそうな特徴ある、ダン達兵士が全員腰に下げていた柄頭に花のマークが彫られたロングソードっぽい剣。
ケット・シーは俺の首を狙っているのか、剣を薙ぎ払おうとしているところだった。
「っ!『ファイア』!!」
「ガハッ!」
咄嗟にケット・シーの顔面に向かって『ファイア』を打ち出し、ケット・シーが剣で火の玉を防いだ隙に、がら空きのその腹に渾身の蹴りを叩き込み距離を開ける。
俺の蹴りを受けケット・シーが蹲り咳き込んでいる間に、ケット・シーを攻撃した時に同時に出した、もう1つの『ファイア』の火の玉をもう1度『クリエイト』で剣に変えた。
「ゲホッ、ゲホッ」
「これ以上仲間を危険に晒したくないんだ。
これで終わりだ!!」
「・・・・・・ハッ」
俺が叩き込んだ剣をケット・シーは片膝を着いたまま、両手で柄と切っ先を支えるように剣を構える事で受け止めた。
キィインッと甲高い金属がぶつかり合う不愉快な音と、ぶつかり合った瞬間のほんの一瞬だけ散った火花。
散ったのは一瞬でもその火花に触発されて、俺の剣が纏った炎がほんの少しだけ激しくなった気がした。
炎を纏った刃は熱い筈だし、俺はケット・シーよりも高い位置から全体重を掛けている。
なのにケット・シーはビクともしないし、それどころか鼻で笑う余裕まで見せ付けてきた。
なんかその余裕ムカツクな!
「フンッ!」
「ぉわっと!!このッ!」
ケット・シーは軽々と言った感じに剣を押し返し、その衝撃で体制を崩した俺の隙を狙い剣を突きつけてくる。
それをササッと足を引いて距離をとりながら剣が届かないように上半身を反らし、三所隠しの要領でガードしてグイッと体を引いて体勢を立て直しながら鍔迫り合いへ。
正々堂々としたスポーツの剣道の様にルールなんって無い。
なんでもありの喧嘩みたいに決まった型の無い、剣道の試合とは全く違う真剣勝負は部活での試合の倍以上に気力も体力も奪っていった。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
「もう、疲れたのか?」
「ハッ!まだまだぁ!!」
最初の感情を全て表に出したような激しい表情から一変。
さっきまで戦ってた虎の姿のケット・シーとは別の魔族なんじゃないかって思うくらい、何の感情もない最低な魔族らしい冷たい顔でそう挑発するケット・シー。
俺はそのケット・シーの言葉を聞いて笑って答えた。
けど、どんなに強がってみても実際かなり息が上がっているし、汗だってすっごく出ている。
喉だって重要な試合の時でもこうならないだろうって位、ミイラか干物になるんじゃないかと思うほどカラカラに渇いてきた。
「・・・なぁ、お前さ。
アイツ等を『仲間』って言ったよな・・・・・・
可笑しいと思わないのか?」
「はぁ?何が・・・」
「本当に気づかないのか!?
本当に『仲間』だって言うなら可笑しいだろ!!
アイツ等の行動はっ!!!
お前等2人だけそんなに疲れて、辛くて、苦しい思いして!
・・・普通に考えてさ、この状況で、何でお前等だけ
「勇者様っ!!
魔族の言葉に耳を貸してはいけません!!!
罠です!!
勇者様を惑わす言葉を聞く必要はありません!!!」
「お、おう!!」
お互い剣を押し合い距離をとる。
攻めるタイミングを見計らい剣を構えてケット・シーを見ていると、ケット・シーが話し掛けて来た。
イラついて怒っているのに何故か泣いている様にも見える表情と、何処と無く震えて聞こえる声。
何でルチア達を苦しめる最低な敵であるケット・シーがそんな顔で、そんな声で、俺にそんな事言うのか分からない。
だからついケット・シーの言葉に聞き入ってしまっていた。
危ない、危ない。
ルチアが声を掛けてくれなかったら、ケット・シーの思惑に引っかかるところだったぜ。
精神攻撃まで仕掛けてくるなんって、本当油断できないな。
「チッ!どの口が言いやがる!!!お前等はっ!!」
「うるさい!!
何を言おうと、もう惑わされないからな!!」
斬り合いじゃ勝てないから俺達を騙そうと、まだ喋りかけてくるケット・シーの言葉を遮るように俺は叫んだ。
そして叫んだ勢いのままケット・シーに切り込む。
俺は何度も角度や打ち込む場所を変えながら剣を叩きつける様に切り込み、時には突きつけ、休まず攻撃した。
そんな俺の攻撃をさっきまでとは立場が入れ替わったみたいに、全て剣で防ぐケット・シー。
俺が防御していた時と変わらないのは、ケット・シーが未だに汗1つかかず涼しい余裕たっぷりな顔でいる事位だろう。
「ハァ、ハァ・・・・・・こ、のッ!!」
中々攻撃が当たらず、その分打ち込み続けた攻撃の数々で俺の体力の限界は直ぐそこまできていた。
普通に呼吸する事すら辛く感じるほど、全身が痛い。
もう剣を構える事どころか、握るのも辛いほどだ。
頭が痛くて、目の前がクラクラして。
剣を握った手がずっと正座していた時の足みたいに痺れて、もう何時剣を落としても可笑しく無い状態だ。
諦めたくない。
諦めたくないけど、次の攻撃が当たらなかったら俺の勝ち目はもう無いだろう。
そう感じるくらい、俺は色々限界だった。
「あ、たれええええええええええええ!!!」
「『ウィンド』!!!」
「ッ!!ガァッ、ハッ」
後ろから田中の声が聞こえ、力強い風に背中を押される。
田中が風を操る魔法でサポートしてくれたお陰で威力を増した俺の攻撃は、ケット・シーが持つ剣を叩き折りケット・シーを真後ろの壁まで吹っ飛ばした。
ケット・シーが激しく壁にぶつかった衝撃で、その壁の上の方に付いていたランプが幾つも地面に落ち割れる。
大きく激しい音を発て割れたガラスと、ランプの残骸から転がり出て来た白く光るマリモみたいな物を踏み潰し、俺は最後の力を振り絞りケット・シーに切りかかった。
「これで、止めだあああああああああああああああああ!!!!!!!!」
座り込んだケット・シーの頭目掛けて真っ直ぐ振り下ろしたはずの剣は、体力の限界で踏み込みが甘かった事と、振り下ろす直前で沸いてきた真剣で生き物を殺す事への禁忌感。
そしてその僅かな隙を衝いてケット・シーが体をずらした事で、まるで何かに弾かれるように左目の辺りを軽く切り裂くだけだった。
それでもケット・シーに大ダメージを与えられたみたいで、ケット・シーは左目を押さえながらのた打ち回り叫ぶ。
「あああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」
「やったか!?」
「う・・・ぐ・・・」
切り込みは浅かったけど剣が纏った炎で火傷したみたいで、顔を上げたケット・シーの左目周辺には抑えた指の間からでも分かる位酷い状態だった。
ケット・シーから漂うのは、肉の焼け焦げる臭い。
指の間から覗く黒く焦げ剥けた毛と皮膚と、その中の赤い肉。
普段なら美味しそうだと思える肉の焼ける臭いが、今はどうしようもなく気持ち悪い。
自分でやったことだけど、予想していた以上にグロイ姿に胃の中身逆流しそうだ。
「うっ・・・・・・」
「勇者様方!!確りしてくださいっ!!!」
口を押さえ蹲る俺にルチアが声を掛けてくる。
大丈夫だって返事をしたいけど、正直無理。
勇者様方って事は田中も無事じゃ無いって事だよな。
そう思って口を押さえたままチラリと田中の方を見ると、地面に倒れた田中の姿が映った。
「うっ・・・・・・ハァ、ハァ・・・
た、田中・・・だ、大丈・・・・・・」
「勇者様!!魔族がっ!!!」
「え・・・・・・」
何とか吐き気を抑え田中に声を掛けようとしていると、ルチアが悲痛な叫びを上げた。
その声に慌ててケット・シーの方を見ると、落ちているマリモみたいな物を掴んでいるケット・シーの姿が映る。
その直ぐ後ケット・シーの手の中のマリモが目も開けれないほど光だし、俺は思わず目を瞑ってしまった。
「ぅわあ!!!」
目を瞑っていても眩しいと思う位の光が治まり、ゆっくり目を開く。
壁のランプだけじゃ暗すぎる部屋に、突然真夏の太陽の様な光が現れたんだ。
何回か瞬きしても目が中々慣れてくれない。
やっと今の明るさに目が慣れたのは、かなり経ってからで。
慌てて周りを見回すと、召喚された部屋に居た全員が目を瞑って固まって居た。
「・・・・・・・・・・・・だ、大丈夫か!?」
「は、はい、勇者様。勇者様は大丈夫ですか?」
「俺は・・・大丈夫!何処も問題ないぜ!!」
「よかった・・・」
疲れが取れたわけじゃないし、喉もカラッカラだし、元気いっぱいって訳じゃないけど、何処か新しい傷が出来たわけじゃない。
俺達が目を瞑っている間にケット・シーに襲われるかと思ってたけど、特にそんな事は無かった。
「逃げられたみたいだな」
「田中!もう大丈夫なのか?」
「あぁ」
目を瞑る前との違いはケット・シーの姿が何処にもない事位だろう。
あの光を利用してケット・シーは逃げていったみたいだ。
その事に俺と同じく気づいた田中が起き上がって言ってくる。
ぶっ倒れてた時はビックリしたけど、大丈夫って本人が言うとおり顔色は良くなっていた。
「悪い。止めさせなかった・・・」
「いえ、そんな事ありません!
初めての戦闘であの魔族を追い返せただけで凄い事ですよ、勇者様方!!流石です!!」
「そうか?」
止めをさせなかった事が本当に悔しい。
あのケット・シーが生きてるって事は、また襲って来るかも知れないって事だろう。
今回は何と追い払えたけど、また上手くいくか分からないんだ。
ルチアはああ言ってくれたけど、やっぱ悔しいな。
「はい!
あの魔族の名はグランマルニ・エトニック。
魔王に仕え魔界の各地を治める4人の王、四天王の1人の息子なのです。
現魔王とも親しく次期四天王候補と言ってもいい実力者です」
「そうだったのか!!」
「はい。もし勇者様が居らず、私達だけだったどうなっていたことか・・・」
ドラゴンとか狼男とか巨人とか、そういう見るからに強敵ぽっい奴じゃなくて、見た目はただの後ろ足で立ってる猫なのにな。
思ってた以上にあのケット・シーはスッゲー強い奴で、有名な奴だったみたいだ。
異世界来て初めて戦った奴が中ボスクラス。
ハハ、本当良く誰も死なずにすんだな。
流石撰ばれし勇者ってか?
まぁ、あいつが四天王並みの実力者って事は、他の四天王もあの位強いかそれ以上って事か。
ケット・シーが1番最初に倒す、四天王最弱の中ボスレベルの力しかないかもしれないし。
やっぱスタートしたばっかの俺達じゃ、まだまだ中ボスに挑むのは無理だよな。
けど、俺達は撰ばれた勇者なんだ。
ゲームやラノベの主人公みたいに、直ぐに強くなって全部パッパッと倒してやるさ!!
「・・・よしゃっ!
絶対強くなって今度こそ絶対倒してやる!!
な、田中!!」
「まぁ、確かにこの結果は納得できないな」
「安心しろ、ルチア!俺は絶対2度と負けないからな!!」
「はい、勇者様」
勇者として決意を新たにした俺は、ルチア達にそう宣言した。
首を洗って待ってろよ、ケット・シー!!
次こそ絶対倒す!!!
 




