3,襲撃 前編
「大変です姫様!!」
ルチアにリュックを背負った姿を褒められ照れていた俺は、階段の上から転げ落ちるように来てそう叫んだボロボロの兵士の姿に心底驚いた。
「おい、アンタ!大丈夫か!?」
「何があったのですか!?」
「ま、魔物が!魔物が襲ってきました!!」
「えっ!」
「此方に向かって来ています!!」
兵士のその言葉を掻き消すように上の方から大勢の悲鳴と幾つもの何かを殴る様な音が聞こえてきた。
それと同時に聞こえる空気を震わせるような猛獣の鳴き声。
そのが鳴き声がダンダン近づいてきたと思ったら、トラの様な大きな生き物が階段上から飛び出してきた。
鎌の様な2本の尻尾に4つの鋭い目。
魔物らしい凶悪な姿のその生き物の右耳には、首輪代わりなのか灰色の石の付いたイヤリングが着けられていた。
報告しに来た兵士の姿や上から聞こえた複数の悲鳴から、沢山の人達がコイツを止めようとしたのは間違いない。
なのに魔物は兵士の様にボロボロな姿じゃなくて、少しの擦り傷があるだけでほぼ無傷。
その事からもこの魔物が相当強い事が分かった。
「行き成り強そうな魔物の登場かよ。
普通さ、チュートリアルの戦闘ってスライムとかゴブリンとかの雑魚が相手じゃないの?」
「この状況で何言ってるんだ、高橋!!
ゲームじゃないんだぞ!?
変な事言ってないで集中しろ!」
「分かってるよ。緊張を解す冗談だって。
いいか、田中。
ガッチガチに固まってると勝てる勝負も勝てないもんなんだぞ?」
「そうかよ・・・
悪いけど、冗談言える位余裕があるお前とは違って、俺は冗談に付き合える余裕は無いからな」
「みたいだな」
良くなったと思った顔色がまた悪くなって、小さく体を震わしている田中。
それは多分俺も同じで、思ってた以上に強くて怖そうな魔物に本能的な恐怖が這い上がってくる。
俺達の後ろには魔物の襲撃に声も出ないほど怯えながらも、頑張って杖を構えるルチアが居るんだ。
叫んで逃げ出したい位怖いのは此処に居る皆同じ。
だけど、助けを求めてきた、頼ってきた女の子を前に逃げるなんて勇者失格だろ?
「ッ・・・・・・フゥ・・・」
俺は1回肺の中の空気全部を入れ替えるくらい深く深く深呼吸して、兵士の報告を聞いて魔物が来る前に『クリエイト』で作り出した『ファイア』の火の玉で出来た剣を構え直した。
覚悟を決め握り直したからか、今まで実感できなかった柄から伝わる熱と剣の重さが、現実味を帯びてハッキリ伝わってくる。
刃の部分に薄っすら炎を纏ったこの剣は、こんな状況じゃなきゃじっくり眺めたいくらいカッコイイ物だ。
ただデザインは良いんだけど、元が火の玉の剣だからほんのり温かくて、ずっと素手で握ってると簡単に汗で滑って落としそうになるのが欠点。
さっきの『クリエイト』の説明が本当の事なら、少しでも手から離れたらこの剣は消えちまうんだ。
咄嗟に作ったはいいけど、初っ端にとんでもなく厄介な欠点がある、扱いの難しい剣を作っちまったかもしれない。
「よしッ!!」
そう少しだけ不安が過ぎったけど、その不安も震えそうな恐怖も直ぐに全部胸の奥に押し込んだ。
相手が知性があるか解らない魔物だって、目の前の敵にそんな事知られる訳には行かない!!
ここは俺は余不だぜってアピールする為にも、ゲームや漫画の主人公の様に大胆不敵に笑ってやろうじゃないか!!
「なぁ、アンタ。襲ってきた魔物はコイツだけか?」
「は、はい!!そうです、勇者様!!」
「ゆう、しゃ・・・?
じゃあ、お前が・・・お前等が・・・・・・」
どんな理由があるのか、魔物は直ぐに俺達に飛び掛って来る素振りも見せず、グルグル唸りながら何かを探すように辺りをギョロギョロと見回している。
そんな魔物から視線を逸らさず俺は、魔物が襲ってくる前にずっと気になっていた事を報告に来た兵士に尋ねた。
その返答に俺達よりも早く反応したのは魔物の方で、魔物は呆然とした感じに4つの目をめいいっぱい開いて俺達を見ている。
正確に言えば何故か田中だけを信じられない物を見たみたいに凝視していた。
そして魔物の口から出たのは今まで聞こえていた獣らしい唸り声じゃ無く、意味ある人間の言葉。
「へぇ。この世界の魔物って喋れるのか」
「いや。魔物じゃない」
「田中?」
パシャリと言う小さな音の直ぐ後に田中にそう言われ、俺は剣を構えたまま田中の方をチラリと横目で見る。
カメラの音で予想できていたけど、視界の隅に映ったのはやっぱりスマホを構えた田中の姿。
この緊急事態に直ぐに武器を構えた俺とは違い、田中は敵がどんな奴か知る事を優先したみたいだ。
「あの魔物の正体はケット・シーって言う猫そっくりな姿の魔族だ。
『道具操作』って言う、道具の性能を普通以上に引き出せる魔法を使う事が出来て、今の姿も本当の姿じゃない。
あのイヤリングの力を使って変身してるみたいだ」
「あー、マジかー・・・
魔族って事は、魔王の手先かよ!!」
田中の言葉に敵の前だって分かってても、つい叫んでしまう。
あり得ないってのは分かってんだけどさ。
どっかから迷い込んできた魔物ってのを少し期待してたんだ。
魔物がこのタイミングで襲ってきたのは唯の偶然で、魔王は全く関係ないってのを。
けど、そんな俺の淡い期待は今この瞬間に完全に消え去った。
「田中がフラグ立てるから早速回収されたじゃんか!!」
「あー・・・・・・ごめん」
田中がほんの数分位前に立てた襲撃フラグがもう回収された。
ローズ国が俺達を召喚したって話はもう敵に筒抜けって事か。
何処から情報が漏れたんだろうな。
情報を盗める魔物や魔族がこの部屋に隠れてるのか、考えたくないけどこの中に魔王のスパイがいるのか。
そう言う可能性があるから魔王が関係ない事期待していたのに・・・
出会ったばかりなのにこれから一緒に戦う仲間達を疑わないといけないのは嫌だな。
あー、でも、襲撃してきたケット・シーの様子を見るとスパイとかそう言う可能性は低いかも。
ケット・シーは襲撃して来たのに何故か俺達を見たまま石の様に固まってる。
虎っぽい見た目なのにあからさまに俺達の姿に驚いていることが分かるその表情と態度から、俺達の事が正確に伝わってないのが分かった。
勇者召喚を阻止しようと襲ってきたら、既に召喚された後だったとかそんな感じか?
けどさ、どんなにこのケット・シーが強くても俺達を襲撃して来たのがコイツ1匹だけって、それはそれで魔王は俺達を舐めすぎだ!
「・・・お前等が・・・・・・・・・
お前等の・・・・・・お前等のせいでっ!!!」
「うわぁ!!」
「ふざけんなあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
見開かれていた目を険しく吊り上げ、叫びながら襲い掛かってくるケット・シー。
一気に詰め寄りその手の先に生えた、見た目どおりの鋭いナイフよりも凶悪で大きな鉤爪で、俺の脳天を狙う。
その攻撃を剣で受け止めると、刃の部分の炎の熱から逃れるようにあの巨体からは信じられない素早い動きでケット・シーが距離を開けた。
危なかったぜ。
炎の剣じゃなかったら、あの巨体の全体重をかけた攻撃で剣を叩き折られていた。
実際あの一撃で刃の部分に大きなヒビが入って、この剣でもう1度あの攻撃を受け止めることは出来そうにない。
「ふざけんな!ふざけんなよっ!!!何も知らないくせにっ!!!何も気づかないくせにっ!!!何にも見えてないくせにっ!!!!」
「知ってるさ!
お前達、魔族と魔王が人間を苦しめてる事をな!!!
ルチア達が言ってたんだ。
お前達魔族はなんの意味も無く、ただ自分達が楽しむ為だけに人間を襲うって!!
現にお前は何も悪くない兵士達を襲ったじゃないか!!
本当、魔族ってのは最低な奴等なんだな!!」
「ふざけんじゃねえ!!!!!!!!」
痛いほどの殺気が混じったケット・シーの叫び声は、この部屋が崩れるかと思ったほど激しく。
攻撃でも魔法でもない唯の叫び声なのに、雷が直撃したみたいにビリビリと全身に鋭い痛みが走った様だった。
「やっぱ・・・
何も知らないじゃないか・・・・・・
なんで・・・・・・
なんでなんだよ!!!!!!」
「ぐぅ・・・」
「お前等が召喚されなかったら・・・
あぁ、違う・・・・・・
なんでオレは間に合わなかったんだっ!!!
なんで・・・なんで、こんな目に・・・・・・
あぁ、そうだよ・・・
お前等さえ、お前等さえいなければっ!!!!!!」
まるで猛毒の様なケット・シーの怒号に、俺達は誰も直ぐに動くことが出来なかった。
そんな俺達に気づいていたんだろうな。
ケット・シーが標的を俺からルチアに変た事に気づいて反応できた時には、ケット・シーの鉤爪がルチアの目前に迫っている所だった。
「きゃぁああああああああああああ!!!」
「ルチア!!!!」
ルチアとの距離はそんなに開いてないはずなのに、やけに遠くに感じた。
見て、認識して、体を動かして。
その全てが遅すぎる。
早く、速く、動け、動け!!
ってどんなに思って願っても、少しも思い通りに体が動かない。
間に合わない、このままじゃルチアが殺される!
助けたいと、守りたいと、強く願うのに現実は残酷で、この手も剣も少しも届かない。
何で『祝福された者』のスキルが発動しないんだよ!!
何で何も起きないんだ!!!
仲間のピンチを救って、華麗に敵を倒すチャンスに変える。
それでこそ勇者だろ!!!?
そう強く思いながら、遅すぎるって分かっていてもルチアの下に駆け出した瞬間、
「『アサイラム』!!!」
田中のそんな普通言わないだろう変な叫びが、部屋全体に木霊した。
それと同時にルチアとケット・シーの間に半透明の壁が現れ、ケット・シーの爪を弾きその勢いでケット・シーが後ろに倒れる。
それを見て俺はやっと田中が叫んだ言葉の意味を理解した。
そうだ、あの言葉は田中の持つ創作魔法の1つ。
超強力なバリアを作り出す魔法だ!
「サンキュー、田中!」
「馬鹿!話しかけんな!!」
ルチアを守ってくれた事にお礼を良いながら田中の方を振り返ると、異常なほど汗だくでルチアを睨む田中の姿が映った。
スマホを構えたまま殆ど動かず、ボタボタと額から流れる大粒の汗を拭うこともしない。
田中はそんな状態で、瞬きも殆どして無いんじゃないかって位、真っ直ぐルチアを見つめていた。
一瞬なんで田中がそんな事になってるのか分からなかったけど、そうだ!
思い出した!!
そうだよ、『アサイラム』って魔法は超強い分、すっごく集中しないと使えない魔法だって書かれていたじゃないか!
俺がちょっと話しかけただけで集中が切れるほど、田中は今、ルチアを守る為に張り詰めているんだ。
「・・・集中、出来ないだろ」
「あ・・・悪い。
でも、これだけは言わせてくれ、田中。
ルチア達守るのは任せた。
ケット・シーは俺が倒す!!」
「・・・・・・頼んだ」
「任せろ!!」
体が痺れたみたいに小さく呻くだけで、中々起き上がらないケット・シー。
今が最大のチャンス!
今度は俺から攻撃を仕掛ける番だ!!




