13,真夜中の宝石ショー 前編
ふと気がつくと、何時の間にか辺りが薄暗くなっていた。
ついさっきまで雲ひとつ無い、真っ青な空に浮かんでいた太陽は、テレビで見た外国で撮られたスーパームーンみたいに大きな青白い満月が浮かぶ、紺色の夜空に取って代わっていた。
その月が仰向けに倒れた俺と草原の草花を淡い光で照らしている。
最後に覚えているのは・・・・・・・・・
暴走した糸ごと岩壁にぶつかったとこまで。
その時の衝撃で俺は今まで気絶していたみたいだ。
体も顔も痛いし、疲れたし、気持ち悪い。
けど、モンスターと戦って、岩壁に打つかって地面に落ちても生きてるあたり人間って意外とタフなんだな。
何回か『ヒール』を自分に掛ける。
『ヒール』のお陰で大分楽になったけど、動く気力が起きない。
寝転がりながら辺りを見回すと、右の方の人1人がやっと通れるくらいの岩壁の隙間から月明かりに照らされた草原が見えた。
人処かモンスターすら居ない、不気味な程静かだ。
反対側には3方を崖に囲まれ、その間に綿毛になったタンポポ見たいな、宝石みたいにキラキラ輝くフワフワした花を咲かせた植物が群生している。
異世界だからか、その植物の見た目はタンポポに似ているけど普通のタンポポより何十、何百倍も大きく、花だけでも両手で抱えられる位だ。
背の低い木だと言われても納得できる。
頭上の崖の上には石造りの門。
多分、あの門の先がローズ国の首都で、隙間から見える草原がエヴィン草原地帯なんだろう。
此処は学校の教室位広いけど、崖の上からも草原からも死角になっているみたいだ。
「・・・・・・・・・もう少し寝よ」
此処ならモンスターにも、心無い人間にも襲われる心配が無い。
いざとなったら『フライ』で町に逃げれば良い。
そう思って深く息を吐き出し体から力を抜いて目を瞑る。
暫くその状態でウトウトしていると近くから何かが破れる音がしだした。
1つ1つの音は小さく、意識しないと聞き取れない微かなものだ。
だけど、それが自分の直近くで何十、何百としてみろ。
それはとんでもない騒音の大合奏に早代わりだ。
「うるせぇなぁ。たく、何なんだよ」
そう悪態をつきながら音のした方。
あのタンポポモドキが群生していた方向をイライラしながら睨みつける様に見る。
そこには、
「~~~~~~~~ッ!!!」
そこに居たモノ達と目が合った瞬間、俺は音の無い悲鳴を上げ転がる様に岩壁まで後ずさった。
相手は目が見えないのか、人間に興味が無いのか分からない。
けど、直ぐ近くに居る俺を無視して湿ってシワシワの羽をゆっくり広げる様に乾かしている。
そいつ等の後ろにも同じモノ達がドンドン現れ、同じ様に羽を乾かしていた。
タンポポモドキの花の上、いや、今まで自分達を守っていた繭の上に居るモノ達。
それは、羽化したばかりの1mを超える巨大な蚕蛾だ。
昔、家でも飼っていた事があるから良く知っている。
あの小さい頃に良く見ていた蚕蛾がそのまま大きくなった奴が寝転がった俺を覗き込んでいたんだ。
それが其々1本1本の花の上に止まっている。
羽だけは月明かりに照らされ幻想的で神秘的に輝き、言葉に出来ない程の美しさを見せ付けてくる。
遠目から見たら見惚れていたと思う。
そう、巨大な蛾だと知らなければ。
巨大な蛾だと知らなければッ!!
「ちくしょうッ!!何なんだよ!
蜘蛛に、蛾にッ!!
今日は昆虫関係の厄日なのかよッ!?」
まだ心臓がバクバク五月蝿く鳴っている。
これ以上早まったら死んでしまいそうだった心臓も少し落ち着いて、やっと出た言葉は泣き声交じりの情けなく不愉快な物だった。
何度も何度もしつこく深呼吸し、やっと何時も通りに戻った心臓と思考に、もう1度冷静になって蚕蛾を見る。
その間に蚕蛾は羽化直後で湿っていた羽が乾いたのか、ゆっくりゆっくり羽を動かし、順々に飛び立とうとしていた。
繭の糸と蚕蛾の羽の純白、と言っていいのか?
その宝石みたいなキラキラした色と言うか、模様と言うのかは召喚された地下室で見たあのジュエルワームと同じものだ。
いや、此処に居る群れの方が質が上かもしれない。
十中八九、この蚕蛾がジュラエナで俺は今雑貨屋工房の小母さんが言っていた『真夜中の宝石ショー』が起こるその瞬間に立ち会っているんだろう。
つまり、このタンポポモドキこそ数多くの冒険家達が捜し求めていた天然のジュエルワームの糸。
「な~んか、やな感じ」
滅多に手に張らない物が運よく手に入るチャンス。
だけど、何故か俺はモヤモヤとした嫌な予感がして素直に喜べなかった。
何というか、出来過ぎているって言うんだろうか?
まるでゲームや漫画みたいに上手く行き過ぎているんだ。
現実に早々上手い話は無い。
ほら、昔の中国かどっかの話に世間と爺さんと馬がどうのこうのって話があるだろ?
アレみたいにこの事を切欠に悪い事が起きるかもしれない。
いや、今までの短い人生経験から察するに絶対何か起きる。
俺みたいに実力も実績も地位も無い奴が、ラッキーで良い物を手に入れたら、そりゃあ嫉妬されるだろ。
そうなったら実力も実績も地位もあってプライドのある奴は難癖つけたり、甘い言葉で誘惑したり、暴力でそれを奪おうとする。
他人にとってはどうでもいい事だとしても、今まで大なり小なりそういう事があったじゃないか。
ここでこの繭を集めたとしてもどっかで奪われるのは目に見えている。
「まぁ、それが解ってて集めようとする俺も現金な奴だよな」
雑貨屋工房の小母さん曰く、『一番強化された理想的な糸であるジュラエナに羽化して直ぐの糸』は『放って置くと1時間位でドンドンマナに戻って空気中に溶けてしまう』との事。
まだ、ジュラエナが繭の上に乗っているからか繭は溶ける気配が無い。
だけど、今から誰かを呼びに言っても間に合うかどうか。
呼んで戻って来たら消えていたなんて事になったら勿体無さ過ぎる。
それなら、奪われたら奪われたで運が悪かったと諦めて、自分で集めるべきだよな。
そう覚悟し、俺は飛び始めたジュラエナを見る。
「う、おぉッ!」
体の殆どの割合を占める巨大な羽を大きく動かし夜空に向かうジュラエナ達。
その巨体から生まれる風圧は1匹でも凄いのに、其れが何十匹分も繰れば台風の中に居るみたいに吹き飛ばされそうになる。
実際、岩壁に背を着けていなければ飛ばされていた。
両腕で顔を守りながら隙間からジュラエナ達を見る。
「スゲェ・・・・・・・・・」
月光を反射しプリズムみたいな鱗紛を撒きながら、満月に向かうその姿は天の川みたいだ。
正に絵に描いた様なと言うのか、ファンタジーらしい光景だった。
雑貨屋工房の小母さんが『夜空を飛ぶジュラエナの群れは見ものよ!』とウットリしたのも分かる。
・・・・・・・・・この光景を作っているのが、リアルな巨大蚕蛾じゃなきゃ。
何だろう、この
『素晴らしい夜景を作っているのは残業させられて、血と涙と汗を吐きながら死に物狂いで働くサラリーマン達なんだぜ?』
と満面の笑みで言われた時の様な気分は。
『そんな真実知りたくなかったよっ!!』
と叫びたくなる程、感動を打ち壊された感じだ。
何か虚しくて鼻の奥がツーンとなる。
「いや、そんな事より糸を集めなきゃ!」
気持ちを切り替える為に、声を出しながらタンポポモドキを見る。
ジュラエナ達が全て飛び立ったせいか、繭から光の粒子がゆっくり立ち上り繭が小さくなってきていた。
話の通りなら、空気中に溶けて『マナ』と言うのに戻っているんだろう。
繭だけ採ると失敗するかもしれない。
だから俺は、急いでナイフでタンポポモドキの茎ごと繭を採った。
両手で抱える程だった繭はドンドン小さくなり、今は元の3分の2位の大きさだ。
それを今着ているのと『クリエイト』で出した物、2枚のジャージの上着の上に乗せていく。
1度に全部の繭を回収するのは無理だったけど、それでも半分以上は集まった。
戦利品を包んだダーネアの布をしっかり背負い直し、ジャージを風呂敷代わりにして持つと、俺はもう1度伝説のビックダーネアの糸に『フライ』を掛け街まで飛んだ。




