132,最後の依頼 後編
「起きてる人は・・・・・・よし。居ないな。
少し待っていてください。今ロープを切りますので。
『ファイヤーボール』」
『ファイヤーボール』で腕を縛っていたロープを焼き切る。
乗客のロープを切り、外には出ないようお願いして俺はそっと外に出た。
大丈夫、暫くは盗賊団の誰も起きない。
「ごめんな?暫く大人しくしていてくれよ?」
俺は急いでヤドカリネズミを馬車から外し、『クリエイト』で出した檻に入れて荷馬車の中に入れた。
ヤドカリネズミがジージーと鳴き声を上げて嫌がって暴れているけど、アーサーベルに着くまで我慢していてくれ。
これからやる事は馬車にヤドカリネズミを繋いだままだと、ヤドカリネズミが危ないんだ。
「君、一体何をする気なんだい?
それに、何で彼女達は急に眠ったんだ?
あれは君が何かしたんだろう?」
「すみません!
盗賊団の仲間が来ると困るので、詳しい説明は後にさせてください。
とりあえず此処から逃げます!」
荷馬車の窓から御者席の俺に魔族の男性が聞いて来るけど、説明してる時間が勿体無い。
今眠っているのが盗賊団全員とは限らないんだ。
もしかしたら他に仲間が居るかも。
まだ暫く眠ったカシスさん達は起きないと思うけど、仲間が来て起こされたら今度こそ俺達は殺される。
その前に出来るだけ遠くに逃げなきゃ。
「危ないので確り馬車捕まっていてくださいよ!
『フライ』!!」
馬車に『フライ』を掛け、アーサーベルに向かって飛ぶ。
馬車の様な大きく重い物を『フライ』で操るには結構集中力が必要だけど、今思うと最初からこうやって飛んで荷物を運んだ方が安全だったかもな。
「サトウさん。今直ぐ馬車を下ろしてください」
「え?えぇ!!?マキリさん!?何時からそこに!」
周りの風景はずっと木ばっかで、俺の時間と距離の感覚はあやふやになっていた。
だから、どの位飛んでいたか分からない。
それでも体感時間でかなりの距離を飛んでいたら、誰も居ないはず俺の隣からそう声を掛けられた。
声の方を見ると、いつの間にかマキリさんが座っている。
本当何時の間にマキリさんは現れたんだ!?
そもそもヒヅル国に居るはずのマキリさんがまだローズ国に?
そう思うけど、突然のマキリさんの登場で集中力が切れた。
上手く操作ができずグラグラしだした馬車が落ちる前に、マキリさんに言われた通り俺は馬車をゆっくり地面に下ろす。
「後は私が馬車を操作します。
サトウさんは休んでいてください」
「あ、ありがとうございます。
・・・あの、何でマキリさんが此処に?
国に帰られたんじゃ・・・」
「今、この国に私の国の王が来ています。
その為、道中の危険なものを排除していたら、偶然サトウさんの姿が見えて、困っている様だったので来ました」
「そうだったんですか。
すみません、お仕事中に・・・・・・
ありがとうございます」
「いいえ。魔道書の件ではお世話になりましたので」
どうもマキリさんは会議の為に来たヒヅル国の王様の護衛でローズ国に戻ってきていたらしい。
本来の仕事が残っているだろうに、態々助けに来てくれた。
ありがたいけど、それ以上に申し訳なくなる。
「それで、何故盗賊達が急に眠ったのか今度こそ説明してくれるかな?」
「あ、はい」
荷馬車からヤドカリネズミを降ろし、馬車を走らせたマキリさん。
その姿を見て魔族の男性がもう一度尋ねてくる。
他の乗客もジッと俺を見てくるから、彼等もカシスさん達が急に眠った理由が知りたいんだよな。
「カシスさん達盗賊団が食べたお菓子。
あれ、本当はチボリ国からの荷物じゃないんですよ。
安全の為にって友人に言われて俺が作った睡眠薬入りのお菓子だったんです」
これがルグの秘策。
甘い味のキノコがあるこの世界ではキノコ以外の食材で作るお菓子は、基本王族や貴族位しか食べれない珍しく貴重な食べ物らしい。
一口サイズのお菓子が1番安くても1個1000リラもして、有名専門店が庶民の入店禁止しているなら、当然と言えば当然か。
簡単なクッキーでも貴重品を狙う盗賊なら直ぐ飛びつくだろう。
と、ルグに言われルグ監修の元グラススライムの『ドロップ』アイテムの睡眠薬を混ぜ込んだクッキーを作って持ってきていたんだ。
それを念の為に荷物に混ぜ、怪しいと思っていたカシスさんに聞こえる様に知らせた。
本当はこの罠が使われず帰れたら1番だったんだけど・・・・・・
俺の不安は的中して、カシスさんはものの見事にルグ発案の罠にかかったんだ。
本当、ルグのお陰で助かったよ。
そのルグも昨日、間違って睡眠薬入りクッキーを食べて寝ちゃったんだよな。
ユマさんと3人で話しながら睡眠薬入りクッキーをラッピングしていたら、お皿に盛っていた普通のクッキーと間違えて食べちゃったんだ。
それで解毒薬を飲ませるまで起きなかったんだよな。
間違えて混ざらないように、クッキーの形も『クリエイト』で作った型抜きで普通のと睡眠薬入りで変えた。
普通のが星型に切り抜いただけの物とアーモンドを抱いた人型、『ミドリの手』で出した飴を使ったステンドグラスクッキーの3種類。
楽しくてつい、色んな種類を作ってしまったんだ。
そして肝心の睡眠薬入りが、丸型に爪楊枝でニコニコ顔を書いたココア生地に、荒く砕いたアーモンドと粉状のアーモンドを混ぜた物のみ。
だけど、ルグには何時も俺が料理を作ってると、何かとつまみ食いする癖がついちゃってて。
普通のクッキーを食べ終えたルグは、何時もの癖で睡眠薬入りクッキーにまで手を伸ばしてしまった。
ルグに聞いて睡眠薬と臭いが近いアーモンドの粉と実を混ぜた事で、ルグの鼻を騙せてしまったってのもあるだろう。
起きたルグに聞いたら味もココアの苦味で誤魔化され、ホロホロ崩れるようなサクサクの食感で更に粉状の睡眠薬が入っているとは思えない、普通に美味しいクッキーになっていると言われた。
相当疑い深い、ルグ以上に味覚と嗅覚が鋭い人じゃないとバレ無いとも。
けしてルグが食いしん坊だからこの罠に掛かった訳じゃないと力説された。
まぁ、実際毒には詳しそうなイメージのある盗賊団全員が何の疑いも無く引っかかったんだ。
高級な物に目が無くお菓子好きでもあるって事を差し引いても、十分違和感無く騙せる罠だったって事だな。
・・・・・・気分的にあんまり、乱用はしたくないけど。
「それで、盗賊達は眠ってしまったんだね」
「はい。
友人は間違いなく食べるって言ってたけど、本当でした」
「その友人には感謝しないとね」
「はい!」
「そろそろ、アーサーベルに着きますよ」
マキリさんにそう言われ前を向く。
道の下の方に確かにアーサーベルの町並みが見えた。
「よ、よかった~。無事に戻ってこれた~」
アーサーベルの町並みが視界に入った瞬間、俺はホッとして泣いてしまった。
睡眠薬入りクッキーがあるから大丈夫と言い聞かせても、やっぱり怖いものは怖い!
ナイフを突きつけられた時は本当に死ぬかと思った。
ホッとしたら腰が抜けたし、涙も止まらないし。
俺より乗客の人達の方が堂々としている位だ。
盗賊に襲われたにしてはヒヅル国人の男の子もマリブサーフ列島国の女の子も平然としているし、この世界の人からしたらあの位日常茶飯事なの!?
「おー、お帰り。ん?もう1人はどうした?」
「えーと。
実はカシスさんは本当は盗賊団のボスで、途中でカシスさん達に襲われて・・・・・・
とりあえず、依頼書見てください」
アーサーベルに着くと、マキリさんがギルド前に馬車を止めてくれた。
盗賊に襲われた訳だし、乗客の人達には何かお詫びをしなくてはいけないだろう。
でも、そういう判断を俺1人で出来ないし・・・
俺は乗客の人達には少し待って貰い、急いでギルドに報告しに行った。
依頼書を見たボスが険しい顔をしている。
そして、少しショックを受けた様な顔もしていた。
カシスさんの正体がそんなにショックだったんだろうか?
その後、俺の報告書を見たボスが乗客の人達の対応をしてくれ、何とか依頼を終わらせる事ができた。
「本当に今回の依頼の報酬もいらんのか?
今回の報酬はこの国の王様から出たもんじゃないんだぞ?」
「はい。明日、遅くても明後日には故郷に帰るので。
あっても逆に困ります」
この依頼の報酬は迷惑を掛けた乗客と、助けてくれたマキリさんに渡して貰うように頼んだ。
元の世界じゃこの世界のお金や道具は使えないし、『環境適応S』が元の世界でも発動するか分からない以上、この世界の動物や魔物の一部を持って帰って未知のウィルスや菌なんかの微生物が広まったら困る。
それだったら、迷惑を掛けたお詫びの品として有効活用して貰った方が良いだろう。
「そうか・・・ついに帰るんだな・・・・・・」
「はい。今まで大変お世話になりました」
「あぁ。お前さんも故郷に帰っても元気でな」
「はい。本当に、ありがとうございました!!」
ボスにお礼を言ってギルドを出る。
帰りに雑貨屋工房と魔法道具屋にも寄って挨拶をしてきた。
皆、この世界に始めてきた日からお世話になった人たちばかりだ。
無茶なお願いを叶えて貰った事もある。
ルグとユマさんと同じ位、幾ら感謝してもしきれない人達だ。
「ちょっといいかな?」
「あっ。乗客の・・・・・・」
挨拶をして周って、屋敷に帰ろうとしたら馬車の乗客の魔族の男性に呼び止められた。
隣には魔族の女性も居る。
何か忘れ物でもしたのだろうか?
「どうかしましたか?」
「君もこれから家に帰るんだろう、サトウ君。
僕達も一緒に行こうと思ってね」
「もしかして、ユマさんのお迎えの・・・・・・
『ハルさん』と『ルトさん』ですか?」
「そうだよ。僕はハルバート・ブルーラグーン。
ティアレさんにハルさんって呼ばれている方だ。
そしてこっちが妻のミスティ」
「始めまして。ミスティ・ルジェカルテットです。
ティアレちゃんとエトニック君がお世話になっています」
「こちらこそ、2人には大変お世話になっています」
初めて会った時以来、全く聞かなかったルグとユマさんの苗字に一瞬戸惑う。
それでも直ぐに思い出し、俺も慌ててそう言って頭を下げた。
まさか本当にこの2人がユマさんのお迎えの人達だったとは・・・
またもや凄い偶然が起きたものだ。
「あの盗賊達を眠らせた罠はエトニック君が考えたものだよね?」
「はい、そうです。
ルグのお陰で俺達助かったんですよ。
ルグがあの罠を教えてくれていなかったら、今頃どうなっていたか・・・・・・」
俺が頷くとハルさんとルトさんはどこか懐かしそうに目を細めた。
小さい頃お世話になった学校の先生が今の話でこんな顔するなら、ルグは昔からあの睡眠薬入りクッキーの様な罠を作っていたんだろうか?
小さい頃から薬の知識を叩き込まれていたって話しだし、実習的な感じで作ってたとか?
「毒入りのお菓子はエトニック君の得意な罠だったからねぇ。
偶にその罠に自分で掛かる事もあったけど・・・」
「そうね。
エトニック君、食べる事が大好きな子だったから。
それであの子、結果的に幾つもの毒の耐性がついたのよね。
今はもうそんな初歩的なミスはしていないと思うけど・・・・・・」
ルグなら昨日も自分で発案した罠に掛かってましたよ。
何って事はルグの名誉の為に黙っていよう。
ルグ・・・
お前、昔からあんな失敗何度もしてたのかよ・・・
頼むから、その食べ物に対する熱意を少しは押さえて!!
ご飯を心底幸せそうに頬張るルグの姿が脳裏に浮かんで、俺は思わずそう突っ込んでいた。
このままだと変な方向にルグの話で盛り上がりそうなハルさんルトさんに、俺は話題を変える為にこの場に居ないコロナさんの事を尋ねる。
「あの、確かユマさんのお迎えは3人で来ると聞いていたんですが・・・」
「勿論、3人で来たよ。
コープスリヴァイブさん!こっちに来てくれ。
サトウ君、この子がコロネーション・コープスリヴァイブ。
コロナちゃんって呼ばれていた子だ」
ハルさんに呼ばれ現れたのは、あの大きな黒騎士。
あの、ユマさん。
この人の何処に『ちゃん』って呼ぶ要素があるのかな?




