130,最後の依頼 前編
何時もと違い、俺は1人でギルドに向かっていた。
今日はユマさんの迎えが来る日で、ルグとユマさんは不参加。
迎えの3人が来るのにユマさんが居ないのは問題だからと、ルグとユマさんには屋敷に居て貰っている。
でも俺はボスにどうしても今日やってくれと頼まれた依頼があって、会った事も無い冒険者と2人きりでこの依頼を行なう事になった。
なんと今日は、チボリ国、マリブサーフ列島国、ヒヅル国の王様が会議の為に来る日でもあるんだ。
だから、普段チボリ国から来る人を乗せる馬車の御者と通訳の人が全て王様達の方に掛かりっきりになって、他の客の方まで手が回らなくなるらしい。
特に王様達が来た後の1便は誰もチボリ国との境目にある乗換え所まで行けず、最終手段としてこの時間だけ『言語通訳・翻訳』のスキルがある俺が頼まれたんだ。
そう言う事なら通常の馬車は休みにすればいいと思うけど、客を運ぶと同時にローズ国とチボリ国の輸出品も運んでいるらしい。
時間結晶が使われていない馬車もあるし、なにより品物を待っているお店や客に迷惑がかかる。
だから運行を辞めれないそうだ。
「お前はまたッ!!何度も言っただろうがぁ!!!
こっちの棚の依頼書はまだ保管しておく方だと!
処分するのは奥の棚の方だ!!!
これを言うのが何回目だと思ってるんだ!!!!」
「ヒィ!
す、すみませんでしたああああああああああ!!!」
ギルドに着くと中からボスの怒号が聞こえた。
あまりの声の威力に悲鳴すら出なかったよ。
今も自分が怒られた訳じゃないのに心臓がバクバク鳴っている。
そっとギルドの入り口から中を覗くと、ボスがコカトリスの事件の時大発見だと騒いでいた職員さんに説教をしていた。
頭から湯気が出そうな程怒るボスとダバダバと大粒の涙を流し謝る職員さん。
唯でさえこの状況に入りづらいのに、他にお客さんも冒険者も居なくて更に入りづらい。
もう少し、此処で待つか?
でも、指示された時間も迫ってきてるし・・・
そう恐怖と不安でいっぱいになりながら中の様子を見ていると、ボスが俺に気づき職員さんを奥の部屋に行かせ手招きしてきた。
「お、おはようございます・・・・・・
えーと・・・」
「おはよう。変なところ見せたな。
ちっと新人がミスしちまってな・・・・・・
もう1人はまだか・・・まあ、いい。
着いてきてくれ。
乗換え所まで乗せて行く荷物の確認をするからな」
「あ、はい!」
さっさと気持ちを入れ替えたボスにそう言われ、俺はボスの後を着いていった。
着いたのはギルド前の隅。
馬車の停留所だ。
何台も止まる馬車の中で比較的小さめの、大体軽自動車位の大きさの1台に俺は案内された。
荷馬車に合わせ繋がれたヤドカリネズミも他に比べたら小柄だ。
そのヤドカリネズミは出発前だからか、走っている姿とは正反対に何にも考えいなさそうな顔でのんびりゆったりとエサを食べている。
「コイツは大人しい性格で、体が小さい分そんなに速く走らない。
お前達でも安全に扱えるだろう」
「はい。今日はよろしくな?」
ヤドカリネズミに声を掛けるけど、エサを食べるのに夢中になってるからか無視された。
御者は俺じゃないけど本当に言う事聞いてくれるのかな?
舐められているから無視されているとかじゃないと良いんだけど・・・・・・
「さて、持って行く荷物だが、薔薇草の染料が2箱、サルーのワインが3種類1箱ずつ・・・」
小さいながらも空間結晶が使われているんだろう。
中は外から見た時よりも数倍広く、荷物がなければ20人は余裕で乗れそうな、小型のバス位には広くなっていた。
荷馬車の御者側近くには幾つもの木箱が十何個も積まれている。
その木箱の中身をボスと一緒に確認していった。
本来なら荷物の確認は冒険者だけでするけど、今回限り臨時で入った俺達では覚えられないからと、ボスも一緒に確認してくれている。
「・・・それと、森塩と焼き森塩が1箱ずつと。
よし。ちゃんとあるな」
「オレンジ歩キノコの塩、もう商品にしたんですね」
乾燥させ細かい粉にした少し塩気が口の中に鋭く残るけど栄養が豊富な森塩と、焼いて作る事で少し栄養素が飛ぶけどまろやかな味の焼き森塩。
あのキノコ狩りの後暫くして商品化された、オレンジ歩キノコを使って作られた新種の塩だ。
俺達の依頼書を見てオレンジ歩キノコが食べれる事があのボスに怒られていた新人職員さんから広まり、ある店が試しに作った所爆発的に人気になったらしい。
その人気は凄く、商品化されて1週間も経っていないのにもう輸出するみたいだ。
今回の森塩といい、コカトリスの件といい。
何だかんだで、俺の依頼で分かった新事実はあの新人職員さんが広めるんだよなー。
俺達が発見した事をこの世界に広めて新商品を作るきっかけになってくれるのはありがたいけど、この広まり具合を見ると機密事項まで広めてボスにまた怒られないか心配になるよ。
「あぁ。
今までの塩に比べ作るのが簡単で味が良いからな。
それに歩キノコ自体が増えすぎたせいで、ここ最近のキノコ狩りで大量に入るんだ。
安くて美味い塩って事で、料理人に人気なんだよ。
お前さんのお陰でローズ国の新しい名産品が出来た。
本当、あの見た目のキノコを食べようなんて物好きで助かったぞ!
良い実験体になってくれた!!」
「ハハハ」
ボスにそう言われ俺は乾いた笑いしか出なかった。
本当、ルグの食に対する熱意は凄すぎる。
こう思うのルグと出会ってから何回目だよ。
「でも、あの時出会ったのがオレンジ歩キノコだったから良かったですけど、これが噂の人面歩キノコだったらと思うと・・・・・・」
「そうだな。お前さん、何気に運は良いからなぁ。
会った歩キノコがオレンジ歩キノコじゃなかったら、今頃お前さん等キノコの仲間入りしていたぞ」
あの後ベテラン冒険者達とキノコ関係の研究者達が調査した結果。
オノルの森に居た歩キノコの殆どが人面歩キノコの様に動物や魔物、人間に寄生する種類だと分かった。
オノルの森に居る歩キノコの中で動物に寄生しないのはオレンジ歩キノコを含めた7種類のみ。
オノルの森に居る歩キノコは全部で30種類以上居るらい行けど、その中のたった7種だ。
だから今、世界中の殆ど歩キノコが動物や魔物に寄生する危険な種類だと言う噂が広まっている。
その中で特に危険なのが人面歩キノコ。
テントウムシを操る寄生バチや、寄生虫のフクロムシやロイコクロリディウム、ゾンビアリを作る菌の様に、体のどこかに寄生して魔物や動物の脳を操るそうだ。
そして自分が育ちやすい良い環境の場所に寄生した魔物や動物を操って連れて行かせ、寄生した魔物や動物を養分に育つ。
寄生された魔物や動物はキノコにとって良い環境の場所でジッとしてキノコに少しずつ食われながら死んでいく。
その上、オーガンが無いから歩キノコは今まで通りこの世界では動物に分類されるんだけど、それはつまり歩キノコは1万年前の魔王が作ったキメラじゃないって事。
誰の手も入らず自然に進化して、魔物や動物に寄生し操る能力を手に入れた菌だと言う事だ。
この世界の菌は俺の世界の菌に比べ強いし、怖いし。
人面歩キノコはなんて最終兵器並みに本当の本当に恐ろしいキノコだったんだぞ!
オーガンがある仲間のスライムの方がまだ肉眼で見えるサイズな分、安全に思えてきた。
ボスが後で教えてくれた事だけど、今回の事で食用歩キノコ以外の歩キノコの危険度がグーーーーンと跳ね上がったらしい。
場合によっては派遣やアルバイトの様な役割の冒険者じゃなく、警察や自衛隊の様な役割の兵士達が動く様な事になる可能性もあるそうだ。
今も安全を考慮して少しずつ人面歩キノコを駆除して、最終的には絶滅させる方向に進んでいる。
自衛隊や警察が駆除に動いて絶滅させようとしてるキノコ何って、ホラー映画やゲームみたいだ。
本当に出会わなくてよかった。
「・・・あの、乗換え所があるデイスカバリー山脈には歩キノコって居ないですよね?」
「人面歩キノコは見た事ないな」
「つまり、それ以外の歩キノコは居るんですね?」
「そう言う事だ」
「・・・・・・今更ですが、この依頼のキャンセルって・・・」
「出来ないぞ」
「ですよねー・・・・・・はぁ・・・」
馬車の乗換え所はデイスカバリー山脈の中にあるそうだ。
歩キノコの主な生息地のオノルの森もデイスカバリー山脈の近くだけど、乗換え所からかなり遠くにある。
だから歩キノコは出ない事を期待したけど、至極残念な事にいるらしい。
今更ながら、知らない冒険者と2人で依頼を受ける事に不安になってきた。
デイスカバリー山脈には、ヒツジの紙刈りの依頼の時掲示板に張り出されていた女盗賊団も潜んでいる。
掲示板に依頼がまだ張られているって事はまだ捕まっていないって事。
歩キノコに盗賊団。
ルグが考えた秘策を持って来ているけど、俺、生きて帰れるかな?
キャンセルできない以上覚悟を決めなきゃな。
そうは思うけど中々消えない不安を消し去る為に、何時もどおり右からかけた鞄を掛け直す。
「それにしても、もう1人はまだか?
約束の時間はとっくに過ぎているってのに・・・」
「そうですね・・・何か、有ったんでしょうか?」
「ごめんなさぁい。遅くなっちゃった・・・」
そう間延びした声で俺達に声を掛けて来たのは、焦げ茶色のタレ目の若い女性。
女性はこの一気に寒くなった秋空の下、足を極限まで出した露出度の高いスカートと、くびれたお腹や胸、うなじがチラチラ見える服を着ていた。
整った可愛らしい顔をうっすら綺麗に化粧して、動く度に香水の甘い臭い漂ってくる。
男を魅了する事を目的にした見た目や癒し系女子を意識した表情と口調。
この馬車に乗っていく予定のチボリ国に呼ばれた水商売の人かな?
「大丈夫ですよ。
御者の方がまだ来ていないので、馬車は出発しません。
寒いでしょうから、中で休んでください」
「違うよぉ?
アタシが、今日この馬車の御者を担当した冒険者なの。
ね、職員さん!」
「え、本当に?」
「まぁ、な」
俺が言うなって言われそうだけど、受ける依頼間違ってませんか?
手ぶらで鞄もなく武器や魔法を使う為の道具も持ってる様子が無いし、怪我の多い冒険者に合った服装じゃない。
服装は見た目以上に付属スキルがいい可能性も有るけど、武器も杖も無いのは格闘家だからか?
でも、素手で戦うにしては細すぎて筋肉がついている様子が無い。
変化石も持っていないし、人間に化けた魔族の可能性も低いな。
スキルのお陰で武器や筋肉が無くても戦えるんだろうか?
思いの他危険な場所に向かうのに、一緒に仕事をするのがこの女性1人だけだと今の時点では不安しかない。
「君が、一緒に仕事する子なの?
アタシはベル・カシス!よろしくね!!」
「え、ええ。よろしくお願いします。サトウです」
目元と口元を同時にクシャクシャにした様な笑顔。
でも目も口元も無理に笑顔を作ってるからピクピク動いてるし、顔だけ俺に向け視線はずっと俺の斜め下の方を見てる。
目と口元が同時に動いてる時点で作り笑いなのは一目瞭然だ。
きっとカシスさんもコイツ大丈夫かよ、って思ってるんだろうな。
「フフ。
サトウ君ったら緊張しちゃって、可愛いー!」
「うわっ!!」
そう言って腰に手を回して抱きついてくるカシスさん。
そのカシスさんから俺は慌てて離れた。
「やけに初心な反応するなぁ、お前さん」
「・・・そんなんじゃないですよ」
「まぁ、いい。
乗客は居ないみたいだから、そろそろ出発してくれ。
ほれ、地図と帰りに持って帰る荷物のリスト」
「はい、分かりました。
カシスさん、御者お願いします」
「うん!任せてね!!」
俺の反応にニヤニヤ笑うボスに促され、俺達は馬車に乗った。
御者のカシスさんの左隣に気持ち広めに間を開けて座る。
その様子すらボスはニヤニヤ見ていた。
・・・はぁ。
これから出発する訳だけど、不安しかない。
 




