120,治癒の鳥を探して 18羽目
「お世話になりました」
今まで知らなかった恐ろしい事実に、あの後俺は久々に涙腺が壊れたみたいに大泣きしてしまった。
ここまで泣く何ってルグと始めて会った日の夜以来になるのかな?
意地とプライドで声は出さない様にしていたけど、未だに瞼と鼻の奥が熱い。
涙を拭おうとして擦り過ぎたせいかな。
腫れた目の周りもヒリヒリと痛くて、風が当たるだけで痛みで尽きたはずの涙が出そうになる。
ルグとユマさんも目の周りが真っ赤だ。
3人して泣き過ぎて、落ち着くまで大分時間が掛かってしまった。
俺が起きたら出て行けって言われていたのに、長居し過ぎたな。
クエイさんとウィンさんにお礼を言った俺達はカラドリウスの村を出て、一端宿場町の宿へ。
2、3日宿に泊まってそれからアーサーベルに戻る事になった。
俺が起きたのは、ギンコーボムの群生地に行った5日後の夕方。
5日間もこん睡状態だった俺には草原に居る魔物や動物、盗賊なんかに襲われる可能性もある馬車に長時間乗る事が出来そうになかったんだ。
実際、ゆっくり歩いていても少しふらつく事がある。
安全を考えてある程度リハビリしてから帰る事になった。
そもそも、今日はアーサーベル行きの馬車はもう出てないしな。
どっちにしろ宿に泊まる事には変わりない。
「すみません。部屋ってまだ空いてますか?」
「あら?この間の・・・・・・
君っ!どうしたの、その体!?」
「えーと・・・・・・」
「そいつ、病気になったんだよ」
1週間近く前に泊まった宿屋に行くと、店主に驚かれた。
見た目が変わっているんだから仕方ないか。
そう思ってどう説明しようか悩んでいると、始めて会った時と同じ様にカウンターで酒を飲んでるクエイさんがそう言ってきた。
俺達の方が先にカラドリウスの村を出たけど、病み上がりの俺に合わせゆっくり歩いて来たからクエイさんに先を越されたみたいだ。
「病気!?大丈夫なの?」
「えぇ。
人に移る様な病気じゃありませんし、痕は残ったもののクエイさんのお陰で治りましたから。
大丈夫ですよ」
「なら、良いんだけど・・・・・・」
笑って答えると、店主は不安そうにクエイさんを見た。
そりゃあ、病気持ちの奴なんて安心して泊められないか。
やけに上機嫌で酒を舐める様に飲んでいたクエイさんは、店主の視線に気づき不機嫌そうに眉を潜めた。
「なんだよ・・・・・・」
「ねぇ、先生。
本当に彼大丈夫なの?凄く辛そうだけど」
「問題ねぇよ。
報酬分はちゃんと俺が治してやったんだ。
後はそいつ自身で何とかするだろ」
「なんだ、なんだ。
患者ほっぽいて酒を飲んで。
流石に冷たいんじゃないの?なー、センセー?」
そう言ってクエイさんに治療代ぼったくられたと嘆いていた冒険者がクエイさんに絡む。
真っ赤な顔と喋る度に漂ってくるお酒の匂いから、この冒険者がかなり酔っているのが分かった。
冒険者の居たテーブルを見ると、10本近い空の酒瓶と呆れた仲間達の顔が見える。
多分、この人の絡み酒は何時もの事なんだな。
「酒クセーな!
エイルちゃん、水くれ!水っ!!
コイツにぶっ掛けるからバケツにいれて!」
「えー、ひーどーいー。センセーのイジワルー」
「床が汚れるから、お断りです」
ケラケラ笑いながらクエイさんに抱きつく冒険者。
酔っ払った冒険者はこんな口調だけど、大体の男が見惚れる様なかなりグラマーな美女なんだよな。
そんな美女に抱きつかれたら普通の男なら大喜びするだろうけど、人間嫌いのクエイさんには鬱陶しい以外の何者でもなく店主に水を注文していた。
その注文は床が汚れるって酷い理由で断られたけど。
「センセーも一緒に飲もうぜー。
なー、いーいーだーろー」
「だああああああ!!!!
分かったから、引っ付くなっ!!!」
「やったー!!」
酔っ払った冒険者との遣り取りや、何だかんだで俺を治してくれた事を考えると、クエイさんって口で言うよりも人間嫌いじゃないんじゃないかな?
数日おきにまとめて薬を売るんじゃなく毎日の様にこの町に来て、常連同士だって言う酔っ払った冒険者と一緒にお酒を飲む位仲良くなる程人間の冒険者が集まるこの酒場に通ってる。
本当に人間が嫌いなら何らかの理由があってもこの町に来る回数も居る時間も最低限に留めるはず。
そもそも、魔族のルグとユマさんが頼んでくれたってのもあるんだろうけど、本当に嫌ってるなら俺を森に捨てて動物や魔物のエサにしているはずだ。
それは村のカラドリウスにも言える事。
ユマさんの話では俺達3人は俺がこん睡状態の間に使われた魔法道具の力でカラドリウス達の正体を他の人には言えない状態らしい。
ユマさんの事があるとは言え、自分達の正体を知られたくないなら俺達3人を口封じに殺すはず。
ルグとユマさんがどんなに強くても数と地の利は向こうの方が遥かに上。
死に掛けの俺が居たならさらにカラドリウス達の方が勝率が高いはずだ。
それなのに態々魔法道具を使って言えない様にした。
村に来た冒険者も全裸にして放置していたらしいけど、その場所は動物や魔物が徘徊する森のど真ん中じゃ無く比較的安全なこの町の入り口付近。
嫌いって言う割には妙に人間に優しい。
多分だけど、カラドリウス達は人間が嫌いなんじゃなくて警戒してるってのが正しいんじゃないかな?
「この前借りてた部屋はそのまま空いてるから、そこでいい?」
「はい」
「はい、じゃあこれ。各部屋のロックバードね。
君は酷い顔色なんだから早めに休むのよ?
何か必要だったら、直ぐに言ってね?
先生も引っ張って連れてくるから」
「はい、ありがとうございます」
不満を前面に押し出した顔で店主を睨む様に見つめるクエイさん。
そんなクエイさんの視線何って物ともせず、店主は輝く様な笑顔でそう言った。
「そう言えば。
あなた達、カラドリウスはどうだった?」
2階に向かおうとしていたら、酔っ払った冒険者の仲間の1人がそう声を掛けて来た。
振り返って見たその顔には、
「やっぱり、ダメだったでしょ?」
と書いてある。
本当は、貴女の仲間が絡んでいる相手がそうなんですけどね。
と内心思いつつ、その問いを肯定する様に俺は苦笑いを浮かべ首を横に振った。
*****
「・・・・・・・・・『ファイヤーボール』、『アイスボール』、『サンダーボール』、『ヒール』、『スモールシールド』、『フライ』、『プチレイン』、『プチアースウェーブ』、『プチライト』、『アタッチマジック』『ミドリの手』」
部屋に入った俺は、ベットの縁に座り1つ1つ『創作魔法』を試していった。
何時も通り何の問題なく発動する魔法。
ユマさんが調べてくれた結果、『創作魔法』も『創造スキル』もこの世界の他の魔法やスキルと違い、どんなに練習してもランクが上がる事がない。
基礎魔法の様に『ファイヤーボール』で火の調節をしたり、『アイスボール』で物を凍らせたり、『プチヴァイラス』で発酵食品やキノコを出せたり出来るのも、この世界に来る前に俺がそういう事が出来る魔法があると考えていたから。
あぁ、でも、『プチヴァイラス』でキノコを出せるようになったのは、俺が考えたからじゃないと思うけど。
まぁ、兎に角。
どんなに練習しても、どんなに使い続けても、単発では今以上の事は絶対に出来ない。
そして俺自身の魔元素の量が増える事も、ない。
俺の魔法は新しく作る以外、強くなる事は一生ないそうだ。
Dr.ネイビーから伝授した『返還』の魔法は、ゲームのゲージが溜まる事で使える必殺技見たいな物で、ある程度時間が経たないとスマホに魔元素が溜まらず使えない。
さっき確認したら、90%まで溜まっていた。
後、数日で『返還』の魔法が使える様になるはずだ。
1度使うと次に使える様になるまで、またそうとうな時間が掛かる。
だから、使うなら失敗は許されない。
でも、こんな体で俺は元の世界に帰る事が出来るのかな?
『創作魔法』を使っても特に体に異変は無い。
『環境適応S』と『状態保持S』が効いてきたのか、宿場町に着く頃にはフラフラする事も無くなった。
人に移る病気じゃないし、元の世界に戻っても大丈夫だと思う。
でも、鏡に映ったあの姿を思い出すと・・・・・・
「・・・・・・・・・はぁ」
溜息を吐くと同時にボフンとベットに倒れ込む。
その衝撃でスマホが手から離れ、ベットに無造作に転がった。
充電はとっくの昔に切れているのに、電源ボタンを押せば『教えて!キビ君』だけは起動する様になったスマホ。
この世界に来た時から唯の便利な道具じゃなくなっていた。
こんな小さな物に生かされてんだよな、俺は。
それを自覚したからか、それとも俺のスマホを盗んだ影のせいか。
理由は分からないけど、少しだけ画面の隅で動くキビ君の姿が変わっていた。
些細な変化だけど、なぜかキビ君の周りを地球の周りを回り続ける月みたいに青いビー玉が周っているんだ。
最初は驚いたけどそれ以外は特に変化がなく、問題らしい問題もないからもう気にしていない。
充電がなくても動いて、俺を生かし続けて、魔法もスキルも使える。
その元の世界では考えられない様な大きな変化に比べたら些細な違いだ。
「・・・・・・・・・最初から成功しない依頼、か」
俺はベットに倒れたまま、ボーっとスマホを見ながら呟いた。
でも、頭の中でクエイさんの家でルグとユマさんから言われた言葉が渦を巻く。
元々カラドリウス達でも完全に花なり病を治せなかった。
最初から治せ無いって分かっててウィンさんはあんな事言ったんだ。
俺達にも使われた行動を制限できる魔法道具を使って、マーヤちゃんを治すフリをして近づいて2度とトムさんがカラドリウスを探せない様にするのが本当の目的。
俺達はその計画の為に利用されていた。
ユマさんの話では、行動制限の魔法道具はウィンさんにとっては特別な思い入れがある魔法道具で、だから今まで使う事を躊躇っていたらしい。
けど、今回俺が自分達の正体を言い当てた事で使う覚悟を決めたそうだ。
・・・・・・1度使ったら跡形も無く壊れて消える可能性があった、大切な思い出の魔法道具を使う覚悟を。
「・・・・・・ハハ。
病気になって、死に掛けて、依頼も失敗して。
本っ当、踏んだり蹴ったりだな」
乾いた笑いが口から零れる。
楽しくも面白くもないのに、何故か俺の口と喉は小さく笑い声を出していた。
目を閉じれば瞼の裏に真っ赤な花。
心臓が誰かに直接握られた様にギリギリと痛む。
「本当、最悪な気分だよ」
目尻から冷たい雫が1滴零れると同時に、噛み締めた歯の隙間からドロッとした鉄の様な味が流れ込んで来た。
 




