119,治癒の鳥を探して 17羽目
フワフワと意識が浮上する。
それに比例する様に、ドンドン頭が内側からカチ割られるかと思う程痛くなってきた。
何なんだ、この頭痛は・・・・・・
今まで寝起きでこんな事無かったのに・・・・・・
「・・・いっ・・・・・・つぅ・・・・・・
こ、こは・・・・・・」
目を開けると、本当に記憶に一切無い天井。
鼻をくすぐるのは花の香水と香辛料を何種類も混ぜてミキサーにかけた様な、クラクラする程強烈な植物の臭い。
隣の窓から風で木々が擦れ合う音と、高い鳥の鳴き声。
少しずつ脳に入ってくる情報に無意識に出た俺の声は、自分でもギリギリ聞こえる位の酷くかすれた声だった。
え、マジで此処何処!?
何で俺寝てるの!!?
「サトウ!?」
「サトウ君!!」
「グフゥ!
・・・・・・ル、ルグ、ユマさん?どうしたの?」
ルグとユマさんに名前を呼ばれたと思ったら、返事をする前に腹の辺りに突撃された。
ユマさんと始めて会った日、ルグに突っ込まれた時よりも数倍痛い。
「よか、よかった~。ちゃんと起きてよかった~」
「寝坊しすぎだよ、サトウ君!
このまま起きなかったどうしようって私もルグ君も凄く不安で・・・・・・」
「え、ちょ、ルグ!?ユマさん!!?」
俺に突撃したまま火が着いた様に泣き出したルグとユマさんに俺は更に混乱した。
何で2人はこんなに泣いてるんだ!?
俺、何かした!!?
そう思って、寝る前に何をしていたか思い出そうと必死に頭を回す。
混乱し過ぎて上手く回らない頭を何とか捻り思い出そうとしていると、部屋の入り口から何故かクエイさんが現れた。
「やっと起きたのか」
「え、何でクエイさんが此処に?」
「此処は、俺の家だ。俺が居るのは当たり前だろ」
「クエイさんの、家?カラドリウス達の村の?」
「そうだ」
ちょっと待て。
何で俺はクエイさんの家に居るんだ。
確か、俺達はウィンさんから出された条件でギンコーボムの種を取りに行ってたんっだよな。
カラドリウスの村からだいたい2日位掛けて行った場所に。
それなのに何時の間に村に戻ってきたんだ?
「えーと、確か・・・・・・
ギンコーボムの種を採っていて・・・・・・
小さな地震が起きて・・・地面が崩れ落ちた」
起きる前の行動を声に出して確認する。
そう、ギンコーボムの種を採っていたら地震が起きて、そのせいでパニックを起こしたギンコーボム達が実を大量に落として。
そのせいで下が空洞になっていた地面と一緒に、俺とユマさんは地下に落ちたんだ。
落ちてる最中、俺とユマさんに『フライ』を掛けてた様な気がするけど、そこら辺以降の記憶が全く無い。
どんなに頭の中を探し回っても思い出せないから、もしかして落ちてる最中に俺は気絶して今まで寝ていたのか?
それで、ルグとユマさんがクエイさんの所に連れて行ってくれた。
「ごめん。俺、地下に落ちて気絶してたんだな。
ここまで連れてくるの大変だったろ?
ありがとう、ルグ、ユマさん。
クエイさんも嫌いな人間を見て頂きありがとうございます」
寝ていたベットから上半身を何とか起こし、3人に頭を下げる。
顔を上げると、何故か目を見開いて固まる3人の姿が見えた。
俺、そんなに驚く様な事言ってないはずだけど?
「サトウ、君?何、言ってるの?
落ちた後、地下洞窟の中で会ったよね!?
それで、それで」
「え、いや・・・・・・ごめん、記憶に無いな」
1番最初に復活したユマさんが慌てて俺の肩を掴み、涙でクシャクシャになった顔を近づけてくる。
その目は真剣そのもので、ユマさんが冗談や嘘でそんな事言っている訳じゃない事は一目で分かった。
それでも俺は落ちた後の事を思い出せず、その事を言うとユマさんとルグが一斉にクエイさんを見る。
2人に見られたクエイさんは何故か苦虫を潰した様な顔をしてタバコを取り出そうとしていた。
「あー、俺のせいじゃないぞ?
多分、長い間死ぬ1歩手前まで行ってた影響だろう」
「へ?死ぬ一歩手前?俺が?な、何言って・・・」
何を言ってるんですか?
と言おうとした俺の言葉は、クエイさんが退いた事で見えた鏡に映る自分の姿によって出てくる事は無かった。
「何、これ・・・何時の間に、こんな・・・・・・」
そこに写る俺は記憶の姿から激変していた。
白髪交じりの深緑色の髪。
固まった血の様な赤黒い目。
腕を見ると日焼けしていた肌は病人の様に白く、そこには誰かに強い力で掴まれたような形の、刺青の様な黄緑色の手形が無数に付いていた。
顔が別人の様に変形してる訳じゃない。
それでも鏡に映る俺は配色と痣で、まるで知らない奴にしか見えなかった。
「本当に・・・
ここに写ってるの、俺、なんだよな・・・・・・
・・・・・・ルグ、ユマさん・・・
一体何があったの?何で俺、こんな・・・・・・」
「・・・・・・すみません。
サトウ君が落ち着くまでは、もう少し此処に居させてください」
「・・・・・・はぁ。さっさとしろよ?」
「ありがとうございます。
サトウ君、今からする話は信じられないだろうけど、本当の事。
しっかり、聞いてね」
そう言って話し出したユマさんの話は本当に信じられない事だった。
いや、信じたくない話、が正しいのか。
ユマさんとルグによると、俺は地下の洞窟に落ちた後、スマホを謎の黒い影に奪われ、花なり病に罹ってしまったらしい。
それも、万能薬が効かない死ぬ一歩手前の末期の状態。
俺が寝ている間、ユマさんが『アイテムマスター』のスキルでスマホ調べて分かった事だけど。
俺の『創作魔法』や『創造スキル』は付属スキルの1種らしい。
両方俺自身が持っている訳じゃなく、スマホに登録されたスキルだった。
『クリエイト』の2つ目や、『スキル創造』も特定の条件を揃えた場合スマホをカスタマイズできるもの。
『返還』も『往復路の小さなお守り』も俺が伝授したんじゃなく、スマホが覚えたんだ。
だからこの世界に居る間、スマホから離れ過ぎると俺は小さな虫を潰すよりも簡単に死んでしまう。
スマホを中心に波紋が広がる様な形で、スマホを目で確認出来る距離に居る間、俺は『創造スキル』の効果がついた特殊な膜に覆われてるそうだ。
でも、スマホから離れ過ぎるとその膜が消えてしまい、俺はこの世界で生きていけなくなる。
『状態保持S』も『環境適応S』も効いてないんだ。
当然と言えば当然か。
今回はルグとユマさんが迅速に動いてくれたから、暫くの間ギリギリ生きていられて助かったけど。
スマホが奪われた以上、『往復路の小さなお守り』もその間発動していなかった。
後一歩遅かったら俺は間違いなく死んでいただろう。
その事が分かって、俺の体からドンドン熱が消えいく気がした。
「地下洞窟で無事にサトウ君と会えた。
でも、その時にはサトウ君の言葉が分からなくて、サトウ君も私の言葉が分からないみたいで・・・・・・
それで・・・それで・・・サトウ君が・・・・・・」
「花なり病を発症させたんだな?
ごめんね、ユマさん。怖い思いさせて。
ルグも、ごめん。
それと、ありがとう。お陰で、何とか生きてるよ。
ジャックも、助けてくれて、俺達を守ってくれてありがとう」
説明している間に、地下での事を思い出したんだろう。
ボロボロと泣き出し、上手く喋れなくなったユマさんに俺は謝ってお礼を言った。
俺の命とルグとユマさんの心を守ってくれたジャックにもお礼を言うと、スライムの姿に戻ったジャックが少し縦に伸びる。
多分、当たり前だろうと胸を張ってるんだろうな。
「医者のカラドリウスの話では、見た目が変わったのは末期まで病気が進行して体を作る魔元素が植物に変わったけど、スキルで再生して人間の体に戻ったからだって。
それと、花なり病はカラドリウスでも完治させれない。
またサトウがスマホを無くしたり奪われれば、花なり病が再発して直ぐに末期の状態になるって・・・」
「そっか・・・・・・」
『教えて!キビ君』で花なり病を調べると、
花なり病・・・
精神的な事や環境が原因でストレスを強く感じるとなる重度の症状。
初期は食べた物や体内の古い細胞を花に変え吐き出す。
重症になるにつれ表面の細胞や新しい細胞まで花や葉に変えていき、最後は体の全てを花と草の塊に変えて死んでしまう。
と書かれていた。
つまり花なり病はその人を追い詰め苦しめる悪いストレスによる心の病。
うつ病やトラウマの様な精神的ものが原因でなる症状だったんだ。
ガンやインフルエンザの様な体の病気はカラドリウスは治せるけど、複雑怪奇な心が関わる病気は完全に治せない。
心の傷はゆくっりゆっくり長い時間を掛けないと治らないからな。
病原菌や寄生虫、悪い細胞を取り除くのとは訳が違う。
「・・・あぁ、そっか。結局、俺も・・・・・・」
花なり病は『精神的な事や環境が原因でストレスを強く感じるとなる重度の症状』だと書かれていた。
魔女達の存在や、知っている奴が全く居なくて今までの生活から一変した状況が精神的に辛かったってのもある。
けれど、環境も絡んでくるならスキルで誤魔化していただけで、本当はこの世界に来た日から俺の体は知らない内にダメージを受け続けていた可能性があるんだ。
俺自身は、他のサンプル達と同じ様に、この世界の環境には適応出来ていない。
ただ運よく、保護してくれる物を持ってただけ。
・・・・・・本当、物語の主人公とはとことん違うんだな。
「分かってた。分かってた、けど・・・・・・
こう、ハッキリ突きつけられると、辛いな・・・」
俺の前に来たサンプル達の末路を想像する事は出来ていた。
でも、それは知識として知っていただけ。
どこかで、俺は他のサンプル達とは違うんだと思っていたんだ。
俺は大丈夫なんだって思い込もうとしていた。
それをこの姿と痣が目に見える形で否定してきた。
知らず知らずの内にこんな小さく薄い機械に自分の命を預けていた事実は酷く、恐ろしいものだった。




