117,治癒の鳥を探して 15羽目
今回はルグ視点で進みます
1歩1歩地面を駆け抜ける。
何時もなら苦しくて辛くて堪らない位走り続けているのに、其れが気にならない位オレは急いでいた。
1分でも1秒でも早く、速く。
休んでる暇何って無い。
無我夢中で走って、目指すのは、
「ん?何だ、ネコ?」
「つ、着いた!!」
「はぁ?」
カラドリウスの村に着くと同時に体力とか魔元素とか、色々限界でオレはケット・シーの姿で地面に倒れこむ。
その瞬間、背中に乗っていたユマがサトウを持って退いてくれたから潰れずにすんだ。
「何だ、お前達か」
今日も宿場町に行って戻って来たらしい医者のカラドリウスが村の入り口直ぐ近くで、驚いた顔でオレ達に声を掛けて来た。
世界がグルグル回っているように見えて気持ち悪いし、喉と肺が呼吸するだけで火傷したように痛いし、唾が異様に甘く感じる。
顔を上げる事も尻尾の先を動かす事も出来ないから、医者のカラドリウスがどんな表情しているか分からない。
でも、その声には呆れと安堵の色が混じっていたのは確かだ。
「それで、その草の塊は何だ?
あいつはそんな物取って来い何って言って
「サトウ君・・・・・・・」
はぁ?」
「サトウ君だよ。花なり病になっちゃった・・・」
医者のカラドリウスの言葉を遮って、ここに来るまでの間一切喋らなかったユマが口を開く。
ユマの言葉に医者のカラドリウスは少しの間考え込むようにうなり、
「サトウクン?・・・・・・あぁ、あの人間か」
そう言って興味をなくしたような声を出した。
何とか顔を上げると、心底興味がないと言う医者のカラドリウスの顔。
本当にこのカラドリウスが人間を心底嫌っているのが分かる顔をしていた。
だけど、俯いたままのユマには見えてないんだろうな。
「・・・・・・万能薬、使っても治らなかった」
「ふーん。それで?」
「サトウ君、治してください」
そう言って医者のカラドリウスに深々と頭を下げるユマ。
そんなユマに対し、医者のカラドリウスはあきれたように答えを吐き捨てた。
「何度も言ってるだろ。誰が人間なんかを
「ここに」
ユマは医者のカラドリウスの言葉に被せるようにそう言った。
その手にはこの依頼を受けた日にローズ国の姫から渡され、サトウがサインした依頼書が握られている。
依頼書はユマが強く握っているせいで少しクシャクシャだ。
「ここに、カラドリウス捜索の依頼書があります」
「それが?」
「冒険者じゃない貴方は知らないだろうけど、この依頼書には依頼を受けた冒険者の行動が随時記録される」
ユマの言葉に医者のカラドリウスの目が見開かれる。
それに気がついているのか、気づいていないのか。
顔を上げ真っ直ぐ医者のカラドリウスを見るユマは言葉を続けた。
「だから、この依頼書をギルドに持っていけば、貴方達の正体もこの村の事も人間に知れ渡る。
そうなればどうなるか分かりますよね?」
「・・・・・・・・・脅しかよ」
「いいえ。これは取引です」
そう言ったユマの横顔は少しも動く気配の無い、一切の感情が表れない。
何を考えているか分からない人形の様な顔。
その表情は完全に、ここ最近見慣れた歳相応の少女の物ではなく、サトウと会うまで見続けた一国の王としての顔だった。
「脅してるわけじゃありません。
だからお願いしたんです。
でも、貴方はそれを拒んだ」
「当然だ」
「だから、貴方方にも利益のある物を用意した。
サトウ君を治していただけるなら、この依頼書は好きにしていただいて構わない。
この村の事も貴方方の事も一切喋らないと、約束します」
意識してか無意識か分からないけど、坦々と話すユマの声は仕事用のものに変わっていた。
それと同時に雰囲気もガラッと変わる。
威圧するようなオーラが滲み出したユマに、対峙する医者のカラドリウスだけじゃなくオレまで嫌な汗が流れた。
「確かに、其れが存在すると厄介だな。
だが、今ここでお前達を倒して奪う方法も在るんだぞ?」
「貴方に、それが出来ますか?」
静かに、ゆっくり言うユマの声に反応し、周りの影が揺れ動く。
今はザワザワと不自然に動くだけだが、ユマの合図1つでこの影達は一斉に医者のカラドリウスを襲うだろう。
今のユマの姿はサトウには見せれないな。
サトウは図体の割りに怖がりだから、このユマの姿を見たらぶっ倒れるに違いない。
それで、ずっと怯えられたらユマは間違いなく傷つく。
ユマはサトウの前なら、やっと普通の女の子らしく笑えているのに、そんなのあんまりすぎるだろう?
「ギンコーボムの種を持って来たら、『1人位』助けてくれるんですよね?
ウィン先生は誰を助けてくれるか、はっきり明言していなかった。
依頼は諦めます。
依頼人にも何が何でも諦めさせます」
最初会った時は勇者対策の情報集の為にサトウを利用してやろうと思ってた。
でも今は、変わってるけど一緒に居て楽しいと思える友達だ。
それはきっとユマも同じで、だからオレもユマもサトウを死なせたくない。
オレもユマもサトウとは違って、1回合っただけの他人を助けるほどお人よしじゃないんだ。
「だから、これでサトウ君を助けてください。
お願いします」
「クエイ、その人間を治してやれ」
「ウィン!お前、何時から・・・・・・」
1人しか助けられないなら、当然合った事も無い依頼人の娘より、ずっと一緒に生活してきたサトウを選ぶ。
ギンコーボムの種の成功報酬の病気を治してくれる『1人』をサトウにしてくれと頼むユマ。
それに答えたのは、いつの間にか近くに来ていた、ユマの知り合いの村長のカラドリウスだった。
そして何故か村長のカラドリウスは、薄い青紫色の筒状の花が咲いた鉢植えと水が入った瓶、5つの木製のコップを持っている。
あの花、どっかで見たことあるような・・・・・・
「誓いの花・・・・・・」
「知っていたのか・・・・・・」
「はい。誓いの花は私も仕事で良く使いますから」
誓いの花。
それはユマや親父の大切な仕事道具の1つでもある、基本的にアンジュ大陸国の各国王しか持っていないって言われる希少な魔法道具。
オレも1回見ただけだから、こんな森の中の隠れた村にあるのが信じられない。
誓いの花は魔族が誰かと大事な契約を結ぶ時使う、花の形をした魔法道具だ。
この魔法道具を前に、誰かが契約を交わすと、花から濃い青紫色の種が出る。
その種を飲むと、契約に違反したことが出来なくなるんだ。
もし、無理に契約に反した事をすれば、体内の種から毒が出て確実に死んでしまう。
多分サトウの『常態保持S』でも、この毒は防げ無い。
だってこの毒は不条理に盛られた普通の毒とは訳が違う。
これは裏切りへの罰なんだ。
「そっか、今のジャックター国の王はヒュマイア姫だもんね・・・」
「はい・・・・・・
ウィン先生。それ、母の作ったものですよね?」
「あぁ。昔、ランド様から貰ったものだ。
ワタシ達カラドリウスを守るのに使えるだろうからって・・・
・・・・・・さて、此処に居る5人で契約しよう。
ちゃんとギンコーボムの種を取って来たからね。
ヒュマイア姫の願いどおり、特別にその人間だけはワタシ達の出来る範囲で治してあげる。
その代わり、依頼人の娘は何があっても助けない。
それと、条件がある。
その依頼書をこの場で燃やす事と、ここの事やワタシ達の正体を誰にも少しも漏らさない事。
そして、今後一切、依頼主にワタシ達カラドリウスを探させない事。
それが条件だ」
「承諾しました」
村長のカラドリスが『契約しよう』と言った瞬間、ウィルオウィスプが入った癒しの木の花の様に手に持った花が淡く光り出した。
そしてユマの『承諾しました』の言葉で花は光るのを止め吐き出したのは、5つの小指の爪位の大きさの青紫色の種。
種を吐き出すと、誓いの花は一気に茶色く枯れ果て、風に吹かれバラバラに飛んでいった。
残ったのは何も咲いていない寂しげな鉢植えのみ。
その鉢植えをどこか悲しそうに見つめてから、村長のカラドリウスは種の内3つをオレとユマ、医者のカラドリウスに木製のコップと一緒に渡して来た。
疲労で物を飲むのすらひと苦労なオレと違い、ユマは村長のカラドリウスがコップに瓶の水を入れ終わると同時にその水と一緒に何の躊躇いも無く種を飲み込んだ。
しばらくするとユマの胸の辺りの空中に花の形の魔方陣が浮かび、細かい光の粒となってユマを包み込む。
ジャックター国の女王として、もう何度も誓いの花の種をユマは飲んでいるんだ。
ユマの小さな体には幾つもの誓いの花の種が溜まっている。
ユマは慣れきっているから平然としているけど、内心怖いはず。
なにせユマの両親の死因は異常な免疫反応って可能性があるんだ。
そして、ユマの父親の異常な免疫反応の原因になった食べ物は誓いの花の種の可能性が1番高い。
サトウの話を聞いて、驚いた。
だってサトウが言った異常な免疫反応の話はそのまま、ユマの両親が亡くなった時と完全に一致していたんだから。
サトウの話だと、同じものばっかり口にしているとなる場合があるって言っていた。
ユマの両親が良く口にしていたのは、ジャガイモとエダマメ。
そしてこの誓いの花の種。
ユマだってジャガイモやエダマメが好きで今までほぼ毎日食べてるし、仕事の関係上この1年で沢山の誓いの花の種も飲んでいる。
何時異常な免疫反応が起きるか分からないんだ。
その上この世界は回復魔法がある分、話に聞いたサトウの世界より医療の発達がかなり遅い。
だからサトウの世界と違って異常な免疫反応を治す方法がこの世界に無いんだ。
医者じゃ無いサトウも詳しい治療方法を知らない以上、ユマが何時発症してそのまま死んじゃうんじゃ無いか心配でたまらない。
サトウが今死にそうなのに、ユマまでそんな事になったら、オレはどうしたらいいんだよッ!!!
「依頼書も燃やし終わりました。
これでサトウ君、治してくれますよね?」
「それが契約だからね。クエイ」
「嫌だね。誰が人間なんかを助けるか!
お前も知ってるだろウィン。2000年前の悲劇。
人間に協力する為にこの村を出たカラドリウスは誰1人帰ってこなかった!!
人間に利用されつくされて殺されたに決まってる!!!
それに・・・・・・」
サトウ以外、全員が種を飲んでユマが依頼書を燃やしたのを見て、村長のカラドリウスが医者のカラドリウスの名前を呼ぶ。
それだけで何を頼まれたのか察し、医者のカラドリウスは拒否した。
「助けたいなら、ウィンがやれよ。
お前の方が俺よりも医者の才能あるだろ?」
「出来ないんだ」
「はぁ?何言って・・・」
「ワタシはもう、『病食』が使えないし、薬も作れない」
その言葉にユマと医者のカラドリウスが目を見開く。
『病食』って話の流れからして、病気を食べて治すカラドリウスの基礎魔法だよな。
オーガンを取り除いてないのに基礎魔法が使えなくなるってよっぽどの事だぞ!!
「どう言う事だよウィン!!
そんな話、聞いてないぞ!!」
「1年前、この村に帰ってくる前に誓いの花を使って契約したんだ。
ランド様を助けられなかったら、医者としての全てを捨てるって」
怒りに任せ掴みかかってきた医者のカラドリウスに村長のカラドリウスは静かに言った。
その村長のカラドリウスにユマも叫ぶ。
「そ、そんな・・・そんな話、父からも聞いていませ!!!
何でそんな事したんですか!?」
「・・・奥様が病気になってランド様に呼ばれた時、ワタシはランド様の期待を裏切った。
その後、ランド様も病気になって、今度こそ、今度こそは必ずワタシの全てを持って助けようと思ったんだ。
だけど、助けられ無かった!!
ワタシにとってはランド様を助けられないなら、医者で居続ける意味なんて無かったんだ!!!」
村長のカラドリウスは滝の様な涙を流し血が出そうなほどの声で叫ぶ。
その声に医者のカラドリウスは村長のカラドリウスから手を離し、よろめく様に後ずさった。
「なん、だよ、それ・・・・・・
そんな事で・・・
そんな事で自分の才能を捨てたのかよ!
俺がいくら努力しても手に入れられなかった医者としての才能をっ!!!」
「ワタシにとっては、何100人、何千人助けられる才能なんて要らないんだよ。
たった1人、大切な人を助けられるならそれでいい。
それが出来ないなら、こんな才能、ゴミと変わらない!」
「クソッ!ふざけんな!!ふざけんなよ・・・
ウィン・・・・・・」
医者のカラドリウスはどうしようもない怒りを近くの木にぶつける。
木を殴ったことで赤く腫れ、血が出てきてるのにも気にせず、唇を噛み締めていた。
痛みを感じない位、その位医者のカラドリウスの怒りは強いのだろう。
「ウィン先生。
父は先生にそんな事して欲しくなかったはずです」
「うん、分かってる。分かってるよ。
ランド様はそんな事望んでなかっただろうね。
あの方は何処までも底抜けのお人よしだったから。
それでいて、1人で何でもやろうとして、抱え込むところがあった。
けどあの時、そんなランド様に、ワタシも救われたんだ」
きっと今頃天国で怒ってるかな?
と、少し嬉しそうな、でもほとんどが寂しそうな声と表情で村長のカラドリウスはそう言った。
「ねぇ、クエイ。
ワタシの代わりにあの人間を治して。
ワタシは何も出来なかった。
けど、せめて。
せめて、ヒュマイア姫に何度も大切な人を失う痛みを感じさせたくないんだ!!
お願いだ・・・クエイ・・・」
「・・・・・・・・・チッ。仕方ねぇ。
治してやるから着いて来い」
深々と頭を下げる村長のカラドリウス。
その村長のカラドリウスの態度に医者のカラドリウスは舌打ちをしてそう承諾した。
医者のカラドリウスの言葉にホッとユマの纏う雰囲気が柔らかくなる。
「ルグ君、大丈夫?立てる?」
「おう!心配しなくても、この位大丈夫だって!
あ、サトウ運ぶな」
「ううん。
ルグ君、ここまでずっと走ってくれて頑張ってくれたから、私が連れて行くよ。
ルグ君は休んで?」
「なら、お言葉に甘えて、サトウの事頼んだ」
「うん」
正直言うと、ズルズルとサトウを引きずって医者のカラドリスと村長のカラドリウスの後を追いかけるユマの後をゆっくり着いて行くこと以外。
少し休んでも自力で歩くのがやっとな位しか回復していなかったりする。
見栄を張ったものの、しばらくの間魔法もスキルも使えそうに無い状態だ。
だから、ユマの提案は助かった。




