113,治癒の鳥を探して 11羽目
あのゾンビの村を出て約半日。
俺達はついにギンコーボムの下に来た。
傍から見ると黄葉した、唯のイチョウの木。
秋の風物詩そのままでもその木の1本に向かって俺がパチンコで石を打つと、石が木に当たった瞬間。
幹に子供の落書きの様な人間の顔が浮かび、その枝に成った木の実が一斉に落ちる。
そして枝から離れたヘタに火が着き、地面に落ちると同時に異臭と共に木の実が爆発した。
間違いなく、俺の知っているイチョウの木とは別物だ。
こんな危険な植物が俺の居た世界の学校や町の道の脇に植わっていたら、どんだけの被害が出ていた事か。
例の如く異臭対策に厳重にマスクをして、木の実が爆発し飛び出た種を急いで、でも慎重に回収する。
作戦はまず俺がパチンコで遠くから石を打ち、ギンコーボムに木の実を落とさせる。
そしてギンコーボムが新しく木の実を生やしている間に『スモールシールド』を周りの木との間と木の上の方を囲むように何十にも張り、その間にルグは瞬間移動で、ユマさんは『オンブラ』で近くの影を操って。
2人の魔法で種を回収する。
そうやって1本づつ時間を掛け種を回収してった。
問題は時間が経つにつれ臭いが酷くなる事。
最終的にはユマさんが種を回収して、俺がそのサポート。
効果があるかどうか謎だけど、ルグは『クリエイト』で出した巨大うちわで臭いを吹き飛ばす役になった。
「うぅ・・・こ、これは・・・・・・
あの沼の臭いよりはマシだけど・・・・・・」
「うげぇ・・・・・・・・・凄い臭い・・・・・・
カラドリウス達は良くこんな臭い物食べようと思ったな」
「まぁ、銀杏は臭いは酷いけど美味しいから」
銀杏がこんな強烈な臭いを放つのは、サルやネズミの様な哺乳類が嫌うこの臭いを出して銀杏を食べられないようにする為だと聞いた。
臭いのおかげで野生動物に食べられる心配をする事無く子孫を残せるらしい。
でも、人間は食べるけどな。
普通の銀杏はギンコーボムの様に爆発しないから、子孫繁栄の為に強烈な匂いと言う武器を手に入れた。
けど、ギンコーボムは木の実が爆発するだけでも危険なのに、なぜ強烈な臭いまで装備したのか。
どうしてこんな危険植物に進化したんだ!
本当にギンコーボムが俺の予想通りキメラなら兵器としてこの能力も納得できるし、爆発で飛び出すおかげで銀杏の様に要らない手袋を嵌めて手で剥いたり、実を土の中に埋めたりして種を取る必要は無いけどさ。
正直もう少し大人しくしていて欲しかった。
「美味しい・・・・・・・・・
アチッ!あ、でも、本当だ!美味い!!」
普通の銀杏より2周り以上大きなギンコーボムの種は、話に聞いていた通り爆発で火が通りアッツアッツ。
中の仁は最初から火を通す前の新鮮な銀杏の様な輝く緑じゃなく、卵の黄身みたいな濃い黄色。
茶碗蒸しに入れ無くても好きな人ならそのまま美味しく食べてくれるだろうなぁ、って美味しそうな色をしている。
そう思って言った『臭いは酷いけど美味しい』と言う俺の言葉を聞いたルグが、早速回収したギンコーボムの種を1つ食べた。
相当熱かったのかハフハフ良いながら食べきったルグは、その味に目を輝かせている。
「あ、ルグ!ストップ!!それ以上食うな!!」
俺はギンコーボムの種をまだ食べようとするルグを慌てて止めた。
「大丈夫だって!
心配しなくても、頼まれた分の種には手を出さないからさ!」
「それもあるけど、俺の世界のギンコーボム、銀杏って言うんだけど。
それには毒があるんだ。
食べ過ぎると死ぬ場合もあるんだぞ?」
「・・・・・・・・・え、嘘?」
信じられないものを見る様にルグは手に持ったギンコーボムの種と俺の顔を交互に見る。
確かに銀杏は茶碗蒸しや酒の肴にピッタリな秋の味覚だ。
滋養強壮や老化防止、漢方では肺の働きを高め喘息を鎮める効果もあると言われている。
栄養面でも血圧の調節をするカリウムが多く含まれているし、コレステロールを減すアミノ酸とレシチンと言うものがバランス良く入った良質な蛋白質だとテレビで言っていた。
でも、難しい名前の毒素も含まれていて、食べ過ぎると嘔吐や痙攣、消化不良、めまい、脚の麻痺、意識混濁、不整脈、顔面蒼白、呼吸困難や逆に呼吸が早くなりすぎる症状何かの中毒症状が出る。
銀杏を食べ過ぎて死んでしまった人も居る危険な食べ物でもあるんだ。
「それに、銀杏の毒は熱にも強い」
銀杏の毒が厄介なのは熱に強い事。
加熱調理は一般的に菌や毒を消すのに効果的だと言われている。
大体の菌は75℃以上の加熱で死んでしまうんだ。
でも中には熱に強い菌や毒、例えばシジミやカキに潜む有名なノロウイルスは85℃以上じゃないと死なないし、100℃以上で数時間以上加熱しても死なないボツリヌス菌やセレウス菌、ウエルッシュ菌が存在する。
特に自然界最強の毒素を持つボツリヌス菌は有名じゃないかな?
海や川、ドロや土の中、何処に居る菌で、普段は毒を出さないけど真空状態になると毒を出すようになる。
安全だと思った缶詰や瓶詰め、レトルト食品で食中毒が起きて死人が出たってニュースがあったし、食中毒の原因としてノロウイルスと共に度々ニースに出てるし。
生き物の毒だと、ホタテやアサリなんかの二枚貝の貝毒やフグの毒も銀杏の様に熱しても毒が弱る事は無い。
フグの毒なんか300℃以上の高温でも変化が無かったって聞いた事がある。
確かに、加熱すれば大体の物は大丈夫だけど、絶対とは言い切れないんだよ。
「確かに、銀杏は体に良い成分も入ってる事は確かだ。
でも、毒があるのも本当。
だから、俺が居た世界では銀杏は年の数以上食べちゃいけないって言われてるんだ。
それもギンコーボムよりも小粒の物を、だ」
銀杏だと最大、大人だったら20個位、7歳から14歳位までなら6個以下が目安らしい。
7歳より下なら食べさせない方がいいそうだ。
まぁ、念の為に1度に銀杏を食べるなら大人で10個、子供なら4個に控えるのが丁度いいだろう。
さっき言った通り、銀杏の毒は加熱しても消えない。
確実に毒も一緒に摂取する事だから、目安以上に食べちゃいけないんだ。
けど、2周り以上大きなギンコーボムの種なら銀杏の目安半分以下、ルグ位の年なら1度に1、2個にするべきだろう。
お酒や薬と同じで銀杏も量が過ぎれば唯の毒。
何事も用法用量をお守りください!
ってやつだ。
「銀杏毒の食中毒の効果的な応急処置は殆ど無くて、いざとなったらビタミンB6、バナナやレバーに多く含まれる栄養素なんだけど。
それを銀杏毒以上食べるって応急処置がある位だ。
確かに解毒薬もまだあるけど、それも過信できない」
解毒薬でゾンビ毒は治せなかったんだ。
銀杏の毒だって治せるかどうか分からない。
大切なのは治療する事よりも、それを回避する事。
治療するより予防が大事って言うだろ?
「と言う事で、俺の『ヒール』じゃ怪我を治せても毒は治せないからな。
だからそれ以上はダメです!」
「う~・・・・・・・」
「ルグ君、またお腹痛くなりたいの?」
「それは・・・・・・ヤダ」
ユマさんの言葉に俺の自分でも長ったらしいと思う説明を聞いても渋っていたルグは、大人しくギンコーボムの種を今にも零れそうな箱に戻した。
・・・・・・少し、取ったギンコーボムの種を持って帰ろうかな?
ルグも気に入ったみたいだし、夜は少しづつ寒くなってきたし。
帰ったらギンコーボムの種も入れた茶碗蒸しを作ろうかな。
そんな事を考えながら、安全の為にギンコーボムの群れから少しはなれ、中身が零れない様に木箱に蓋をし確りと紐で縛り鞄にしまう。
その直後、地面が小さく揺れた。
「うわぁああああ!!?」
「きゃああっ!!!!」
「ん?地震か?2人共だいじょ・・・えぇ!?」
震度2、3位の、何か作業をしていたら気づかないような小さな地震。
普段からたまに起きる位の小さな揺れに、やけに驚いていたルグとユマさんに声を掛ける。
振り返って目に見えた光景は、俺の直ぐ近くで頭を抱え蹲り震える顔色の悪いユマさんと、元の魔族の姿に戻り近くの木の上で涙目で震えるルグの姿だった。
「ど、どうしたの!?ルグ!?ユマさん!!?
何処か怪我した?具合悪い?」
近くに居る座り込んだまま動かないユマさんと目線を合わせる様にしゃがみそう尋ねる。
ユマさんは小さく首を振るだけで、ポロポロと泣き出してしまった。
「ほ、本当にどうしたの!?何処か痛いの?
言ってくれないと分からないよ。ね、ユマさん?」
「・・・・・・・・・ゆ、ゆれ・・・・・・」
「ん?揺れ?さっきの地震の事?」
「・・・・・・じめん、ゆれた・・・・・・
・・・こ、こわかったぁ・・・・・・」
「えーと、ルグも?」
木に登ったまま降りて来ようとしないルグに小さな地震が怖かったのか尋ねる。
それに対しルグは、首が取れそうな程激しく縦に首を振った。
・・・・・・・・・あぁ、そうか。
普段から小さな地震なら何度も起きる日本と違い、地震をあまり体験した事ないルグやユマさんにはこの位の小さな地震も怖かったんだな。
それに技術の進歩を禁止していたこの世界では耐震技術も其処まで進歩して無いだろうし、更に怖いんだろう。
「大丈夫だよ、ユマさん。
もう、揺れないと思うし、大した事なかっただろ?
えっと、立てる?」
「・・・・・・・・・」
無言で首を横に振るユマさん。
まだ恐怖で動けそうに無いユマさんには少しでも落ち着いて貰える様に、『ミドリの手』で出したミルクチョコを渡す。
次にルグに向き直り、
「ルグ、下りられるか?」
と聞くけど、ルグはまたも激しく首を振るだけ。
今度は横に振ったって事は、残念な事にルグも地震の恐怖が抜けきらず、下りらない様だ。
「ちょっと待ってろ。今、迎えに行くから」
ルグにそう言って俺は『クリエイト』で梯子を出し、ルグの居る木に掛ける。
だけど、何事もなく梯子を登る事は出来なかった。
梯子を半分位上った所で、連続的に地面が小さく揺れ続ける。
それは地震と言うよりも何か大きな生き物がズシンズシンと歩いてくる様な揺れ方だった。
「な、何だ?
さっきの地震で巨大生物が逃げてきたのか!?」
地震によって動物の群れが逃げ出すシーン。
それを思い出し慌てて周りを見渡すけど、自分達以外の生き物の影は見当たらない。
代わりに鼻をつく独特の異臭。
これは・・・・・・
「ギンコーボム?
・・・・・・・・・まさか!
さっきの揺れでギンコーボム達が危機感を覚えて、木の実を落としてるのか!?」
その考えは正しかった様で、臭いが強くなったと共に微かに爆発音が聞こえた。
「ルグ!急いでおりうわぁああああああああ!!!」
「きゃぁあああああああああああああ!!!!!!」
「サ、サトウ!!!!ユマ!!!!!」
ルグを急いで木から下ろそうとしたら、地面がまた揺れた。
それはさっきの何倍も強く、俺は梯子ごと地面に落ちていく。
だけど、落ちたのは俺と梯子だけじゃない。
地面その物が落ちていったんだ。
どうやら、俺達が居た場所の地下は空洞になっていた様で、さっきの小さな揺れとギンコーボムの爆発で地盤が崩れたらしい。
それに巻き込まれ俺と地面に蹲っていたユマさんは地下に落ちていった。
「きゃぁああああああああああああ!!!!!」
「『フライ』!『フラアアアアアイ』!!!」
咄嗟に俺とユマさんの体に『フライ』を掛ける。
一応、俺の『フライ』がユマさんの体に掛かってるだろうし、咄嗟に反応できなかったユマさんの代わりにリボンに化けていたジャックがユマさんの体を覆い、大きな羽を生やして滑空しっていった。
俺自身も『フライ』のお陰でゆっくり落ちていく。
流石に、混乱しすぎて飛ぶ事は無理そうだ。




