111,治癒の鳥を探して 9羽目
念の為に交代で見張りをしながら休んで翌日。
夜寝る前にユマさんの通信鏡にユマさんの弟から連絡が来た以外、何事もなく俺達は朝を迎えられた。
今までユマさんと同じ部屋で寝た事が無いから知らなかったけど、ユマさんの弟、ナァヤことヒュナイヤ君は結構心配性なのか、毎晩ユマさんと連絡を取り合っていたらしい。
通信鏡から聞こえるナァヤ君の声は甲高く、まだ声変わり前みたいだった。
心配ってのもあるんだろうけど、きっとナァヤ君は唯一残った肉親の姉が居ない事が寂しいんだろうな。
ナァヤ君の年齢は後で教えて貰ったけど、まだ8歳の子供なら仕方ない事だ。
ユマさんもナァヤ君と話すのは楽しいみたいだし、悪い事じゃないよな。
「さて、忘れ物は無いよな?」
「うん」
2食連続で申し訳ないけど、朝食も昨日と同じサンドイッチとジュースのみ。
パパッと作った朝食を食べ終え、忘れ物がないか確認して俺達は部屋を出た。
「昨日は良く休めましたか?」
「はい、お陰様で。ありがとうございます」
1階に下りると店主がそう声を掛けて来た。
大分早い時間なのに既に店主は着替えてカウンターに立っている。
昨日チェックインした時とコッソリ覗いた時と変わらない笑顔と姿勢で。
寧ろ、服装を含め昨日と一切変化が無い様に見えるんだけど・・・・・・
「あの、変なこと聞きますが、ちゃんと休みましたか?」
あまりにも昨日と変わらな過ぎる店主につい俺はそう尋ねていた。
そんな俺に店主は、
「いらっしゃい!1泊100リラだよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
俺の質問に答える事なく、この宿屋に来た時と全く同じセリフを言った。
「あの・・・・・・・」
「いらっしゃい!1泊100リラだよ!」
「あ、あの!」
「いらっしゃい!1泊100リラだよ!」
「本当に変な冗談はやめてくださいっ!!!」
「いらっしゃい!1泊100リラだよ!」
店主はまるでロボットの様に俺が声を掛ける度に同じ言葉を全く同じ様な態度と姿勢、口調で繰り返すだけ。
流石にこれが冗談じゃない事は良く分かった。
「も、もしかして、この人、ゴーレム、なの?」
この世界のゴーレムはロボットの様な物だって聞いた。
何処からどう見ても人間にしか見えないけど、この店主は人型の高性能ゴーレムなのかもしれない。
今ここに居る村人は全員ゴーレムで、だから昨日生活音がしなかったんだ。
きっと何か理由があって人間の村人は避難したけど、ゴーレム達だけが残されて、今も設定どおり活動し続けている。
そう思ってユマさんに聞くと、ユマさんは真っ青な顔で首を横に振った。
「ち、違う・・・ゴーレムじゃない・・・・・・
そ、その人・・・・・・その人、人間・・・・・・
・・・・・・生きた、普通の人間だよ・・・・・・」
「・・・・・・う・・・・・・そ・・・・・・?」
「いらっしゃい!1泊100リラだよ!」
ユマさんの言葉に店主を見ながら小さく呟くと、それを聞いてロボットの様に同じ言葉を呟く店主。
貼り付けた様な全くピクリとも動かない自然な笑顔。
ただただ同じ言葉を繰り返す口。
微動だにしない体。
此れが、人間?
俺と同じ人間だって?
嘘だろ?
「う、うわああああああああああああ!!!!!!」
店主に言い知れぬ恐怖を感じ、俺達は叫びながら宿屋を飛び出した。
そんな俺達の後ろで店主が、
「いらっしゃい!1泊100リラだよ!」
と言うのが微かに聞こえた。
その声に更に恐怖を駆り立てられ、無我夢中で走る俺達。
そのせいで前を歩いていた村人にぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい!」
「この町のリンゴは世界一美味いんだよ!」
ぶつかった人から放たれたのは、
「何してんだ!」
でも、
「気をつけろ!!」
でも無く、今の状況から何の脈略も無い、
「この町のリンゴは世界一美味いんだよ!」
と言う言葉。
恐る恐る、ぶつかった人を見るとその人は紫色の瞳を細めた笑顔で突っ立ているだけ。
「あ、あの・・・・・・・・・」
「この町のリンゴは世界一美味いんだよ!」
ぶつかった人はあの宿屋の店主と同じロボットの様に同じ言葉を繰り返す。
俺は思わず後ずさり、叫んでいた。
「なん、だよ。何なんだよ!!この人達は!!!?」
「この町のリンゴは世界一美味いんだよ!」
「ようこそ。ここは道具屋。沢山買ってて下さいね」
「この村は森に囲まれているからな。
夜になると危険な魔物や動物の鳴き声が良く聞こえるんだ」
「もしもの時の事を考えて、戦闘の特訓をしてるだ!!」
「この子が無事に見つかってよかったよ!」
「この村の警護はお任せください!」
「友達と鬼ごっこしてるの!」
「待ってー!!」
「英勇教は素晴らしい!!英勇教バンザイ!!!」
俺の叫び声が聞こえた人達が一斉に喋りだした。
その全員が脈絡の無い、同じ言葉を繰り返すだけ。
俺が村の入り口に居た男性や宿屋の店主に感じた違和感は此れだったのか。
これじゃあまるで、
「NPCみたいじゃないか・・・・・・・・・」
俺の呟きにまた近くに居た人が喋る。
その姿はAボタンを押してセリフが出るゲームのNPCそのもので。
異世界ではあるけどゲームの中じゃないこの世界で、ここの村人の異常性は際立っていた。
この村だけまるでゲームの世界じゃないか!!
「・・・・・・・・・違うよ。サトウ君」
「ユマさん・・・・・・」
「この人達はゾンビなんだよ・・・・・・」
ゾンビってあのゾンビ?
ホラーで定番の腐った動く死体とかゾンビウイルスや寄生虫に感染した人とか。
そう言う生きた人間らしい姿を留めていないドロドログチャグチャになった姿のあのゾンビ?
「ゾンビって死体だろ?この人達は生きてる!」
「サトウの世界ではどう言うゾンビが伝わってるか知らないけど、こいつ等が、この世界のゾンビなんだ」
「この世界のゾンビは、毒薬で仮死状態され意識を奪われ、魔法で操られた人の事を言うんだよ」
この世界のゾンビと呼ばれる存在は、ホラー物のゾンビじゃなく、哲学的ゾンビに近い存在らしい。
もしくは菌に寄生されたゾンビアリからゾンビって翻訳されてるのかもな。
この世界のゾンビは呼吸したり瞬きしたり。
体は人間らしい反応を示すけど、その人には一切の『意識』が無い。
魔法によって『設定された』村人AとかBとかの役割を坦々と死ぬまで永遠に繰り返し続ける。
勇者ダイスの活躍で奴隷が廃止された後、このローズ国が、いや、英勇教が作り上げた。
人間じゃないから大丈夫と奴隷にされた人達がゾンビなんだ。
「その人道に反する行いから直ぐに国際的に禁止された物なのに・・・・・・・・・」
「まだ残ってたのかよ!!」
ゾンビが生まれたのは今から約50年前。
ゾンビにされた以上にゾンビ毒によって仮死ではなく本当に死んでしまった人達も数え切れない程居たらしい。
村1つがゾンビ化の研究で消えたとも伝わり、1年も経たずにその残酷さから世界中で硬く禁止された。
だからゾンビ毒の製造方法も完全に処分され、この世に残っていないはずだとルグとユマさんは言うけど、この村人達の姿を見ると全く信じられない。
現にルグとユマさんによると、この村の人達は十数年以内にゾンビにされた可能性が高いそうだ。
毒の製造方法と人間をゾンビにして操る方法は消されていなくて、約50年前に消えたはずの非道な存在をこの国のトップ達はコッソリ造り続けていた。
あの村を囲む『ミスリーディング』系の魔法もこの事実を隠す為に英勇教が張った物なんだろう。
それと、この出来事がきっかけで、ローズ国は他の同盟国から嫌われだしたらしい。
まぁ、当然ちゃ当然だな。
本当にあいつらに人間らしい心は有るんだろうか?
あいつらこそ正真正銘本物の悪魔じゃないか!!!!
「・・・・・・・・・あいつ等は英勇教を盛り上げる為に、国民全員を自分達の都合のいいゾンビにしようとしてるんじゃないか?
本当にそうだったら、この国のトップも英勇教も心底腐りきっている!!」
俺達異世界人だけじゃなく。
何もしていない魔族達だけじゃなく。
自分の国の国民まで犠牲にして、そこまでしてヒーローになりたいのか!?
やってる事を見たら英勇教の奴等の方がゲームの悪魔で魔王でラスボスだ!
自分達で『召喚』した『勇者』に退治されてしまえ!!!
・・・・・・・・・いや、それじゃ『召喚』された勇者が可愛そうか。
無理矢理『召喚』されて、あんな奴等のせいで殺人鬼になるのは酷過ぎる。
勝手に自滅しろ!
と内心で英勇教や魔女達に呪詛を送りながら俺達はその場を離れようとした。
その時、
「おい!アイツが来たぞ!!」
村人の1人がそう叫び、村の奥を指差した。
その声を聞き、他の村人達が集まる。
何か設定されたイベントが始まったらしい。
「あれは・・・・・・・・・人?」
村の奥から出て来たのは、一見墨を流した様な黒い靄の様なモノ。
それがゆらゆらよたよた覚束無い足取りで近づいて来る。
更に近くに来た事で分かったのは、その黒い靄が女性だと言う事だ。
元々はセクシー系のワンピースだったギリギリ服らしさの残るボロ布間から見えるのは、汚れきった真っ黒な骸骨同然の骨と皮だけの体。
元々は白か銀か。
使い古された雑巾の様な色になった髪を振り乱し、両腕は力なくダラーンと。
紫色の瞳だけが異様な程ランランと光る、呆けた様にも見える落ち窪んだ顔はシワだらけ。
首には変化石だと思うけど、汚れきった灰色の石が着いたチョーカーを着けている。
だから、この女性は多分魔族なんだろう。
そんなまるでボロ雑巾の様な、人の形をギリギリ残している女性がゆっくり、ゆっくり、歩い来た。
「魔族め!!」
「この村に来るんじゃないよ!!!」
そんな今にも崩れ壊れそうな女性に村人達は罵声を浴びせ次々に石を投げる。
中には真っ黒に汚れ異臭を放つ水を浴びせる村人も居た。
そんな村人の方がゲーム内の魔物の様な顔で1人の今にも死にそうな女性に石や汚水を浴びせるのを、健全な人として黙って見ている訳には行かない。
俺は咄嗟に女性に『スモールシールド』を掛けた。
設定された通りに動くしか出来ない村人達はそんな事お構い無しに石を投げ続ける。
ボロボロの女性もゾンビらしく、石を投げられ続けても、汚水を浴びさせられても、幽鬼の様にふらふら歩くだけ。
「あの人・・・・・・もしかして、エウティシア?」
「エウティシアって、あのウンディーネの!?」
「ウンディーネって歌の魔法で意識混濁や洗脳を起こすって言う?
確かこの国には・・・・・・」
巨大クロッグの事件の時も思い出したけど、『何年も逃げ回る有名なウンディーネの犯罪者が何人か潜伏している』ってルグが言っていたな。
「じゃぁ、彼女も『何年も逃げ回る有名なウンディーネの犯罪者』の1人なのか?」
「うん、多分。
しわくちゃだし目の色は紫じゃなくてピンクだったはずだけど、面影が世界で1番有名なウンディーネの犯罪者、エウティシアにすっごく似てるんだ」
エウティシアはその歌声で世界中の王族貴族の男を虜にしていった、詐欺師らしい。
色んな男に金や宝石を貢がせいつの間にか消える。
時には結婚詐欺の様な事もしていたそうだ。
「その結果がコレか・・・・・・」
極悪非道の詐欺師よりも英勇教の奴等の方が残虐非道だったらしい。
多分、この国の誰かを虜にしようと近づいて、返り討ちにあったんだろうな。
エウティシアの今までの行いがどれ程のものか分からないけど、流石にコレはやり過ぎだろう?
「・・・・・・・・・これが英勇教が目指す、人間と魔族の関係か」
何処までも最低な奴等だよ、本当。
反吐が出るだけじゃ収まりそうにない程気分が悪い。




