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サンプル・ヒーロー  作者: ヨモギノコ
第 1 章 体験版編
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10,地下水道に入る前に


 『雑貨屋工房』を出た俺達の目の前には今、レンガ造りのトンネル、地下水道の入り口がある。

地下水道の入り口からはひんやりとした冷気と黴臭さが漂っていた。

けど、生活排水用の下水道でなく雨水用の地下水道なのは不幸中の幸いだろう。


「さ、行きましょうか」

「いやいやいや、ちょっと待ったぁああああッ!!」


入ろうとしていた俺達を呼び止めたのは、地下水道の隣に建つ『魔法道具屋』と言う看板をぶら下げた小さな店の店主らしきお兄さん。

慌てた様に俺達、と言うよりも俺を呼び止め、店にズルズル引きずり込む。

勿論、魔女達は付いて来ない。


「兄ちゃん、地下水道に入るのは初めてか?」

「え、えぇ」


俺を放した途端お兄さんはズイッと顔を近づけそう尋ねてくる。

それに答えるとお兄さんは俺から離れ店の奥に引っ込んでしまった。


改めて店の中を見回すと、扉の向かいにあるレジまでの両壁には棚が取り付けられ、石や苔、木片、何か動物の角らしき物が置かれている。

魔法道具屋と書かれていたしこのガラクタみたいなのが魔法道具で商品なんだろう。

その証拠に商品の下には値段と簡単な説明が書かれた木の札がぶら下がっていた。


例えば一見唯の赤黒い石。

その下には


『火を付けるなら使い捨て火打石。

2つの石を打ち合わせるだけで簡単に火が付くよ


300リラ』


と書かれた木の札。

他にも貯水晶と言う川に沈めると瓶一杯分水を貯め、衝撃を与えると奇麗にろ過した水を出す水晶や、水を与えると白く発光する丸い緑色の苔をした光苔。

予約制だけどボスが紹介してくれた貸家に設置されているらしい氷木箱も売られていた。

説明を見るに氷木箱は氷木と言う木で出来た冷蔵冷凍庫らしい。


そして、レジの下にはデカデカと


『無音石貸します。

必要な場合は店主まで。


1日1個1000リラ。損失時は買取5万リラ』


と書かれている。

暫く店の中を見ているとお兄さんが帰ってきた。

その手には滑らかな白い石のネックレスが握られている。


「地下水道に入るならこれが必要だ。

クロッグ対策無音石!

1日1個1000リラで貸すぞ」

「これが、あの木の板に書いてあった無音石?

いや、そもそもクロッグって何ですか?」

「クロッグも知らないで入ろうとしたのか!?

カーっ!これだから今時の冒険者はっ!!」


そう言って頭を抱えるお兄さん。


「クロッグってのは地下水道に昔から住んでいる魔物だ。

あいつ等が危険を感じた時に鳴く鳴き声には時間を止める効果があるんだよ。

その上、鳴き声が聞こえている間は止まったまんまだ」


時間を止める!?

最初っからとんでもないモンスターの登場じゃないか!

いやでも、お兄さんはそのモンスター対策にって無音石を持ってきたんだよな。


「で、この無音石ってのは音を使った攻撃を無効化する優れモンだ。

勿論この石を持っているだけでクロッグがどんなに鳴いても無意味だ。

採れるのが遥か遠くのキール氷河って場所だけで珍しいからな。

屑みたいな石でも買うんだったら1万はする。

此処なら格安で貸すぜ」

「おぉ、凄い!!

でも、俺今日この国に入ったばかりで手持ちが全く無いんです」

「え、1リラも?」

「1リラも」


そう俺が答えるとお兄さんはガックリと目に見えて肩を落とした。


「なんだよー。金なしかよー。

今時は無音系の魔法が普及して商売上がったりなのにー。

やっと捕まったと思った客は金なし・・・・・・」


と言ってもさっきの話を聞く限りだと、この無音石を持ってないのは危険だ。

俺としても是非借りたんだよな。

魔女なら無音系の魔法位使えそうだけど、俺に使ってくれる訳が無い。


「あ、お前何か持ってないか?

1000リラ分の価値がある物があったらそれと無音石1回分の貸し賃でどうだ?」

「売れる物ですか?う~ん・・・・・・」


今俺が持っているのは、先ずスマホ。

これは元の世界でも、魔法を使うのにも、何かを調べるにも必要だから売れない。

後はクリエイトで出したジャージの上着を風呂敷にして入れているパチンコとナイフと鳩人形。

ジャージのズボン、元の世界から持ってきた薄っぺらい財布とその中身。

教室に入る前に買った、


「ペットボトルに入ったお茶が2本。

1000リラには到底足りないな」

「お、おい。それ・・・・・・・・」

「え?

あの、このペットボトルがどうかしましたか?」

「ちょっと貸してくれ!」


何故かお兄さんは未開封のペットボトルのお茶をガン見して震えていた。

そして慌てた様にペットボトルを掴むと、まるでテレビで見る骨董品を鑑定する人の様に何度も角度を変えながらペットボトルを見ている。


「何だこれは・・・・・・・

硝子にしては軽く薄いのに随分頑丈で透明。

この巻いてある紙も見た事無い素材だ。

それに逆様にしても1滴も中の液体が零れない。

こんな魔法道具見た事無いぞ!!」

「いえ、それ一切魔法の要素なんてありませんよ」

「な、なんだと・・・・・・

こんな特殊な素材で完成度も高いのに、魔法を使ってないだと・・・・・・」


1本150円で普通に自販機で売っていたペットボトルに対して驚き過ぎじゃないか、このお兄さん。

唯のペットボトルがこの世界に無い物だとしても驚き過ぎだと思う。


「兄ちゃん!!これ何処で手に入れた!?」

「えーと、俺が住んでいた所では何処にでもありましたけど・・・・・・」

「何!?う~む・・・・・・・・・」


腕を組み悩むお兄さんは俺をチラッと見た。


「兄ちゃん、ペットボトルだっけ?

この2つと無音石交換でどうだ?

勿論貸すんじゃなくて、兄ちゃんに売るぞ?」

「あの、いえ・・・・・・」

「む、やっぱ無音石だけじゃ足りないよな。

ならこれもどうだ?

ただ死んだ動物に刃を向けるだけで適切に解体してくれて、鞘に収めるだけで自動に研磨してくれる解体用ナイフだ。

ウチの目玉商品だぞ?」

「そうじゃなくって・・・・・・」

「まだ足りないか・・・・・・・

ならこれも付けるぞ!持ってけ泥棒!!

携帯キッチン付き野宿小屋だ。

地面にこの木箱を置くだけで簡単に家が建つ、個数限定商品だ!」

「だから、違いますって!

このペットボトル2本では無音石1個の貸し賃にも満たないんです!

1本で150円、じゃなくて150リラ。

2本でも300リラの価値にしかなりません。

それに中身を飲んだら容器のペットボトルはゴミです」


あぁ、やっと言えたよ。

お兄さんの気迫に押されて中々言えなかった。


「何ぃ!?冗談だろ?」

「いえ、本当に」


お兄さんはありえないと何度も叫びながらペットボトルを見た。


「ん~む。

兄ちゃんが元々住んでた所ではそんだけありきたりだと言う事か・・・・・・・・・

しかーし!

まだこの国では普及していない素材と技術だ。

この国でこのペットボトルは2本だけ。

兄ちゃんからしたらボッタクリだと思うかもしれんが、売るなら100万は軽く超えても手に入れたいと思う奴も出てくる程の品だ。

兄ちゃんにとっては何の価値も無いゴミだとしてもこの国では貴重な商品だ」

「そうだとしても、何かサギをしてるみたいです」

「兄ちゃんは真面目だな。

なら兄ちゃんはこのペットボトル2本を売る。

俺は1番小さな無音石を1つ売るそれでどうだ?」


何言っても揺るぎそうにないわ、このお兄さん。


「・・・・・・・・・・分かりました。

売っていただきありがとうございます」

「いいって事よ。

寧ろオレの方が感謝してもし足りない位だぜ。

オレの店でこんな珍しい物を売れるんだ。

こいつは化けるぜ!」

「だと、良いんですけどね」


本当にこんなに高価な物と交換しても良いんだろうか?

俺からしたらペットボトルがそんな大金に化けるとは到底思えない。

でも、お兄さんはそれで納得してるし・・・・・・

こういう時、商魂逞しいナトならどうしていたんだろうな。


「あ、後ペットボトルの取り扱いで幾つか注意していただきたい事があります」

「ん?何だ?」


変に使って壊れたら俺が文句言われるかも知れない。

一応注意するだけしておこう

と、俺は無邪気に笑うお兄さんに声を掛けた。


「先ず、中の液体は腐ってしまうので早めに飲んでください。

直射日光も危険だったと思います。

出来れば冷たい所に置いてください」

「おう、分かった」

「ペットボトルは中を洗えば何度か使えますが、熱湯を入れたり熱い所に置きっぱなしだと形が変形して使えなくなります。

逆に中身が入ったまま凍らせると膨張する事があります」

「なるほどな。

それさえ気を付ければ何回も使えるんだな」


他にも注意事項があるかも知れないけど、俺が知ってるのはこの位だ。


「はい。

何回でも使えると言っても限度があるのでそれも注意してください」

「おう!ありがとうな、兄ちゃん。

何か魔法道具が欲しくなったら家に寄ってくれよ。

サービスするからさ」

「はい、是非。此方こそありがとうございました」


店を出てもお兄さんは笑顔で見送ってくれた。

この国、上は最悪だけど極々普通の国民はいい人が多いかもな。


「さて、魔女達は何処に・・・・・・・」


下水道の入り口に戻ってきたら魔女達の姿は何処にも無かった。

暫く周りを見回すと、夏に聞きなれた蛙の鳴き声と水が流れる音が木霊する下水道に入って直の所で何故か3人は固まっていた。


「お待たせしました。で、何遊んでるんですか?」


声を掛けても反応なし。

目の前で手を振っても反応が無い。

これってお兄さんが言ってたクロッグの仕業?

お兄さんが止めてくれなければ、俺もあいつ等みたいに止まっていたのか。

お兄さんには本当に感謝しないと。

魔女達が止まっているって事は何処かにモンスターが居るはず。


近くに落ちていた小石を拾い、パチンコを構えながら注意深く辺りを見回す。

居るのは俺と固まった魔女達、そして少し離れた所で飛び跳ねながら盛大に鳴く見慣れた雨蛙が1匹。


「あれ、クロッグが時間を止めるのは鳴き声が聞こえている間だよな?」


今、鳴いてるのはあの雨蛙だけ。


「・・・・・・『アタッチマジック』、

『アースウェーブ』」


飛び跳ねる蛙の進行先に狙いを定め、『アースウェーブ』を掛けた小石を放つ。

思い通り小石は蛙の手前に落ち、地面が盛り上がった。

突然、変わった地形に驚いたのか蛙は腹を出しひっくり返ってしまった。

それと同時に、


「気をつけ・・・・・・あら?」

「ルチア様かく・・・・・・・・・ん?」

「・・・・・・・・・」


固まっていた魔女達が動き出し、雨蛙から小さな光が俺の目の前に飛んできた。

試しに光に手を伸ばすと光が霧散し、透明感がある黄緑色の塊と魔女が見せてくれた穴の開いた銅貨が3枚、穴の開いていない銅貨が5枚現れる。

その塊を手の平で転がしていると、圏外のはずのスマホからメール用に設定していた着信音が鳴った。

受信したメールにはキビ君とか言う猿と、


『ドロップアイテム グロックから“時間結晶”をゲットしたよ』


の文字が書かれていた。

多分、この黄緑色の塊が時間結晶なんだろう。

時間結晶の文字を押すと『教えて!キビ君』が起動し、時間結晶の説明文が出てきた。

それによると、



時間結晶・・・


クロッグのオーガンを潰してろ過し固めた透明感のある黄緑色の塊。

時間を止められる。

不純物が少ないほど効果が高い。

貯蔵庫に使われる。



と言う事らしい。

『オーガン』とか言う謎の言葉が出てきたけど、何度もその文字を触れても検索しても説明が出てこない。

予想では城で魔女が言っていた『魔物のある1部』の事だと思う。


「お前、何時の間に来たんだ?」

「大分前から居ましたよ」


やっと落ち着いたらしい助手が訝しげに尋ねてくる。

何か悔しそうだから自分達の時間が止められていた事には気づいているんだろうな。


「クロッグは?」

「俺が『アースウェーブ』で地面を盛り上げたら驚いて引っくり返っています」


俺達が近づいても雨蛙は引っくり返ったまま動かない。

まだ気絶してるのか、死んだフリをしてるのか。

そう思っていると兵士が何の躊躇いもなく蛙を捌き始めた。

臭いとか音とか血の量とか理科の実験より生々しい。


「うぅ、躊躇なく留め刺したよ」

「何言ってるんですか?

このクロッグはもう死んでましたよ」

「え、地面を盛り上げただけで・・・ですか?」

「クロッグは小心者ですから。

少し脅かすだけで簡単に倒せます」


・・・・・・ごめん、雨蛙!

そして、ありがとう!

お前の時間結晶(いのち)は大事に使います!


「さぁ、必要な物は取りましたし行きましょうか」

「はい!」


兵士が蛙の喉元から黄緑色の臓器を取り出し、小瓶に詰めたのを確認すると魔女達は地下水道の奥に歩いていった。

魔女についていく助手と兵士が当然の事の様に雨蛙の死体を踏みつけ蹴飛ばし進んでいく。


死体をぞんざいに扱ったからだろう。

罰が当たったんだ。

宙を舞った雨蛙の死体と共に魔女達は声を出す事さえ叶わず、大人の太ももよりも太い鼠色の糸に巻き取られ地下水道の奥に引きずりこまれた。

その時ザリザリと言う何かを削る様な音共に、チラリと見えた不気味に光る4つの赤い光。

一応、天才魔法使いと言われている魔女達の事だ。

自力で何とかするだろうから魔女達の事はどうでも良い。

だけど、必要な素材を取りに行くにしても、俺1人であの光の主に遭って勝てるだろうか?


「あー、如何するよ、俺」


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