103,治癒の鳥を探して 1羽目
秋になったとは言え、昼間はまだまだ暑いとある日の午後。
普段から賑わう露天通りの一角で人だかりが出来ていた。
野次馬に囲われたその中心に居るのは、大きな黄色い目に涙を溜め怯えるお洒落なワンピースを着た幼い少女。
その少女を守る様に複数の男女と対峙する1人の男。
その男こそこの俺、佐藤 貴弥である!!
・・・・・・・・・と、内心で物語の主人公ぽくかっこよく表現してみたものの、目を逸らした現実の俺は全然かっこよくない。
実際は運悪く近くに居た俺を盾にしてグズグズ泣きながら自分を追いかけて来た大人達を睨む女の子と、そんな女の子に対し困った表情を浮かべるシスター服や神父服を着た人達。
そのシスターや神父と違い質の良い豪華な服を着た、今にも泣きそうな困った顔をして女の子に話しかける父親らしい男。
それと、この状況に付いていけず休日と言う事で屋敷でのんびりしているはずのルグとユマさんに内心SOSを出しながらオロオロと突っ立ったままの俺、と言う妄想とは程遠い状況だ。
ただ俺は、何時もの露天で足りなくなった食材を買った帰り、近くを通った建物から小さな子供特有の甲高い悲鳴が聞こえて思わず立ち止まり、他の通行人と同じ様に建物を見ていただけなんだ。
その建物はこの露天通りの中で異彩を放つ、豪華絢爛で巨大な英勇教の教会で、その扉をバンッと大きな音を立てながら開け放ち泣きながら飛び出して来たのが現在俺を盾にしている女の子。
女の子は教会の1番近くに居た俺を体感時間で5分位は盾にしている。
大人達も女の子を無理矢理連れて行こうとせず、女の子を説得しようと優しそうな声音で、
「大丈夫だよ」
とか、
「直ぐに治るからね?」
とか、
「苦くないから安心して」
と話し掛けるだけ。
大人達の話から察するに女の子は何かの病気か怪我を負い、英勇教で治療する所だったらしい。
飲み薬による治療なんだんろうけど、女の子はまるで注射を嫌がる様に逃げ出してしまったみたいだ。
さて、ずっとこのまま現実から目を逸らし続ける訳にもいかないな。
俺は覚悟を決め気持ちを切り替える様に大きく息を吐くと、目線を合わせる様にしゃがみ、笑顔で女の子に話しかけた。
「こんにちは。
あそこから逃げて来たみたいだけど、どうしたのかな?」
「・・・・・・・・・お薬、嫌なの・・・・・・」
「お薬?何処か怪我したの?」
俺がそう聞くと女の子は小さく首を振った。
こんなに小さいのに女の子は香水でも使っているんだろう。
女の子が首を振るのに合わせ甘い香りが強くなる。
「・・・・・・ずっと病気、治らなくて、お薬飲まないと治らないの・・・・・・
でもお薬嫌なの・・・」
「えっと、病気って・・・・・・」
「娘は原因不明の治す事が難しい病に侵されているんです」
俺がどう声を掛けようか悩んでると、女の子の父親がそう話し掛けて来た。
そんな父親に対し女の子はビクリと体を震わせ、俺を盾に父親から完全に見えない様、必死に隠れる。
その女の子の態度は本当に父親に対するものか疑う程、怯え切っていた。
「難病って事ですか・・・・・・
君、外に出て大丈夫なの?」
「・・・・・・うん」
「大丈夫じゃ無いだろう、マーヤ!?」
「きゃぁああ!!」
叫ぶ様に娘の言葉を否定する父親。
その声の大きさに今度は俺の体も跳ねた。
女の子もそんな父親が恐ろしいのか悲鳴を上げ更に体を縮込ませ、真っ青な顔でガタガタと震えながら俺の後ろに完全に隠れようとしている。
「あ・・・・・・・・・す、すまない。
大声を出してしまって・・・・・・」
「い、いいえ。大丈夫ですよ。
ほら、お父さん、もう怒ってないよ?」
慌てて謝ってきた父親にそう言うけど、女の子は父親の前に出てこようとしないし、一言も喋ろうとしない。
様子を見守って暫く経って、震えは収まっても何も答えようとしない女の子。
仕方なく、俺は女の子の盾になったまま父親に話しかけた。
「難病と仰いましたが・・・・・・」
「・・・・・・娘は・・・・
娘は私と同じで生まれた時から体が弱かったんだ」
躊躇う様に少しの間目が泳ぎ、それから俺をしっかり見据え父親はそう言った。
「その上、魔王に呪いを掛けられ毎晩悪夢を見る。
そのせいで、娘は益々弱っていき、ついに」
「ケホ・・・・・・ケホ・・・・・・ゲホッ」
「マーヤ!!!」
父親が話している最中、女の子が激しく咳をし口から何か赤い物を出した。
最初はその色から血だと思ったけど、どうやら違うらしい。
それは真っ赤な見た事が無い、子供の掌に乗る位小さな花。
形はアザミや牛蒡の花に似ているけど、毬栗の様な総苞の部分が緑色のアザミと違い、そこまで真っ赤なんだ。
その花が女の子が咳をする度に口から溢れ出て、女の子の体が薄っすら黄緑色に染まる。
そしてあの甘い香りが強くなり、まるで女の子自体が花に成ろうとしているかの様だった。
「これが、この子の病気ですか?」
本当は女の子を何処かの家の中に連れて行きたかったんだけど、女の子がそれも酷く嫌がった。
多分、家や教会に入ったら無理矢理薬を飲まされると思っているんだろう。
せめて少しでも苦しくなくなる様にと、俺は女の子に酷く拒絶された父親の代わりに女の子の背を摩ってあげながら父親にそう尋ねた。
父親は血の繋がった自分をあんなに酷く拒絶したのに赤の他人の俺は受け入れる娘に対し内心複雑な思いでいっぱいになっているんだろう。
その内心が浮かんだ顔で俺の質問に頷いた父親は、何度か口をパクパク動かしてから漸く話し始めた。
「花なり病、と言います。
人に移る様な病気ではないのですが、最初は口から花を吐き、段々体が緑色になり、末期には体中から人の手の様な形の葉が生えてくる。
そして最後は唯の花に成って死んでしまう病気です。
体と心が弱った者が成るこの病気を治せる方法は2つだけ。
その1つがどんな病も毒も怪我も完璧に治してしまう、英勇教に伝わるこの霊薬なんです」
「霊薬ってその真っ赤な液体ですか?」
「ええ。
ですが、この子が薬を飲むのを嫌がってこんな事に・・・・・・」
「ケホ・・・お薬嫌ぁ・・・ケホ、ケホ・・・」
嫌がる娘に父親が何とか飲ませようとしているのは追って来た時からその手に持っていた、新鮮な血の様に真っ赤な液体。
それは女の子達が飛び出して来た事で空いたままの英勇教の教会の扉の先から見える、真っ赤な水が流れる不気味な小さい噴水から汲んだ物なんだろう。
その赤い液体が霊薬なんだろうけど、チャプチャプ瓶の中で揺れるソレは何処となくドロっとしていて、色と相まって正に血の様だ。
噴水の方を見ると、俺にはそれがまるで人の首を掻っ切って鮮血が噴出している様に見えた。
確かにこんなホラー物の背景に使われそうな噴水から汲んだ薬なんって、どんなに効果があっても飲みたくないよな。
女の子が嫌がるのも良く分かる。
「嫌ぁ・・・・・・」
「君だって苦しいのは嫌だろ?
それにこのままじゃ君は花に成ってしまう!」
「嫌・・・でも、お薬も嫌・・・・・・
マリーもトリさんもダメって言ってるの・・・
だから、嫌・・・・・・」
「マーヤ。そんな子も鳥も居ないんだよ。
此れは悪い物じゃないんだ。
マーヤ、頼むから薬を飲んでおくれ?」
父親の反応を見るに、イマジナリーフレンドって奴なのかな?
女の子は助けを求める様に『マリー』と『トリさん』と言う名前のイマジナリーフレンドを何度も呼びながら泣いている。
それは苦しいから、薬が嫌だからなのか。
多分両方なんだろうな。
そんな娘に父親も泣きそうな顔をしている。
「あ、あの。
無理に飲ませようとするのは、止めて下さい」
父親より信頼しているイマジナリーフレンドの名前を呼んで、
「嫌、助けて」
って言いながら俺を見る女の子に、思わず俺は父親にそう言っていた。
父親が娘を助けようとしている事は良く分かってるけど、こんなに嫌がる女の子を前にしてつい父親を止めてしまったんだ。
「な、何を言うんだ!!
君はこの子がどうなっても!!?」
「でも、無理に飲ませるのは逆に体に良くないと思いますよ?
そんな事して、自分の手で娘の心に一生消えない深い傷を付ける気ですか?
きっとここで無理矢理その薬を飲ませたらこの子は貴方にずっと怯え続ける」
「そ、それは・・・・・・」
現に今も女の子は貴方に怯えているじゃないか。
と言う俺の言葉に父親がたじろぐ。
実際薬を飲ませようとした父親を女の子は全力で拒絶した。
大切で大好きな娘の心を今1番傷つけようとしているのは自分だと解ってるからこそ、父親も俺の言葉を強く否定できないし、これ以上の事を娘に出来ずにいるんだろう。
「『この病気を治せる方法は2つだけ』と、貴方は言いましたよね?
もう1つの方法ではダメなんですか?」
「無理だ。無理なんだ!
今からじゃ間に合わない!ずっと探し続けた!」
そう言って父親は涙を流しながら怒鳴る。
『ずっと探し続けた』って事は薬の材料か何かだろうか?
どの位探したのかは分からないけど、父親の様子を見るに簡単に見つからない物なんだろう。
俺はゲームや小説の主人公じゃない。
だから偶然ここで俺が父親が探してる物を持っている、なんて奇跡はきっと起きないんだ。
「でも、どんなに探しても、どんなに探す人間を増やしても見つからなかったんだ!
冒険者達が連れてくるのは皆偽者で・・・・・・
今からもう1度探したんじゃ、その前に娘は花に成ってしまう・・・」
「えっと・・・・・・なら、これは?」
偶然この親子が探している物を持っているなんて奇跡は起こせないけど、代用品なら持っている。
ここまで言ったんだ。
後は知らん、なんて言う訳にもいかず、俺は鞄からグラスライムの『ドロップ』アイテム、万能薬を出して父親に見せた。
そう、万能薬は『大体の病気は治せる薬』だ。
最初は剥ぎ取り不可能と言われていて、最近教わった剥ぎ取り可能な状態で倒すには相当な技術が必要と知ったスライム。
そのスライムから『ドロップ』で出た薬なら、まだこの世界で作られてないかも知れないし、相当な金持ちそうなこの親子でも使った事も無いだろう。
女の子の病気がその『大体の病気』の内に入るか分からないけど、試す価値はあると思う。
「それは?見た事無い薬だが・・・・・・」
「万能薬って言う、俺の持っているスキルでグラスライムから作った薬です。
大体の病気はこの薬で治るはずです」
「本当かい!?」
俺は試してみるか女の子に尋ねた。
霊薬だけじゃなく薬自体が嫌なのかも、と思ったけど、どうやらそうじゃないみたいだ。
嫌だったのは霊薬だけで、女の子は頷いて万能薬受け取ってくれた。
女の子がヤクルト1本分位の量の薬を恐る恐るゆっくり飲んでいる間に、俺は口直し用の飴を『ミドリの手』で作っておく。
「甘くて、少し苦くて、変な味だったけど・・・
飲めた・・・・・・」
「ちゃんと飲めて、えらいね。
はい、口直しに飴をどうぞ」
「・・・・・・・・・ありがとう」
万能薬がチョコの様な味とは言っても、甘いミルクチョコじゃなく、大人でも好みが分かれそうなカカオ味が強いビターチョコだ。
小学校低学年か幼稚園児位の女の子には不味かったらしく少し涙目になっている。
そんな女の子は俺が渡した飴を舐め、やっとニコニコ笑った。
笑った女の子の顔はさっきまでの黄緑色でも1番最初に会った時に病人らしい青白い色でも無い、健康そうな色をしている。
多分、薬が効いたのかな?
「甘くて美味しい!」
「気に入って貰えたら良かったよ」
「それで、マーヤ。体の方は・・・・・」
心配で堪らないと言った声色で尋ねる父親に女の子は満面の笑顔で、
「大丈夫!
ずっと苦しかったのも、痛かったのも無くなったの!」
「本当かい!!?
あぁ、良かったぁ。本当に良かったよ、マーヤ!!」
そう言って泣きながら娘を抱きしめる父親。
その目からは滝の様な涙が流れていた。
きっと俺の想像できない位辛い闘病生活が続いていたんだろうな。
「ありがとう!本当に、ありがとう・・・
何とお礼を言えばいいのか・・・・・・」
「いいえ、御気になさらず。
困った時はお互い様ですよ。
それと何かあった時の為にこれを。
その子に使ってあげてください」
お礼を言ってくる父親に俺は念の為にと万能薬を幾つかと、『ミドリの手』で出した色んな果物味の飴を渡した。
その後、親子は事の成り行きを見守っていたらしい神父達と共に英勇教の教会へ。
少し女の子が英勇教の教会に入るのを嫌がっていたけど、もうあの霊薬を自分に使わないと分かると渋々と言った顔で入っていった。
ちゃんと、嫌がらず父親と手を繋いで。
俺はそれを見届けてから普通に屋敷に帰った。
 




