102,草原のバイオリニスト 11曲目
「毎日ルディさんがバイオリンを弾く事でオオカミ達が近づけなかったから。
いつ嫌いな音がするか分からない、近づきたくないと思える場所より、もっとオオカミ達にとって襲い易い場所が近くにあった。
その事をヒツジ達も分かっていたんでしょうね」
「自分達が暮らすこの場所は襲われないと分かっていたから、ヒツジは安心して大人しかったのか」
いつの間にかこの牧場にはヒツジ達が集まって居た。
どのヒツジもガリガリの今にも折れそうな細い体をしている。
そのヒツジ達は皆安心した様に目を細め足を折畳み座り込んでいた。
中には溶けてしまったみたいにペッタリ地面に腹をつけて規則正しい寝息を立てて、深く眠り込んでいるヒツジもいる。
見える範囲に居るどのヒツジもリラックスしている様に見えた。
オオカミが嫌う結界の音もヒツジにとっては眠くなる程心底リラックス出来る良い音楽なんだろう。
これでこんな枯れ木の様な姿じゃなく、毛がいっぱいあるモフモフした姿なら俺も癒されたんだけどなー。
「だから、健康状態も良く品質も落ちなかった」
「ヒツジ達が安心しているからってのも1つの理由だと思います。
でも、植物の事を考えるとそれだけじゃ無い。
バイオリンの音を聞いているからヒツジも植物も良く育ったんだと思います」
「ヒツジは分かるが、耳の無い植物も音が聞こえるのか?」
「聞こえます。音は物や空気の揺れ、振動です。
その振動が伝われば、耳が無くても音は聞こえるんです。
骨伝導って言うんですけど、とある耳の聞こえない作曲家が発見したもので、その人は骨に直接振動を伝え曲を作りました。
それに、海に住む生き物の中にはこの骨伝導だけで音を聞く生き物もいるそうですよ?」
音楽室の怪談でお馴染みベートーベンが発見したと言われてる骨伝導。
口にタクトを銜えその先をピアノに押し付けて音を聞いたアレだ。
音楽の授業で聞いた時は結構驚いたっけ。
ベートーベンって音楽室の壁に貼られた、ただ怖いオッサンじゃなかったんだな。
「周りの音が聞こえない様ギュッと耳を塞いで、声を出してください。
自分の声は聞こえるでしょ?それが骨伝導です。
頭の骨を震わせ耳の中にある巻貝の様な器官に伝わり、音の情報が脳に伝わるんです」
「あー、あー、あー。
本当だ、変な声だけど聞こえる!!」
イヤホンや補聴器に利用されている骨伝導は、意外な事に日常でも起きている現象だ。
録音した自分の声を聞くと違和感を感じると思う。
普段俺達が聞いてる自分の声は空気の振動が鼓膜に伝わって聞こえた音と、骨伝導で聞こえた音。
2つの音が合わさって聞こえているらしい。
録音した音は空気の振動のみを記録するから、だから何時も聞く自分の声とは違って違和感を感じるんだ。
「そして音は硬い物ほど良く伝わります。
ほら、木の幹やヒツジの皮膚は人間の皮膚より硬いでしょ?」
俺も詳しい事は分からないけど、動物の細胞と違い植物や菌には細胞壁と言う硬い物があるらしい。
教科書には、細胞を強固にしその形を保持すると書かれていた。
細胞壁は何か沢山の色々複雑な成分で出来ていて、細胞に色んな機能をつけたり柔軟で強い物にしたりするらしい。
何でも魔元素がくっ付いて出来るこの世界でも同じか分からないけど、俺の世界と同じならその細胞壁ってやつがあるから動物の細胞より植物や菌の細胞は硬く音が伝わり易いんだ。
「俺の故郷ではいい音楽や優しい言葉をかけると植物が良く育つって言われていますけど、これはその音が植物の細胞の成長を促進させる良い刺激となる振動だからです。
別に、人間の様に心があって言葉の意味や音楽のよさが分かってる訳じゃないんですよ」
「じゃぁ、ヒツジ達も成長する為に聞いてくれてたのかな・・・・・・」
「そんな事無いだろ。
それだけなら、あんなに毎日ラムの演奏を強請ったりしない。
ヒツジ達もラムの演奏が好きだから、聞いてるんだ。
それにヒツジは魔物だ。
ちゃんと心があって音楽のよさが分かってるんだって」
ナイスフォロー、ピコンさん!
俺の解説を聞いて、ルディさんは少し落ち込んだ様だ。
それに対し、すかさずピコンさんが慰めた。
でもピコンさん。
最後の、
「僕もラムの弾くバイオリンが好きだ」
って言葉は小さな声でモゴモゴ言わず、ハッキリ言いましょう?
ルディさんに聞こえませんよー。
「えーと、つまりですね。
ピコンさんの話だと、元々此処は植物が育ち難い土地だったそうですね?
それをバイオリンの音で成長を促進させ、ちゃんと育つ様にしていた。
俺が思うにこのバイオリンや塔は、
オオカミから村を守りつつ、
結界内の植物の成長を促進させ、
魔物であるヒツジを大人しく従わせ、
さらに細胞を刺激し紙の品質を上昇させる。
その為に作られた魔法道具なんじゃないのでしょうか。
ルディさんのお爺さんが亡くなられるまでその魔法道具を毎日起動させていたからこの村は生活出来た」
「・・・・・・それを私がやめさせた。
だから、こんな事になったのか。
ハハ、ピコンの言うとおり父さんとラムを追い出した罰が当たったんだな。
・・・・・・・・・皆、すまなかった」
「ッ。そんな事、無い。そんな事無いよ!!
お父さんが間違っていた訳じゃない!!」
そう言って頭を下げる、ルディさんのお父さん。
俺の話を聞き険しい顔でルディさんのお父さんを責めようとした村の人や冒険者より先に口を開いたのは、ある意味1番の被害者のルディさんだった。
その口から出たのは、父親を責める言葉じゃなく、肯定する言葉。
流石にそれには周りの人もピコンさんも俺も驚きで言葉が出なかった。
「このバイオリンの音に頼らず、ヒツジ達を育てようとしたお父さんは間違ってないよ。
ユマちゃん、言ってたよね。
あの塔の魔法道具が今も動いてるのは奇跡だって」
「う、うん。そう。そうだよ。
あんな雨ざらしの常態で、1000年以上前に作られた魔法道具が今も何の問題なく動いてるなんて奇跡としか言いようが無いよ!!」
そう、興奮気味に言うユマさん。
あの塔ってそんな昔からあるのか。
1000年前に魔族との戦争も有ったのに、それより前の道具が壊されず残り今も活動し続けてる。
確かにそれは奇跡と言えるよな。
「なら、あの塔は何時壊れても可笑しく無いんだね。
それに、今『音色』のスキルを持っているのは私だけ。
もし、私に子供が出来てもその子も『音色』のスキルを持っているとは限らないんだよ。
私の子供が持っていなくても、私の孫が持って生まれてくれる保証もない。
何時までもこのバイオリンには頼れないんだよ。
今まで運が良かっただけ」
「ラム・・・・・・・・・」
塔を見て、静かにそう言うルディさん。
その声からも表情からもルディさんが今何を思ってそう言ってるのか分からない。
でも声はそれ程大きくないのに、ルディさんの口から出る無色の音は不思議な位この場の空気全てを揺らしているかの様に良く聞こえた。
1度目をつむりゆっくり開いたルディさんの目には、瞳の色と同じ勇気と覚悟に満ちた暖かな光が宿っている。
ルディさんは真っ直ぐその目を自分の父親に向け、ニッコリ微笑んで言った。
「もっと早く、こうすれば良かったんだよ。
新しいのも、古いのも、どっちも良い所があって、悪い所がある。
どんな物でもそうなんだ。
私も、おじいちゃんも、ピコンも、お父さんも。
皆、皆、極端過ぎたんだ。焦り過ぎたんだよ。
だから、だからね。真ん中を取ろう?
おじいちゃんのやり方もお父さんのやり方も全部一緒にして、時間をかけて見極めて、その良い所を集めて新しい良いものを作ろう?
それじゃ、ダメ、なのかな?」
「・・・・・・そうか。私達は極端過ぎたんだな」
朝日が完全に現れ、透き通る様な青空が見える。
小さく呟くルディさんのお父さんはまるで憑き物が落ちた様に、この空の様な晴れ晴れとした穏やか表情だった。
「そうだな。真ん中を取るべきだった。
お前に気づかされるとは思わなかったよ。
暫くちゃんと見ない内に大人になったな、ラム」
「当然だよ。私、もう18になるんだよ?」
ルディさんの頭を撫でながらそう言うルディさんのお父さん。
それに、当然だと歯の隙間から搾り出す様に言うルディさんは、クシャクシャに崩れた笑顔でポロポロと涙を零していた。
拭っても拭っても零れる涙はきっと、ルディさんが今まで心の奥に押し込めてきた感情なんだろう。
最終的にルディさんはお父さんの胸にしがみついて、子供の様に大きな声で泣き出した。
親子3代で擦れ違って、お互いを見ようとしなかった親子は、やっと和解出来たんだ。
*****
あの後、村の人達も冒険者達も全員参加の激しい言い合い・話し合い・大喧嘩の結果。
ルディさんのバイオリンで結界を張り村を守り、数の増え過ぎたオオカミを少しずつ、雇った冒険者達が減らしていく事が決まった。
ルディさんと冒険者達が村を守っている間、ルディさんのお父さんや村の人達で今まで通りヒツジの飼育研究をして、バイオリンの音の結界に頼らない方法を探す。
それがスノーサマー村で決めた最善策。
1日2日で出来るものじゃない、何年何十年掛けて変えていく壮大なプロジェクトだ。
「色々、ありがとうね。
依頼に無い事まで、やって貰って。
何てお礼を言っていいのか・・・・・・」
「いいえ!
あんな凄い魔法道具を生で見れただけで満足です!」
「リーダーがこう言ってるんで、本当に気にしないで!」
「それに2日も泊めて頂いたです。
お礼を言うのは俺達の方ですよ。
本当に、ありがとうございました」
馬車乗り場まで見送りに着てくれたルディさんとピコンさんに、星空を流し込んだかの様にキラッキラな目で宣言するユマさん。
一段楽した後、ユマさんが倉庫の塔をもっと見たいと言い、結局ルディさんの家にもう1泊する事になった。
珍しい魔法道具を堪能したユマさんは元気だけど、魔法道具オタクじゃ無い俺とルグはそんなユマさんのテンションに着いて行けず、少し疲れ気味だ。
「それと、すみません。
これから忙しくなるのに、俺達もう直ぐ国に帰るのでお手伝いできなくて・・・・・・」
「十分助けて貰ったから、気にすんなよ」
「ありがとうございます」
これから、スノーサマー村は変わってくんだ。
今までとの比じゃない程忙しくなるだろう。
でも、今のルディさん達なら大丈夫。
あの覚悟の炎を瞳に宿したルディさん達なら。
「あ、馬車来たよ!」
「じゃあ、俺達これで行きます。
お世話になりました!」
「こちらこそ、ありがとう。
何時か、また遊びにきてね」
「・・・・・・・・・はい。是非」
ルディさんのその言葉に素直に頷けなかった。
だって、俺達は故郷に帰ったら気軽に来る事が出来ないから。
でも俺は兎も角、ルグとユマさんは命の心配なく気軽に観光で来れる様になって欲しいな。
バイオリンの音が響き渡るこの村に。
 




