101,草原のバイオリニスト 10曲目
「き、君!一体何をしたんだ!?」
「そ、そうだ!
オオカミが目を付けた獲物を前に逃げ出すなんてよっぽどの事だぞ!!」
ハッとした様に村の人や冒険者達が俺に迫ってきた。
村の人からしたらずっと悩まされてきたオオカミ達が何で逃げたのか知りたいだろうし、冒険者は報酬の事がある。
こうなるよう頼んだからには、当然説明の義務があるよな。
でも、もう少し待って欲しい。
「えーと、説明は今回1番の功績者のルディさん達が来てからで・・・・・・」
「安心しろサトウ!
そういうと思って3人を連れてきた!」
「はやッ!」
何時の間に連れてきたの、ルグ!?
驚いてルグの方を見ると満面の笑顔で胸を張るルグと、一体何があったのか鼻歌でも歌いそうな程上機嫌なユマさん。
ポカンとした顔でバイオリンを抱きしめるルディさんと、そんなルディさんを同じ顔で守る様に抱き寄せているピコンさんの姿があった。
本当、塔組みの方は何があったんだ?
「ルディさん、ピコンさん。大丈夫ですか?」
「え・・・・・・あ・・・・・・だ、大丈夫。
いつの間にか居たルグ君に運ぶって言われて・・・
塔に居たはずなのに、気づいたら此処に居たから驚いただけで・・・・・・」
そう言ってルグを指さすピコンさん。
あぁ、成る程。
ルグの瞬間移動に驚いていたのか。
初めてだと驚くよな。
連れてきてくれた事は本当に有難いけど、ちゃんと説明しよう、ルグ?
それにしても、ピコンさんは何時までルディさんを抱いてるつもりなんだ?
そろそろ離れよ?
そんな思いを目に込めまくってルディさんとピコンさんを見ていると、俺の視線にやっと気づいた2人がバッと慌てて離れる。
2人して茹で上がったばかりでホカホカと湯気が出てる蛸の様に、顔を真っ赤にさせてお互いから視線を逸らした。
そんな漫画のワンシーンの様なルディさんとピコンさんなんて眼中にない、と言わんばかりに話しかけてくるユマさん。
当分の間ユマさんの機嫌は空まで上がったまま正常な位置まで戻る事はなさそうだ。
「はぁ。久しぶりに、すっごく良い物見れた!
もー、サトウ君!
あの塔があんなに凄い魔法道具だって気づいていたなら早く言ってよ!!
あんなに古くて大きい魔法道具が今も残って、ちゃんと使えるなんて奇跡だよ!!!
本当の本当に奇跡中の奇跡だよ!!!」
「え?ごめん、それは予想していなかった。
あの塔の上で演奏して貰えれば、それだけでいいと思ってから・・・・・・」
「そうなの?でも、本当良い物見れたよー」
腕でその興奮を現す様にブンブンと上下に振って捲くし立てるユマさん。
俺が知らなかったと言うとユマさんは、塔の方を見てまるで好きな人の事を話しているかの様に頬を染めてウットリとそう言った。
ユマさんが上機嫌なのはあの塔が魔法道具だったからからしい。
それも魔法道具オタクの心をガッチリ掴む、相当レアな物。
それにしても、あの塔が魔法道具だったてのは予想外だったな。
大体は予想通りだけど、ユマさんに話を聞いて考え直さないといけないかも知れない。
まぁ、その時間はなさそうだけど。
「塔?塔って倉庫の事か!
あれが魔法道具だって!!?」
「もう!本当にどう言う事なのよ!?
早く説明して!!」
村の人達も冒険者達も混乱しすぎて、痺れを切らしてしまった。
魔法道具の存在で少し自信がなくなったけど、これ以上待たせる訳にもいかない。
取り敢えず分かっている範囲で説明しなくちゃ。
「えっと、何から説明すべきでしょうか?
うーん、と。うん、そうですね。
まず確かな事は、音楽家だったこの村の歴代村長達はこのバイオリンの音で村を守っていたと言う事です」
「何を、言ってるんだ?
そんな馬鹿な事、ある訳無いだろう!!」
俺がルディさんの持つバイオリンを指さしながら言うと、すかさずルディさんのお父さんが反論してきた。
父親の全てを否定してきたルディさんのお父さんにとって、これは信じたくない事実。
でも、本当の事なんだ。
「村長さん、貴方も見たでしょ。
ルディさんのバイオリンが聞こえてきた直後、オオカミ達が逃げ出した、その姿を」
「し、しかし・・・・・・」
「このバイオリンの音色にはこの村を守る、ある3つの能力が在ります」
今だ信じられないと唸るルディさんのお父さんに、俺は指を3本立ててゆっくりとそう言った。
今までこの村で見聞きした事から推測出来る、音楽を奏でる以外のバイオリンの能力。
「まさか!
そんな話、僕もラムも爺さんから聞いていぞ!」
「多分、ルディさんのお爺さんも詳しい能力。
いや、このバイオリンが作られた本来の目的を知らなかったんじゃないか、と思います」
「本来の、目的・・・・・・」
バイオリンの能力の事を言うと、ピコンさんが信じられないと叫ぶ。
多分だけど、お爺さんは2人言わなかったんじゃない。
お爺さんも知らなかったんだと思う。
「お爺さんが亡くなられる前、ルディさんはお爺さんに『ずっと守ってきた伝統だから』、『毎日2回、塔の上でバイオリンを弾いてくれ』と言われたんですよね?」
「う、うん。そうだよ」
「そしてピコンさんはお爺さんから『昔は村長の一族が弾くバイオリン位しかこの村に娯楽がなかった』と聞いた」
「あぁ」
「2人が聞いたお爺さんの言葉から推測するに、お爺さんはこの村の伝統的な娯楽だから代々の村長と同じ事をして残そうとしか考えていなかったんだと思います」
恐らくだけど、何時位かの時代からかバイオリンを弾く本来の目的は忘れ去られ、ただ娯楽のない村の為に弾いていると思われる様になった。
救いだったのは、塔の上で演奏する。
いや、魔法道具を発動させると言った方が正しいのかな?
兎に角、その重要な役目が残っていたのは良かった。
「本来の目的である、村長の一族しか出来ないとても重要な役目。
それは3つの能力を使い村を守る事」
「1つ目はオオカミを追い払う事だよね?
あの塔の上でその特殊なバイオリンを弾くと、魔法道具が発動して音の結界をこの村に張るんだ。
多分皆には見えないだろうけど、今もこの村は結界に包まれているんだよ」
「結界・・・・・・それってあの、虹色の膜の事?」
ユマさんの話では、あの塔はバイオリンの音を結界に変える魔法道具なんだそうだ。
1度塔の上で演奏すると約半日間、ドーム状の音の結界が村を包み込む。
人間には見えないし聞こえない、オオカミが嫌う音で出来た結界。
唯一それを認識出来るのは、音を視る事の出来る『音色』のスキルを持つ者だけ。
今この場で結界を認識出来るのは、ざっと見回した感じルディさんだけだと思う。
「確認しますが、この村の歴代村長は皆『音色』のスキルを持っていますよね?
そして、『音色』のスキルは固有スキルで、そのバイオリンと一緒に代々ルディさんの家系の方が受け継いできた」
「あ、あぁ、そうだ。
元々凄く珍しいスキルで、それが固有スキルであるのは私達の家系位だ。
・・・・・・私は、受け継げなかったが・・・」
「爺さんが亡くなった今、ラムしか持ってる奴はいないな」
元々この世界に無かった為か、色々とゲームのスキルに似てる創造スキルの事は置いといて。
今までの事を考えるとこの世界のスキルはゲームのスキルのイメージとちょっと違う。
ゲームの様にレベルアップして誰かから貰うものじゃなくて、ビジネススキルとかコミュニケーションスキルとかそういうのに近いんじゃないかな?
追加スキルは長い時間をかけて自分で学んだり練習して得るものだし、
付属スキルは眼鏡を掛けて視力を上げる感じ。
固有スキルは代々遺伝する才能って事で、例えば両親がピアニストで子供にもピアノの才能があるみたいな感じだろう。
つまり、能力や技術、才能、知識、資格、素質、調整や補正された事。
それら全部をひっくるめてスキルと翻訳されているんだ。
だから、小さい頃からずっと使い続けていたスキルはドンドン上がるし、逆に長い間使わなかったスキルはランクがガンガン下がる。
ゲームや漫画の様にスキルを忘れたからその技は出せないなんて事は無く、傍から見たら使えなくなった様に見えてもただやり方を忘れてるだけ。
しばらくの間練習すれば思い出して元通り使う事が出来るんだ。
そして俺の世界で言う所の兄弟なのに才能があったり無かったりと同じ様に、血の繋がった親兄弟でも必ず同じ固有スキルを持っているとは限らない。
だから、血の繋がった実の親子でもルディさんはお爺さんと同じ『音色』のスキルを持っているけど、その間に居るルディさんのお父さんは持っていないんだ。
もしかしたら、それもルディさんのお父さんがルディさんのお爺さんを嫌った理由の1つなのかも知れない。
『音色』のスキルを受け継げなかったから、ずっと近くで見てきた父親が持っているバイオリンと村長の地位を受け継げなかった。
才能がないと言う理由で、憧れていたものに挑戦する権利すらなかった。
そんな持って生まれた、自分の努力ではどうしようもない部分で否定されて嫌いになった可能性もあるんじゃないかな?
そう思わせる位、『音色』のスキルを受け継げなかったと言ったルディさんのお父さんの言葉と表情は、悔しい様な悲しい様な怒っている様な。
そんな、未練ある複雑なものだった。
そして、その間だけその目の奥にはルディさんに向けて暗い炎の様な嫉妬の感情が浮かんだのも確かな事。
「俺には見えませんけど、ルディさんが見ている虹色の膜が結界なんだと思います。
音を視る『音色』のスキルを持つ者だけが視る事の出来る。
ちゃんと結界が発動しているか確認出来る、この村をずっと守ってきたモノです。
だから、代々の村長達は『音色』のスキルを持っていたし、魔法道具の発動キーであるバイオリンを受け継いできた」
「これが・・・・・・知らなかった。
こんなに綺麗な物が村を守っていたなんて・・・
キラキラ色んな色が動いて、虹の雨みたいにすっごく綺麗・・・・・・」
俺達には見えない結界を見てルディさんがそう声を漏らす。
胸に何かが来て詰まってしまったかの様に胸元の服を強く握り、ルディさんは結界を写し取った様に目をキラキラさせ空を仰いだ。
俺達には見えないけど、ルディさんの目にはオーロラか万華鏡の様な景色が見えるんだろう。
それが見えるルディさんの姿を見ると、音の結界が見えないのが残念でならない。
「今、俺達人間には認識できない、オオカミが嫌う音がこの村を包んでいます」
「人間には聞こえない音があるって事か?」
「はい。
元々人間ってとても耳の悪い生き物なんですよ。
種族にもよりますが、他の動物はもっと多彩な音を聞いています」
人間は空気や物の振動を音として感じ取る範囲が狭いらしい。
コウモリやイルカが出す高い音の超音波や逆の低過ぎる超低周波なんかがそうだ。
猫や犬は約2倍、コウモリやイルカは約6倍、蛾なんて約15倍も人間よりも耳がいい。
実際、動物が無言で交信している様に見えても、実際は人間が聞こえない音で会話しているそうだ。
それはこの世界の人間や悪魔にも当てはまる。
ルディさんが演奏したバイオリンの音も俺とユマさんは高い音しか聞こえなかったけど、俺達よりも耳の良いルグは『高くて、低くて、凄くゴチャゴチャしてる』と言った。
「だから、俺達には聞こえないけどオオカミにはちゃんと聞こえている嫌な音から逃げる為に、あのオオカミ達は居なくなったんです。
その音は今も結界から流れている。
だから、結界が張ってある間、オオカミはこの村に近づけないんです。
勿論、それだけじゃない」
「能力が3つ在るって言ってたよな。
その残り2つって・・・・・・あっ。
そんなまさか!!」
残り2つの能力を聞こうとしてピコンさんは途中で気づいた様だ。
村の人の中にもハッとした顔をしている人が居るし、何人かは気づいたんだろう。
「ルディさんのお爺さんが塔の上でバイオリンを弾かなくなって変わったものが2つ、ありますよね?」
「・・・・・・・・・ヒツジの品質が落ちた事と、植物が育たなくなった事・・・・・・か」
「はい。
俺はその2つもバイオリンの音のお陰で良くなっていたんじゃ無いかと考えています」
ヒツジの品質が落ちた事はオオカミに狙われて居る事に対するストレスとも考えられる。
でも、そう考えないとルディさんのお父さんの牧場のヒツジじゃなく、ルディさんの牧場のヒツジ達の姿が説明出来ないんだ。
「可笑しいと思いませんか?
村長さんは昨日、『ヒツジはとても臆病な生き物で、同じヒツジの死に敏感だ。
遠くの別の牧場に居るヒツジがオオカミに襲われた事を察し、村にある牧場中の全てのヒツジが直ぐ逃げ出そうと暴れる』と言っていました。
なのに同じ村に牧場があるルディさんの牧場のヒツジは何ともありません」
「言われて見れば、可笑しいわ!」
「昨日オオカミが襲ってきた場所は、ラムちゃんのヒツジも仲間が食べられた事に気づく距離にあったわ!!」
「昨日も!?そんな、嘘。
私の牧場のヒツジ達は暴れたり、逃げ出そうなんて一切無くて皆大人しかったですよ!」
小母さん達の言葉にルディさんがすぐさま反論した。
村の人の話では、冒険者達が3匹のオオカミの相手をしている間、1匹のヒツジが別のオオカミに襲われたらしい。
昨日俺達が捕まえたヒツジはそのせいで逃げ出したそうだ。
ピコンさんは昨日、
『アンタが古い、間違ってるって言う、爺さんのやり方で俺達は変わらない品質と収穫量を維持してる!
ヒツジだって脱走しようとした事ないし、病気になった事も無い!!』
とルディさんのお父さんに反論していた。
「本来なら、村長さんの牧場のヒツジの様に病気になる寸前まで追い込まれて暴れるはず。
けど、昨日俺達が紙の収穫を手伝ったルディさんの牧場のヒツジは、素人の俺が見ても健康そのものだった。
ストレスを感じてる様子もなく、『基本人の言う事を聞かない魔物を大人しくさせるのは困難』だという割にはあの牧場のヒツジ達はルディさんの言う事良く聞き、大人しかったです」
毎日バイオリンを弾き、昔と変わらないお爺さんのやり方でヒツジを育てるルディさんの牧場のみ変化がない。
なら、他の牧場がではなくルディさんの牧場のヒツジ達が異常と言えるんじゃないかな?




