100,草原のバイオリニスト 9曲目
事件は明け方に起きた。
「ラムちゃん、邪魔するわね!
居た、居た!ちょっと、アンタ!!来て頂戴!!!」
「・・・・・・ぅん、ん?・・・・・・何?」
家主の許可無くドカドカ入ってきた昨日の小母さん。
大声で叫び続ける小母さんのキンキンと甲高い声が耳と頭に響き痛い。
その大声による最悪な目覚めで起こされたばっかでうまく頭も口も回らない俺は、小母さんにグイグイ引っ張られるまま。
あまり開かなくてぼやけて見える、薄っすらと明るい空に澄んだ冷たい空気。
草原を抜ける風に乗って鼻に届く草の青臭さと獣の臭い。
爽やかとは言いがたいけど、ピシャリと身が引き締まる朝。
その冷たい空気に触れ、ゆっくり、ゆっくり、覚醒していく。
でも、まだ完全に起きていない頭は疑問でいっぱいだ。
こんな朝っぱらから、この小母さんは何の用なんだ?
「・・・・・・・・・本当、何なだ?」
「大変なのよ!!急いで!!」
良く分からず本能的に出来るだけ全体重をかけて抵抗する。
そんな俺を小母さんがバシバシ叩きながら急かしてきた。
状況説明もなしに急げって言われても困るんだけど・・・・・・
「えーと・・・準備まだなんだけど・・・・・・」
「そんな時間内のよ!!
もう!!いいから、本当早くしてッ!!!」
自分の意見を押し付けるだけの小母さんに俺のやる気はドンドン下がる。
唯でさえ寝起きでテンションが低いのに、こんな態度で言う事聞けって言われて、はいそうですかとは素直に頷けない。
そうやってルディさんの家の前で騒いでると、眠そうにルグ達も出て来た。
「鞄・・・無いと、魔法使えない・・・・・・」
「それなら早く取って来てよ!!!!」
「ほら、これ」
「・・・ありがと、ございます・・・・・・」
ショボショボする目を擦りながら、ピコンさんから鞄とジャージの上着を貰う。
俺が小母さんに引っ張られて外に出たから、部屋から持って追いかけて来てくれたらしい。
上着を羽織り、体を上に伸ばして欠伸を1つ。
よし!
やっと頭が回ってきた。
「ふわぁ・・・・・・・・・
それで、急げって何があったんですか?」
「もう!!いい加減にしなさいよ!!!!
オオカミの大きな群れが襲ってきたのよ!!!
オ!オ!カ!ミィ!
雇った冒険者だけじゃ対処出来てないのよ!!
このままじゃ、村も牧場も滅茶苦茶よ!!!
冒険者なんでしょ!?
アンタ達も早く助けに来なさい!!!」
小母さん、最初からその説明してよ。
小母さんの話だと、今村の外に森や山に居るオオカミが全部集まったんじゃないかと思う程の巨大な群れが集まってるらしい。
あまりにも数が多過ぎてルディさんのお父さんが雇った冒険者だけじゃ対処しきれないのが現状。
だから小母さんは俺達を呼びに来たそうだ。
だから、そういう説明は1番最初にしてよ。
報・連・相、大事。
「何が出来るか分からないけど、私達も行くよ!」
「・・・・・・・・・いや、待ってください」
小母さんの話を聞いて顔を青くしたルディさんがそう言う。
だけど俺は、言うと同時に駆け出したルディさんを止めた。
今まで出た情報から俺はある考えが浮かんでいたんだ。
もし俺の考えが正しければ、この危機を回避するにはルディさんにあそこに向かって貰わないといけない。
「ルディさんはバイオリンを持ってあっちに向かって貰えますか?」
「え・・・・・・でも・・・・・・」
「アンタ、こんな時に何言ってるんだい!!!
どういう状況か分かって
「こんな時だから、サトウ君は言ってるんです」
抗議する小母さんの言葉を遮り、ユマさんがパーティーのリーダーらしいキリッとした顔で冷静に答えた。
ユマさんの自信に満ちた頼もしい雰囲気に小母さんは何も言い返す事が出来ないみたいだ。
そんなユマさんと小母さんのやり取りをまだ眠そうに見ていたルグが、目を擦りながら俺に確認してくる。
「サトウ、何か分かったんだろ?」
「うん。
俺の考えが正しければ、これしかオオカミを一気に撃退する方法は無い」
「そっか。うん、分かった。
時間が無いから解説は後で聞くとして、オレ達は何をすればいい?」
「そうだな・・・・・・
俺とルグは時間稼ぎの為にも他の冒険者の応援。
ユマさんはもしもの時のサポートの為にルディさんに着いて行って貰える?」
「うん!」
其々の役割分担を決め、持ち場に急ぐ。
ピコンさんは、どんなにユマさんが強くてもやっぱ女子2人だけだと心配だから2人に着いて行って貰った。
俺とルグは小母さんに案内され、オオカミが集まっている場所へ。
「冒険者の子達連れてきたわよ!」
「本当か!?助かった・・・・・・」
小母さんに連れて来られたのは森に近い牧場で、牧場の近くには5匹の灰色のチワワが居るだけ。
小母さんが言ってた群れの姿はこの近くの何処にも見当たらない。
それに、上空の何かから逃げる様に飛んでいる沢山の鳥の羽音と鳴き声が聞こえるだけで、森は狼の群れが隠れているとは思えない程静かだ。
でも、他の狼達が森の中に隠れているのは確かで、茂みの中や木の上の暗闇で光る幾つもの目が微かに見える。
「あのチワワがこの世界のオオカミなんだ・・・」
「サトウ、油断するなよ。
見た目は可愛くても凶暴で強いから。
特に噛み付かれたら最後だと思え」
見た目は完全に、潤んだ目でクゥーン、クゥーンと鳴いてそうなチチワワ。
だけどその内の1匹のチワワは、あの塔の入り口にいた冒険者が持っていた鉈の残骸を咥えている。
そして、その咥えた分厚い金属製の刃の部分をまるでビスケットの様に簡単に噛み砕いてしまった。
「ヒエッ」
「人間の骨なんてゆで卵よりも簡単に食い千切られるからな」
「ヒィイイイイイイ!!!」
ルグの説明に思わず逃げたくなった。
何とか耐えたけど悲鳴を上げてしまい、そんな俺を集まった村の人達が、
「大丈夫なのか、こいつ?」
って顔で見てくる。
大丈夫じゃない。
無理無理、絶対勝てない!
諦めずに他の冒険者達がオオカミを攻撃してるけど、オオカミは嘲笑う様にヒラリヒラリと躱している。
その動きはまるで息の合ったダンスやシンクロを見てる様で、チームワークに一切の乱れが無い。
宙を舞う紙の様に軽やかで素早い動きに、鉄をも砕く丈夫な歯と顎。
ミモザさんが馬車で行っていた、『男は狼』と言う言葉。
俺の世界だと、何も知らない女の子が男にパックリ食べられてしまうって意味だけど、この世界では弱々しかったり可愛らしかったりする見た目に反し、性格は貪欲で凶悪でとっても危険なオオカミの様な男って意味らしい。
俺の世界で言えば、羊の皮をかぶった狼が近いんじゃないかな?
まぁ、その言葉に心底頷ける位オオカミの見た目とのギャップが酷過ぎるのは事実で、更にこの能力で魔物じゃなく動物だって言うんだから更に恐ろしい。
どう進化したら技で強化せずに、そんな小さな体でこんなに強くなるんだよ!
「なぁ、ルグ。
何で殆どのチワ、じゃない。
オオカミは森に隠れて、あの5匹だけこっちに居るんだ?
ざっと見ただけでも2、30匹は隠れていそうだけど・・・・・・・・・」
「あれは偵察なんだよ。
オオカミは弱ってる動物や子供、後は獲物が疲れ切った所で狩るからな」
なら、あのオオカミ達は俺達が弱るのを待っているのか。
その確認の為にあの5匹がいる。
俺達が疲れて弱っているとあの5匹が判断した場合、隠れている群れが一気に襲い掛かってくる気だ。
疲労が溜まってまともに戦えない冒険者と、
オオカミと戦う力なの無い村人、
そして元々弱いヒツジ。
それはオオカミ達にとって山盛りのご飯の様に見えるだろう。
今はまだ弱っていないと判断されてこの状態が続いているけど、このまま持久戦が続けばこっちの疲労が溜まり何時かオオカミ達が襲ってくる。
「後、隠れてるのは30なんてもんじゃないぞ。
見える範囲だけでも100匹は優に超えてる。
見えない範囲に居る事を考えると、1000匹以上は集まってるな」
「そんなに!?と、取り敢えずッ!
壁作るので、ちょっと失礼しますね!
『スモールシールド』!
『プチアースウェーヴ』!!」
5匹でも既に負傷者が居るのに1000匹以上とか、骨すら残らずこの村に居る生き物は消え去るだろうな。
そんな事起こさない為にも他の冒険者達に断りをいれ、ルディさんの準備が整うまで狼が近づいて来ないよう『プチアースウェーブ』で土の壁を作り、その内側に少し間を開けて『スモールシールド』を張る。
土壁は態と隙間を開け、その隙間からルグが貯水晶を使った水鉄砲でオオカミを威嚇した。
これで一応オオカミはこれ以上村には近づけないだろう。
「怪我をした方居ますか!!!
居たら治療しに行きます!!!」
「こっちだ!!此処に、居る!!」
「分かりました!!」
「俺も手伝います!
俺も修復型の回復魔法を持っているので軽い物なら治せます!」
「ありがとう!ならこの人をお願い。
私はこっちの重症の人を見るから」
遠距離攻撃が得意な冒険者がルグと一緒にオオカミを牽制している。
雇われた冒険者は全員で12人。
その内回復魔法が使えて手が開いているのは1人だけ。
他にも回復魔法が使える人は居るけど、オオカミを牽制しているか、オオカミの攻撃を受け自分の怪我の治療に専念してるかのどちらか。
他の人の治療が出来る余裕はない。
だからルグ達が攻撃している間俺は回復魔法が使える冒険者と一緒に負傷した冒険者の治療をする事にした。
「『ヒール』!」
「ありがとう。助かったよ」
「いえ。困った時はお互い様ですから」
回復魔法が使える冒険者さんに頼まれた冒険者さんに『ヒール』を掛ける。
冒険者さんの腕にはオオカミの爪で出来た斜めに4本入った切り傷が出来ていた。
冒険者さんはかすっただけって言ってるけど、どう見ても包丁で深く切った様な傷だ。
かすっただけでこれ程深いなら、オオカミの爪の切れ味はあの毛玉といい勝負だろう。
「しかし、どうしたものか。オオカミは諦めが悪い。
このまま牽制していても、何時まで持つか・・・」
「大丈夫です!
もう直ぐ、オオカミ達を追い払えますから」
「それはどう言う・・・・・・ん?何だこの音は?
一体何処から・・・・・・・・・」
『ヒール』を掛けた冒険者さんが壁の方を見ながら不安そうに呟く。
その冒険者さんに俺は笑って、もう直ぐこの戦いが終わる事を伝えた。
そんな俺の言葉に冒険者さんが怪訝そうに見上げてくるけど、村の中心。
ルディさんのお爺さんが指定した倉庫の塔の上から流れてくるルディさんのバイオリンの音に直ぐに意識が向けられる。
「これは、ラムの・・・あの子はこんな時まで!!」
「いいえ、今回は俺が弾いてくれるよう頼んだんです」
「ッ!君は・・・・・・」
「見てください」
バイオリンの高い音色が村全体に響き渡り、デイスカバリー山脈に木霊する。
返ってきた音が村を包む音と混ざり合い、たった1つのバイオリンの演奏が幾つものバイオリンが織り成す合奏に。
牧場の中で弾いていた曲と全く同じなのに、まるで全く別の曲の様に聞こえた。
それを演奏しているのが自分の娘だと直ぐに分かったルディさんのお父さんが、怒りで顔を真っ赤にする。
そんなルディさんのお父さんに俺は近づき、オオカミを指さした。
「オ、オオカミが逃げ出した!?」
「な、何だ!何が起きたんだ!?」
俺が指さした先。
そこにはキャンキャン鳴きながら、一目散に森の奥に逃げるオオカミ達の姿があった。
見た目が完全にチワワだから、何か可愛そうになるけど向こうの方が絶対強いんだよな。
あれは可愛いチワワが逃げているんじゃなくて、全身武装したゴリマッチョヤクザが逃げていると思う事にしよう。




