98,草原のバイオリニスト 7曲目
「へー。じゃあ、専用道具じゃ無い楽器も在るんだ!」
「どちらかと言えば、ルディさんのバイオリンの様な楽器の方が珍しいですよ」
何往復もして最後の紙を倉庫に入れた帰り道。
ルグとユマさんと3人で最後の紙を運んで、ピコンさんと楽器の話で盛り上がりながらルディさんの家に向かっている所だ。
黒い影となった雲が浮かぶ赤とオレンジ、紫、紺色のグラデーションの空。
あと数十分もしない内に夜が訪れる様な、夕方の終わり頃。
全部の紙を運ぶのに大分時間が掛かってもうこんな時間だ。
この時間じゃ、もう馬車は来ないから今日はルディさんの家に泊めて貰う事になった。
「この村の外も此処と変わらないって思ってたな。
そんなに違うなら
「きゃぁあああああああああああああああ!!!」
な、何だ!!?」
ルディさんのお父さんが運営している牧場の1つ。
その隣を通っていると、牧場の方から甲高い女性の悲鳴が聞こえた。
声の方を見ると、夕日で真っ黒い塊にしか見えない何かが物凄い勢いで走ってくるのが見える。
もしかしてアレ、ヒツジか!?
「そのヒツジ止めてえええええええええええ!!!」
「え?え!?えええええええええ!!?」
悲鳴を上げた女性がヒツジの進行方向に居る俺達に叫ぶ。
止めてって言われても、『スモールシールド』を張って止めたり『ミドリの手』でツルを出して捕まえたりしたら、ヒツジに怪我させそうだし・・・
えーと、どうしよう?
「えーと、えーと、えーと・・・・・・・・・
フ、『フライ』!!!」
目前まで迫ったヒツジに俺は咄嗟に『フライ』を掛けた。
その『フライ』で浮いたヒツジをユマさんが『オンブラ』の魔法で操った幾つもの影で優しく捕まえて地面に下ろす。
影に縛られたヒツジはずっと暴れっぱなしで、ルディさんの所で見たあの大人しいヒツジと同種が疑ってしまう程だ。
「あの、ピコンさん。
このヒツジってルディさんの所のヒツジと同じ種類ですか?」
「・・・・・・そうだよ」
夕日の薄暗さでそう見えてるんじゃない。
ピコンさんは同じ種類だと言うけど、良く見るとこのヒツジは同種とは思えない見た目をしていた。
紙を刈られて細くなった体は枯れ木の様に細過ぎるし、真っ白な筈の短い毛は古い紙の様に黄ばんでいる。
地肌の木はルディさんの所の漆を塗った様な、吸い込まれそうな程つややかな光沢ある黒じゃなく、濁った川の様な泥っぽい茶色が混じった黒色。
寂れたと言うか不健康そうと言うか。
水分の抜けたカサカサの肌を思わせる木の地肌と、手入れをされていない紙の様な毛。
有り余る体力のまま暴れているヒツジは、その姿と裏腹にどこか老人の様だった。
「止めてくれて、ありがとうー。助かったわ」
「小母さん、このヒツジ病気になる寸前じゃないか!」
牧場からヒツジを追いかけて走って来たのは、あの擦れ違った小母さんの片割れ。
その小母さんにピコンさんが怒る。
どうやらこのヒツジは良い状態じゃ無いみたいだ。
「そうは言ってもねー」
「オオカミに襲われ、まともに飼育出来ないんだ。
ピコン、お前も知っているだろ。
ヒツジはとても臆病な生き物で、同じヒツジの死に敏感だ。
遠くの別の牧場に居るヒツジがオオカミに襲われた事を察し、村にある牧場中の全てのヒツジが直ぐ逃げ出そうと暴れる。
そのせいで体に傷がつき、落ち着きを無くし紙の品質が落ちる一方だ。
それでも品質が落ちない様私達は努力している」
「ルディさん!」
答えたのは小母さんじゃなく、小母さんの後から追いかけて来たらしい、眼鏡を掛けた真面目を絵に書いた様な雰囲気の男性。
小母さんがルディさんって言ってるから、この人がルディさんのお父さんなんだろう。
そのルディさんのお父さんは柵を挟んでピコンさんと睨み合っている。
「努力している?これが?
ヒツジ達を悪戯に苦しめているの間違いなんじゃないのか!!」
「違う!
元々魔法が盛んなチボリ国でもなければ魔物の飼育は困難だった。
環境を整える事もそうだが、基本人の言う事を聞かない魔物を大人しくさせるのは困難な事。
それを私達の祖先が努力してここまで来たんだ。
私達も普段から暴れたり脱走しないよう細心の注意を払って育ててるんだ!
私も村の皆もバイオリンばっか弾いて遊んでいた父さん達とは違って良くしようとして来たんだ!!」
「そんなの言い訳だろ!?
アンタが古い、間違ってるって言う爺さんのやり方で俺達は変わらない品質と収穫量を維持してる!
ヒツジだって脱走しようとした事ないし、病気になった事も無い!!
それを勝てにやめて、否定して、失敗してるのは誰だよッ!!」
お互い顔を真っ赤にして怒鳴り合うピコンさんとルディさんのお父さん。
お互い1歩も引かず自分の意見を言い合う。
2人の間には村の住人じゃない俺達だけじゃなく、小母さんまで入れない。
その位脇目も振らず言い合う2人の論争は激しく、その姿はまるでおとぎ話の鬼の様で恐怖すら感じる位だ。
父親のやり方に納得がいかず、長年別の方法を模索するルディさんのお父さん。
対するは伝統を重んじるピコンさん。
いや、違うな。
ヒツジの飼育方法の違いによる言い合いじゃ無く、根本に有るのはもっと別の何か。
そう、多分それはお互い納得出来ない、どうしても譲れない価値観によるものなんじゃないかな?
ヒツジの飼育方法は分かり易く目に見える物で、実の所ピコンさんはルディさんのお爺さんのやり方に納得出来ず、それ故にお爺さんの全てを否定する様になったルディさんのお父さんに納得出来ないんだと思う。
ルディさんのお父さんはルディさんのお父さんなりのやり方で頑張ってるのと同じ様に、ルディさんやルディさんのお爺さんも同じ位違う方法で頑張ってる。
きっとピコンさんは、ルディさんのお父さんや村の人にその事に気づいて欲しいんだ。
2人もすっごく頑張ってるんだよって。
今までのピコンさんの話しを聞く限りだと俺にはそう思えた。
「ピコン!お父さん!!」
「ラム!?何で此処に・・・・・・・・・」
「ピコン達が遅いから迎えに来たの」
そう言うルディさんは2人に目を向けず、今だユマさんの操った影に縛られ暴れるヒツジを真っ直ぐ見つめている。
そのままピコンさんとルディさんのお父さんの横を通り過ぎ、柵を超えヒツジの元へ。
「大丈夫だよ。もう、怖くないからね?」
ルディさんは安心させる様なやさしい声でそう何度も言いながら、ヒツジをゆっくり撫でる。
そうしている内にヒツジも落ち着いてきた様だ。
ルディさんに言われユマさんが魔法を解いても全く暴れる素振りがない。
その間ルディさんのお父さんはルディさんから目を逸らし、何も言葉を発しなかった。
自ら実の娘を勘当した手前、色々思う所があるんだろう。
時々チラチラとルディさんを見つつも何かを探す様に目を泳がせ、何か言いたそうに口を開いては何も発さず閉じる。
暫くの間、その繰り返しだったルディさんのお父さんは必死に感情を押さえ込んでいる様な、まるで能面の様な無表情で足早にもと来た牧場の方に戻ってしまった。
そんな父親の立ち去る音と雰囲気を感じ取ったんだろう。
悲しいのか、辛いのか、それとも怒っているのか。
俺には察する事が出来ないけど、ルディさんはヒツジの方を見たまま、強く強く唇をかみ締め何かに耐えていた。
「・・・・・・・・・小母さん。
この子、もう大丈夫だから仲間の所に連れて行ってあげて?」
「え、えぇ。ありがとう、ラムちゃん」
「ううん。気にしないで。さ、帰ろう?」
そう言うルディさんと、無言で進んでいくピコンさん。
そんな無言で暗い雰囲気の2人の後を俺達は追う事しか出来なかった。
そう言えばルディさんとピコンさん、昼間牧場で喧嘩したまま殆ど話してないんだよな。
多分だけど、お互い思いあってるのが喧嘩の原因なんだと思う。
ピコンさんはルディさんの事がすっごく大切で、1人の男として守りたい。
その思いだけがドンドン先走ってるんだ。
ルディさんはピコンさんが自分の事思って言ってくれてるって分かってるけど、ピコンさんに家族を嫌って欲しく無いって思いを察して欲しいと思ってる。
お互いが大切だけど、男女の考え方の違いで溝が出来た。
そんな所じゃないかな?
これ、どうやって仲直りして貰えばいいんだ?
あえて部外者は何も言わず、本人達で如何にかして貰った方がいいのか?
ナトでも高橋でもいいから経験豊富なモテ男、ヘルプ!
 




